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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2018年6月21日 (木)

良心宣言 ジャーナリズム2018 を高らかに(20180621)

 一昨日、「良心宣言 ジャーナリズム2018」のことを知った。7月1日には東京で設立総会を開くらしい。また、「良心宣言」を募集している。私も書いて送ったところだ。こうした動きを私は大歓迎したい。

 日本ではジャーナリズムが腐敗して久しい時間が流れている。頑張っている人はいるし、メディアもあるが、圧倒的少数派だ。
 私はマイナーメディア(月刊「新地平」)に係わってきたり、依頼されれば随時写真等を提供しているが、たいした力になっていない。また、辺野古に、いくつもの取材申し込みがあり、誠実に対応しているつもりだが、なかなか実を結んでいない。
 日本のメデイアは概ね米日安保体制を公理の如く捉えている。魔法にかかっており、疑問に思うのが異常の如し。
 良心とは人間の心に宿るもの。人間には正と邪が宿るもの。人間は社会的存在だからこそ、この両面に悩まされ続ける。「清き正しく美しく」なんてことは、ありえないようだ。
 6月18日に起きた大阪北の地震で高校生がスマホを教員に取り上げられたとの情報が入ってきた。緊急時に身を守り、連絡を取り合うツールを学校秩序を持って禁じる態度は、良心的か? 明らかにおかしな態度だ。事態の中で何が必要で不要かも考えることが出来ない硬直した学校・教員。
 私たちの良心は、体制によってコンクリートされてしまってからでは、遅すぎるのだ。もはやかなり遅いのだが、それでも感じ・考えることを研ぎ澄ましていくことは、まだ可能だ。
 一人ひとりが、ジャーナリズムの、表現の、行動の良心宣言を出していこう。
2018年7月1日 良心宣言設立総会
法政大学市谷キャンパス富士見ゲート2階 G201教室
「ペンは負けない カメラは見逃さない」
望月衣塑子(東京新聞記者) 
阿部岳(沖縄タイムス記者)

 ◎私の良心宣言

米日安保体制を疑う良心宣言

 今私達は何処に立っているのか? この国は何処に向かっているのか? 私達は何処に立たされているのか?

 この国は、武器輸出3原則を撤廃し、集団的自衛権の「合憲」化や沖縄の新基地建設のための臨時立ち入り制限区域を閣議決定し、グレーゾーンを作り出してきた。そして立憲主義も法治主義もかなぐり捨て、特定秘密保護法を強行し、公文書の改竄や廃棄も現在進行形だ。この国は73年前の夏、どれだけの皇国の公文書を燃やし尽くし、証拠隠滅を図ったか。こうして過去の悪行に目を瞑ってきたのだ。

 気がつけば、再び軍事力で儲ける国へ走り出している「日本」。要は人を殺し殺される国へ。「島嶼防衛」の掛け声の下、再び沖縄を切り捨て、琉球諸島を戦場にする計画を打ち出しながら。

 ジャーナリズムは「中立」であるべきなどと戒められてきたが、この結果は何をもたらしてきたのか? 過去のこの国の歴史を曲解するばかりか、財務事務次官らのセクハラを擁護し、詩織さんへのレイプ事件すら黙殺してきた。戦後73年も経ちながら、私達は何を変えてきたのだろうか。ジャーナリズムは、こうした汚れた手と握手してきたのではなかったか。

 今私たちがやるべきことは2つ。①現場からまっすぐに現実を直視すること。②現実への検証-人類の行く末を睨み、生きものとしての根源を問い直すこと。お金と便利さを求める余り、生存について鈍感になることを今食い止めなければ、人類は自滅するだろう。

 この国のマスコミは余りにも偏っている。米国から押し付けられた安保体制を嬉々として報じ、恥じていない。この国が歩んできた歴史を忘れ、沖縄に大半の軍事基地を追いやってきたからだろうが、せめて住民の目線を取り戻してほしい。

 一人ひとりは微力でも私はお互いを敬愛し、支えることが出来る信頼関係(取材する側/される側を横断し)を私たちのジャーナリズムの根底に据えたい。小さな動きから大きな組織をも耕していくねばり強さを身につけたい。私は、ブログ「ヤマヒデの沖縄便り」を2014年6月から日々発信している。また、随時、写真や原稿の提供を続けている。ひとりひとりの視界は余りにも狭く、無力かもしれないが、これらを横に繋げることを日々意識しながらとりくんでいる。(2018年6月21日) 

                        山本英夫(フォトグラファー/沖縄島名護市在住)

 

 

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