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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

2019年第44回 「視点」(20190606~13-東京都美術館)

2019年 第44回 全国公募写真展 『視点』の全国巡回展が近づいてきました。お近くの方は是非おいでください。

浜松展 クリエート浜松

https://www.hcf.or.jp/facilities/create/access/

日時:2019年9月3日~8日

『視点』のちらし

ダウンロード - img_20190513_0003.pdf

ダウンロード - img_20190513_0004.pdf

 

主催:日本リアリズム写真集団/2019年「視点」委員会

私の作品は「沖縄ー不条理をこえて」です。6枚組。これはチョイと泣かせてくれます。昨年夏、翁長雄志知事がなくなり、玉城デニーさんが知事選に出て、勝った。今年の2月24日に県民投票までやって、これも圧倒的多数が反対に〇。この国はこうした沖縄の民意を無視し、踏み潰そうとしている。急遽、予定していた構想を捨て、負けてたまるかの思いで作品化しました。私なりの写真の力をお見せします。

 

巡回展(詳細は順次お知らせします)

浜松展(9月3~8日)  仙台展(10月8日~13日)、三重展(11月20~24日)

東京展(2019年6月6日~13日)東京都美術館(終了)

名古屋展(7月4日~7日)愛知県美術館(終了)

大阪展(8月7日~11日(終了)

2019年8月20日 (火)

夏休みの宿題のために(190820)

 とうとう出発の日が来てしまった。事前準備はまだ煮え切らないが、でかける。今回の旅先について事前に公開しないが、その多くは既知の場所だ。しかし新たな視点が浮かんでこないかという実験的な企画だ。報道写真というものは、空間と時間を超えて新たな視点を打ち出せるはずだと、常日頃から考えている私だが、これをもう一歩広げたいのだ。

 時代がこれほどヤバイと(ヤバイと思わない人が多数だと)、普通に勝負していたのでは、既に勝負がついてしまう。先の参議院選の3分の1以上取れば良しとする政治感覚を私は疑う。2分の1以上だろう。確かに物事には可能なことと不可能に見えることがあるから、または目標を大きく掲げすぎ、アウトだと、自信喪失につながり志気にさしつかえるかもしれない。だがあれほどむちゃくちゃ押し通してくる政権に対して、過半数をとれなければ、実際のところ独裁体制は安泰だ。これを覆せなかった。

 多くの人の頭が縮んでいる。視野狭窄に陥っている。だから、どんどん一人一人の視野の中から政治は取り崩されている。これを食い止めないとアウトだ。沖縄にいると、これが嫌でも見えてくるから、視野狭窄に陥る暇がないのだ。沖縄と県外とのこの差はどんどん開いているのじゃないか。

 先日、私の友人が県外に講演に行かれた。私の写真パネルをお持ちいただいた。それを見ながら話せたので、話しやすかったと言われた。沖縄はこうなのよと自信を持って言えたのだと思う。県外に沖縄をもちこみ、伝えることができるはずだ。昨日、県外から親子連れの30名ほどの団体が見えた。天気が良かったこともあり、現場をある程度見渡せる。現場があるからこそ、言葉以上にリアルに話せる。これは強い。自分にとっても。

 私が県外に出て撮影するのも、それぞれの実情を知っていることが、今後の出会いの際に役立つこともあるからだ。時によるが、私は地元の人よりも知っていることすらある。また知っていることで、親しみを覚えてもらうことにもなる。

 実は寝ながら重大な発見(気づき)をした。時間がなくなってしまったが、少々整理して帰ってきたらまた書く。この夏休みの宿題はデカイものを与えられてしまったようだ。

2019年8月19日 (月)

お盆明け工事が再開された(190819)

 2019年8月19日 曇り お盆が明けた月曜。新基地建設を巡る工事が再開された。ゲート前からは空のトラックが何十台と入ったそうだ。台風で避難していた基地内での運送用のトラックだろう。またこいつらが動くのか!

 海からも、クレーン台船や土砂運搬船が大浦湾に入っていった。11時頃から、埋め立て予定地内で動くトラックを確認。埋め立て作業が再開されたのだ。午後から夕方にかけて4隻出て行った。

 海上のメンバーはまず、テント2の設営を完了させた。9時から平和丸で海に出て状況を確認してきた。10時から海案内を行っていた。

 テント村もお盆明けの印象。来訪者が訪れ、私は5回ほどお話した。暑く(風がない)30分余りしゃべるだけで、お疲れ。まだまだ辺野古・大浦湾ー沖縄の問題の真相は知られていないと思う。「再び戦争やりますか?!」これを私たちは正面から問わなければならない。沖縄はお断り!この意思をもっともっと明らかにしていかねばならない。よそ見していたら、酷い目に遭うのはあなたであり、あなたにつながるにんげんなのだ。

 午後、ヨーロッパの小国から来訪者あり。10年ほど彼の地に住んでいるが、そのぐらいの日本語はわかると(日本人)。外から見ていて、ドキドキしてくるという。日本が危ない国になっていることを痛感させられているようだ。

 そういえば、東西対立が激しかった時代に、「平和共存」と言う言葉は、まだ大文字の、マジョリティの言葉だったと思う。しかし今やどうだ!? マスメディアが伝える言葉の中にどれだけあるのか。政府が語る言葉にあるのだろうか。私は平和共存という選択こそが正しいと考えている。共に平和を求め合いながら、個が個としていきながら助け合うというつながりなしに人類は生き延びられるのか? 国家などというチャチな概念で生きていけるのか。

 大国を思考すれば奢りが吹き出る。小国でありながら、個が輝く社会を目指すことが長い眼で見たら断然勝っているはずだ。先日はカタロニアのひとたちがきた。踏みつけられている人たちがお互いに手を取り合い、小国であることを是としながら分かち合う、ハワイやグアムの先住民、先住民であるアイヌの人らと、もっと積極的な民衆・民際外交ができないものだろうか。

 私たちがやれることは、いくらでもあるのではないのか。必ずあるはずだ。

天皇制に終止符を! 「代替わり」で考える「天皇制」の戦争責任(190831)

 以下の案内が届きました。一見何でもないようなこの問題、奥が深い。沖縄ではよじれている分、案外わかりにくい。皆様のまっすぐな歩みに敬意を表します。(ヤマヒデ)

 

天皇制に終止符を!「代替わり」で考える「天皇制」の戦争責任

▼日時:2019年 8月31日(土)13時30分 開場  14時開始
▼場所:日本キリスト教団 紅葉坂教会     
      JR京浜東北・根岸線『桜木町』駅 北改札西口より 徒歩5分
        横浜市営地下鉄 『桜木町』駅 南1口より 徒歩7分 

▼講演:渡辺美奈さん 

 アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(WAM)館長
 ★ WAMとは、
  2005年8月、 日本で唯一、日本軍性奴隷(日本軍「慰安婦」制度)の被害と
  加害を記憶する資料館として開館。「慰安婦」裁判や女性国際戦犯法廷を
  閲覧できるなど、「慰安婦」関係の書籍・雑誌・論文・軍関係資料をはじめ、

  支援団体の活動記録、ミニコミ誌、機関誌、市民運動の記録も含めて日本軍
  「慰安婦」アーカイブズにするプロジェクトを進めている。

▼資料代:500円


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◆戦後74年、天皇制は終わることなく、裕仁から明仁へ、そして5月1日に即位した「徳仁」によって受け継がれました。平和への思いを込めたという慰霊の旅を続けた「明仁天皇」は、象徴天皇制を安定させ、さらに新天皇を誕生させました。

❤しかし、天皇の戦争責任を問うことなく行われた祈りと追悼は平和をもたらしたのではなく、戦争責任を覆い隠し、あたかも平和な社会であるかのようにつくりあげた戦後だったのではないでしょうか。

♠映画「沈黙」で、はっきり語られていましたが、天皇の責任を問い続けたのは、日本軍性奴隷制の被害者のみなさんです。2000年12月の「女性国際戦犯法廷」は日本軍性奴隷制度の責任者として天皇裕仁と軍高官9名に有罪判決を下しています。

☘日本の戦後社会が向き合わなかった戦争責任と植民地支配責任を問うてきたと
 いう、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」の渡辺さんに
 お話を伺って、差別の象徴であり、平和・平等・民主主義に反する天皇制に終
 止符を打つための思考をさらに広げていきたいと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▼共催   日本基督教団神奈川教区社会委員会ヤスクニ・天皇制問題小委員会
    「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会
    終わりにしょう天皇制!「代替わり」反対ネットワーク
    信仰とセクシュアリティを考えるキリスト者の会(ECQA)
    女性と天皇制研究会
 *連絡先:090ー3909ー9657


短歌甲子園で沖縄の高校生が団体準優勝(190818)

 全国21校の高校生が短歌を競う短歌甲子園(主催:同大会実行委員会)が盛岡市で8月18日に行われた。沖縄から参加した昭和薬科大学附属高校の3名が準優勝に輝いた。「特別審査員小島ゆかり賞」も同じく國吉伶菜さんが受賞した。

 島袋乃碧さんは「灰色の箱が生み出す爆音は 今か 咲く花ただ揺らすのみ」と詠んだ。灰色の箱とは基地のことであり、咲く花とは自身を含む住民。「ただ揺らすのみ」の「ただ」に感慨が込められている。

 國吉さんは「碧海に コンクリートを流し込み 儒良(ジュゴン)の墓を建てる辺野古に」。沖縄の高校生の面目躍如だね。まだコンクリートは流し込んでいないなどと野暮なことは言うまい。

 同校は浦添市内にあるので普天間基地のほど近く。浦添から辺野古を詠む高校生がいるのだ。

深夜のつれづれなるままに(190819)

 20日から出かけるための諸準備に追われている。台風休暇とお盆休暇が重なり、かなり整理できたり、論点整理ができた。15年5月に2週間かけて、神戸から門司まで出かけたが、今度は10日だが、計画では中身が濃い。全く未知の場所は1カ所のみであり、予定を立てやすい。また途中の何箇所かで、何人かが迎えてくれることになっている。ただの撮影を超える成果があるはずだ。後は体力と天道様次第。

 新しいパソコンの使い勝手は、色々だが、問題もある。メールののぞき方がまだうまくいかない。隠れて至りする。先ほどもそれを見つけて安堵。カメラもそうだが、シャッターを押すのは優しく優しく。ぎゅうと押していたらダメなのだが、今の器械は全くダメだ。馬鹿と叩いていたら、もっと馬鹿になる。

 明日から工事が再開されるのだろう。私は新たな発想に立ち、アクティブに動き回りたい。おやすみなさい。

2019年8月18日 (日)

重要なお知らせ(190818)

 当ブログ「ヤマヒデの沖縄便りⅢ」は2018年4月に立ち上げて今日に至っています。7月22日、パソコンが壊れてしまい中断を余儀なくされましたが、片肺飛行ながら、復活させてきました。まだ写真をあげることができませんし、メールで送ることもできません。今しばらくご容赦ください。

 そうこうしているうちに、ブログの容量が一杯に近づいてきました。今回はⅣにせず、有料ブログにする予定です。これでうるさいブログ内の宣伝がなくなります。その分、私がブログ管理者にお金を払わなければいけません。このブログから宣伝がなくなったら、有料ブログに移行したと思ってください。

 私は明後日から29日まで沖縄島を後にします。10日間、取材に出かけます。その間、ブログは休止。これからお世話になる皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。しっかりと交流できる事を楽しみにしています。

 まだまだ暑いようですから、お体にお気をつけてお過ごしください。

2019年8月17日 (土)

あのピーター・フォンダが亡くなった(190817)

 あのピーター・フォンダがなくなった。2019年8月16日 肺がんによる呼吸不全。

 私がピーター・フォンダを知ったのは、「イージー・ライダー」(1969年)。実際に映画館で見たのはずっと後のことだと記憶する。「イージー・ライダー」の冒頭に一瞬、スペイン語のシーンの出てくる。薬の密売人だ。

 「史上最大の作戦」を1962年に見たが、お父さんのヘンリー・フォンダがでていた。ヘンリーは第2次世界大戦に従軍している。あのジェーン・フォンダはピーターのお姉さん。ヘンリーの娘。ベトナム反戦運動に参加し、かっちょいいなと思っていた。

 現実と劇中と、いささかめまいがしてくるが、分かりやすい構図。アメリカ合衆国も一時代が終わり、まだ混迷が続くのだろう。日本にも時代を画する俳優がでてこないだろうか。稼ぎながら、ライフスタイルをしっかりと定める人。

護岸埋め立て工事の再開の兆し(190817)

 2019年8月17日 晴れ テント村に午前中のみ在席。

 今日からODB(沖縄防衛局)雇い上げの船が多数出ていた。警戒船、潜水調査船。沖合にクレーン台船、置き台船がやってきて、大浦湾に入る。護岸にはクレーンが出て、下準備を始めた。オイルフェンスをもちあげたり、張り込むのだろう。19日朝一番で土砂運搬船が入ってくるだろう。

 海上行動のメンバーにはこの事実を伝えた。お盆休みは終わったのだ。頑張ろう!

 

海自空母艦載機にF-35B正式導入(190817)

 防衛省は2019年8月16日、F-35Bを正式に導入すると発表した。ついに日本国自衛隊が航空母艦をもとうとしているのだ。航空母艦とは端から外征軍の艦種であり、「専守防衛」を投げ出したことを国内外にうちだしたのだ。いずも型戦闘艦に42機導入。

 防衛省は「常時搭載はしない」と言っているが、世界に冠たる米国海軍の航空母艦の艦載機だって、常時搭載などしていないのだ。だからロナルドレーガンの艦載機の拠点は岩国基地になっている。つまり、いずも型(いづもは横須賀基地、「かが」は呉基地配備)の艦載機はどこに置くのか? やはり岩国ですか? それとも鹿児島県の鹿屋でしょうか。もしかしたら、辺野古新基地かもね。冗談きついな!

 日本は再び「守るも攻めるも黒金の」などとワクワクしながら、世界を股にかけた戦争をやるつもりなのだろうか。「攻撃は最大の防御」などといいながら米国第7艦隊などと共同作戦をやれば、かってと違い負けるわけがない、ナーンチャッテ。

 しかしF-35AもBもだが、ステルス戦闘機で軍事機密の塊。定期点検・修理を日本側で実施できない。そのたびに米国企業の技術者を招いてやるしかないのだ。1機110億円とか140億円と言われているのだが、+修理費にどこまでお金をつぎ込むつもりなのだろう? 日本って、そんなに豊かな国だったんか? おマヌケ国=日本

 こんなことを私たちは、断じて許してはならない!! お金は主権者のために使うべし! 主権者は私たちだ! 忘れるなかれ!

安倍晋三首相にはいかなる心があるのだろうか?(190817)

 2019年の夏、私は安倍晋三首相の式辞に目を通してきた。①6月23日の沖縄の慰霊の日、②8月6日の広島、③8月9日の長崎、④8月15日の「戦没者を追悼し平和を祈念する日」の4回だ。どれもこれも官僚が書いた作文だろうが、それにしても脂汗をかくとか、呻くとか、感情が何一つ揺らいでいない。いずれの日も、万(何十万から何百万)という人が亡くなった祈念日の追悼の式辞でだ。

 8月15日の式辞全文は、700字余り。短い。このなかに「平和」が4回、「み霊」が3回出てくる。彼は「平和」主義者の振る舞いをしているつもりなのか。彼の確信は「私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは決して忘れません」としていることのようだ。否、戦後日本の平和と繁栄は、米国が担保してくれたものであり、そこには日本国憲法も含まれてきたはずだ。軍人・軍属210万人の戦没者が平和と繁栄をもたらしたとは、いかなる了見なのだろうか?(米国も地に落ち、米国と共に日本に「武力による安全保障」を担えと強引になっている)。 

 ここで貫かれているトリックは、戦死者個々の状況をかき消し、「み霊」に抽象化・美化する中で戦争の実像をしらっと消しているのだ。こうしたなかで、「平和で希望に満ちあふれる新たな時代を創り上げていく」と言われてもね。例えば、「広島や長崎での原爆投下」のなかに、朝鮮人被爆者を含んでいるのか?そもそも原爆を受けるとどうなるのかを考えたことがあるのか。 「沖縄における地上戦などで、無残にも犠牲となられた方々」にスパイ扱いされて皇軍に殺された人たちは含まれているのか、皇軍に壕から出て行けと言われて殺された人たちは? 軍隊慰安婦として殺された人たちは? どう考えても含まれていないだろう。頭数は数えられているのかもしれないが、彼は追悼していないのではないか。葛藤した気配が全くない。

 沖縄タイムスの19年8月16日の2面の上に「11歳、毒で母・妹あやめた」「満州引き上げ 京都の村上さん」との記事がある。大日本帝国が植民地にしていた満州から逃げ帰るとき、足手まといになりそうな人々を殺害したのだが、11歳の少年に殺害させていたのだ。実の妹と母をだ。薬での毒殺。何も知らせずに少年を実行行為者におとしめたのだ。これが戦争というものなのだろう。

 安倍晋三首相はこうした史実を知っているのか? 知らない知らないと、目も耳も手も塞ぎ、不都合な真実を覆い隠しているのではないか。

 未明に上記を書いた。朝起きたら、村上さん11歳に衝撃を覚えた。私は11歳の時、母が死んだ。病死だった。もしも村上さんが私だったら。絶望の余り自死していただろうな。84歳の村上さんは体験を語っていると。半端な決意でできることではない。こんな犯罪を誰がやらせたのだろうか? 

 私たちは、人間には悪魔が潜んでいる事を忘れてはならない。性善と性悪の2者が同居しているのだ。戦争はこの性善を駆逐し、性悪を増殖させていく。だからこそ私は戦争に反対するのだ。悪魔に牛耳られた「平和」はいらない。

 こう考えると、言葉って難しいものだ。いいえ、人間の心が難しいのだろう。だからこそ、私たちは素直に生きられる社会を求めていかなければなるまい。「忖度おじさん・老人」になったら寂しすぎる。

 

 

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