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    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
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2018年8月25日 (土)

「政策科学」と安倍政治(180825)

「政策科学」と安倍政治

 今朝、ある方からいただいた名刺を見たら、「博士(政策科学)」とありました。彼は国際関係論のゼミだと言っていたが、なるほどと合点。否、私には合点がいきません。この違和感は何なのでしょうか。

 私の学生時代に、こんな議論がありました。自然科学は実験を繰返しながら、事実関係を手繰り寄せ、論証します。いわば、実験箱の世界の危うさを度外視した「科学性」。他方、社会科学は実験が出来ない。論証の仕方は自ずから別のやり方が必要です。だからこそ社会科学は科学足りうるのかとの自問自答の声がありました。また、政策と科学の合流(もたれあい)に懐疑的な視点がありました。1970年から1974年ころのことです。

 科学というものを論理的な論証を伴うものだとすると、政策科学が成り立つとしたら、如何なる地平で成立するのでしょうか? 安保も政策ですが、これが正当だという社会科学者は明確に論証してください。そうした社会科学・政策科学の視線はどこにたち、どこを観て、何処を観ていないのでしょうか? 沖縄はこの人たちの視界の外ですよね。私はじっくりと議論してみたいです。

 ところで、政策科学を担われている学者達から、安倍政治批判の声が噴出しないのは何故でしょうか。私には解せません。安倍晋三氏ほど科学から縁遠い歴代首相を私は知りません。オール没論理の安倍政治。あるものをなかったことにし、数字を書き換え、言葉を塗り替え、不都合なことを誤魔化すやりかたに、科学的な論証はそもそもなりたちません。

 何故、政策科学者達は安倍政治批判の声をあげないのか。上げない方はどうか、政策科学などの肩書きや看板を下ろすべきでしょう。あなた方は、独裁者の保佐人ですよね。

 デマゴーグに私たちは論理だけでは勝てません。デマゴーグや独裁者に対して、私たちはどのように闘うのか。今、ここが問われているのです。

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