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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2018年4月

2018年4月30日 (月)

「屈辱の日」の闘いの中で(180428)

 2018年4月28日。52年4月28日から66年。米軍の横暴は止まず、72年からは日本政府の米軍の横暴の幇助の事態も止んでいない。16年4月28日は、元米兵(軍属)による、たまたま歩いていた女性を見つけ、拉致・強姦・殺人・遺棄の事件が起きている。

 500人行動実行委員会は、ゲート前から場所を移して次の集会に準備を兼ねて。
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唄・三線に合わせて、カチャーシー。
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東京から参加の女性。なかなか上手かった。
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集会参加者も出てきて、踊る。10時30分。
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第1ゲート前では米軍車両に抗議。給水車を連結してどこへいく。10時39分。
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ガードマンが規制に入り、軍警も彼らの守備範囲を超えて出てきた。
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あっという間に機動隊が出てきて、女性の腕を握り締める。10時44分。
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軍警に抗議する統一連仲村司さん。罵倒するだけの軍警。10時47分。
この間も集会は続けられているのだった。
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気がつけば、辺野古リレーのT君ら。警視庁機動隊の高江への派遣について裁判中。
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11時~「4・28屈辱の日を忘れない県民集会」」が始まった。約1500名が参加。人がうめつくしている。
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上のフェンスに軍警が聞き耳を立てていた。何を目盛っているのだ。11時22分。
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またトラックがでてきた。11時34分。どこにむかうのか?
集会は国会議員(野党)、県議会議員(与党)、平和・市民団体など。変わらぬ米軍支配に対して、新基地建設阻止を朝鮮半島の分断を越える中に、展望を見出せるはずだと。
決して諦めない力が漲った集会になった。
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辺野古のデイゴ。今年も花を咲かせてくれた。

三上智恵・大矢英代共同監督の新作「沖縄スパイ戦史」にご注目を

 昨年から三上智恵さんが新たな映画を撮っていることは知っていた。何でも「沖縄裏戦史」とか。三上さんから、「今のうちに撮っておかないと生き証人がいなくなってしまうから」と聞いていた。私も確かにそうだなと思っていたのだが、この「裏戦史」について、ピンときていなかった。あな、恥ずかしや。

 で18年4月28日、三上さんがシュワブゲート前で撮影していた。来ているんだと思いながら、私は辺野古テント村へ。そこで久しぶりに彼女と話す機会ができた。
 私「いつ頃できるんですか?」 三上「夏から上映開始」 
 私「今度の映画は?」 三上「これまで沖縄戦の表の話は語られてきたけど、裏側の話は殆ど知られていないから」
 私「表と裏って?」 三上「表は牛島司令官が自決するまで。裏はその後のことであり、陸軍中野学校が暗躍してね。沖縄の住民を窮地に追い込んでいったの」(以上、概要)。
 「だから本題は『沖縄スパイ戦史』にしたの」。なーるほど。今再び沖縄・琉球諸島が戦場にされかねない中で、国家権力がスパイ連中が必ず手がけってくることは住民の分断であり、殺戮への道に引きずりこんでいくこと。住民に悪の手引きを招き入れること。
 
 今進行中の事態は、島嶼奪還作戦。確かにこれをやるためには戦争になる以前にスパイ分子を島に部隊配置しておかなければならないだろう。73年前の事態と今の事態をよくよく重ねていかなければならないな。軍隊の本質はほとほと変わっていないものなのだ。
 これは見るしかない!上映は18年7月から。詳細未定。分かり次第当ブログでも紹介します。また早めに見て、内容を紹介します。

500人行動最終日は搬入態勢を取らず。やれやれ(180428)

 2018年4月28日(土) 朝からシュワブゲート前に行く。昨日までの様子が消えてなくなっている。機動隊のバスがいないし、機動隊もいない。

 スムースに集会ができることはなによりだ。
 
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2年前のこの日、元米兵に拉致され殺された女性を追悼し、黙祷を捧げる。8時18分。
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先ずは歌って、新基地建設阻止の気持ちをひとつに。
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歌を歌い終わり、オー!司会は平和運動センターの大城悟さん。
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挨拶を500人行動実行委員会の共同代表の儀保昇さんが。大勢の皆さんが集まり、最終日まできた。搬入を予定通り止められなかったのは悔しいが、これはひとつのステップになればいい。今後も頑張っていこう。8時32分。
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同奥間政則さん。参加者が減ってきた中で、何かできないかと考えて始めた500人行動だった。これを気に再び闘いの熱気を取り戻せるのではないか。何としても止めていこう。
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玉城デニー衆議院議員。警察法と憲法の人権条項をもちだして、ここの警備がどれほど憲法と警察法にはずれているのかを再確認。自信をもってとりくもうと。
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元読谷村長の山内徳信さん。かっての読谷村での基地撤去の闘いを振り返りながら、いささか長いおはなし。
 沖縄には憲法がなかったからこそ、理屈を込めて、身体を張って闘うしかなかったのだ。これは今もかわらないのだろう。
 また彼は現在進もうとしている朝鮮半島の平和・統一への歩みを沖縄の歴史を振り返りながら、共に前に進みたいと語っていた。私も深く頷く。
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山内さんに指名された彫刻家の金城実さん。読谷に朝鮮人労働者の恨(ハン)の碑を建立した。民族の分断を許さない、戦争を止める。
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秦真さんが力強く歌う。
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ゲート前全体の様子。9時53分。
これではやはり搬入はないだろう。やれやれしながら、私は次の集会が始まるのを待つ。

2018年4月29日 (日)

いつものような、いつもでないような1日(180427)

2018年4月27日。晴れ。今日も巡視船が1隻。

朝から護岸工事が進む。この日の私はテント番。今朝も抗議船に乗りたいという方がお待ちになると。今朝は人数が少ないので、確認するだけに。
 大浦湾の方から、台船らしき物が沖合いに。
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これ。クレーン台船だろうが、大浦湾から出てきたかは分からなかった。9時52分。
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テント前のヤドカリ。一個に数匹がかぶりつく。鉄壁の防御態勢。何をしているのだろう。10時43分。
午後、私は私用でテントを抜ける。14時30分ごろ無事に帰還。さっそく来訪者に説明。私たちの説明は暗記しているものでないので、体力とやる気があれば、いつでもできる。言葉を度忘れしてしまうことはあるが。
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テントの中に居て、大型機の音がする。民間機かそれとも何か。気になって出てみたらRC-135.その何型かまでは分からない。西に向かうので嘉手納に戻るのだろう。朝鮮半島情勢を偵察していたのだろうか。15時26分。
沖縄に居れば、朝鮮半島が平和に向かうことを強く支持したい。東アジアでわざわざ緊張を煽るような愚策を止めさせなければならない。

2018年4月28日 (土)

2018憲法講演会 -命を守る 9条の希望(宜野湾市)

私たちの憲法を考える-憲法のキホンの「キ」から改憲問題まで-講演:伊藤真(弁護士)

◎模擬憲法カフェ 話して:林千賀子(弁護士)
◎「島の未来は市民が決める」(石垣島の自衛隊配備問題) 話して:藤井幸子
日時:18年5月3日(木)13時30分から
会場:宜野湾市市民会館大ホール(宜野湾市役所隣)
入場料:700 高校生以下無料
主催:沖縄県憲法普及協議会

ゲート前から降りてきて(180426午後)

 18年4月26日昼前にテント村に戻った。来訪者が多かった。私は一休み。

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音の先を見れば 、米軍のゴムボート3艇だ。K2護岸付近。11時57分。
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今日も砕石を積んだ船が大浦湾に入り、出て行くところだ。12時37分。日課になっているのだ。
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沖合いをCH-53、2機が飛ぶ。西へ。北部訓練場から普天間に帰るのだろう。14時8分。
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今度はAH-1.やはり西へ。14時22分。
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今日もK3護岸付近で抗議活動が続いている。14時58分。
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奥のクレーンでオイルフェンスを下ろしている。N5護岸の先端部。15時20分。多分、N5
からK4、N3を囲うフェンスを更に張り巡らすのだろう。奥は巡視船。
護岸工事は油断がならない速度で進んでいる。
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マナヌ岩周辺のサンゴ礁付近。大きな波がたっている。漁港奥の護岸の上に抗議船「不屈」が戻ってくるのが見える。15時32分。

4月26日に不当逮捕された3名は、昨日無事に釈放された。

 18年4月26日、シュワブのゲート前付近で不当逮捕された3名は、①道路交通法違反、②公務執行妨害、③公務執行妨害と傷害がついていましたが、翌27日、那覇地検は3名を釈放しました。

 特に③の方は、傷害がついていたので、心配していましたが、故意性が薄いと判断せざるをえなかったようです。また3名とも初めての経験だときいていましたので、私も心配していました。ご苦労様でした。

ここ数日間のこと(180428)

 ここ数日間、個人的な2つの難題に追われ、四苦八苦。いくつもの予定を後回しにせざるをえなかった。それにしてもできるものはできるし、できないものはできないのだ。大きなことは常に注意深く計画的に、戦略的な視野がないと、突破できないものだ。当ブログに具体的にかけないが、昨夜までに何とか一歩超えることができた。

 ただひとつは当ブログとも大いに関係のあること。自分の課題である、考える時間と場を確保することに係わることだ。要は部屋の、資料の整理の問題だ。
 こんなことにおわれていたら、朝鮮半島の南北会談で、38度線を跨ぐ両首脳の図が出ており、まぶしかった。この朝鮮半島を巡る戦後史の中での対立は根深く、冷戦の一面であり続けてきただけに、緊張緩和になるかならぬかで、大いに異なる世界が見えてくるだろう。特に日本にとって、日本帝国主義の朝鮮半島への植民地支配と、戦後の米国の属国として、朝鮮半島の分断を固定化する役回りを解く責任があるはずだ。
 対立が戦争が金儲けだとする立場を撤回することなくして、日本に平和はやってこない。このことは沖縄支配にも及ぶ問題だ。4月28日は、52年4月28日に戦後日本が独立した、沖縄を切り捨てながら。私たちもこの分断・対立を超える自信と戦略を育まなければ一歩も前に進めない。
 安倍政治を終わらせることは、彼らの利害に翻弄される局面を越え、大局的な観点からこれまでの歩みを見直していかなければならない。戦後政治の膿は深いのだ。安倍こそが国難であるというのは、私にも理解できなくはないが、もっと民衆が生きる中で、民衆の暮らし方を前面に出すことが重要だろう。経済成長に煽られ、あたふたしてきた民衆がここで、どんと構えなおさなければ、2度と立ち直れないのではないか。破滅への道は大きく開かれているからだ。
 深い闇に閉ざされてきた、閉ざしてきた私たちの可能性を開くのは、この2つの分断(朝鮮半島の分断と沖縄と日本の分断)を越える先にあるはずだ。現局面は、私たちにとって最後の可能性かもしれない。しっかりと考え、確かな一歩を歩みだそう。

2018年4月27日 (金)

ゲート前から辺野古の集落に下る中で(180426)

 2018年4月26日、ゲート前からテント村に下りる。

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坂の途中に咲くアカバナー。まぶしいほどの美しさ。11時26分。
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ブーゲンビリア。これも沖縄を彩る花の代表格。バックは沖縄国立専門学校の寮。
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辺野古の下に下りて白い花に気がついた。大きめでおしべが大きい。バンジロウ。こういっても何? グァバのこと。実は食べれる。グァバの花だったんだ。
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辺野古川に出たらシギがいた。なんだ? キアシシギだ。漸く来ていたのだ。
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そーっと近づいてみる。6羽おりました。
沖縄はそろそろ暑い時期を迎えるはずだ。

囲い込む彼らの姿を見る(180426-10時30分~11時30分)

 2018年4月26日、10時30分、私は漸くシュワブゲート前に上がった。

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こちらは第一ゲート前。米軍車両が出てくるところで抗議。警官の奥に米兵(左上)。10時33分。
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工事ゲート前。中に30名余りの機動隊。手前の反対車線にも機動隊。
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国道329を挟んで。機動隊がバス6台余りを並べて内側(バスの奥)に囲い込む。10時37分。
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北側歩道を封鎖している機動隊。
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機動隊とアルソックが囲い込む。ガードマンは警察の補完部隊か。
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囲い込む機動隊。何を考えているのだろうか。
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女性が封鎖を解くように淡々と抗議。10時41分。
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警官らの警備の中、ゲート脇に立つ防衛局職員。何しているのか。10時44分。
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バスの壁に人を閉じ込めながら排気ガスを出し続ける警察に抗議。無言の彼氏。10時49分。
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壁の中。右側は基地のフェンス。囲い込まれながらも抗議の声をあげ続けていた。
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散発的にミキサー車などが入る。
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自転車で通る彼を両側から抱え込む警察官。
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反対車線歩道で救護班が場所を移動させていた。連日約30名が怪我していると。激しい弾圧が掛けられているのだ。23日、Tさんは肋骨と鎖骨を折ったと聞いていたが、そこまでだったのか。許せない。
 警察は要所を封鎖し、座り込みじたいを禁圧する構えだ。市民の表現の自由などおかまいなしだ。基地建設のためなら何でもありか。
だが、沖縄を戦場にするようなことがあってはならない。人権を守るとはそういうことなのだ。
 
 昼休憩モードになったので私は浜に。それにしても工事車両は散発的に出入りしていた。
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辺野古集落の入り口に立てられ看板。実行委員会の地域への配慮が滲み出ていた。

2018年4月26日 (木)

抗議船に人を乗せるの巻き(180426朝)

 2018年4月26日。晴れ、暑いです。今朝は朝からゲート前に上がるつもりだったんだが。やけに浜のテントに人が溢れている。なんだろ? 話を聞けば乗船希望者。きいてみれば、昨日乗るはずだったのに乗れなかったとか、新規に乗りたいと。7時30分テント2に行きましたかと問えば、ハイの方もイイエの方も。

 昨日からY船長は忙しく、今日は船長をやると。ここは仕方がないので、私が交通整理役を勤める。優先順位を昨日予約していて乗りたかったのに、今朝予約しました、これからの方の順に整理。今日の船は3隻。だが1隻はカヌー付き。先ずは「不屈」に乗っていただく。8名。約1時間、2台目も「不屈」に8名、3台目にやっと「美ら」が来た。6名。最後に「不屈」に5名。計27名。
 お待ちいただくのはなかなか大変だ。何時に来ますかといわれても、時刻が定まっていない。出発準備にどれだけかかるか、到着にも、出れば出たで、そのときの様子による。無線を聞きながら、目視しながら、適確にお待ちいただくしかない。乗船の人数は船によって決まっているので、これを厳格に守らないと、海保がうるさいのだ。
 乗り込むとき降りるときの道も私が案内。順番に。護岸脇の岩場は滑りやすい。落ちたら大怪我するから、歩きやすいところを自分が歩いて示す。
 本日は午前中が干潮。こうなると埠頭から船に乗り降りできない。岩場から砂場のルートへ。ここに船を停めると、出るときが大変。砂に乗り上げてしまうのを押し出す。N船長が押し出しながら飛び乗ったのだが、サンダルを海に落とした。まったく!急いで自分が海に入り、拾ってなげたが、彼がまた落とした。2mほど先に落ちた。もうもうもうだが、再び海から拾い上げた。私の靴もズボンの下も当然濡れた。ぐちゃぐちゃだ。
 命に係わるミスじゃないので、ドンマイだ。笑って皆さんを送り出す。
 帰ってこられた方々の笑顔がまぶしかった。やはり海に出ると、ここの美しさにほれ込む。護岸工事の無残さに憤る。この落差が皆さんの行動に火を点ける。
 10時30分、私はゲート前に上がった。

ゲート前で相次ぐ弾圧を許すな(180426)

 キャンプシュワブゲート前(付近)では連日500名を超える人々が集まり、工事車両を止めようと熱き闘いが展開されている。沖縄県警はこれに対して、4月24日、2名を逮捕した。1名は公務執行妨害らしいが、弾圧の中で警官に押し倒された弾みで、手にしていたペットボトルの類が飛び散り、警官に水分をかけてしまったからだという。この手の弾圧はゲート前で、これで2回目だ。笑止千万とはこのことだ。人に襲い掛かってきて、その余波でブーメランのように自分にかかった(当たった)からとは、笑わせる。ペットボトルであれ、カップであれ、わざわざ掛けたならともかく、恣意性のないものまで拡大解釈するとは、国家権力だからと言っても、みがって過ぎる。

 もう一名は車両の前に立ちはだかったかららしいが、翌日2名とも検事釈放になった。ところが、本日18年4月26日、2件、3名が不当に逮捕された。10時頃と、11時頃。最初の1件は工事ゲート前と第2ゲートの間で、搬入車両に抗議していた1名に警官が襲い掛かり、逮捕、彼を逮捕されまいと身柄を取りもどそうとした人が逮捕された。後者は、機動隊の弾圧の中で思わず、苦し紛れに抗したら、逮捕されている。
 彼ら3名に弁護士が接見に入っている。詳細はその報告を聞かないと分からないが、微罪逮捕が続けば、16年の高江での逮捕攻撃のように、戦略的な弾圧も今後予想される。十分な警戒が必要だ。

海上大行動は不屈なのだ(180425)

 2018年4月25日。昨夜までの雨は上がったが、ウームな空。私が7時に辺野古のテント2に行くとメンバーがたくさん集まっていた。決行だと。

 船への乗船希望者、テント前に8時30分集合。順次船に振り分けられていく。船は8隻。
 私が乗った船は9時過ぎに出港。
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K3護岸前に着いたら、カヌーの皆さん勢ぞろい。工事は始まっていた。海上保安庁は16隻のGBがでている。9時23分。
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私たちの主張はこれだ!分かりますか?
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作業員や海上保安官に私たちの主張を示す。
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立ち上がって示す。9時48分。
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オイルフェンスの外側に陣取るカヌーチーム。これだけ多いと圧巻だ。80艇余りの数。10時7分。
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10時10分過ぎ、フェンスを乗越えての抗議が始まる。皆、工事を止めたいの一心だ。この海を守りたい、戦争を止めたい。基地を造らせないのだ。
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ある乗船者の所要で港に戻っていたのだが、多くのカヌーメンバーが中に入って、拘束されても抗議している。諦めない。10時32分。
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しかしクレーンが動き砕石が海に落とされていく。10時37分。
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GBに威嚇されながらも中に入る。10時37分。笑顔がまぶしかった。
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一瞬光が入った。中に入らずに抗議するメンバーたち。オイルフェンスを挟んで中も外も心はひとつだ。10時41分。
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中ではGBに挟まれながらも素早く前進した仲間が海の中に突き倒された。10時40分。
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拘束されながらも重機の前で抗議する。10時53分。
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護岸の上の保安官。両国に忠誠なのか。海を壊しながら。海を壊すのが海保の仕事なのか? 11時。
今日の海上行動は11時20分ごろ終了。皆無事だった。脱落者も出ず、怪我もなく。ほっとする。
午後浜で集会。
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カヌーがこれだけならぶと、美しくかっこよい。12時53分。
ヘリ基地反対協議会主催の集会。13時15分頃から始まった。主催者、カヌーメンバーや船の仲間が発言。新基地建設許すまじの思いはひとつ。
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そこにCH-53、2機が沖合いを飛んだ。北部演習場に向かうのだろう。13時24分。
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宮古島からも駆けつけてくれた仲間。
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「今こそ立ち上がろう」を皆で熱唱。
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最後はシュプレで団結を固めた。集会は270名参加。ゲート前の闘いとも呼応しながらこれからも闘いは続くのだ。私達は諦めない!

2018年4月25日 (水)

5・3ヒロシマ憲法集会 2018 平和といのちと人権を!

日時:18年5月3日13時~14時30分 デモ:14時45分から16時

会場:ハノーバー庭園(旧市民球場の北側)
記念公園:仲村未央(沖縄県議会議員)さん 「復帰46年の沖縄から伝えたいこと」
特別報告:田村順玄(岩国市議会議員)さん
主催:戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会(構成団体:戦争させないヒロシマ 1000人委員会/広島県9条の会ネットワーク/秘密法廃止!広島ネットワーク/憲法と平和を守る広島共同センター
連絡先:日本ジャーナリスト会議広島支部内(090-8362-1142 高瀬)
◎今広島の地で、沖縄からの報告・問題提起と岩国からの発言は、大きな位置を占めるはずだ。岩国基地はオスプレイの中継基地、F-35B、空母艦載機など沖縄とも重なり断然基地機能が強化されている。こうした現実の中から広島の地で憲法の意義を確認し、目指すべき課題を明らかにできたらと、願うものだ。未央さんの発言を私もきいてみたいが。(ヤマヒデ)
◎全国各地で5月3日の憲法集会が行なわれる。それぞれの地で行なわれる集会とデモに参加しよう。

講演会 「辺野古・大浦湾への6月土砂投入までに『撤回』を!」

日時:18年4月29日13時30分~17時

会場:沖縄市町村自治会館ホール(なはバスターミナルそば)
資料代:300円
主催:沖縄平和市民連絡会 ℡ 080-1782-6598(城間)
繰返される違法な埋立て行為と「即時承認撤回」の法的根拠を考える
「基地被害の緩和」を口実に作られた「新岩国基地」の被害拡大の実態を踏まえて、今何ができるか、共に学びましょう」
講師①:本田博利 (行政法・自治法) 「2つのタイプの『撤回』-取り消し撤回こそ先決」
講師②:田村順玄 (岩国市議) 「岩国市民を騙し市民生活を破壊する岩国基地の沖合い展開」
講師③:北上田毅 (土木技師・沖縄・市民連絡会)「もう許されないー防衛局の数々の違反行為を問う」

2018年4月24日 (火)

ヨーロッパのジャーナリストから取材を受けた(180423)

 18年4月23日午後、ヨーロッパのデンマークのテレビ局のジャーナリストが取材に見えた。これまでヨーロッパのジャーナリストは、イギリス・ドイツ・フランス等からきているが、同国からは私が知る限り初めてだろう。通訳はドイツ在住の日本人。

 沖縄の基地問題について、一から話してほしいということなので、歴史的経緯から。1879年の日本国による琉球王国の併合から沖縄戦に到るまで。沖縄戦から52年4月28日の日本国の独立、沖縄の米国への分離から72年5月15日。この過程での沖縄への基地の集中。そして今日までの米日政府による沖縄の軍事植民地時代。
 特に米ソ冷戦構造における米国によるアジア支配の要としての沖縄の位置。ソ連崩壊後は対中包囲網の最前線になった琉球諸島・沖縄島。詳細をここに書ききれないが、彼はところどころで質問をしてきた。それも各論についてではなかった。人の話を聞きながら、何故どうしてと返してきた。
 たとえば、こうだ。①基地建設反対、基地反対の論拠は何か?被害からか、加害からか。②何故日本国民は沖縄の基地問題に無関心なのか? ③もしも沖縄から日本から米国が引いてしまったらどうなると思うか? ④20年来闘ってきて何が変わったのか、変わっていないのか? 等々。
 これらの質問は私の話の中から、どうなのだと聞かざるを得なかったのだろうが、これまで日本人ジャーナリストから、こうこられたことはなかったな。
 
 私の答えを全部書いたらこれまた長くなる。①について、沖縄では被害からが多いが、私は加害の事例を示しながら、加害にも拘りたいと。あらためて被害と加害を考えることが重要だろう。今正に、琉球諸島が戦場になりかねない今、被害者になり加害者になることを正面から同時的に問わなければ、力になりえないだろう。
 ②については、これまで沖縄に米軍基地が集中されていることによって、地位協定によって、46都道府県では無関心になっていると、答えてきたが、さらに、日本国は、日本人は、歴史的に戦前から侵略の歴史が敗戦を「終戦」と言いくるめられながら、それも欧米には負けたが、アジア諸国にはしかとしてきたことが、連綿と流れている。沖縄に対してもだ。こうした曖昧な態度が、ついつい無関心になびかせてきたのではないか。さらに戦後教育の考えない態度の訓育が大きな負を招いている。
 私は、こう話している中で、情けなくなってきた。
 ③もしもアメリカが沖縄から、日本から引いてしまったらどうなるだろうか、と。鋭い質問だこと。これに私は、世界を牛耳る力の政治、独り占めにする政治に、米国のみならず、中国であれ、ロシアであれ、日本であれ、止めていただきたいと。もしも資源が欲しい、経済的な利益を求めるのであれば、分かち合うことが唯一の正解なはずだ。これは外交力を抜きにできない相談だ。沖縄は分かち合うことを追求し、大国にもはっきりとした発言をしていくべきだ。
 ④についてもるる語った。この20年間の闘いは、名護市長を変え(再び取り返されてしまったが)、沖縄県知事を変えてきた。鳩山首相の出現は、沖縄に自信を与えてくれたし、可能性を垣間見せてくれた。長年の間に、押したり引いたりはあるものの、東アジアから戦争をなくさなければ、人々は生きていくことは難しくなる。朝鮮半島、中国との関係も含めて、闘いの展望は私たちに開かれているのだ。
 70分余りの対話になったが、ビンビン返ってくる応答は、疲れたがおもしろかった。また通訳の方が実に的確に素早く訳してくださり、感謝します。淀みない会話になったことをお互いに喜びあいたい。
 最後に私はデンマークのことを好きな国ですと言った。社会保障のことなどがと。彼はデンマークもグリーンランドに対して似たような位置にあり、問題が様々あると言っていた。
 この後、彼らはゲート前に取材に向かった。

アカショウビンが鳴いた(180424)

 今日は辺野古を休み(週1日休暇)、部屋の片づけをした。ブログを書くためにも考える場所と時間を確保しないとならぬと決意して、少しづつ整理した(まだまだ未完)。思わぬ掘り出し物が出てきたり、否、大変なことを忘れてて大慌てしたり。我ながらしょうもない。何とかなりそうだなと、買い物に出たら、アカショウビンがキョロキョロローときた。今年初めて聞いたアカショウビンのさえずりだ。いやぁ、嬉しい

 しかし、今年はなんだか鳥の渡りが遅い。辺野古の河口にほとんどシギ・チドリ類はきていない。ここまで工事の影響が出るとは考えられないが、どうしたのだろうか。連休の間に、この近くでシギチドリが多く来る水辺に行って、観察して、見比べたい。そろそろエリグロアジサシが大浦湾に来るはずだけど、今年はどうだろうか。これこそ、工事の影響がでるはずだ。既にここ数年激減しているので、しっかりと観察しておきたい。

海上行動の強化に向けて(180423)

2018年4月23日。曇り後晴れ。巡視船1隻。

朝から海上行動が始まる。8時30分ごろには砕石運搬船が入ってきた。
現場に出るカヌーチームの一方でカヌー練習が始まった。
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テント前。初心者が現場に出る為には、基礎をマスターしてから。危険が伴うからだ。
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カヌーを出す。ここでうまく乗れるか。
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滑り出した。2人乗りで。
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グループに分かれて練習を重ねる。
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一度浜に戻って、一からパドルのこぎ方を指南。気持ち縦に入れるのだ。でないと、推進力を得られない。上半身全体で漕ぐ(腕だけはバツ)。
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転覆練習は欠かせない。落ちた、落とされたときに、慌てずカヌーを起こして乗り込む。
一人でも多くの人が現場に出れるようになってほしい。カヌー教室は毎日曜日にやっています。23日は25日に向けた特訓です。
現場ではちょっとしたアクシデントが起きていた。GBに拘束された人が船酔い。そのひとを助けに入った船が、ちょいとトラブル。皆、気をつけて。
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午後もK3護岸の現場に出た。20艇弱。13時35分。
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オレンジの重機はK3。黄色は東西に伸びるK4護岸。工事は進む。
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手前はK1護岸、上がN5護岸、更に上がN3護岸(辺野古崎)。3重層だ。悔しさをバネにするしかないのだ。
海上行動に出る人々を、私達は待ってます。闘いは続くのだから。
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上空を飛ぶ県警ヘリ。ゲート前偵察に来たのだろうが、海上もみていた。15時25分。
今日の米軍はヘリが3機沖合いを飛んだ。

頭は何のためについているの?(180424)

 人間には頭がついている。これがぶっとんでしまえば、即死だ。しかし本当に頭がついているのか、疑わしい人が少なくないと、私は考える。

 
 先日、東京に行った。私の妹が山を歩く人たちは、生き延びるために考える力を育んでいると言っていた。自分も若かりし頃は登山者だったので、これはうなづける。山でピンチに陥ったときに如何にしてピンチを脱するか、ただ体力があるだけでは不可能だ。状況を正確に把握し、そこを突破する方針を出せなければ無理。自分の頭で考えることが生死を分ける。むろん常日頃から如何にしたらピンチに陥らないかを私も考えていた。
 山岳本に、様々なテキストがあるが、自然界の中で起きることはテキストに整理しきれない。複合的な事象を把握する能力。
 最近は山の遭難が増えているという話もある。高齢者が増えたことも、経験不足もあろうが、その底辺に、考える力のない人が増えたこともあるのではないか。
 
 ところで、日本人に目を向ければ、余りにもおそまつ君が多すぎる。かの理財局長もそうだと思っていたら、今度は財務省事務次官。全く本題から外れたセクハラ発言が堂々と飛び出す頭の持ち主。根っから腐っている。トップは指揮をとるはずだが、このタガの緩みはなんだ。女性記者をバカに仕切っている。これが日本国官僚組織のトップの本領だったのか。公私の区別もつかず。否、私的欲望が、おちゃらけが、性差別が全面にデル。貴方に思考力はあるのか? あるまい。居直る頭しか、かき消す頭しかついてないようだ。
 
 安倍首相夫妻もにたりよったりだ。状況把握能力がないので、自分の持論だけでごり押ししようとしている。だが、もう限界だ。
 
 しかし最も憂慮すべきなのは、もはや「国民」に思考力があるのかという問題だ。教わったことを記憶する、いいなりでやるだけの頭しかなければ、もはや私達は生き延びられない。火山が噴火して、大地震が来て、戦争が起きてからでは間にあわないのだ。自然現象はともかく、戦争や原発、民族対立などの問題は、人間が起こしてきたことだ。知りませんでしたは、通用しない。否、それでは遅すぎる。
 
 沖縄では軍隊は住民を守らなかったとの教えがある。確かにそうだ。だが、これを空念仏のように唱えているだけでは効果はない。だがら、何故軍隊に従ったのか、従わされたのかまで考えなければ無意味。また今この教訓を活かす為に、自分の頭で考える力を育まなければ、再び同じ過ちをおかすだろう。
 蛇足。「国民」という属性にも危うさを感じて欲しい。私が生きる、私たちは生きるために、「国民」という枠を脱して考えよう。
 
 私達に、見かけだけでない頭はついているのだろうか。これは自分にとっても重たい課題だ。
 

今日の自然観察(180423-辺野古)

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キキョウラン 
青の花と緑の実。同じ茎に両方ある。よくみれば、実は先から緑になり、元はまだ青いのも。こうしたものを絵にするためには、如何に重ねるかが大切。理科と美術の問題でした。
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テントの中に出てきたオカヤドカリの仲間。被っている貝は10センチ弱。実はヤドカリ類の見分けは難しい。図鑑を買ってみたが、歯が立たない。慣れるまでは手にとって、図鑑と首っぴきで識別しないと、分からないようだ。ただし採集はやめてください。天然記念物です。念のため。

2018年4月23日 (月)

シュワブ・ゲート前から(180423)

 今日から「500人行動実行委員会」主催のゲート前行動が始まった。私はテント番の日なので現場に行けていないので、詳報は分からない。行った方々の話を総合するとこうだ。8時~14時頃までトラックの搬入を止めたと。6時間頑張ったそうだ。また、コンクリートミキサー車は入らなかったようだ。沖縄防衛局は、座りこみ部隊で車両が入ることが困難であることを承知していたということだろう。参加者は350名ぐらいとの報告がある。結果的に1陣は入られたが、通常の3陣の態勢を崩したようだ。しかし、国道329号は大渋滞。警察が嫌がらせのように一般車両の交通を通れなくしたからだ。

 私の友人達もこれに巻き込まれたようで、1時間余り帰って来れなかったり、途中でバッテリーが上がってしまい、動けなくなった人も居た。またバスが遅れて、病院に通えなかったり、様々な影響を与えたようだ。こうしたことは2016年の高江での闘いでも繰返されてきたことだ。
 明日以降の闘いの中で、住民からの反発を如何に返していく細やかな取り組みが求められているだろう。これらは警察への抗議と、住民への丁寧な説得として行なわれるべきだ。徒に住民を敵に回したら、逆効果になることは言うまでもない。
 またトラック運転手と口論になったり、暴力沙汰にならないように細心の注意がいるだろう。参加されている皆さんは、こうした点にも配慮いただいて、取り組んでいただきたい。

雷雨の中の一日(180422)

2018年4月22日(日)朝から雨が降り出した。雷雨になった。激しく降り、体感気温も低くなる。

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テント前。8時54分。
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雨に煙る辺野古川河口部。8時57分。
巡視船はいないようだ。
昨日、22日のカヌー練習は中止と決めた判断は正しかった。
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ちょっと雨はやんだが。9時56分。
だが、お一人、カヌー練習に参加したいとみえたが、中止とお伝えした。
そのひとはNGO系の人。護岸工事と土砂搬入の動きを聞きたいというので、詳細をお話した。悪天候が幸いして、じっくりと話せたのはよかった。
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また激しく降り出した。雷もピカピカ。11時4分。
知り合いが4月25日の海上行動のためにきており、雨の中、テントを訪れた。じっくりと現況を説明。
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12時3分。また晴れ間がでた。河口に赤土が流れ込んでいる。
午後もまたまた雷雨。読書をするのもはばかれるほどの天候。Yさんがセロリをもらったので、明日のスープに使うからと、私は下準備を手伝う。
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立派なセロリ。長さは50センチほどある。
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葉の部分と切り分けて、筋を外す。案外難しい。Yさんの指示にしたがいながら。
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葉っぱの部分。手がセロリ臭い。14時30分。2束分を切り分けた。できたできた。
テント撤収時も雷雨。

2018年4月22日 (日)

海上に出るはずが、カヌー練習を撮ることになった(180421)

2018年4月21日(土) 曇り。今日も浪高し。風も強い。私は船に乗るつもりで来た。あっさりカヌーは中止。

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ところが、船も1隻出ただけで、中止。乗りそびれた人たち。8時29分。
第3土曜日は、海の大行動の日で、大勢が集まったので、カヌー練習を辺野古川河口でやることになった。
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小グループに分かれて、海に出る。9時4分。
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テントを見上げながら。9時11分。
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カヌー教室。パドルのこぎ方を指南するY君。真剣です。
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初心者に2人乗りで指導。
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何と、愛犬メイがカヌーに乗せられてしまいました。陸を見つめるメイ。
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大胆な走りをみせるYさん。らしい姿です。
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転覆練習のお手本をみせる。こうしてカヌーを起こして、乗り込めないとカヌーに乗っての抗議行動はできません。
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左下の4隻が初心者グループ。真ん中の転覆練習中の赤カヌ-と見守る黄色カヌー。
上の黄色カヌー2艇はまた別行動。
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練習から上がってきました。11時18分
このあと、カヌーを片付けるのだが、初心者がてこずっているので、自分が助っ人に入った。3艇を持ち上げた。翌日、腰が痛くなったのだった。
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こちらが練習している間に大浦湾に入っていた砕石運搬船が出て行く。11時31分。
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午後松田浜から。根固め袋材を落としている。13時18分。地味だが工事は進んでいるようだ。
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フェンスのバナー。風になびいていた。
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下の黄色のものは3ヶ国語で書かれている。日本語・台湾語・英語。
午後は来訪者も少なく、ヒマでした。本一冊を読了。

ロウアングル/ハイアングル(180421)

 昨夜は酒席が入り、ブログを書けませんでした。一先ず写真2点。

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松田浜で。ロウアングルから、フジツボの仲間を撮影。波が寄せてきているところをパチリ。
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ハイアングルからキキョウラン。真上に咲くキキョウランを見上げて。望遠なのでおもしろくいけるかと。ほどほどに。この春にはキキョウランを撮ることは少なかったな。

自衛隊は今-改憲と反改憲のせめぎ合いの中で、沖縄で考えていること

◎本稿は「第9条の会ヒロシマ」(会報97号-18年4月)に寄稿したものです。掲載紙に写真7枚を提供していますが、ここでは略します。 

Ⅰ:はじめに

 去る1月26日、27日、私は福山市と広島市で「『島嶼防衛』軍事要塞化する沖縄」をテーマとした講演会にお呼びいただいた。広島の講演会後、改憲を巡って「3000万署名が進められているが、自衛隊の実態をみないで、条文を追うだけではダメだと私の持論を述べた。それが幸いし、こうして原稿依頼をお受けした。

 貴誌に寄稿するのは初めてなので、本稿に係わる範囲で自己紹介をさせていただく。私が戦争と平和を巡る問題に関心をもったのは、70年安保・ベトナム反戦の時代だった。当事はベトナム戦争の渦中であり、多くの若者が米・日政府に反発し、ベトナム民衆に連帯の心を抱く時代だった。その熱が冷めた後も私は、戦争と平和を巡る問題に関心を持ち続けていた。その背景に、私の幼少時の記憶-「傷痍軍人」と「米兵が溢れる横須賀の街」-があり、また、父親から聞いた戦時中の軍隊が跋扈する社会はイジメが横行してたと知り、恐怖感があった。

 それから時が経ち1989年5月、私は、「沖縄に行けば安保が見える」との誘いを受け、沖縄に初めて出かけた。確かにその通りだった。私達は、無自覚の裡に沖縄に安保という重石を置いてきてしまったのだ。当事の私の沖縄は「東京の日常」の彼方にあり、東京と沖縄の位相差は断絶したままだった。

 この時期は、天皇の代替わりと重なっていた。この重苦しい日々の中で私は、天皇(制)の戦争責任の問題から、この国と人々の戦争に対する『加害と被害』の両面を直視すべきだと考え始めた。お陰で90年に広島(8・6)、93年に長崎(8・9)の地を訪れることができた。そして91年92年のPKO法反対の闘いに全力をあげた。93年は沖縄で天皇の全国植樹祭が開かれ、これに抗する闘いにも参加した。

 私が自衛隊に関心を強く持ち出したのは、この頃からだ。自衛隊を追いかけ、「自衛隊」と称する軍隊の実像に迫ろうとした。私が選んだ主たるターゲットは、大型揚陸艦である「おおすみ」型(呉がこの3隻の母港)と、北方機動演習だった。結論は、防衛省は「おおすみ」を輸送艦と称しているが、揚陸艦であり、海外派兵に使用可能だ(04年イラク派兵に使用)、北海道の現地に北方機動演習を追えば、自衛隊が戦闘作戦を担う軍隊そのものだと、実感せざるをえなかった。98年~99年前後のことだ。あれから既に20年が経った。

 

Ⅱ: 「9条+3項」の珍論に触れて

 

 ご承知の通り、安倍政権は2015年に立憲主義を踏みにじり、集団的自衛権を合憲化する安全保障法制を強行採決した。そして今、明文改憲に踏み込もうとしている。「9条+3項」論+緊急事態条項だ。

 そもそも今は何時なのだろうか? この国は「戦争をする国、したい国」に転換したのだろうか、これからだろうか。①2013年12月特定秘密保護法公布。②13年12月「14年防衛計画大綱」閣議決定、④14年4月武器輸出3原則撤廃(「防衛装備移転3原則」閣議決定)、⑤14年7月「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」閣議決定。⑥15年9月安全保障法制強行採決。⑦近年、少なからぬ「国民」が差別・排外主義を充満させている。「日本第一主義」を歴史的反省抜きに豪語する。政権がこうした集団と同一化している。以上、列挙したように、この国は14年、15年に総じて戦争に向かう態勢をつくりあげたと、私は考えている(14年は自衛隊発足60周年)。

 それでは、解釈改憲と明文改憲を同居させる意味は何処にあるのか。①お試し改憲だからと、賛成を得やすい、②時代を書き換える(「明治維新150年」を打ち出し)明確な象徴として、③対米と対日の憲法解釈を別々に都合よく行なえ、共同演習・作戦の実態を目隠しでき、④解釈改憲は閣議決定と強行採決で融通無碍である。

 沖縄に暮らす私には、憲法問題は霞がかかっているようだ。米日安保(日米地位協定)体制が重すぎるのだ。かって「日本国憲法の下への日本復帰」を唱えた人たちから問い直しの声も殆ど聴こえてこない。今こそ沖縄から発信する憲法論-反壊憲の筋道が提起されるべきだろう。歴史的断絶を超えて。

 

Ⅲ:沖縄の自衛隊の過去と今

 沖縄に自衛隊が移駐したのは72年5月。当事の施設数は3、面積で166.1haだった。16年3月、施設数41、面積694.4haに増加した。もっと決定的な変化は、皇軍を想起し反発を受けていた自衛隊が就職先になるなど、市民権を得てしまった。また「防衛協会」が各地に組織され、自衛隊誘致の核になっている。2010年、那覇基地を中心とする沖縄の陸上自衛隊は、第一混成団(定員:1800人)から第15旅団(2100人)に格上げされた(一般的な旅団は4500人前後)。2010年末に閣議決定された防衛計画大綱に「島嶼防衛」が体系化された第一歩の組織再編だった。

 それ以前の2002年に長崎県佐世保市の相浦駐屯地に西部方面普通科連隊が600名規模で編成されている。この部隊は「島嶼防衛」を掲げ、米国海兵隊を模した敵前上陸も行なう攻撃的な部隊だ。06年から米国海兵隊との共同の実動演習を繰り返してきた。そして13年秋、陸海空の自衛隊3万人規模の統合演習を沖縄と九州の各地演習場等で行った。想定された戦場の周辺でやったことに私は驚愕させられた。

 2016年の沖縄の陸海空の3自衛隊は6700人に増加し、第9航空団の下にF-15戦闘機部隊を2個隊にし、40機態勢に倍増させた。さらに特筆すべきことは、16年3月28日、与那国島に陸自与那国沿岸監視隊(160名)を新編したことだ。この島の軍事拠点化を皮切りに、石垣島、宮古島、奄美大島(何れも対艦ミサイル部隊と対空ミサイル部隊が機軸)、馬毛島(演習場、事前集積所等)、そして沖縄島にも自衛隊基地が新編され、強化されようとしている。沖縄島のキャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブに陸自水陸機動団が2000人規模で新設されようとしており、これが辺野古・大浦湾の自然を壊し強権的に進められている新基地建設の本丸だ(日米共同使用)。先にあげた佐世保の相浦駐屯地の部隊は今春、600人から3000人の水陸機動団に改組され、オスプレイの機動部隊も新編される(当面、木更津基地だが、自衛隊は佐賀空港に固執)。

 以上概括してみた。問題は琉球諸島に留まらない。皆さんのこれからを左右しかねない代物だ。部隊再編は全国に及んでいる。有事となれば北海道から九州の8個師団・旅団が即、動員される。その指揮所は首都圏にあり、移動手段(民間船の動員も準備)や指揮・命令・通信などの回線も攻撃されかねない。

 要は「中国脅威論」を掲げ、軍事力が南西域に張り出し、対中戦争が海洋防衛、島嶼防衛を唱えながら、想定されているのだ。それも日本独自の利害に基づく戦争とは言えぬ作戦だ。米国の中国とのヘゲモニー争いを中国の最前線である琉球諸島に押し止める役回りを、日本が主体的に担わされる。「島嶼防衛」と言いながら、いつか来た道が敷かれていく。

 

Ⅳ:私たちの命を暮らしを軍事力で守れるの?

 

 日本政府は、①事前配備、②不断の警戒監視、③緊急時の機動展開、④島嶼奪回作戦を準備する。もしも衝突するとすれば、琉球諸島の近海、沿岸、島々であり、その上空だ。こうなってしまえば、島の人々は孤立してしまう。戦場になる前に生活物資が困窮する。また、自衛隊は一時島から離脱するとしているが、島民は避難できない。島民を置き去りにする戦争準備では、島の人々の命と暮らしは守れない。

 まして現代の軍事技術は73年前と比べようもなく破壊力が巨大化し、指揮・通信能力が著しく迅速・広域化した。逆算すれば、今や一国が独り占めできる時代ではない。何処の国もお互いに分け合う。これしかない。

 結語。若し戦火が開かれたら、命が家屋が、人間が生きている集落が吹き飛ばされる。憲法の条文も弾き飛ばされる。核戦争を経験させられた私達は、人間の英知を磨いていこう。共に、非暴力の共存の哲学を志向していこう。  

 

 

2018年4月21日 (土)

5115日目の座り込み(180420)

18年4月20日は5115日目の座り込み。晴れ。

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5115日も続けてきた人々の思いを、思い出したいものだ。亡くなった方々の遺志を繋いで生きたいものだ。
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k3護岸では今日も工事が進む。k4もN3も。海上からの抗議活動は昼前に上がった。波と風が強くなったため。
ゲート前からは砕石の搬入やコンクリートミキサー車等が入っている。
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今朝も大浦湾のk9護岸に砕石運搬船が入った。8時14分。海からも陸からもなのだ。
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辺野古川河口。美ら海潰すな!さんご礁の海を潰すな!
ジュゴンの立ち入りを封じ込めた防衛局は、今度はえさ場である藻場を移植するといっている。海草は光合成をやっている植物だ。沖縄のジュゴンが激減したのは、この餌場が激減したことが大いに影響しているだろう。海草はどこか適当なところにも生えるものではないのだ。防衛局はきちんとした調査をやっているのだろうか。大いに疑問なのだ。

沖縄市長選挙 諸見里ひろみさんを(180421)

 去る4月15日に告示された沖縄市長選。現職の桑江朝千夫(62)【自民・公明・維新推薦】候補と新人の諸見里宏美【社民・共産・社大・自由・民進・希望推薦】候補がつばぜり合いを繰り広げている。明日4月22日が投開票日。

 沖縄市といえば、嘉手納基地を抱えている街であり、多くの米兵を見かける街だ。昔はコザ市だった。オキナワンロックの街でもあり、無論、エイサーの街でもある。
 桑江候補は米軍基地の被害については甘い。米軍基地容認の立場だし、日本国政府(自公政権)べったりだから。また、街の繁栄は「開発」にありきなのだ。1万人規模のアリーナを建設すると主張。
 対する諸見里候補は、しっかりと基地問題を問い直す立場であり、住民の暮らしを政策の核に据えている。市民と共に市民本位の市政をやるだろう。
 今回の選挙結果は、11月の知事選にも大きく影響していくだけに、私も関心を持って注目している。沖縄はいつまでも米日政府の軍事植民地に甘んじなければならないのか。沖縄の来歴をあらためて考え直して、沖縄が沖縄として生 き続けられる道を歩みたいものだ。
 諸見里ひろみさんの必勝を私も祈っている。
詳しくは以下を。

テント村近くに咲く花(180420)

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テント前(漁港側から) 葉はグンバイヒルガオだが、白いのはギンネム。まだやけに背が低い。潅木なんだけど。
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テント裏に咲くアカバナー。アカバナーの花期は年中無休。もちろん、とっかえひっかえだ。アカバナーは花の赤を葉の緑がバックアップしてくれている。本人たちにそんな気はないのだろうが。
この写真は左下の光を受けた一枚の葉がポイント。風が強かったので、葉がぶれることを期待した一枚。花も相当揺れていたが、こちらはほぼ止まった瞬間。微妙なのだ。何枚か切るしかない。風任せ。

2018年4月20日 (金)

ヤマヒデの沖縄便り-Ⅲの立ち上げに当たって(2)

 2月の名護市長選以降、いろいろなことがあり、正直に言ってめげた。お陰で、ⅡからⅢへの移行に手間取った。

 実は形を大きく変える予定だが、まだできていない。内容の変化としては、①日々の報告は、ポイントを絞り、できるだけ分かりやすくしたい。②週に1本か2本の論考を書きたい(2000字程度)。③個人的に、自然の日、文化の日を創って、休養したいので、こうしたものも可能な限り、こんなふうに感じたということを書きとめたい。こうして自分の沖縄暮らしのアイデンティティを深めて生きたい。④集会案内は私ご推奨のもの限定です。特に沖縄の外のものは、よほど、これはと思うもの以外は、記しません。ご承知おきください。⑤新たに「考えるための本」(リスト)欄を作りました。ご参考まで。ただしこれは私が読んだ順です。
 
 こうしたものを書くのは、体力と時間の確保が重要だ。特に考える時間と場所をどうやって確保するかだ。これぬきにいいものはできない。だから自分の部屋を整理整頓して、頭をすっきりさせたいものだ。これが最大の難関なのだ。
 お願いがあります。皆様のご意見、感想、ご質問などもお寄せください。コメント、メールでなど。ただし必ずしもお答えできかねることがあります。ご承知置きください。

絵本で伝える戦争と暴力(180428-東京)

日時:18年4月28日14時~

会場:アバコチャペル (西早稲田)
参加費:1000円
おはなし-クォン・ユンドクさん 「『花ハルモニ』と私たちの平和」
鼎談-クォン・ユンドク(韓国の絵本作家)x田島征三(画家)x浜田桂子(絵本作家)
主催:アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」
「アジアに対する侵略という苦い過去を見つめ、平和の大切さを絵本で世界の子どもたちに伝えたい」。日本の作家が中国、韓国の絵本作家に呼びかけ、日中韓で平和絵本を出版する計画が始まったのは2007年でした。しかし予定していた11冊のうち、日本軍「慰安婦」をテーマにした『花ハルモニ』は、10年経っても日本では出版されないまま。
2018年、クラウド・ファンディングで支援を得ながら、小さな出版社「ころから」が出版にこぎつけました。子どもたちの平和の大切さを伝えるために、絵本は何ができるのでしょうか? 『花ハルモニ』の出版を記念して絵本作家が語り合います。
「ころから」のサイト
これによると同書のタイトルは「花ばぁば」になっています。
◎やはり人間がやっていいことと、いけないことを思い知るのは子ども時代の体験が大きいです。女と男の関係も同様です。絵本が伝える力は、大きいはずです。無論、周囲の大人たちの姿勢が問われます。-元図書館員(児童書担当)のヤマヒデより
◎お断り:ヤマヒデの沖縄便り‐Ⅲの集会案内(日本)では、沖縄関係は基本的に載せません。別途調べてくださいませ。宜しくお願いいたします。

あれから14年が経つのだ(180419)

 2018年4月19日。晴れ。今日はここ、辺野古漁港前で座り込みが始まった日だ。時は2004年4月19日。あれから14年の歳月が流れたのだ。良くぞここまでとめてきたものだ。

 この日、国(沖縄防衛施設局)はここに作業ヤードを作るべく、未明の時間帯に押しかけた。これを跳ね返したのが、命を守る会(地元のおじいやおばあたち)の先輩たちであり、市民達。そして04年、05年の闘いで、当時の「沖合い案」を潰したのだ。だから今この場所はサンゴ礁のままだ。ボーリング調査63箇所といわれていたものを、ヤグラ4本が立てられたものの、1箇所もボーリング調査をできなかったのだ。国は2014年に完成と言っていたのだ。人々はここまでねばり強く闘いを積み重ねてきたのだ。
 しかし今。
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 ここまで護岸工事が進んでいる。K1からK3護岸。奥のN5護岸、南側東西に伸びるK4護岸、さらに辺野古崎を囲うN3護岸まで始まっている。国はひとまず区画を囲い込んで今夏にも土砂搬入を始めたがっている。
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今日も海上からも砕石が運び込まれた。8時4分。
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今日のカヌーチームには新人が来ていた。もっともっと増えて欲しいものだ。13時頃。
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朝からカヌーチームは今日も現場(K3護岸)に向かった。この写真は13時過ぎ。
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 抗議船がカヌーを引っ張って現場に向かう。13時過ぎ。
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オイルフェンスを挟んで対峙。15時28分。テント前から。
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松田浜の光景。
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素敵なバナーをありがとう。
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テント裏に咲くモミジヒルガオ
今日一日北側の射撃演習場の奥にある廃弾処理場から爆発音が続いていた。弾にも賞味期限があるのだ。食えないけれど。
 

500人行動実行委員会の取り組みについて(私見)

 自分のブログが中座している時に起きた問題なので、ご報告が遅くなったことは、大変残念です。

 この500人行動実行委員会は、来る18年4月23日~28日の6日間をキャンプ・シュワブゲート前に毎日500人が集まり、ゲート前からの搬入をとめようと呼びかけています。護岸工事が進む中の行動提起であり、重要な取り組みになるはずでした。
 しかし私がこの呼びかけを目にして、ヘリ基地反対協議会に確認したところ、彼らは、2014年7月以降、この場でゲート前座り込みをやってきた団体に一片の協議はもちろん申し入れもやらずに勝手にことを始めていたのです。それはいくらなんでもおかしくないですか。お互いに知らない仲じゃないはずです。
 
 既にこれだけ大々的にことがすすんでいるなかで、私が何を言っても始まらないのでしょうが、大衆運動の原則ぐらい知っていて欲しかった。大衆討議と現場主義ですよね。
 
 当日は500人実行委員会が様々なことに気配りするのでしょうが、地元住民との無用な衝突などおこさないようにお願いいたします。
 当日の警察権力の警備状況がどうなるかはわかりませんが、激しい弾圧も予想されます。あるいは肩透かしとみせかけて、突如夜間にくるとか。十分に気をつけてお願いしたいと思います。
 また、折角の機会なのですから、弾圧が抵抗を呼び、抵抗が友を呼ぶような、信頼関係を大切に育てていただきたい。特段の配慮をお願いしたい。
 
 各地からこられる皆様は、こうした内情があることをご承知の上で、取組んでください。また、私(たち)に聴かれても、私は呼びかけ文以外何も聞いておりませんので、お答えできかねます。500人行動実行委員会の皆様にお聞きになってください。
 
 

2018年4月19日 (木)

テントムラ直近の花たち(180417.19)

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ハマウド(セリ科)
テント前約5mの漁港側に咲く。白っぽいのが花。緑の部分は実。バックは漁港の海面。
微妙にピントを合わせる。(180417)
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テントの裏面。左下のモンパノキを狙ったが、どうにもテントが入ってしまう。仕方がないので、木の葉を狙った。(180419)

シンポーサンゴ移植は環境保全措置となりうるか?!

日時:18年4月21日(土)18時30分から

会場:名護市労働福祉センター
基調報告:大久保奈弥(理学博士 東京経済大准教授)サンゴ礁の保全再生システムの研究
パネリスト:桜井国俊(工学博士 沖縄大名誉教授)、真喜志好一、浦島悦子、
       安部真理子(理学博士 日本自然保護協会)
資料代:500円
主催:ヘリ基地反対協議会
後援:日本自然保護協会、沖縄環境ネットワーク、沖縄タイムス社、琉球新報社

ヤマヒデの沖縄便り-Ⅲの立ち上げに当たって(180419)

 14年6月から始めた私のブログもくたびれ果てた。状況が切迫するなかで、にっちもさっちもならず、体が冷え込んでいた。

 こうした中で、S先輩から焦るな、じっくりと考え直してやれとの示唆をいただいた。また、4月13日から16日、遊び(営業活動なしの意味)で東京に行ってきた。お目当ては板橋区立美術館で開催していた「東京:沖縄 池袋モンパルナスとニシムイ村」を見て、ある先輩が亡くなられたので、彼の追悼会に出ることだった。そして映画「ペンタゴン・ペーパーズ」を見てきた。それぞれの感慨はあるが、厳しい時代の中でも、人は寄り添う中で想像力を高めることができるようだ。
 「ペンタゴン・ペーパーズ」は前評判以上によかった。マスコミが国家の恫喝・弾圧を跳ね返し、国家犯罪(ベトナム戦争であり、状況報告を事実に反する虚報を流してきた)を暴くことがマスコミの使命だと、悩みぬきながらも言い切る社主と編集長。そして最高裁判決も6対3でワシントンポストの勝利判決をだした。
 「アメリカはいいねぇ。民主主義が活きているよ」。だがしかしこれはアメリカの民衆が黒人解放運動や、反戦運動の力が総結集して闘いとってきたものだろう。日本ではそれから2年後の毎日新聞西山記者に対する弾圧を忘れる訳にはいかない。沖縄返還に伴う密約を暴露した彼は「情を通じ」と切り捨てられた。「情を通じ」か。この一言で、マスコミばかりか、反戦運動などの労働者・学生・市民も抵抗しきれなかった。人権て、何かを共有できていなかったのではないか。情けない。
 はて、今の日本ではどうだろう。もっとダメになっていないか。長時間労働が当たり前、格差拡大が当たり前。何故これらに抵抗できないのだろう。労働者が団結できず、自分の暮らしを手作りできていないからだ。労働だけがやたらと価値付けられており、暮らしは女性にお任せ。だからこそ性差別男がはびこっても居るのだ。
 
 沖縄の現状も大変厳しい。内憂外患だ。しかし愚痴っている場合じゃない。勝てば官軍、負ければ賊軍ではなく、弱くても理を通し、情を分かち合い、沖縄の独自性を貫き通していこう。国家にお許しを請うたら、独善を輪にかけてくるだろう。まってましたとばかりに戦争に突入しかねない。
 どう考えても、対中戦争などに突入したら、再び日本民衆はアウトだろう。立ち直れなくなる。安倍亡き後もアンポンタンしかいないのであり、私たちのこれからは厳しい。安倍政治の向こうに広がる広漠たる原野に私たちは何を見るのか? 砂漠か、原子野か。諦めない力強さはあるのか?! 
 私たちの歩むべき道はいくつもあるわけじゃない。道草を食っているわけにはいかないが、確実な道をあるきだそう。私も頑張る。
◎まだ暫定的な再出発です。形等順次変えていきます。今しばらくお待ちください。

2018年4月18日 (水)

お知らせ-視点展に入選しました(180418)

以下の通り、ご案内します。


全国公募写真展「視点展」2018に入選

 

Ⅰ「視点展」へ 

 この度、2018年第43回「視点展」(主催:日本リアリズム写真集団)に私の作品が入選しました。今回も沖縄の写真、今回は辺野古・大浦湾の写真です。

◎タイトル:『基地と戦場のはざまで』(6枚組)。

◎同展日時:18年6月6日~13日。9時30分から17時30分。

◎会場:東京都美術館(1階第4展示室)。上野公園内にあります。

◎入場料500円(学生300円)。出品数は174作品、720枚。

 是非とも多くの皆様がご来場いただけますように、ここにご案内申し上げます。私は6月8日(午後)、9日午後、会場にいる予定です。お待ちしております。

Ⅱ謝意

 今回の撮影は、辺野古海上チーム(カヌー、船団)のご協力なしにできないものばかりです。直接被写体になっていただいた方のみならず、皆様に感謝です。また辺野古テント村の皆様のご協力にも。ありがとうございます。

Ⅲ雑感

 私が沖縄島の名護市に居を移したのは2013年10月のことでした。沖縄に通いだしたのが1989年5月。97年から新基地建設の動きが表面化してきて(当事は「ヘリポート」だと)、2004年4月19日から、この国は「沖合い案」の工事に着手。この話を聴いた私は、同年7月から辺野古通いを始めました。2005年に初めて辺野古・沖縄の基地問題を巡る写真展を開催。その後、何回か東京で開催してきました。このなかで、リアリズム写真集団主催の全国公募写真展「視点展」を知る機会に恵まれたのです。ご紹介いただいたのは、現地で度々お会いした愛知の写真家浅見裕子さんでした。こうして、2011年~14年の同展に連続入選してきました。

 ところが、自分が沖縄に住み始めたら、日々の撮影や辺野古テント村(浜テント)での活動に追われ、作品にまとめることができなくなりました。こうして15年、16年、17年と応募を断念。今年漸く出すことができ、そして入選したことを喜こんでいます。

 まだまだ沖縄暮らしは5年目であり、新たな地平を獲得したのか極めて心もとない状態です。何れにしても記録し、記憶しておくことは大切です。私的なものを公共的なものにしていく努力は益々欠かせない時代になっています。

 14年6月から私はブログ(「ヤマヒデの沖縄便り」)を始め、日々の記録を公表してきました。また、東京などに出かけスライド&トーク・講演もやり、17年6月の国会包囲行動では多くの協力者を得て、野外での写真展示を行ないました。感謝、感謝。

 17年春の「沖展」に出してみましたが、見事に落選。昨年8月に「まぶい組」の連続写真展をやらないかとの依頼があり、恐る恐るやらせていただいた。『琉球諸島に忍び寄る黒い影』だ。自分の写真の底の浅さに恥じ入りながら、与那国島、石垣島、宮古島の主に基地を巡る写真展を初めて開催できました(沖縄市のラファイエットで)。感謝。

 18年1月には名護市長選を意識したミニ写真展『今こそ止める!新基地建設』を開催したものの、基地容認派が勝ってしまった。このため、同パネルはお蔵入り状態に。再生までしばしお待ちを。

 (2018年4月Ⅰ8日) 

                            山本英夫(フォトグラファー/名護市在住)

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