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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2018年10月

2018年10月31日 (水)

汚いことしやがるな!(181030)

2018年10月30日 曇り。午前中、海上行動。

無線で、国土交通相が、防衛相の沖縄県による「撤回」の執行停止を認めたことを知る。
何だと!「私人」になりすまして「執行停止」。埋め立ては「国益」じゃなかったのか。ご都合主義者目! ただ最大の問題点は安倍政権による沖縄県の自治権を実質的に奪うやりかただ。私たちはこれを厳しく弾劾しなければならぬ。これまた「戦前(戦争国家)回帰」なのだ。
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K-3沖に抗議船が見える。右に海保のGB、左がガードマン会社のGB。負けるなよ!
許さんぞ!10:24
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辺野古川河口沖に今日もサップの人。10:37。
12:30、沖縄防衛局に抗議行動に出かける(別項で)。
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帰り際の豊原の高台から。辺野古の海、異常なし。15:21
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ヒカンザクラが台風咲き。車中から撮影。辺野古にて。15:24
再び、闘いだ。

静かに静かにとはいかないか(181029)

2018年10月29日 曇り 浪高し。護岸工事なし。

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今日もここまで浪がきている。9:42
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辺野古川河口の対岸から飛び出した2羽。左のカラスがサシバ(タカの仲間)を追いかける。サシバはうるさい!というふうだろう。11:32
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河口の沖合い。波高し。11:37
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沖合いを飛ぶ大型ヘリCH-53、 東に飛ぶ。12:19
今日は時々戦闘機や大型機の騒音が聴こえて来た。雲の中で全く見えずなんだか分からない。
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豊原の海から出てきたサップの人。もっとこの海で遊んでよ。12:37
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丁度気温が良かったと見えて、3匹とも寝ています。13:22
丁度角度が良く1枚に収まる。
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今日の野鳥運はよくなかった。イソヒヨドリの採餌。遅かった。ミミズ(?)を飲み込んだところ。微かにみえる。15:28

波が高いだけならばいいけどね(181028)

2018年10月28日 うす曇。

今日も波が高い。まだ台風26号は西に向かっている。
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沖合い。こういうときに外洋に出たくないものだ。9:32
最近、沖縄での海難事故が多発している。
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11:10 
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今日も来たミサゴ。足のつめが迫力満点。11:44
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クロサギ(白色系の黒交じり個体)13:12
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クロサギ。テント前の干潟で。14:44
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愛犬C。 この気温だと、このスタイルがぴったりらしい。14:46
今日は2歳児の女の子とご両親の家族が来た。この子がまた愛犬Cと並んで記念写真に収まった。犬好きらしく全然怖がらず。犬も弁えているようだ。図らずもいい写真が撮れたのだった。ブログには載せません。悪しからず。

台風26号の影響で波が高い辺野古(181027)

 2018年10月27日 曇り 

今朝は、昨夜西原町まで講演会を聞きに言ったので、5:35分発のバスで辺野古まできた。8時頃到着。

 台風26号の影響で波が高い。

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ここまで跳ね上がっている。9:10

26号は今のところ西に進んでいる。

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こんななかでも海兵隊はゴムボート5両出して訓練中。ご苦労なことだ。9:14

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潮が引いてきたので干潟の前に出てみたが、上がってきた。退散!14:17

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ミサゴが来た。15:22

彼らの行動を読むことは容易だ。餌のいるところに来る。それは潮加減だ。

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K-3護岸の上にアルソックが2名。何を警備しているのか?15:42

私たちはでていないのだ。国は工事が止まっていると、警備費等が高騰しているというが、こちらは何もやっていないのだ。幽霊に警備費をだしてどうするつもりだ。

伊江島の朝焼けに思う(181026)

2018年10月26日 晴れ 5:30起床。

目指すは城山からの朝焼けだ。
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城山は見えた。だが明るい。6:30
早く歩け。階段を登って、ヒー、ヒー。
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おっと。6:38 ちょっと遅かったが、今日もティーダ(太陽)が出た。
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6:40 今日は快晴か。サンライズを撮るのは日の出30分前に立たなければいけません。感激を消化する時間が必要。
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東は本部半島。6:44
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西側。満月が出ている。6:51
昨日歩いた伊江島演習場はこの雲の下か。今は怪しいものは飛んでいない。静かだ。
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「沖縄の太陽」って誰だ?
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東京の高校生だ。朝日新聞で伊江島の惨状を知った彼女は様々な支援物資を送ったのだ。56年に米国下の伊江島に来て激励。
当時の高校生は戦争の記憶がある。貧しさ、食い物のなさの経験がある。共感力が今とまるで違うようだ。
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やや東に行ってみよう。畦に咲くカンゾウの仲間。太陽の如し。7:30
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全国に出荷する菊。まだまだ小さい。7:33
大回りをやめて、南へ
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阿良の浜。7:50
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小さな浜だが、美しい。ここは伊江島の、沖縄の海だ。
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8:07
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アラ浜。ここが昔の港だったとある。出征兵士もここからでたそうだ。
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アラウタキ。海の安全祈願。島人の聖なる場所だ。8:10
私はこうしたところを撮る際、必ず礼をし、許しを乞うている。
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ウタキの碑。
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鳥居は大日本帝国の時代に出来た。島の神は神社じゃなかったはずだ。
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阿良浜港。昔戦争があった。今はどうだ。基地があり、常に戦争の影を踏んでいる。8:12
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今の伊江港に出た。修学旅行生が帰るようだ。8:36
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歓喜の別れ。8:42
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船が出た。島の人が追いながら別れを告げる。8:44
高校生たちに幸あれ。戦争に行くなよ!
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自分も伊江島を出る。10:00
また、きます。

伊江島演習場の周囲を歩く(181025-④)

2018年10月25日 ④ 

私は団結道場の前で一行と別れた。向かうは伊江島演習場。
もっとも団結道場から直ぐ近く。ただまっすぐに行けない。農地があるし。
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フェンス越しの工事を見る。この石積みは、資材置き場らしい。ここから石をとって現場に向かうのか。15:24 塔は? 監視塔。いやな感じ。
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農道を行く。やはりキビが枯れている。15:30
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演習場の中に立てられた新たな管制塔。15:36
しかし揚陸艦の甲板に模した演習施設の建設現場は見えず。残念。
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フェンス沿いの道をトラックが行き来している。先ほどの石を運んでいるのだ。15:36
11月完成とも言われているが、年内完成じゃないか。何れにしてもこれが出来たら、伊江島はもちろんのこと、やんばる中が酷い騒音に悩まされる。岩国基地のF-35が来て、ここで離発着訓練をするからだ。辺野古・大浦湾に新基地ができてしまえば、新基地が拠点になり、伊江島、北部訓練場、中部訓練場と結びながら集中的な訓練が行なわれるのだ。
このどこが「沖縄の負担軽減」なのだ。冗談じゃない!冗談しか言えない連中に政治を任していてはいけない。
今日の宿は食事付き出ないので、ノンビリ戻る。やたらとノンビリと。
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キクの畑越しに伊江港が見えてきた。17:04
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夕陽をバックにシーサーを撮る。17:46

伊江島団結道場の修復を(181025-③)

2018年10月25日 伊江島③

ワジーを経て演習場北側を見て、一休みしていたら、マイクの音が聴こえて来た。米軍に抗議しているようだ。もしかして日本山妙法寺の平和行進団かな。と思っていたら追いつかれた。では私も出発。
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米軍伊江島演習場前(メインゲート)。14:17
誰も出てこない。普段こちらが一人だと、威嚇的に出てくるのだが。
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妙法寺のAさん。米軍に向かって新基地建設反対の声を高らかにあげる。オスプレイ等の演習に抗議の声をあげる。実に堂々と大地からの声のようだ。14:20
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平和の祈りをあげる。14:21
誰も出てこなかった。
移動。
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団結道場にむかうのだが、木が。枝を折らないように、そーっと進む。枝を持ち上げて無事に通過。14:27
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団結道場隣の門扉の庇とシーサー。14:31
私のお気に入り。
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元わびあいの里スタッフのO君が解説。14:32
1970年に完成した団結道場だが、風雨に耐え切れず、しかしこの闘いの・学びの砦を修復しようと修復工事が始まっている。わびあいの里がカンパ1000万円を只今依頼中。
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1955年の伊江島島民の「米軍に告ぐ」。
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右に立つ柱状のものは核模擬弾の中身のコンクリートの塊。あの時代これがいくつも落ちてきたのだ。農地の上にも落とされたのだ。
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銃剣とブルドーザーで家屋を壊され、農地を潰された彼らが取り決めた陳情規定。非暴力のテキストだ。私たちも、もう一度ここから学ぼう。相手は日米政府に変わったが。
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東を振り向けば城山が見える。14:39
◎わびあいの里のHP
◎団結道場の補修費のお願いは

苦い朝にほっこりする話(181031)

 2018年もあと2ヶ月のみになった。昨日の安部政権による行政不服審査請求による執行停止(埋め立て工事再開の承認)に私たちは腹を立てている。予想されていたことだが、「お仲間同士の茶番劇」。論理では沖縄に勝てないから、「独断と偏見による力まかせ」。

 今朝は苦い朝を迎えている。新聞を見ていたら、ふっと「行きたい所へ自由に」(「茶のみ話」欄。宜野湾市のYさん)が目に入った。行きたいところになかなか自由に行けなくなっている自分があるからだ。読んだら、障がいのある娘さん(中学1年生)の話。スクールバスはあるのだが、自力通学が奨励されていると。「娘にとって、一般的な社会生活を営んでいくためには、公共交通の利用はとても必要なことだと考える」とあり、バスに乗ることの難しさと娘さんの成長が書かれている。確かに。だが障がい割運賃を「オキカ」に先に設定することが出来るそうだ。先ずバス乗車などの社会生活はやってみて慣れることだ。運転手さんや他の乗客にも慣れ親しんでいただくことだ。
 「娘は沖縄を離れても、バスやモノレール、電車に乗って、自分の行きたい所に行けるのだ。これからも、どんな人にもわかりやすく、利用しやすい、公共交通機関であって欲しいと思う」と結ばれている。お子さんへの愛情に溢れた話だが、人が生きていくのは社会の中であり、だからこそ、社会のあり方に期待を寄せている。
 ほっこりとする文面の裏側にあるご苦労、苛立ちにも、私たちも気付かなければならないだろう。
 
 しかし思えば、「行きたい所へ自由に」とは意味深だな。難民になってしまった(強いられた)人々、安田純平君、臨時立ち入り制限区域によって勝手に公有水面の利用を阻まれている私たち、米軍の制限区域によって立ち入りや一部漁業等が阻まれている海人。
 米軍だけが勝手に入国でき、何処にも出入りできるのだ。おかしくないか?!この不平等をなんとかしなくっちゃ! 安保って不平等条約なんだぜ。

2018年10月30日 (火)

辺野古新基地NO 11・3官邸前大行動(東京)

辺野古新基地NO=沖縄の民意を踏みにじる工事再開許さない! 11・3官邸前大行動

日時:18年11月3日 11:30-12:30
会場:首相官邸前(国会記者会館前路上)
主催:辺野古の海を土砂で埋め立てるな!首都圏連絡会
◎同日、11:00から12:00シュワブゲート前でも抗議行動があります。
共に全力で結集しよう。安倍政権を退陣に!(ヤマヒデ)

止めよう!改憲発議 11・3国会前大行動

いよいよ安倍改憲、辺野古新基地建設との闘いはたいへんな山場になってきました。
11月3日は、大阪の2万人集会、名古屋の1万人集会をはじめ、全国各地で一斉に市民の行動が展開されます。
東京は国会正門前に3万の結集を実現したいと思います。
ぜひ、このメールを拡散し、集会の成功のためにご協力くださいますよう、お願いします。
安倍政権に痛打を!
11月3日(土)14:00~15:30(13:30~オープニング)
「止めよう!改憲発議-この憲法で未来をつくる 11・3国会前大行動-」
ウソだらけの安倍政治を変えよう!辺野古新基地建設を止めよう!
会場:国会正門前を中心に
戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会
(略称;「総がかり行動実行委員会」)
連絡先:
戦争をさせない1000人委員会
解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会
戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター
-----------------------------------------------
許すな!憲法改悪・市民連絡会
高田 健 <kenpou@annie.ne.jp>
東京都千代田区三崎町2-21-6-301
03-3221-4668 Fax03-3221-2558
http://web-saiyuki.net/kenpoh/
戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会
http://sogakari.com/
憲法9条を壊すな!実行委員会
http://kyujokowasuna.com/

国土交通相が防衛相の申し立てを認めた(181030)

 「私人」を自称し、防衛大臣が沖縄県の公有水面埋立法に基づく「撤回」の効力を差し止めの行政不服審査請求を国土交通大臣に18年10月17日、申し立てた。これを国土交通大臣は、「私人」である防衛大臣に、本日18年10月30日、差し止めを認めたのだ。

 いつから防衛大臣は基地建設を私人として行なってきたのか。いつから、「私人」として埋め立て工事を行なってきたのか。いつから臨時立ち入り制限区域を「私人」として管理してきたのか。こんな変わり身の術(変身!)で米日同盟は成り立っているのか。法治国家と聞いて呆れる。
 しかし防衛省、沖縄防衛局は、政府機関として、明日からにも埋め立て工事を再開してくるだろう。
 キャンプシュワブのゲート前に集り、座り込もう。8時。
 海上行動に集ろう。辺野古のテント2に集ろう。7時30分。
 闘いのゴングを鳴らしてきたのは彼らだ。沖縄は、私たちは、新基地建設を必ず止める。

9条改憲―軍事産業の大儲けのために(181030)

 昨日から国会論議が始まったようだ。安倍首相は「国民のため命を賭して任務を遂行する隊員の正当性の明文化、明確化は国防の根幹に関わる」と改憲に意慾を示したようだ。

 
 自衛隊を正当なる軍事力として高め、人殺し国家になることを誉れとする安倍首相、自公の政治家、与野党の政治家、賛意を示す国民ですか。
 
 私は問いたい。軍事力で何が守れるのか?! この人たちは、ここを考えたことがあるのだろうか。過去の、現在の日本の軍事力は何を守ってきたのか、考えたことがあるのか?! 世界の軍事力は何を守ってきたのか?
 私たちに必要なものは軍隊=人殺し集団ではない。命を繋ぎ暮らしを営むことだろう。誉れや命令ではなく、信頼であり愛だろう。画一化ではなく、多様性だろう。
 安倍首相が言う自衛隊の価値付けは、軍事産業の大儲けのために過ぎない。安倍政権は、14年に集団的自衛権「合憲」化の閣議決定をし、また、武器輸出3原則を取っ払った。特定秘密保護法も強行採決した。15年に「安全保障法制」という名で、戦争態勢に磨きをかけた。2010年から「島嶼防衛」の名で、対中軍事作戦にむけて着々と準備を始め、対外侵略できる軍事力を打ちたてようとしてきた。あとは明文改憲あるのみか。
 
 武器で金儲けできるのは極ごく一部の人だけだ。多くの人たちは殺したり殺されたり。食物が乏しくなり、貧乏になる。教育も福祉も医療も金持ちだけが謳歌する。自然を益々壊す。核兵器や原発を見たら、分かりやすい。こんなもののために私たちの命・生活がどれだけ壊されてきたのか。
 19年度の日本の軍事費は5兆3000億円だ。米軍のためも含み、米国産の武器を買うことも含み。
 
 もうたくさんだ! 私は、地道に生きて、一人ひとりが輝ける社会でありたいと思う。あなたは?
 軍事産業の大儲けを意図した明文改憲を許してはならない。私たちは、自分自身で私たちの命を守り、人生を創り出す以外にない。だからこそ、団結して闘おう。
追記:安倍さんたちがやるべきことは、大日本帝国の海外侵略(膨張)の歴史と真摯に向き合うことだ。ここをすべてサボってきた彼らの歩みは、また同じ誤ちを繰返す。
 私たちがやるべきことは、反省のない政治家をのさばらせないことだ。なぜこれができないのか、私は不思議でならない。ここに私たちの、これから生まれてくる人たちの、未来がかかっているのだ。

2018年10月29日 (月)

伊江島で美ら海を見よう(181025-②)

 2018年10月25日 伊江島② 晴れ

芳魂の塔で日本山妙法寺の平和行進と分かれて、自分は自分の道を行く。基地ウォチングだからね。
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サトウキビ畑。台風24号、25号の影響だろう。余り倒れていないのだが、茶色に変色している。肝心なところは茎だが、ここがダメだ。見かけよりも被害額は大きいのではないか。
11:52
通信塔を越えて。北側の海岸に向かう。
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此花は何かな?12:13
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鮮やかなアカバナー。バックの建物は海兵隊の研修施設。12:14
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海が広がっている。牧草のロール。12:19
ワジー(湧き水がでている)についた。
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眼下に広がる伊江島の岩場・海。12:37
いつきても素晴らしい。だが真昼間。撮影には陽が高すぎる。
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12:38
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12:40
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12:45
いいんだけど、今一だよね。
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足下のセンダングサを撮る。バックに伊江島ブルーを配して。12:55
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崖の上から戻れば、これだ。キク科の花だが種名はわからない。12:57
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島の周遊道路に戻ればこれだ。米軍の研修施設の裏門。13:16
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上が研修施設への道。手前が演習場への道。この道から演習場と研修施設が繋がっている。ここは公道のはずだが、裏道でもあり、米兵の移動はこうしたところから村民に殆ど見られずに動ける。
ということで私は念のため、演習場の裏門に向かう。
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この下の占用物は何か。行き先は演習場しかないのであり、軍用はまちがいない。
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こんな戦争遺跡がある。沖縄戦時代の日本軍のもの。特攻部隊の隠れ基地だろう。
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演習場の入り口(裏門)。私たちが行けるのはここまで。13:32
この奥に滑走路があり、演習場が広がる。
ここまでオスプレイやヘリ、輸送機等何も飛ばず。サシバとミサゴとカラスと。てなこった。
 

ブログを巡ってひとこと(181029)

 当ブログをご覧いただいている皆様。いつも、あるいは時々見に来てくださり感謝です。そんななかで、従来私が認識していなかった経由で見に来ていただいた方々を知りました。誰のHpから見に来たかを調べたら分かりました。

 2週間前に辺野古テント村を訪ねてくださいました。私の説明を丹念にメモり(録音か)、分かりやすく紹介していただいています。実に要領のいいまとめでした。
 またこれを別の方が全面的に引用しているものもありました。私自身の著作物ではないですが、私が文句を言う筋合いではありませんが、ライターに了解をえているのでしょうか。やや不安。また、他人の話(これじたいが著作物です)をまとめて公表する場合は、元の語り手書き手のご了解をえてください。
 先の「ぴょんぴょん」さんの要約の中で一言だけ気になる言葉がありました。米軍の水陸両用装甲車を「ごきぶりのよう」だと表現されていました。他人が使っている言葉ですが、私ならば使いません。「ごきぶり」とは、さげすむための差別用語ではありませんか。確かにゴキブリは気持ちのいいものではありませんが、装甲車をゴキブリにたとえてはよくないです。装甲車をさげすんでも、武器は武器です。擲弾銃という爆発物を打ち込んで爆死させ、機関銃で殺戮する兵器であり、兵隊を25名も載せて攻撃してくるものです。装甲車を差別すれば、それに乗っている兵隊を差別することになります。
 戦争とは無差別の人殺しです。人間は、他人を差別しなければ、むげに殺せないのです。差別は相互に増幅するものです。お互いの非をあげつらい、もっと露骨に殺しあうように導いていきます。
 彼が平和を求めるのであれば、お互いを尊重できるような関係を創ることです。逆はやめましょう。他の文章は適格なのに、残念なフレーズでした。
 ついでに彼のブログを拝見したら、ジャズが好きだとありました。ジョン・コルトレーンやエルビン・ジョーンズなどの名が出ていた。ちょっと趣味が合いますね。
 
 今日のテントに東京でご活躍のH・Sさんが見えていました。彼もこのブログを見ていただいていると。好きなもの(野鳥・動物)が共通しているから、おもしろくみていただいているのでしょう。嬉しいです。これからもどうぞよろしくお願い致します。

2018年10月28日 (日)

伊江島で、日本山妙法寺さんと同行させていただく(181025)

2018年10月25日 晴れ。本部港から伊江島に渡る。9時発。

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伊江島到着。フェリー。3台のフォークリフトが待ち構えていた。9:28
同じ船に日本山妙法寺の平和行進のみなさんが。
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港の脇にある被爆慰霊碑の前で追いついた。スピーカーは、名嘉實村議。9:44
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この慰霊碑は戦後、不発弾が爆発した事故(1947年8月6日に起きた米軍爆弾処理船が爆発し、住民を巻き添えに。死者102名、負傷者73名、家屋の全壊8戸、半壊7戸)よる死者を慰霊するもの。皆さんで追悼する。9:58
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伊江村役場に向かう。10:21
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役場までもう少し。10:23
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村長さんは島外出張中で代理の方が、島袋秀幸村長のメッセージを代読してくださった。平和が大事だとの認識は一緒だろう。10:28
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何人かが行進団からも訴える。10:37
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被弾した公益質屋前。戦時中の建物で残っているのは、貴重だ。10:48
僧侶が碑文を読み上げる。
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芳魂の塔。沖縄戦でなくなった伊江島島民の碑。約4000名の氏名が刻印されている。因みに現在の同村の人口は4580人(180930現在)
10:57
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口々にお参りする。10;57
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お花を供え、お線香を各自一本づつ。私もお線香をお供えした。11:00
気が引き締まるというか、あらためて伊江島の戦死者のことを考える。
小さな島で多数の死者が出たことのうえに、一人ひとりのことを考えたい。本来は一人ひとりのことから始まるのだろうが、自分はこうした追悼行為を通して考えたい。
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10:58
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僧侶の追悼する姿はやはり形になっている。11:00
私はちょくちょくきていた慰霊碑だが、行進団と共にだと、気が引き締まる。
ここで一行と分かれた。(次へ)

今こそ飛び上がろう!(181028)

日時が乱れるが、ご容赦を。

今こそ飛び上がろう。(「今こそ立ち上がろう」をもじっております。)
以下の4枚は辺野古テント村から半径30m以内(辺野古川河口)で撮影。潮が適度だったのと、台風の影響で波がさんご礁の内側にかなりはいっていたことがラッキーゾーンを作っていたようだ。また来訪者が少なかったこともラッキーな状態をもたらしてくれた。漁港での浚渫作業もなく静かだったことも幸いしている。サギ等が下りてくるのは、ここに餌があり、採食しやすい状態だからです。
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悠々と飛ぶミサゴ。11:44
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私が近づき過ぎたために、あわてて飛びあがったクロサギ(白色系―部分的に黒い羽を持つ珍しい個体)。13:15
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低空を静かに飛び去るダイサギ。14:24
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着地するクロサギ。14:44

今という時代を、わかっているのだろうか?(181028)

 今日は2018年10月28日。私たちは今という時代のことをどれだけ理解しているのだろうか? 私は2013年夏に、「このままでは大日本帝国に先祖返りしてしまう。人類の終わりは近いだろうと」と警告したつもりだ。あれから5年経ち着実に悪魔が支配する世界に向かっている。

 私が指摘するまでもなく、あの福島第1原発事故の何が解決したのか。何も解決していない。放射能は垂れ流しのままだ。汚染水は溢れ返り、意図的に海に排出されている。だが、各地の原発は次々と再稼動。おかしくないか。これほど自然災害があちこちで起きていながら、再稼動。学習能力ゼロだ。いつ再び「想定外」の津波に襲われるのか、分からないのだ。
 襲われたら、今度はどんな対策を取るつもりか。また泣き言を言いながら、責任者は逃亡。無責任政治を改めなければ、救いようがないのだ。沖縄に原発がなくてよかった。だがそんな問題ではない。
 
 安倍首相は突然中国と会談。大変結構だと言いたいが、そんなことはない。朝鮮半島、中国との緊張が緩和されるならば、沖縄に基地の固定化、強化する意味はなくなるはずだ。2重基準。経済的利害から友好を演出し、軍事的利害から対立を演出する。私たち庶民の暮らしをよくする姿勢はゼロ。彼らの儲け話だけが彼らの関心。誰がこんな政治を支えているのだ。私たちはいつまでこんな泥舟に乗っているつもりなのだ。ぶくぶくぶくと地獄の門が開いている。
 政治は余りにもお粗末であり、愚劣だが、私たちが無関心である限り、何も変えられない。沖縄の県知事選の勝利は、沖縄の事は沖縄の人々が決めると示したのだ。この反撃力はなかなかなものだった。素晴らしかった。だが、46都道府県の皆さんが「沖縄良かったですね」というとき、ご自身の事を考えて言っているのか。沖縄は一先ず勝った。自分たちはどうするかが、問われているはずだ。無責任政治を終わらせなければ、どうにもならない。これは沖縄だけが踏ん張っても不可能なのだ。
 確かに今すぐにこうした政治を変えることは難しい。しかし昭恵夫人を「私人」といったり、「公人」といったり、都合よく使い分け、政治利用しているやりかたは、行政不服審査請求を使って、沖縄の自治権を奪い去るやり方とも相通じている。防衛省はいつから「私人」になったのか。私人が公有水面埋め立て法の「免許」を取得できるのか。国だからできるのだよね。民間事業者にない特権をもってのことだ。否、「公益」のものだから、こうするよねとの前提に立っている。それなのに、ウソ丸だし。仁義なき闘いになっている。「沖縄に寄り添う」といいながら、法治主義を無視している。沖縄の声に耳を傾ける姿勢が全くない。
 私たち沖縄は、あちらさまの仁義なき闘いにも、筋を貫く。非暴力で、公然と闘う。「オール沖縄」とは沖縄戦の経緯を踏まえた反省からきているのだ。まだまだ不十分でも歴史的反省にったているのだ。「軍隊は住民を守らない」との反省に。だからイデオロギーを超えるアイデンティティを大切にしている(私が言うのも何ですが)。
 「46都道府県」のみなさんが、オールマルマルと言ったところで、これがないのだ。ないのに、あたかもあればいいなの願望だけで動いても、無力だ。もっと別の方法を探るべきだろう。探って欲しい。オールジャパンなんて愚の骨頂。形だけ真似をしても意味がない。
 私たちに残された時間はあと半年余り。6ヶ月~8ヶ月のみだ。もしも改憲案が発議されたら、国民投票。これを止められるのか。改憲案は憲法審査会のみが上程できる。自民党でも安倍政権でも不可なのだ。議員の数では、私たちの闘いに勝ち目はない。これを如何にしたら打開できるのか。
 改憲の先に待っているものは、戦争国家だ。異論を排除し、上下の関係を徹底的に押し付けてくる。今ですら、存在を問う能力は乏しいのに、そのものが窒息させられていく。物言えぬ世界になる。こうなってしまったら、手遅れだ。その手前で、今こそ本気で頑張ろう。私は明日を信じている。みんなが明日を信じることができれば、何とかなるだろう。

2018年10月27日 (土)

11月の東京での企画は開催希望がなく中止します(181027)

 11月9日~11日にかけて企画をお願いしていましたが、全く反応をいただけませんでした。誠に残念ですが、今回は中止します。県知事選の勝利後の切迫した段階での企画はタイムリーだと思ったのですが、ご支持をいただけませんでした。「沖縄の課題」にみえて、沖縄に留まらない問題であるのに、何故鈍いのか、どうすれば前に踏み出せるのか考えたかった。

 安倍政権のようなトンデモ政権にって、再び殺し殺される生に引き戻されてしまうのか、何とか打開できるのか、この半年にかかっています。残された時間は、もはやわずか。
 他方、安倍政権も支離滅裂に。跳ね返せるチャンスもでてきました。諦めずに頑張りましょう。

2018年10月26日 (金)

伊江島でのんびりしてきた(181026)

 10月25日26日(午前中)、伊江島でのんびりしてきた。のんびりしにいったのではないが、何故かノンビリ。時間に追われることもなく、美ら海も堪能。普段の辺野古の海は、苦しみの海になってしまっているのだと、思わず唸ってしまった。

 お目当ての米軍機の動きはなかったが、たまたま日本山妙法寺の平和行進団と出会い、一部をお供させていただいた。自分ひとりでは撮れない絵を沢山撮れた。ただただ感激。感謝です。
 島でサシバを沢山見た。草原が多い島だから理解できるが、一枚も撮れず。やはりカメラが1台だと、常に望遠レンズを出しておけない。ついつい面倒に。伊江島でサシバを撮る会をやるか。
 以下は苦言。途中で妙法寺さんについてきた人(私の知り合いである)が、これからどうしたらいいかときいてきた。こちらは撮影中であり、撮影中の私に聞くな。彼も撮影に来たのであれば、考えてから来て欲しい。グッドアイデアを出せというのであれば、まだわかるが、現場に来て基本から悩んではいけない。助言を求めるのであれば、自分は伊江島に何をしにきたが、そのためにどうすればいい?、というのであればともかく、「何しに来た?」を現地で求められても、私は答える立場にない。
 私がボランティアスタッフでいる辺野古ならば、助言することはあるが、伊江島は違う。なんてことを思っていたら昔のことを思い出した。写真を習いたいというので、何回かレッスンをした。彼女は「自分は何を撮ったらいいかわからない」と。それは自分で決めて欲しいのだ。これこそ自己責任でしょ。こうした問題も助言は出来るが、後は自分で決めるしかない。20年ほど前の話です。
 帰りの船でカヌーチームの友人と出合った。絵に成りそうな情報を聞いた。年内にもう一度伊江島に行くことになるだろう。これは楽しみだ。
 

2018年10月25日 (木)

久しぶりに旅に出ます(181025)

 久しぶりに旅に出ます。もっとも2日間だけですが、泊りがけでの撮影は5月以来(良く考えたら9月頭に石垣市議選の取材に行っていた)。頭の中を組み替えて、準備は移動中に。

 この2日間、当ブログの更新はありません。ご承知ください。

安田純平さんが解放された

 内戦下のシリアで行方不明になり、何者かに拉致されていたと見られる安田純平さんが解放された。18年10月24日現在、トルコのアンタキヤに滞在しているようだ。不当に拘束されて3年4ヶ月。よくぞ、生きながらえてきた。諦めない心に乾杯だ。また、カタールやトルコの当局や他の方々のお力添えもあったのだろう。感謝したい。

 しかし次に彼を待ち受けているのは、「自己責任論」などを持ち出して揶揄する日本国内の声だろう。ある意味、危険な紛争地である中東を取材することに危険が伴う。しかし危険だからといって、何もアプローチしなければ、益々謎に包まれてしまうだけだ。予断と偏見が覆い、真相から益々遠ざかる。
 中東を「危険」地帯にしたのは、そもそも欧米列強の関与によることが多い。中東というくくり方も欧米(特に英国、米国)によるものだ。こうした視点からは見えてこない状況分析は、欧米の視点に囚われている日本の外交や、マスメディアの視点とは異なるものであり、重要なことだろう。
 安田さんには、心身ともに休養していただいて、じっくりと、この3年余りで得た事柄をまとめていただきたい。今後のご活躍を祈りたい。
 
 たまたま私は「シリアの秘密図書館」(デルフィーヌ・ミヌーイ著、藤田真利子訳、東京創元社刊)を読んだばかりだ。副題に「瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々」とある。この本も2015年からの話であり、安田さんと同時代の話。シリヤの首都ダマスカス近郊の町ダラヤを巡るノンフィクション。アサド政権によって町が包囲され空爆が行なわれている瓦礫の中で、本を持ち寄り図書館を作ったと。知の力を生きるための希望にしていく逞しい若者たち。過激派しかいないという偏見に私たちは囚われがちだが、そこに普通の市民が暮らしているのだ。爆撃され仲間・隣人が殺されても、非暴力で、生き抜こうと尽力する人々。町が権力によって包囲されているから物資が入ってこない。食べ物も。
 著者はインターネットでめぐり合った人々との交信から書き起こしている。だからどうしても迫真性に欠けるが、これはやむおえない。武力によって包囲された中にいる人々と外の世界に分離されていることを私たちの想像力で補うしかないのだ。頼りなさ過ぎる想像力で。こうした本を読むと、余りにもかの地の現実と、私たちの暮らしがかけ離れていることを思い知らされる。しかし、非暴力で諦めずに闘うことの意味は分かる。中東だからシリアだからという枠組みで現実を見失ってはならないのだ。そこには内戦があるだけでなく、市民が生き、殺されているのだ。ここを私たちは見なければならぬ。
 
 安田さんは、かの地に囚われていたので、囚われていたご自身のことも含めて、新たに見えたことがあるはずだ。これは日本という国の外交力の検証にもなり、大変貴重だろう。こうして得た取材が広く読まれ、知られることを私も希望したい。

予測どおりオスプレイを撮る(181024)

2018年10月24日 晴れ後曇り一時雨。警戒船数隻。

午前中、ゲート前行動。護岸工事の兆候なし。
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今日もダイサギがおでまし。河口。9:55
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始まった。魚があちこちにはねている。9:59
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9:59
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9:59
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9:59 嘴を海に突っ込んで食べる。
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北海道の看護学の学生60名に話すT君。10:08
13時頃オスプレイの音が聞こえる。小雨だが平和の塔に向かう。
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じっと待つ。ホバリングの音がしている。出た! 13:14
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国立高等専門学校の奥だ。13:14
このとき、目で追う。同時に、風向、風速を自覚し、音の動きにも注意を払う。どう飛ぶかほぼわかる。
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13:15 手前の線は高圧線。米軍はこれを撤去(地中化)すると言っているが、校舎はしらんぷり。米軍が定める高さ制限を越えているのだ。
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13:15 はいきました。
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13:15
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旋回し、豊原から松田方面へ。13:15
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テントに戻る途中にキアシシギ。13:31
13:35頃テントに戻る。
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そしたら豪雨に。13:41 私は濡れずにラッキーだった。
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看板にイソヒヨドリ。14:32
背景はモンパノキ。

2018年10月24日 (水)

安倍政権の「辺野古が唯一」を押し返すための連続行動

◎上記のタイトルは「公式」情報によるものでは、ありません。悪しからず。(ヤマヒデ)

①18年10月26日 12:15~13:00 沖縄県庁前
②18年10月30日 14:00~15:00 沖縄防衛局前(嘉手納ロータリー)
③18年11月3日  11:00~12:00キャンプシュワブゲート前
主催:オール沖縄会議
ご存知の通り、安倍政権は何が何でも辺野古・沖縄が唯一だと、沖縄の民意を踏みにじり工事再開に血眼になっています。個人の権利救済を旨とする行政不服審査請求によって、沖縄県が出した埋め立て承認撤回を無効にしようというのです。菅官房長官が言う「法治国家」とはなんなのだろうか。余りにも恣意的な運用であり、法を歪曲し、自治権を侵害するものです。
 新基地建設を阻止するために、ここで私たちは立ち止まってはならない。私たちの意思をはっきりと示そう。(ヤマヒデ)
◎オール沖縄会議のhpに案内がでたら、書き直します。一先ず日にちと場所の告知です。

工事は止まっているけれど(181023)

2018年10月23日 晴れ後曇り。暑かった。警戒船数隻。

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誰かのお土産。もみじ天ぷら。もみじの葉っぱ、かりんとうみたいな味。失礼ながら「週刊金曜日」の上においてみました。手じかに紙がこれしかなくて。
 余談ながら、「巨大与党とどう闘うか」というよりも、この政党よりも、彼らを支えている多数派と闘うことが大問題でしょう。
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今日もダイサギを撮りますよ。晴れてますから。9:08
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9:35
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9:57 撮影には波の動きも意識しています。
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足下にミナミコメツキガニ。10:05
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10mぐらい陸側に。10:08
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真上からアップで。10:09 警戒しています。だから私は引き揚げます。
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静かだと思っていたらこれだ。普天基地のUH-1、2機。東に。11:50
カヌーメンバーがテントにも来た。今日はカヌー7艇、船2隻。海保GB 2艇。大浦湾のレジャービーチ側で米兵が銃をもって訓練中だったと。
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愛犬が吼えたので見たら、これ。マングース。13:11
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そしてミサゴがテントの上を横切る。近すぎだ。2羽。ランデブーを撮るのは無理。レンズの画角が狭すぎる。13:18
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沖合い西から米軍ゴムボート5.戻ってきた。赤は漁港にある重機。稼働中。この隙間にボートを入れた。14:10
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沖合いを東に。UH-1. 14:11
北部訓練場に向かうのだろう。
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愛犬が吼えた。また、マングースが顔を出していた。2頭の子どもがいた。14:32
この後、横浜の労働組合の退職者会が20名余り。2004年当時に来ている方がおられたので、いささか歴史を回顧させて頂いた。この10年の変わりよう。だが、微かに展望も見えてきた。沖縄と各地。各職場がどうつながるかだ。即同じ基盤はできない。「オールマルマル」でなく、自分らの生き様を再確認することからだ。丁寧にやっていただきたい。ということで、40分以上しゃべったか。しっかりきいていただけた。感謝。

2018年10月23日 (火)

沖縄の環境を考えるー沖縄環境ネットワーク結成20周年シンポ

「沖縄の環境を考える―沖縄環境ネットワーク結成20周年シンポジウム」

日時:18年10月27日(土) 14時~18時
会場:沖縄国際大5号館 107教室
入場無料(資料代300円 学生は無料)
沖縄の環境問題は、平和・自治・人権・米軍基地の存在と複合しています。以下シンポの案内。
第1部:沖縄の今
活動の歴史(砂川かおりさん―沖縄国際大講師)
辺野古・大浦湾の海と、その現在(牧志治さん―水中写真家)
ジュゴン訴訟、埋め立て承認撤回、今後の展開(吉川秀樹さんージュゴン保護キャンペーンセンター国際担当)
復刻版「琉球弧の住民運動」から学ぶこと(花輪伸一さん ―元世界自然保護基金ジャパン)
第2部 HIRARA コンサート
第3部 基地からの環境汚染
基調講演 情報公開法で捉えた米軍基地環境汚染(ジョン・ミッチェル
さんー調査報道ジャーナリスト)
沖縄市サッカー場の土壌汚染(桑江直哉さん―沖縄市議会議員)
基地環境問題にどうたちむかうのか(桜井国俊さん―沖縄大元学長)
 
◎私はどうしてもこの日、テント村を抜けられません。ご盛会を祈ります。(ヤマヒデ)

華麗なるシラサギの舞(追い込み漁)(181023)

2018年10月23日 晴れ後曇り。大潮

辺野古川河口 朝
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ダイサギはこうした流れのときに、ここで魚を狙う。長靴がないとこれ以上近づけないが、ぎりぎりまで接近。光りよし。ダイサギが舞い、魚が跳ねた。その一瞬をすかさず撮る。
魚が飛び跳ねています。9:57
私は連写はしない。無論、合成もしていない。
ひたすら集中力と、表現力だ。+反省力。多くの失敗をプラスに転化することなしに、こうはできない。
◎追記:忘れてました。大事なことを。こうした写真に集中できるのも、工事が止まっているから。故翁長雄志前知事に、謝花喜一郎副知事に、玉城デニー知事に感謝。そしてデニーさんを選んだ沖縄県民に感謝。だから、自分にも、ありがとう。

嬉しいことがあればまた逆も(またかよ)

 一昨日帰宅したら、何と43年ぶりに便りがあり、少なからず嬉しい気持ちになった。このとしになると、あの人はどうしているのかなと、気になる人って居るものだ。手短な文面だから詳しい事は分からないが、一先ず元気らしい。

 こんなことを他人に話してもなぁと思っていたら、昨日その人と同じ県から来た人が居た。思わず、昔懐かしい話をしてしまい、自分のブログのことも紹介した。
 しかしいいことがあれば、必ず逆なこともある。昨日は盟友から、彼の写真展に対して会場からクレームが付いたと。結果的に無事に展示できることになったようだが、感じ悪い。「政治的だから禁止」とは、73年前に戻るようだ。護憲とか9条といえば、政治的だとクレームが付くご時勢だ。言っておくが、憲法ってこの国の最高法規だぞ。これを守るのが公務員なのだ。勘違いも甚だしい。愚劣な忖度はやめなさい。
 今日は干潟で撮影中、携帯電話を落とした。濡れて汚れた。問題なのは濡れたことでも汚れたことでもない。海水に含まれている塩害だ。真水で洗い流したが、どうかな。携帯はもちろん、防水機能付き。
 で、先週修理に出したカメラだが、レンズは修理可能だが、カメラは不能だと。やはり塩害による腐食で中の中まで、アウトだと。この機種は既に発売が中止されており、まだ改良型もでていない。防塵・防滴(シーリング)といっても、海水には勝てないようだ。まだ3年しか使っていないのだが。
 商売道具がなければ、始まらない。ひと先ず何とかするしかないが、困った。埋め立て工事はいつ始まるか分からない以上、大至急手当てしないと。ウーム。
 
 今日帰宅したら、舞台俳優のAさんから観劇の案内が届いていた。なんと、舞台は私が東京に行く日程だ。もしかしたら見れそうだ。そしてそのニュースに私の旧友が同演劇集団の後援会長になったとある。彼女とも40年余り会っていない。頑張っている人は頑張っているものだ。私も微力ながら頑張りますよ。カメラが壊れたぐらいで、何だ!
 73年前の夏まで、この国は「弁士、発言禁止!」といわれる最中にあったのだ。それから73年が経過し、長いものに益々巻かれている。これでは、生きていけなくなりますよ。カメラはこうしたことを突き破る重要なツールになるはずだ。しかし、私たちの立ち居振る舞いが伴わなければ、おしまいだ。油断できないぞ。

2018年10月22日 (月)

緊張が走った一日(181022)

2018年10月22日。晴れ後曇り。監視船数隻。

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今日で5300日(2004年4月19日から) お疲れ様。
潮が引いてきたのでダイサギを撮りに行く。
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朝の半逆光が美しい。沖はマナヌ岩。辺野古川の干潟にて。9:13
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そろりそろりと餌を狙う。ダイサギ。9:21
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近くにミナミコメツキガニがけっこういる。ごらんのとおり、ほぼ青型だ。黒型がいない。殆ど黒型の時季もあり、色彩の変化は何故起きるのだろうか。10:01
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舞い上がり大胆にえさを取りに行く。10:05
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このゴムボートは米兵のものだ。3艇。戻ってきた。11:09
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続けて海保のGBだ。航路上。11:11
何しに来たのか。
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沖合いを東に。MH-60.11:11
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海保を撮りに松田浜に移動。来たぞ海保2隻。11:20
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k-4に入る海保。11:21
ここまできたのは、本番前の研修、下見だろう。工事再開は来週早々からか。要警戒。海上メンバーに連絡した。
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ミサゴ。辺野古川河口。13:11
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河口でウインドサーフィンを楽しむ。もっとこういうマリンスポーツをやる人が増えてくれたら嬉しいのに。13:12
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またダイサギを撮っていたら、緊急のメールが。うるせいな、待て。13:25
伊芸サービスエリアに多数のオイルフェンスを積んだトラックが集まっていると。
しようがない、ひとまずゲート前に移動。
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ゲート前。13:54
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この大型車が出る(左折)のに、3回バック。14:14
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いつの間にか米軍の消防車が。何だ?14:31
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何か撒いている。砂・滑り止めか。どうも米軍車両が油だかを撒き散らしたようだ。14:34
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14:40 MPのパトカーが道の真ん中に止まった。何しているんだ。一般車両に対する規制のようだ。
無事にこの処理は終わった。
私は16時までこの場で、例のオイルフェンスを積んだトラックを待ったが来なかった。誤報だったらしい。宜野座インターから下りていないとのこと。周辺にも見当たらなかったと連絡が入る。別件の車両だったとしても、私たちは警戒を強めていかなければならない。

ダニー・ネフセタイさん講演会in 沖縄

国のために死ぬのはすばらしい?

「イスラエル・パレスチナそして日本」
①日時:181023 19時~
会場:長谷寺(糸満)糸満市潮平1番地 ℡098(852)3533
サンシン演奏あり 川崎善美さん
②日時:181026 19時から21時
会場:沖縄キリスト教学院シャローム会館1-1(西原町翁長777) ℡098(946)1279
協力:沖縄キリスト教平和総合研究所
主催:ダニー・ネフセタイさんを沖縄に呼ぶ会 090(1803)2333
ダニーさん:57年イスラエルに生まれる。徴兵で空軍に。パイロットになれず除隊。アジア旅行で日本に来る。かほるさんと結婚。平和憲法を知り、イスラエルに洗脳されていたことに気付く。88年に木工房ナガリ家を秩父に開設。2011年の震災後、「原発とめよう秩父人」を設立。
著書「国のために死ぬのはすばらしい?」
主催者の思い:ダニーさんと平和の思いを共有したい。ダニーさんに沖縄を知ってほしい。世界に向けて、沖縄が瀕している平和の危機を発信して欲しい。そんな集会です。
とのことです。
以下余談。私も行きたい、議論したい。だがちょっと無理。イスラエルの人が平和憲法を知って、どうして何が変わったのか? 戦争国家であり、監視国家のイスラエルの人が。
これ、もはや他人事じゃない。それにしても「平和憲法」にそんな力があったのだろうか?再認識する価値あり。
平和憲法を求めてきた沖縄は、今どこにむかうのか? それ以前に、国のために殺されてきた沖縄は、今どうするのか?
因みに護岸工事が進む辺野古に張り巡らされている鉄条網はイスラエル製。一見尖っていないが、甘く見たら大変なことになる。板状のものが鋭利なナイフ。触ったら、衣服といわず、体といわず、ピリピリと切れていく。米軍岩国基地などで見かけるが、沖縄防衛局の工事で何故これが使われているのか?!(ヤマヒデ)

ミサゴとウインド・サーフィン(181022)

本日(2018年10月22日)のスペシャル

辺野古川河口
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ミサゴがダイビングしたが失敗。左に飛び上がる。バックにウインドサーファーが。
これを一枚に入れる。
こういうものは、これできないかなと思った瞬間に心の準備を整える。入りそうになったならば、間髪を入れずにいき、構図を決め、シャッターを押す。全部で0,5秒以下。
躊躇したら出来ない。
よくをいえば、もっと光をだったが。

那覇市長選、城間幹子さんが圧勝(181022)

 那覇市長選のオール沖縄勢力である城間幹子さんは手堅いと言われていた。現職であり、女性、実績も公約の96%を実施してきた。さらに先の県知事選での結果が確実なものにした。

 城間幹子さん、79677票、翁長政俊さん、42446票、投票率、48,19%。票差37231票だ。翁長政俊さんは、自民公明維新希望の推薦を受け、元自民党県連幹事長であり、元県議。それにしてもこの票差はなんだ。
 「平和・子ども・未来 あなたとともに」を掲げ、「基地のない、平和で豊かな県都那覇市をつくろう」が浸透したのだろう。個々の政策ではさほど変わりばえがしなかったが、翁長政俊さん陣営が「市民目線で那覇市を大改革する」を叫べば叫ぶほど、ウソっぽさが滲み出たのではないか。余りにもフェイク戦術が多すぎた。やりすぎれば、誰にも悟られてしまう。
 そして陣営の団結力の差が票に出た。自民党のステルス作戦が機能せず、公明党は機能不全に陥り、集票能力はがたがただった。県知事選の痛手を修復できず、崩壊に向かったのだ。
 投票率の低さが目立つ。ここをどう総括するのか、市民目線のもちかた、まちの人々の中に入っての政策の形成や市民の声をどう受け止めていくのか。城間市政の課題は県都であるだけに大きい。飛行場と港湾、自衛隊の基地(司令部)があり、また、周辺市町村との関係も無視できない。だからこそ那覇市政の課題として平和を発信していくことは重要だ。
 この勝利をあしがかりに、皆で頑張っていこう。沖縄は、安倍政権に押しつぶされるわけにいかないのだ。

揚陸艦から水陸両用装甲車が上陸(181021)

 2018年10月21日。日曜だが、今日も漁港の浚渫作業は平常どおり。ご苦労様です。

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ふと左(東)前方を見上げたら、ドック型揚陸艦だ。わずかに西へ動いている。9:57
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東にターンして。土砂砕石船とすれ違う。右側は別物。揚陸艦の後方ハッチから出てきた揚陸艇だ。10:40
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辺野古川河口正面。日曜日なのに潜水調査だ。マンタ船も同道。11:09
何の調査をしているか分からないが、生物追放調査になってしまうのに。
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漁港沖東側だが、だいぶ近づいてきた。11:57
そろそろ何か動きがないかな。
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前の写真とほぼ同じ位置で南にターン。後方ハッチが開いている。11:58
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ちょっと目を離していたら、これだよ。水陸両用装甲車が出てきた。この中に12両。全部で何両だろう。12:23
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そこまできた。松田浜沖からシュワブの浜に上がる。12:31
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フェンス際から撮影。12:32
アルソックが来ていない。装甲車上陸なので安全第一なのか。
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航路沿いに戻ってきた。12:43 手前の茶色に汚れているのは先行車両による砂の巻上げ。
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上陸間じかで。12:45 波がざわめく。
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アップ。左後方が揚陸艦。ぴたっと入った。12:45
ここまでで上陸に約30分。いつもより密集して動いたようだ。台数14から16両。このまま装甲車は内側に消えていった。
因みに彼らはいつ揚陸艦にのったのだろう。私の記録では、10月11日約10両、16日、約10両がここから出たが、乗り込むところは未確認。
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漁港沖を西に向かうドック型揚陸艦。13:51 ホワイトビーチに向かうのか。

2018年10月21日 (日)

那覇市 城間幹子さん、0打ち、当確

 今日、2018年10月21日は那覇市長選の投開票日。オール沖縄の城間幹子さんに20時に当確がでた。一先ず良かった。まだ開票率0%なので、どこまで差を広げるか、開票状況をみながら、また記します。

 nhkでも当確。(20:15)

 那覇市民の皆さん、多くのデマが飛び交う中で、ご苦労様でした。
 選挙事務所で、皆喜びのカチャーシーで湧いています。好い光景です。

田中信夫さんが亡くなったと聞いて思い出していること(181021)

 今日は10月21日、国産反戦デーです。今や、「だった」かな。ベトナム反戦の闘いが盛り上がった時代があったのだ。

 2018年10月17日、声優の田中信夫さん(83歳)が亡くなった。田中さんといえば、「コンバット」のサンダース軍曹(ビッグ・モロー)の声の出演。1962年当時放映されていて、私は毎回見ておりました。荒々しい戦闘シーンがあり、仲間・部下を気遣う心の葛藤があり。
 当時の私は小5。戦争などわからなっかたが、不思議に思ったことは、主演格の人たちは不死身の如し。敵も味方もバンバン死ぬ中で、おかしいなと思いました。たわいない感想ですが、案外こういう感慨が今の自分をつくっているのです。そんなはずないよね、と疑いだしたのです。「コンバット」は、戦争は殺し、殺されるものだということを理解する足がかりになったのかもしれません。
 また同時代にみた映画「ザ・ロンゲストデー」(『史上最大の作戦』)をみて、兵隊哀れだと思った。空挺団の一部が降下位置を間違え、木や電柱等にひっかかり、下から標的に。
 私が戦争の実相を考えるようになったのは、ずっと後のことですが、ベトナム戦争では兵隊による農民家族への虐殺、ジェノサイド、皇軍による虐殺、沖縄戦のことなど。そして、秀吉による朝鮮侵略が「三光作戦(焼き尽くし、奪いつくし、犯し尽くす)の原点だと知ったのです。これは随分後のことでしたが。
 戦争をかっこよく描いたり、曖昧に描いてはいけないと思います。事実を事実として読み解くことです。そこから始まる。
 
 因みに私は68年10月21日の国際反戦デーに参加していません。まだまだ何も知らない初心でした。自然保護運動に全力の時代でした。しかしここをやったお陰で、政治への関心は、一過性でおわらなかったのです。
 
 そして今日帰宅したら、予想外の人からコメントがついていました。43年ぶりのお便りでした。1975年3月なので、ベトナム戦争がベトナム側の勝利で結着する直前だったんだ。人生は様々に移り変わりますが、お互いに生きていることがわかって、嬉しい。インターネットの技のお陰です。

「テント村」の看板を持ち去ったのは誰だ?!(181020)

2018年10月20日 晴れ。暑かった。警戒船あり。

今日は海上行動あり(午前中)、カヌー14、船3。海案内もやっていた。
今日は概して静かだった。工事ないし、訓練も見当たらず。
私は2回説明した。
だがちょっとした事件が発覚。
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漁港脇のこのフェンスにあった「辺野古テント村」の看板がなくなっている。
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テント側から漁港側。3箇所の番線が切られている。
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何れもペンチで切断したようだ。強風で引きちぎられたのではない。
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この棒杭にも打ち付けられていた。11:00
誰がやったのだ。速やかに悔いて、返却して欲しい。
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今日もダイサギが魚を採っていた。12:37

2018年10月20日 (土)

明日10月21日は那覇市長選の投開票日(181020)

 2018年9月30日、沖縄県知事選でオール沖縄の玉城デニーさんが勝ち、10月14日、豊見城市長選でやはりオール沖縄の山川仁さんが勝った。明日は那覇市長選の投開票日。さてどうなるのか。
 自公の翁長政俊さんは元県議。沖縄自民党の重鎮だ。自公推薦。「実現力で住みよい街」と訴えているが、問題は如何にして実現力を発揮できるかである。現市政(城間市政)は「決められない政治では、市民の安心・安全をどうやって確保するのか」というが、基地建設を促進しながら市民の安心・安全はありえない。安倍政権に従属していたら、安全も安心も放棄させられるだけだ。
 那覇軍港の早期移設は悲願だろうが、浦添に大規模な物を造ることにしかならない。ここは城間候補も曖昧なのだが、県都周辺に一切の軍事拠点はいらないと言って欲しいものだ。
 那覇空港を自衛隊が使い、その隣に自衛隊の第15旅団司令部があり、万が一不測の事態が起きたら、人とモノの動脈が止まってしまう。「誇りある豊かな新時代沖縄」を目指す玉城知事と城間幹子候補には、この点、留意していただきたい。問題は新基地建設を許さないだけでは、明らかに不十分なのだ。「民の心に寄り添うこと、決断すること、安全安心を守ること」が政治家の最も大切な仕事ならば、これを如何にして実行するのか。
 若者へのメッセージに「行く先は自分が決める、そのための機会はいくらでもあります」と呼びかけているが、今の大人(私を含む)がぼやぼやしているから、再び戦場が近づいてきてしまった。若者に徴兵制がしかけられそうになっているのだ。
 私たち大人の責任が問われている。さて政俊さんは、こうした事態にどう答えるのだろう。「市民の幸福追求権」をダシに集団的自衛権を法制化した自民党の彼らは、若者達の夢をぶち壊し、若者達に死に場所をプレゼントするようなまねは、絶対にやめてほしいものだ。
 誇りある新時代沖縄をつくるためには、明日、城間幹子さんが勝つことからだろう。難問は多いだろうが、着実に様々な問題を重ねながら考え、前に進んで欲しい。
 過去の栄光(日清・日露戦争賛美)を拠り所にする司馬遼太郎を愛読書とする政俊さんでなく、那覇の栄町市場を舞台にしている宮里綾羽さんの「本日の栄町市場と、旅する小書店」の幹子さんに、私なら投票する(名護市民なので、投票権がないが)。

3冊の本を巡って(181020)

 今日のテント村は概ね静かだった。私は3冊の本を持ち込んでぼちぼち読んでいた。①「沖縄発 新しい提案」新しい提案実行委員会編 ボーダーインク刊 ②「辺野古訴訟と法治主義―行政法学からの検証」神野健二・本多滝夫編 日本評論社刊 ③「近代日本の『南進』と沖縄」後藤乾一著 岩波書店 の3冊。

 ①は最近東京の小金井市議会で決議を挙げながら、官邸等に送る文面をまとめられなかった件で話題になっている元本だ。沖縄の基地問題を原点に立ち返って、46都道府県で考えるべしという古くて新しい提案だ。同市議会の共産党は何を考えたのか、議会で賛成しながら後で撤回するというていたらく。私はこの「提案」に賛同できると考えており、ここを吟味したいのだ。
 ②これは無論、沖縄県とこの国の法的対抗の中で、私たち自身が考えを深めるのに不可欠な文献だ。行政不服審査法で国は、再び個人(私人)の顔をして県を訴えた。防衛省の官吏のどこが私人なのか!?
 本件で、こうYさんが意見を投げかけてきた。しかし本書は、安保・地位協定に根ざした論点から、沖縄防衛局は「私人」ではありえないと立論していると私が講釈。だが読み始めたばかりで、十分に説明しきれず、また読み込んでから説明しますとなった。
③を読み始めたわけは、現在の米軍基地問題を沖縄戦から語りがちだが、前史としての近代日本が琉球王国を武力を楯にして併合した歴史から読み解くことが重要だと思っているからだ。
 たまたま見えていたTさんが上記の問題意識を話す際のテキストはないかというので、私は他の本と併せて本書を紹介した。この国は琉球の併合から台湾の植民地支配、朝鮮の植民地支配へと、次々と拡張していく。敢えて緊張を作り出していったのだ。こうして戦争の歴史を歩み続け、挙句に、加害の事実を見ようとしない「国民」を作り出してきた。
 沖縄の問題は日本全体の問題だというとき、私たちは少なくとも1872年まで遡らないわけにはいかないようだ。1609年の島津藩による侵略の歴史まで遡れば、もっと深い論点がでてくるのだが、ここまで立ち返って述べたら、これだけで1時間はかかる。本題に入る前にこれでは困る。
 だが、沖縄の問題ってそういうことなのかという入り口に広い視座を私たちがもっていることは重要だ。人々にとって身近な話題から心を掴む方法を工夫したいとあらためて思った次第。

2018年10月19日 (金)

外にはさわやかな風が吹いている(181019)

 今日の私は自宅で。昨夜メールで送ったブログがダブっており、肝心要のものが送られていないことが分かり、正しいものを大慌てで再送。書庫&資料室の第2段の整理。だいぶ空間に空きができた。ばらばらに置かれていた本を所定の位置に置きなおしたり。そのなかにサイン本が出てきた。誰かと思えば、三上智恵さん。15年6月某日の日にちも記されている。書名は「戦場ぬ止みー辺野古・高江からの祈り」(大月書店刊)。

 言うまでもないことだが、みんな、必死でやっているのだ。命(ぬち)かじりやっているのだ。涙が出てくるね。この国はもはや末期。最後の悪足掻き、もう一度戦場を引き寄せるつもりらしい。冗談やめろと、座り込めば、公務執行妨害、威力業務妨害だと。基地建設・戦争遂行が「公務」なのか?! 笑止千万。
 国の基地建設に沖縄県が待ったをかければ、行政不服審査請求で、執行停止を求めてくる。お友達内閣だからといって、「お友達」でない存在を許せないらしい。これはいじめである。地方自治とか個人の基本的人権とかを改憲する前に無効化したいらしい。
 こういう手口は正にナチス張りなのか否かはともかく、もはや民主主義から遠い時代を私たちは漂流させられているのだ。
 しかし沖縄は流されない。沖縄は、沖縄の事は沖縄が決める。この原則を常に確認し、勝つ方法は諦めないことを貫けば勝てるだろう。しかし、まだまだ日本全体のモードを変えることまで手付かずだ。市民共闘、野党共闘は一歩前進だが、これと「沖縄のように闘おう」と吼えるだけでは、ダメだろう。
 沖縄がここまで追い込まれながら、戦争は嫌だとなったのは、正に沖縄の底力だ。46都道府県にはこれがない。はっきり言うけど。ここまで沖縄が追い込まれてきたのは、日本の46都道府県の無関心のマイナスの力が大きく作用している。それぞれの場で、何を磁場に据えて歩みだすのかを定めなければ、ダメなんじゃないか。改憲反対は当然のこととして、そもそも、どうするの?
 暮らしと政治が分離しているから、金儲けに走る奴らはやりたい放題だ。擦り切れた人々は無意識にであれ、鈍感になっていく。こうしたなかで政治を変えるとすれば、暮らしの場を洗いざらい掘り返して磁場を作らなければなるまい。
 これは私の部屋を片付けることと比べても、桁違いに困難なことだろう。もはや現代のまちには、ほっといたらさわやかな風が吹くことすらないのではないか。また都会が革新的な時代はとっくに終わっている。無論、田舎は保守的な傾向が強い。どうなるかねぇ。どうするかねぇ。私にも見えないが、見えるような努力を惜しんではなるまい。頑張ろう。
 ほんとうにそうだよ。沖縄に、辺野古にきて、「頑張ってください」という人が少なくないけれど、皆さんこそが頑張るしかないのだよ。そこを自覚して欲しいものだ。

ふざけるな!安倍政権 緊急官邸前抗議行動(181020)

*ふざけるな! 安倍政権
緊急官邸前抗議行動*
*10**月**20**日(土)午後**2**時~*
*首相官邸前*
(地下鉄丸の内線「国会議事堂前駅」下車)
呼びかけ:*辺野古への基地建設を許さない実行委員会*
**********************
政府・防衛省は17日、沖縄県が決定した「辺野古埋立承認の撤回」について、国土交通大臣に対し行政不服審査を請求するとともに、撤回の効力を止める執行停止を申し立てました。
しかしこれは、「沖縄の人々に寄り添う」と言いながら、沖縄の人々の意思を踏みにじる全く許せない行為です。先の知事選挙では、辺野古新基地建設反対を明確に掲げた玉城デニーさんが圧倒的多数で当選しました。はっきりと示された沖縄の民意を政府は何だと思っているのでしょうか?ふざけるんじゃないよ!
今回の申し立ては、法律の主旨を逸脱した不当な行為です。「行政不服審査請求」は本来、行政の不当で違法な行為に対して主権者たる国民が不服を申し立てる権利であり、防衛省が「私人」になりすまし、同じ内閣の省庁に申し立てることは茶番でしかありません。3年前にも防衛省は、県の「埋め立て承認取り消し」に対し同じことをやり、厳しく批判されたばかりです。
その愚挙を再び行うのは、いかに政府が追い詰められているかの証しです。
安倍政権のなりふり構わない暴挙を許さず、辺野古埋立工事を断念すること強く求めていきましょう。

実弾射撃演習の音を聞きながらのシラサギ三昧(181018)

 2018年10月18日 曇り後晴れ 暑くなった。

護岸工事の兆候なし。警戒船あり。
朝から実弾射撃演習の音が聞こえている。
今日の「塩」加減がいい。潮です。この潮加減と光がマッチングしないと以下の写真は撮れません。条件はこの外に、来訪者が居ない(少ない)こと、他のスタッフの協力を得られることもあります。
9:30頃からシラサギ類が河口の干潟に来ています。潮が上がってきているので、鳥も岸に近づくだろう。では近づいてみよう。
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大きいのがダイサギ、小さいのがコサギ。種類が違う。餌を求めて、たまたまご一緒に。
9:46
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辺野古川の流れの中で、魚影を追うダイサギ。真剣モード。9:49
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棒立ちしながら周囲を探索。9:57
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ダイサギが舞った。小魚が撥ねている。10:03
もうちょい光が当たるとグッドなのだが。
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右がコサギ、左がダイサギ。魚を捕まえた。10:10
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次の瞬間に魚を落とす。10:11
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再び咥えた。10:11
実は何度も落として咥えて。ドジなのか戯れているのか。ネコじゃあるまいし。
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再び咥える。サギが一度咥えると、魚はかなりの打撃を受けるようで、水中に落ちてもなかなか逃げ切れなくなっているようです。10:11
一旦休憩。30分も撮るとかなり疲れます。
光がよくなってきたのでもう一度。
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やはり飛ぶときれい。10:39
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午後の光る海。12:17
埋め立て工事が始まらないように祈りつつ、私は海上行動のメンバーに早急に行動を再開するよう、発破をかけています。
この後、メジロとトベラを撮り(別稿)、来訪者2組と懇談。何と小樽の人でした。旧交をあたためつつ、ここの現状を説明。沖縄~北海道までネットワークを取り合って頑張っていきましょう。余談ですが私が小樽に行ったのは、空母があそこの港に入ったからです。90年代後半のことです。20年前。
次に神奈川県茅ヶ崎の女性5名の皆さん。この皆さんも凄く熱心に聞いてくださいました。5名がそれぞれの関心をおもちのようで、質問はややばらけますが、これがなかなかいいところをついてくれます。様々な質問を引き取りながらまとめていくのも、自分の頭が機能しておれば、巧くいく。
結局、この2グループに2時間余り時間をとりました。納得し、次々と問題意識を開いて欲しい。時間がたつのが速かった。

10月17日は「沖縄そばの日」

 10月17日は「沖縄そばの日」だ。だからってわけでないが、私たちは辺野古近くの「二見そば」に食べに行った。ここは美味しい店だ。久しぶりに満足した。

 
 何故10月17が「沖縄そばの日」か? これは語呂あわせではありません。由緒正しいのだ。
 小麦で作る沖縄そばは沖縄生まれ。沖縄は、72年5月15日、日本に復帰した。76年に沖縄生麺協同組合が出来たのだが、公正取引委員会がこの名称の使用に待ったをかけたのだ。そばというのは、そば粉が30㌫以上含まれて居なければ、まかりならぬと。慌てた同協同組合は土肥健一理事長を筆頭に果敢に東京にある公正取引委員会に要請行動を行う。77年に漸く沖縄限定で名義使用が許された。78年に「本場 沖縄そば」が認められ、87年4月全国展開が認められたのだ。沖縄そばとこの業界の人たちも苦節をなめてきていたのだ。
 そういえば、確か80年代後半に新宿に「本場 沖縄そば」のお店が出来た。私は「本場」って何だと思っていたのだ。
 沖縄そばは沖縄の味をなすものだ。私が沖縄に来て、好きになったものであることも間違いない。
沖縄生麺協同組合HP

今日もまた出たオスプレイ(181017)

 2018年10月17日 曇り時々雨

護岸工事の動きなし。相変わらず海には警戒船がいる。明らかに税金の無駄遣いだ。テント村で国の行政不服審査請求というやり方のえぐさについて、ひとしきり議論。防衛相が国交相に申し立てるという茶番。安倍政権は沖縄を甞めている。否、自治体の自治権を認めないのだ。断じて許されないことだ。
それにしても何故10月17日なのか。①土砂投入したかった8月17日の2ヵ月後を狙った。②ただの偶然。③そのほか?
 11時過ぎ、オスプレイ1機が辺野古沖を東に飛んだ。
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2機目。12:45
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沖を西へ(普天間方向)飛ぶCH-53。13:16
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今度は2機で東から(北部訓練場方向から)戻ってきた。13:28
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午前中静かだった漁港内の浚渫のための台船が動く。小型のタグボートが2隻をまとめて引っ張るのだ。凄いね。14:31
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なにやら海水をくみ上げ、ぶっかけている。何しているの? 土砂を洗い落としているのかな。14:40
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対地攻撃ヘリAH-1が1機。豊原方向へ。14:48
 今日は一日実弾射撃演習の音が聞こえてきました。
 来訪者はぼちぼち。私は2組にお話した。東京から入らした4名さまは、知らないことばかりだったと、驚いていた。私は問題の入り口を丁寧に説明した。そうなんだよ、知られていないのだ。そもそも「普天間代替」という言い方が虚偽。「沖縄の負担軽減」がまるで嘘っぱち。沖縄の人すら、こうした事実を知らない人がまだまだいる。

2018年10月18日 (木)

メジロとトベラ(実)(181018)

今日は思いのほか、ナイスな写真が撮れたので、これをご覧いただきたい。もっとも、自主採点すれば、70点程度。

 18年10月18日 晴れてきた。2羽のメジロが西側から飛んできた。私はこのとき西側(辺野古川の上流側)に居た。通過。反対側にカメラを担いで走った。
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間にあうか? ム、いないか。まて。おっ!
きた、きた!
テント脇(漁港側)の防潮林の中に来たメジロ。13:05
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赤い実を咥えている。13:08
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真正面で、メジロ仮面か? 13:08
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葉に覆われていて良く見えないのが、残念。13:08
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小さなメジロが大きな実を食べるのか。がっついている。13:08
この実はトベラ。春に白い花が咲き美しかった。芳香が心地よかった。あれが真っ赤な実になるのか。
台風24号、25号で木々は塩害の被害を著しく受けた。メジロ等の食べ物も激減したはずだ。メジロはどこかに何か食えるものはないかと、必死で探しているのだろう。
自分は久しくルーティン・ワークみたいなものしか撮れず、いじいじしていたので、非常に嬉しくなった!
まだまだここの実はこれから熟すのが多い。暫くはこんな写真が撮れるだろう。80点、95点、100点を目指したい。

まったくもう(181018)

 昨夜は不首尾が続き、疲れ果て、ブログはもちろん、夕食後の洗いものを放置したまま、シャワーも浴びず寝てしまいました。今朝は4時起床で、洗い物もシャワーも、そして「緊急開催のお願い」をアップしました。どうぞよろしく。

 今日はテントに懐かしい小樽の人がきてくださいました。お互いにお元気そうでなによりでした。その後に現れた茅ヶ崎の5名様と併せて、2回で2時間30分、お話させていただきました。ありがとうございました。夢中で話していると、えっ、そんな時間です。
 帰宅したら、テントに忘れ物の留守録が。大丈夫です。保管してあります。またSさんが作っている「なごデモクラシー」6号が届いていました。なかに「平和文化のつくり方」があって、5項目か並んでいます。そうですね。まさにそれ。そのなかの1項目に「人々との信頼関係をつくること」があります。そのとおりです。
 でも人間て、案外気難しくて、気が合わない人をつくりがち。感謝の心が向く人と、怪訝に思いがちな人もいます。相性が悪いのか。
 今日テントの外で撮影中、Yさんは撮影中の私を見つけ、気を遣っていただいたようです。反対側から遠回りしてきてくれた。小さな気遣いですが、聞けば嬉しいです。小さなことに気付くか否かが人間関係の分岐点に。お互い様なのですが、小さな誤解が大きくなってしまえば、とんでもないことになりかねません。
 私たちは、権力をもっていないから、力で踏み潰すことはできません。誰かさんたちとは違うのです。他人に「まったくもう」と思ったら、自分も頭を冷やしましょう。難しいですが、努力したいですね。

緊急企画のお願い(181109-11) 

●今回は、一軒も引き合いがありませんでした。絶好の機会でしたが、お申し出がなければやむおえません。今回の企画の開催を断念いたします。(181027 ヤマヒデ)

沖縄が県知事選に勝利した今、あらためて沖縄と「日本」の関係を問い直し、共に確かな一歩を踏み出しましょう―ヤマヒデとの講演会・懇談会を企画していただけませんか?

 

Ⅰ:沖縄で起きたこと

 翁長雄志沖縄県知事が急逝し、9月30日に沖縄県知事選が行なわれました。結果は、安倍政権が擁立した元宜野湾(普天間基地のある)市長の佐喜真淳候補にオール沖縄から立候補した玉城デニーさんが8万票の大差をつけて勝ちました。

 安倍政権は4年前の翁長知事に4ヶ月も面会を拒んだものでした。今回は9日目で玉城新知事と面会しました。肝心な『辺野古唯一』を変えていません。そして10月17日、遂に撤回を無効にしようと行政不服審査法による審査請求を防衛省が国交省に申し立てました。行政不服審査請求は個人が不利益処分の救済を申し立てる制度。防衛省(安倍政権)は、個人でしたか?!

 

Ⅱ:沖縄のように闘えば日本を変えられる?

 今回の沖縄の「勝利」を歓迎する声が各方面から聴こえてきます。確かに「良かったね」と言っていただけることは、私たちも大いに励まされます。しかしあえて言わせてください。「何が良かったの?」と。沖縄にこれほどの重圧を加えているのは誰なんですか? 私は単に政権や多くのマスコミ、無関心な人々ばかりでないと考えています。

 また、水をさすようですが、ほんとうに「沖縄のように闘えば勝てる」と思っているのでしょうか?

 

Ⅲ:確かな一歩を共に踏み出すために 

 沖縄が闘いの本番を迎えるなかで、私は憂慮しています。日本が何処に行ってしまうのか、余りにも心もとないからです。安倍政権が掲げる「普天間移設」(新基地建設が正しい!)、「島嶼(琉球諸島)防衛」、「憲法に自衛隊明記」などの政治は沖縄の問題以前に「日本」の問題です。アジア・世界に及ぶ問題です。また、これまでの歴史を抜きに考えられないことでもあります。

 だからこの機会に、皆様に沖縄県知事選勝利の意義と課題を共有していただきたいのです。共に確かな一歩を踏み出したいのです。

 

Ⅳ:こう考えている私(ヤマヒデ)の軌跡

 私が沖縄に係わり始めてもうすぐ30年(1989年5月)。「沖縄に行けば、安保が見えると」誘われて行ったのが、そもそもの始まりです。以来「基地の島沖縄」を撮り続けています。2011年から与那国島・石垣島・宮古島にも足を伸ばしました。2010年に政府が出した防衛計画大綱に「島嶼防衛」が打ち出されました。島々を巡るうちにオスプレイが強行配備され、政府が言う「沖縄の負担軽減」の大嘘ぶりを実感。基地・軍事がもたらす「負担」は基地面積の減少に比例しません。

 2013年10月、私は沖縄島の名護に居を移しました。そしてある発見をしました。米軍が狭い沖縄で演習する意味が見えたのです。そこに人が住んでおり、人家があり、学校があるからだって。米軍は演習場の内も外も関係なくやっています。確かに戦争は無人島ではやりません。これには仰天しました。これを保障しているのが日本政府であり、安保条約を運用する日米地位協定です。

 

Ⅴ:勝手なお願いかもしれませんが、宜しくお願いします(広めてください)

①趣旨―上記の通り。

②日時:18年11月9日(金)夜、10日(土)夜、11日(日)午後と夜の4回。

③東京近辺

④条件:講師料、15000円+交通費10000円。

⑤連絡先:山本英夫 eメール ohpyamahide@jmail.plala.or.jp

◎時間がなくて申し訳ありません。

◎ブログ:「ヤマヒデの沖縄便り Ⅲ」

◎プロフィール/フォトグラファー(自然写真・報道写真)、辺野古テント村ボランティアスタッフ

このお願いを広めてください。

2018年10月17日 (水)

再び国が行政不服審査請求だと―辺野古撤回、政府が対抗策

 辺野古・大浦湾の埋め立て承認は、当時の仲井真県知事が2013年12月27日に東京の病院で病気療養中に行なったものだ。

 これを翁長雄志前知事が去る7月27日に撤回を表明し、遺志を引き継いだ謝花喜一郎副知事が8月31日に撤回した。これで国は埋めたて工事を出来なくなっていた。
 9月30日の知事選で沖縄の民意を突きつけられたこの国は暴走をやめない。今日17日、再び(15年の承認取り消し時)と同じ手法となる行政不服審査請求という禁じ手を使うらしい。この請求はあくまでも個人の救済のためにある法律。これを安倍政権はあたかも個人であるかのように国交相に不服審査を出す。安倍政権は裁判もネグり、暴走を強めるばかりだ。
 私たちは満腔の怒りをもって基地建設を止める。政府の勝手な法解釈を許さない!
 もっとも安倍晋三さんがやっていることは、何もかも私利私欲だからこんなものなのか。モリ・カケばかりか基地建設も私利私欲なのだろう。分かりやすい話だが、沖縄をなめるのもいいかげんにしろ!!(詳報はあらためて)

オスプレイ等の軍事演習が辺野古で再開された(181016)

2018年10月16日 曇り後晴れ間。

朝っぱらからシュワブの浜に水陸両用装甲車が並んでいる。
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とおもいきや、出て行った。何両居たかは未確認。この1枚に5両だから。倍ぐらいか。宜野座村潟原(かたばる)に向かったようだ。8:37
◎露出オーバーなのは、機材の故障のため。申し訳ない。
このタイミングで大分の女性が3名。日出生台の演習場のことをご存知だと言うので、話が早かった。また今の水陸両用装甲車の話から、佐世保に出来た陸自の水陸機動団の話にいき、そこからここの新基地建設に戻り、何故沖縄なのかの政治的、軍事的な意味を話せばぐるぐるっとひとつながりに。
 凄く熱心に聞いていただき、質疑が出、今日は朝から縁起がいいねと言いたかったが。
 朝方は浚渫作業の音も控えめでよかったと思いきや。これがきた!
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 海兵隊のヘリ、UH-1だ。9:35
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そして対で飛ぶAH-1だ。索敵訓練が久しぶりに始まったのだ。9:36
ウルセエ!
ブログを調べてみたら、9月4日以来のことだ。この40日ほど、多くの機体が沖縄から外に出ていたようだ。
それはともかく、カメラが不具合を起こしていた。愕然!
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海と空のコラボだ。10;56
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振り向けばこうだ。10:58
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台風で落ちた葉がやっとでてきた。塩害が酷かったからな。やれやれだ。12:54
15:20過ぎ、オスプレイの音が聞こえてきた。9月24日に見たが、沖を1機のみだ。こんな近くは9月4日以来。
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15:30
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15:30 ヘリパッドに降りたり飛んだり。
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15:34
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15:35 国立高専の奥だ。
渡具知名護市長も市議会で答弁していたが、ここのヘリパッドを返せよな!市長頑張れよ! 言葉だけじゃダメだから。

2018年10月16日 (火)

また赤土が流出(181015)

2018年10月15日 雨のち曇り

 朝、国道329号線の弾薬庫前あたりから、眼下の大浦湾が真っ赤になっているのを目撃。未明の豪雨によるものだろうが、現在進められている弾薬庫等の工事の影響があるかもしれないと疑う。
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テント前の辺野古川河口もご覧の通り。悲惨。9:00
この上流が実弾射撃演習場だからね。ここはしばしばこうなる。
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雨が上がったので漁港の護岸を沖へ。少し赤みが抜けてきたが、まだ広範に赤くなっている。11:22
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護岸先端部から沖をみる。このオイルフェンスは漁港の浚渫のために設置。11:24
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シュワブ内のコンクリートプラントの脇の整地作業。多分ここにも兵舎を建てるのだろう。
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その左(西側)のフェンス際に延びる丘。13日の測量はここの測量であり、同じように整地して、兵舎等を建てるのではないか。
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テント。下記の標語が沖縄の人々に息づいて、上記に結果したんだな。上のバナーは新潟のGさん作。いつもありがとう。
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テント前をひょいひょいひょいと、キアシシギが1羽。12:19
Nさんが大浦湾の瀬嵩の丘に出かけ、例の赤土の状況をみてきてもらった。余り明瞭に見えなかったと。何が原因か特定できないのは残念だ。12時30分頃報告あり。
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河口に佇むチュウサギ。15:37 水に遮られて近寄れない。
来訪者は県内外からそこそこ。私は3回しゃべった。県知事選の結果に確信をもってもらいたい。

米海兵隊岡山県日本原訓練場でヘリパッド施設訓練

 新聞が伝えるところによれば、18年10月15日、岩国基地所属の海兵隊が陸自日本原訓練場(岡山県奈義町、津山市)でヘリパッドの施設訓練を公開演習した。約30名。同訓練は約300名が参加しており、9日~20日の予定。射撃訓練等。

 ヘリパッドと言うことは、この訓練の中で、少なくとも今後、オスプレイや攻撃ヘリの訓練も行なわれていく可能性が高い。無論、米日共同演習が行われることも想定されていることだろう。本州では岩国基地を拠点にしながら、日本列島を貫き、琉球諸島、フィリピン等までの長い長い防衛線を守るとかになっていきかねない。要注意。

陸自水陸機動団、米比共同演習に参加(在日海兵隊HPから)

別件で、沖縄の海兵隊の動きを調べていたら、もっと大きなニュースがでていました。要約して報告します。

 陸上自衛隊にこの3月、水陸機動団が発足しています。部隊は佐世保の北にある相浦駐屯地です。2100名規模。この部隊は米国海兵隊と同じ水陸両用装甲車を装備し、敵前に強襲する部隊です。

 在日海兵隊が報じる(181012)ところによれば、演習名「カマンタグ」で米比共同演習に水陸機動団が初参加。同訓練は対テロ訓練との事ですが、「人道支援」で陸自は参加としています。米国海軍のドック型揚陸艦アシュランドから水陸両用装甲車(写真に写っているだけで4両)で、上陸し、人員や資源を搬送したとしています。また「模擬負傷者」を搬送と、5名の陸自隊員が担いでいる写真も出ています。

 日時も場所も明記されていません。18年10月12日付けの記事です。参加部隊の詳細も出ていません。

 しかし陸自が海外での多国間演習に参加したことは事実であり、対テロ訓練のひとこまであることも否定しがたいでしょう。フィリピンであれば、イスラム武装組織を想定しているのかもしれません。また、同盟軍である米軍が外国で他国軍に襲撃されたら、集団的自衛権を発動して自衛隊が参戦することもありえるわけです。また米軍に戦闘で負傷者が出て、「人道支援」の名目で自衛隊が救出作戦を行うこともありえるでしょう。そうした中で自衛隊が攻撃されたら、個別的自衛権を発動し、参戦することもありえます。

 水陸両用装甲車には40ミリの擲弾銃(地上で爆発し殺傷する)と機関銃が装備されており、そもそも人道支援の本筋を外れています。

 なお、在日海兵隊のこのHPで使われている日本語訳文はかなり稚拙なものです。英語を都合よく訳している可能性が高いと私は読みました。一度、英語の熟達者に読んでもらおうと思います。

 

2018年10月15日 (月)

日曜日なのに突貫工事の裏側で(181014)

2018年10月14日(日) 曇り

 
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昨日の午後沖合いにきていた台船はやはりここだった。9:40
漁港の浚渫作業です。
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全国のマスコミ労働者の皆さん20数名に説明する浦島悦子さん。9:57
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今日は日曜日なのに始めたよ。10:03
それもテント側だ。騒音はなかなかのものだ。
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砂のようだ。キャタピラの錆び方が半端じゃない。10:34
愛犬たちが吼えるので何だと見たら、
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マングースの子ども。至近距離3m。12:36
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犬に吼えられたマングースは慌ててる。ぼくどうしよう?
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外に飛び出すか?! 12:37
こういう撮影は楽しいが、なかなか難しい。動きを予想しながら先手を取るのだが。
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この作業は終日。台風で遅れているので突貫作業です。我々は騒音に曝されていました。しかしやっていただかないと、海人は困るんだろう。我々のためにもなるのだから。作業員の皆さんご苦労様です。
埋め立て工事は無論止まっています。
来訪者はほどほどで、私は3回話しました。

防衛局が、新たな測量を始めた(181013)

2018年10月13日 曇り。随分涼しくなってきた。

 9時過ぎに京都から団体が訪ねてきた。30分余り話した。県知事選に勝ち、埋め立て工事も止まっているので、自分の話にも弾みがつく。皆さんも頑張ってくださいと。沖縄が出した結果をどう活かせるかは、それぞれの対応にかかっていると。全国的な力を結集して安倍政権を追い詰めていこう。
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いただきました。感謝。
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ヤンバルクイナがオスプレイを齧っている。おもしろいね。
右側の書き文字がゆがんでいるのは、風のせい。お許しを。
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今日はカヌーチームが練習に来ている。10名ほど。10:38
私は松田浜に向かう。
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何かといえば、台風24号で漁港脇の陸の車道等に積み上げられていた砂。浚渫業者がこれを除去したもの。車が砂だらけだと浚渫作業のトラックの運行に差し支えるから、自ら除却したようだ。10:45
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フェンスの奥で3名で測量作業がやられている。何だろう。ですか。陸の上を測量しているようだ。何をするかだが、多分、浜の上部(林で覆われている)に広がる丘を整地して、兵舎等の建設予定地にするのではないか。今後要注意。
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午後潮がひいてきた。今日はミナミコメツキガニが出てきた。13:11
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作業台船が近づいてきた。14;03
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間違いなく漁港に入る台船だ。14:23
今夕、入港するのではないか。

豊見城市長選に玉城知事と連携する山川仁さん当選(181014)

 那覇市の南に隣接する豊見城(とみぐすく)市長選に玉城デニー知事が押す市議2期目だった山川仁さんが当選した。この選挙戦は、保守が分裂し、現職に新人が割れた。そこにオール沖縄の形を組み、玉城デニー知事と連携する山川さんが11274票。宜保安孝(新人)さんが7645票、3位に現職だった宜保晴毅さんが6459票となった。

 有権者総数は48141人、投票率53,28㌫だった。市長選であり、各論の政策の違いが同市の地域性を知らない私には分かりにくい。沖縄タイムスの報道によれば、オール沖縄の勢力が強力にバックアップし、玉城知事も3回応援に入った事が左右したようだ。山川候補の子育て支援を中心とした政策が、同市の若い年齢構成にマッチしたこともタイムリーだったとある。無論、保守の分裂が大きくマイナスに作用し、このため公明党も自主投票になったことも大きなマイナス要因になったことは疑い得ない。
 今後、山川さんが掲げた「新しい豊見城市を作る」のは、市民との共闘がうまくいくかであるが、何といっても財源を如何に充てるのか、プラスする分野があればマイナスにしなければならぬ分野が出てくることを考えると、簡単ではない。玉城県政との入念なすり合わせが問われる。また新財源の確保を主張したが、政策能力が問われるのはこれからだ。頑張っていただきたい。
 14日から始まった那覇市長選ともあいまり、新基地建設反対の声が広がり、根を張ることを期待したい。

2018年10月14日 (日)

名護・沖縄暮らし6年目になり反省の日々(181014)

沖縄・名護暮らし6年目に入りましたが、反省の日々(181014)

 昨夜は友人宅で会食があり、ブログを書けませんでした。昨日、私は沖縄・名護暮らし5周年を迎えました。13年10月13日~18年10月13日で5周年。速いですね。目まぐるしかったです。

以下雑感を書きます。

 この5年間は安倍政権との闘いに明け暮れました。新基地建設を許すのか、何処まで抵抗できるのか。琉球諸島の軍事拠点化に抗する闘いにも連動しながら撮影を続けてきました。もっとも今年は辺野古テント村の態勢が変わり、私はそのバックアップに追われ、外での撮影に殆ど行けなくなってしまいました。

 14年1月の名護市長選、9月の名護市議選、11月の沖縄県知事選、12月の衆議院選挙と、私たちは連戦連勝でした。「オール沖縄の勝利」と言われました。民意を示してきました。それでも安倍政権は「辺野古が唯一、沖縄が唯一」と強弁し、沖縄を踏みにじってきました。この過程で安倍君は「独裁者」になりさがったのです。国権の最高機関たる国会を無視。3権分立を踏みにじりました。奢った裸の王様は、改憲に妄執。血迷っています。日本ナショナリズムを被せた私利私欲のためにウソとすり替えと証拠隠滅を繰り返し、ここまできちゃった安倍君。

 彼らが「勝利の方程式」と定めた形で沖縄県知事選にも勝つつもりだった。沖縄はこれをひっくり返したのです。でも冷静に考えれば、こうなった原因を作ったのは安倍君たちでした。お金で揺さぶれば、抱きしめられる。様々な形で楔をうてば、潰せる。自公と維新と希望が居るぜ。彼らの奢りと沖縄への差別が、沖縄の負けるもんかに火をつけてくれたのです。沖縄の底力を蘇らせたのです。

 この5年間、在沖「日本人」として恥ずかしい思いをしてきた私は、県知事選の結果に、嬉しいというよりも、ほんとうにほっとしています。沖縄の事は沖縄が決めるというシンプルな合意を果たす一員になることができたのです。沖縄をここまで踏みにじりバカにしてきたのは、権力ばかりじゃありません。「日本人」そのものが、沖縄に無知・無関心できたからです。米日安保に蹂躙されている沖縄のことも分かろうともせず、「米軍が守ってくれる」と思い込んでいるからです。

 私自身反省仕切りです。70年から72年の沖縄を巡る闘い(当時の私は学生)の中で、沖縄を直視せずに居たのです。返還後も問題なのに、72年5月15日の闘いの終わりが沖縄への無関心になっていきました。この名護暮らしの5年間は、この反省を求められてきた日々でした。我々がゲート前に座り込んだって、海上行動に明け暮れたって、写真を撮りまくったって、それだけでは何でもないのです。過去の私は何をやってきたのか、否、何をやらずにきたのか。

 現実の日々の苦しさと、こう頭をよぎる苦しさが、オーバーラップしているのです。だからこそ、県外から来た皆さんに、必要以上に厳しい言葉を吐いてしまったり。イライラが募ります。

 この5年間で私がやれてきたのは、恥ずかしながら、このブログを書くことぐらいです(14年6月から)。辺野古テント村でも辺野古・沖縄の基地問題を中心に、約2000回前後話してきたでしょう。この5年間でどんどん状況が変わり、話すべき事柄は増えています。だが時間に限りがあり、1回につき30分。10言いたいことがあれば、5か6にして(半分)、そのうちの2,3に関心をいただければ多とします。問題は皆さんがどうしたら問題意識を持ち続けることができるかです。一時熱くなっても、ダメ。持続できなければ。話し方も難しく、巧いこと質問が出るようにしたいのですが、やりすぎても、いい加減すぎても質問は出ません。巧くかみ合って、1時間、2時間ゆんたくすることもありますが、まだまだ私の修行が足りません。

 本来の撮影等のフォトグラファーの仕事も予定通りできていません。情けないです。これができなければ、私が沖縄に来た意味は半分にすぎません。何とか打開したいものです。

他方、沖縄暮らしという以上、沖縄の生活について、知らなければなりませんが、これがまだまだ。マダモマダ。一例を挙げれば、基地案内ならば、すらすらとプランを出せますが、観光案内は唸りながら立てる有様。昨夜もこの正月につれが久しぶりに沖縄に来ると言うので、2泊3日のプランを立てたのですが、四苦八苦。お互いの関心がありそうなところにバスで移動し、無理なく回れるプランを作りましたが、これに2晩もかかってしまいました。こんなお楽しみの時間には基地を見ないで済ませたいので、そんな工夫も交えながら。最も沖縄島に居る限りこれは不可能な注文です。

 沖縄の自然・文化というならば、そこに横たわる沖縄の歴史を無視できません。歴史を無視したら現代を読み解くことは不可能です。

 沖縄に暮らす以上、「日本人」(やまとんちゅ)である私は、傍観者であってはならないと決めています。複雑に絡み合っている沖縄の諸相を凝視し、日本の進路を凝視しながら歩んでいきます。何処までいけるか分かりませんが、頑張ります。皆様の支えを感じることが出来れば、私も頑張れます。コメントやメールや来訪をお待ちしています。まだまだ死ぬわけにいきません。ご一緒に頑張りましょう(コメント等は、誰が主張しているかが判明し本旨が明快であれば出来る限りお答えいたします。

2018年10月13日 (土)

沖縄県知事選、大逆転は何故起きたのか?

沖縄県知事選、大逆転は何故起きたのか?―政府の「勝利の方程式」を覆した17日間-

                             山本英夫(フォトグラファー/名護市在住)

◎本稿は、『人民新聞』に依頼され寄稿(181005執筆)したものです。掲載号が刊行されましたので、ブログにもアップします。なお、見出し等、掲載文とやや異なるところがあるかもしれません。悪しからず。(ヤマヒデ)

【予想外の大勝】

 ご承知の通り、オール沖縄の玉城デニー候補が396632票、自公維新推薦の佐喜真淳候補が316358票となり、8万票の差をつけて大勝した。自治体ごとの勝敗も名護市を初め27市町村で玉城候補が勝ち、佐喜真候補は14自治体に留まった。基地問題で揺れる宜野湾市は、同市長選を含め自公維新側が勝つ結果になった。

【「勝利の方程式」を打破】

 14年の県知事選は自民党推薦の仲井真弘多候補に対して、オール沖縄の翁長雄志候補が10万票の大差をつけた。だがこの時の沖縄の公明党は、新基地建設反対であり、知事選も中立だった。他方、維新の下地幹郎候補が7万票を取っていた。今回に換算すれば、自公維新が控えめに見ても3万票余り多い勘定になる。今回の玉城陣営は組織選だけでは勝ち目なしだったのだ。

 自公維新(国側)は今回も総力でしらみつぶしの票取りをやった。公明党は創価学会の会長まできたそうだ。玉城氏への誹謗中傷が飛び交い、期日前投票では、写メールで誰に投票したと報告させたり、やりたいほうだい。佐喜真陣営の看板は「県民所得300万円」と「対立から協調へ」。経済で人心を吊り上げ、この国に抱きしめる。

【玉城陣営の強さ】

 玉城陣営は出だしの遅れを9月20日過ぎの3連休でダッシュをかけた。故翁長雄志知事の遺志が係り、沖縄の未来が懸かった選挙だとの認識が急速に広がった。選挙の運動量も街の反応もぐんとよくなっていった。

 候補者のパーソナリティも大きかった。明るく、分かりやすく、親しみやすい。話し言葉に長け、コミュニケーション能力の高さ。

 国の「勝利の方程式」が裏目に出たのだ。否、裏目に出るまでに追い込んだのだ。国側が隠そうとした新基地建設の是非を争点に押し上げた。また基地と経済振興が2項対立するものではないと沖縄の自律経済を強調した。

 玉城候補が強調した「多様性の重視」と、「誇りある豊かな沖縄をつくるのはあなたです」との呼びかけは、有権者一人ひとりの心を掴んだ。こうして沖縄アイデンティティが喚起され、国の強行策との矛盾が一人ひとりの目に見えてきたのでないか。正に沖縄の底力が開花したのだ。

【玉城デニー知事と共に】

 2018年10月4日、玉城デニー沖縄県知事が就任した。沖縄はこれからであり、闘いはこれからだ。読者の皆様が、沖縄への関心をいっそうむけていただき、沖縄の未来が皆様にも降りかかってくることを知っていただきたい。これは私からのお願いだ。 

 

デニーさん、就任9日目に首相と会う(181013)

 2018年10月12日、玉城デニー沖縄県知事が安倍首相らと会談した。4年前の翁長知事のときは4ヶ月も会わないとの嫌がらせを受けた。政権側もやろうと思えば、会談ぐらいはできるのだ。私は先ずここを確認しておきたい。

 結果は、「辺野古が唯一」で予想通り何も変わらないものだった。政権側から出てくる「やれることは全部やる」とか「丁寧に説明する」は全てウソであることは経験済み。やれないことはやらないのであり、事の本質をはぐらかした説明しかしないのだ。
 私たちは安倍政権のウソ政治を許さないし、騙されない。玉城知事もそうであろう。だがこのために何が重要かと言えば、沖縄の民意を梃子に国内世論の動向を変えるかことができるかいなかにかかっている。この国の民は、安倍政権の言説に騙されないように如何にしたらなるのだろうか。
 私はあえて言いたい。基地・安保問題は沖縄の問題ではない。この国が、日米政府が沖縄に押し付けてきたのだ。46都道府県の皆さんは、ここを間違ってはならない。そう思い込んでいたらいけないのだ。否、このまま気が付かないとすれば、皆さんが痛い目に遭うだけだ。
 私たちは、昨日12日の会談から学び、新たな展望をこじ開けていこう。彼らの弱点(私が予想していた通りだった)が見えた以上、ここを徹底的に突っ込み、抉り出そう。強権的に改憲を進めようとする彼らは、内心、世論動向に無関心ではいられないのだ。だから改憲・安保・沖縄を串刺しにするような全国的な取り組みが決定的に重要になる。だが、ここいらの相互関係はた易くない。重要なことは、私たちは如何なる社会に暮らしたいのか、如何なる社会に暮らしたくないのか、ここをはっきりさせることだ。こうしたことができなければ、ノホホンとしたまま再び奈落の底に落ちるだけだ。
 この国は1879年に沖縄を併合し、1945年に沖縄戦をやらかし、沖縄を今日まで基地の島にしておきながら、たった一度の会談をやったから「沖縄に配慮」とは、上から目線にも程がある。これじゃ、「お笑い米軍基地」のネタを作っただけですよ。

2018年10月12日 (金)

阿波根昌鴻 伊江島のたたかい 第7回上映会(宜野座村)

阿波根昌鴻 伊江島のたたかい

第7回上映会
日時:18年10月14日(日) 13時30分から
会場:宜野座文化センター(2階視聴覚室)
宜野座村宜野座314-1 ℡098(983)2611
(村役場対面)
主催:わびあいの里支援グループ有志
連絡先:090(5731)8785(大城)
プログラム:13:30から「教えられなかった戦争・沖縄編」
15:30から:伊江島民謡・土地闘争から生まれた唄
唄:安保由紀子さん
16時:意見交換会
趣旨: 戦後、米軍の「銃剣とブルドーザー」による土地接収に対して、伊江島の阿波根さんは「人殺しのために命を育む土地を一坪たりとも渡すまい」と徹底した非暴力のたたかいで抵抗し、やがて島ぐるみ闘へと繋がりました。
 安倍政権の暴力的な平和と民主主義破壊・戦争への暴走と対決する今こそ、阿波根さんのたたかいの歴史と精神を再確認していくことの意義は大きい。」

書庫兼倉庫のお片づけを少々やった(181012)

 昨日いただいた整理棚を放置しておくわけにゆかず(出入りの邪魔でありいざと言うときに危険)、書庫兼倉庫の片づけをやった。こちらを片付けないことには入らないことは確実で、一方で、片付けさえすればいただいた奴がすっぽり入ることも測定結果で分かった。詳細は省くが一応出来た。整理をすれば、掘り出し物が出てくるものだ。とっくになくしたかと思っていたものや、中学の卒業証書まで工作物の箱から出てきた。それから以前にパネル製作用に買っておいた両面テープ等多数も出てきた。東京に居た時代は何度も写真展をやるために、その度に工作していたな。ワープロ用の用紙まで残っていた。

 一応出来ても超雑然状態の改善には程遠い。だが改善に向けてやるしかないと考える程度にスペースができた。次の休みにやるべし。このためには何をどうすればいいかを検討しなければならない。
 
 台風24号で壊れた網戸の補修を依頼した。火災保険で直ると。低額負担で大丈夫そうだ。
 そんなこんなやっていたら今日は一日自宅に居た。繰返すが、結果が出れば、いいんじゃないか。楽天的に行こう。

18年9月15日 M美大での懇談会報告

 “沖縄”を知らない人々へー「辺野古テント村から無知ナーンチュへ」を開催していただき、感謝

①:経緯

 今回の東京行きは、また何処からもお呼びがかからないかと思っていた。自分は無名だし、バックアップしてくれる組織もなし。ところが突然、未知の人(H.Hさん)からメールが舞い込んできた。大学の構内でやりたい、沖縄のことを知らない人に語りかけてくださいと。ついては辺野古に伺うからと。私は半信半疑で彼女の来訪を待った。話してみれば、普通の人。いや美学生(M美大)だけのことはあった。辺野古から豊原を案内したら、自身で自然を満喫している。野外で真善美を自分で発見できる人のようだ。私は離れて見守っていた。

 しかし素人に話すのは、ハードルが高い。学生生活と辺野古・沖縄と無関係な人たちにどうすればいいのか。ご本人がお出でになった際に2時間余りゆんたく。後日もメールのやりとりを重ね、思案した。接点はどこにあるのだろう。基地とか戦争など考えたこともない人たちに。沖縄といえば観光で、亜熱帯の地・海。辺野古テント村から何を見せ、話せばいいか。別掲のレジュメを何とか作ったものの参考資料になればよしと決めた。

レジュメ:「20180915.pdf」をダウンロード

 彼女は、学生に構内で呼びかけるために、私が撮った辺野古の海の写真とプロフィールを付けたサーダーアンタギーを100個ほど配布したと言う。この凄まじいまでの“やる気”に驚かされた。

②:当日

 9月15日は生憎雨に降られ、予定通りに行かなかった。それでも三々五々集る学生に話した。11時過ぎから19時過ぎまで。1人、2人、数人、10人と。この場に来てくれる以上、何らかの関心をもってのことだろう。彼女たち、彼たちの半分以上は主催者の熱意への共感だろう。学生が学生に呼びかけるのだから、両者の間に違和感はないようだ。

 自分が戸惑っていては白ける。概ね一通りのことを話した。無論、辺野古・沖縄に関心をもっているが、よくわからないという人に話すのは楽だ。ただ何となく来た人を逃してはなるまい。

 私は今回、芋とパパイアを持参した。話の取っ掛かりにと思ったが、同じ物を見ても、文化の違いに気付いて欲しかった。結果的に、さほど面白くないと思われずに、話せたようだ。

 ただ自分でも余裕なく、余り記憶に残っていない。だが近くの朝鮮大学の学生が参加した回は、やはり一味も二味も違っていた。彼ら彼女らは高校無償化を求めてきた前史をもっており、政治に対する感度が違う。全員1年生だと言うが、一人ひとりが自分が置かれている現在と未来を真剣に考えている。民族的自覚があるのだ。

 私はアジアにおける戦後の米国と沖縄・日本についての歴史を話し、今日の朝鮮半島が平和的に分断を超える脱戦時の道を沖縄からも支持したいと伝えた。

③:課題 

 話しながら思ったことは、沖縄からもっとアジアの人々と話し合える関係を創らなければダメだということだった。通り一遍の知識を越えた信頼関係が求められている。安倍が言う改憲・武力による安全保障など、これからの人間の未来を危うくするだけだ。今こそ武力に頼らない平和構築ができる時代になる条件がでてきたはずだ。

 それにしても日本人の学生は、どうして政治をスポイルしてしまうのだろうか。働き方改革の流れの中で加速される格差の拡大は、学生にも当然及ぶだろう。だが就職を手繰りよせる中で考えたら、受身にしかなれないのも無理はない。日本人の学生にとって、政治はネガティブに埋め込まれてしまっており、なかなか見えないのだろう。しかし暮らしの足下を見つめ、就職の先を見通せば、自ずから政治にぶつかるはずだ。政治にぶつかれば、自ずから沖縄・観光の陰に埋め込まれている基地問題も見えてくるはずだ。

 素人に話すのは難儀だったが、私にも学生の陰に隠れているものを示すことはできるかもしれない。私を呼んでくれた彼女に感謝。参加してくれた皆さんに篤く感謝。生煮えの話で申し訳なかった。今回私の話を聞いてくれた人が沖縄に来ることになれば、私は出来る限り協力したい。

本稿は9月25日に書きましたが、事情があり、ブログへのアップが遅れました。あらためて(若干補正)投稿いたします。(181012)

何だか巧く撮れないのだった(181011)

2018年10月11日 曇り時々小雨

今日は寒い。もう冬になったのか。
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テント前。台風で枯れている。ごみも付着している。寂しい絵。8:58
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テント脇に群れてきたメジロ。台風でえさ不足のはず。9:00
テントに隠れて至近距離で撮れたはずなのに、泣いた。距離1.5mから3m。なのに上手く撮れない。中腰で上方を撮るのはキツイ。ファインダーに入らないのだ。
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いつの間にか水陸両用装甲車5両が出た。久しぶりだ。
今日は日中、実弾射撃演習の音が聞こえていた。
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浜に7両残っている、第2陣だろう。10:13
先の5両は西へ居なくなった。潟原(かたばる)か。
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テント前。ヤドカリの集団乱闘。10:16 ヤドカリはけっこう乱暴者。兜を被っているので、無難なのかもしれないが。
 この後、来訪者多く、撮影しきらず。ミサゴが丁度、ダイビングしたり(魚の捕獲に失敗していた)、内心、ウォ!というシーンが見えたが、話の腰を折るわけにいかない。
 自分が説明したのは2団体1個人。東京から来た9条の会の人たちは、余り熱心にきいていただけず、残念。途中でゲート前に上がっていった。沖縄と9条改憲の話をしているのに、興味ないのかな。
 1個人は熱心に質問してくれた。メモを取ってこまめに取材風。県知事選勝利の意味から国側が息詰まるはずと。次の一手に対して、沖縄・日本の一体的な取り組みが出来ないとダメだと。また小金井市議会の沖縄に安保を押し付けるな、安保の是非に立ち返って考えるべきだとの決議が共産党の翻意で立ち消えになったのは残念だと話した。彼女は小金井市民だと自己紹介あり。
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寒いので犬も丸くなる。14:11
私は半ズボン。寒い。
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親犬もこれだ。14:53
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干潟の先ではチュウサギの舞い。14:51
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舞というか小魚の漁法なのだが、成果は? 今日は遠くて確かめられないが。14:53
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マナヌ岩。視界が悪くなってきた。小雨も。14:59
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漁港の中の今日の浚渫作業終了らしい。甲板を洗っている。15:06
奥の護岸工事は何も動きなし。
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マングースの子どもだ。15:08
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朝のメジロで失敗したから。今度こそでした。15:08
寒い一日でしたが、何名かの差し入れに感謝の一日でした。

台風による地形の変化を確認(181010)

2018年10月10日 晴れ 警戒船あり

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テント前の干潟で、見慣れないカニを発見。平べったく足先が丸い。
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素早く動く。砂の中に隠れる。コモンガニのようだ。10:19
今日はミナミコメツキガニがいない。
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テント前の干潟で。小魚の住処だろう。主を撮ることはなかなか難しい。10:28
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台風が過ぎ去り漁港の中の浚渫作業が再開されている。取っても取ってもまた台風で土砂が堆積してでは、いつ終わるんだ? ご苦労様です。13:52
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テント前の河口部の干潟。台風で凹凸の形が変わっている。14:24
それにしてもミナミコメツキガニがいない。どうしてだろう。
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広がった松田浜。14:36
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フェンス先端部で魚を狙うクロサギ(白色型)。14:40
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先端日に居るのはクロサギで私じゃないのだ。でてくるアルソック。双眼鏡で私が見えるのか? 14:49
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よくみれば建物の右隣の柱に大きな監視カメラ。望遠カメラか。
沖縄防衛局は基地建設のために何10本の監視カメラを設置したのだろう。いくらつかっているのか、カメラ代(+設置費もかかるよね)だけでもバカにならないだろう。さらに管理業務をアルソックに委託しているのだろうか。
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さてこの写真はフェンスを挟んでの違いをみてほしい。右の松田浜側が低くなっている。シュワブ側が盛り土されたかのようだ。台風の力だ。15:14
台風前にはフェンスの奥にあるコンクリートのフェンスの土台と下部の砂浜に空間があったが、ほぼ埋まってしまった。
松田浜の汀辺りの約40センチの砂が抉り取られ、シュワブ側に動いているようだ。
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15:02 米海軍のMH-60. 西へ。10:32に1機飛んだから計3機。
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テント前の干潟。穴は無数にあるが、ミナミコメツキガニを認めることは出来ず。15:12
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潮が満ちてきた。15:14
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あっという間に海面が増える。15:18
私も撤退するぞ!

私の原点の(恐縮です)千葉県市川市からの朗報

 おはようございます。今朝の名護は雨模様。新聞を取りに出たら、寒い。先ほどメールが届いておりました。私の原点と言うべき、千葉県市川市の新浜(しんはま)のSさんからでした。転送可とのことなのでちょっとご紹介します。

 新浜は東京湾の江戸川河口に広がっていた当時日本列島最大の干潟・湿地でした。当時とは1967年頃のことです。50年以上の歳月が経ちます。当時の言い方では、山本周五郎の小説『あおべか物語』の舞台となった場所です。今ではデズニーランドがある場所として広く知られています。
 当時の東京湾は京浜側(川崎・横浜周辺)も京葉側(習志野・千葉市周辺)も工業開発の波が押し寄せ、新浜は、その中に取り残されたオアシスでした。宮内庁の御陵場があったことも自然が残されていた大きな一因です。
 ここには春・秋に数千、数万の渡り鳥がやってきて、羽を休めながら、エネルギーを補給していました。オオバンの北限(繁殖地)でした。ガン・カモ類の越冬地でした。1967年1月7日にマガン等のガンが17羽訪れたのがガン類の記録の最後になりました。
 大人たちが保護運動に立ち上がらず、やむなく重い腰を上げたのが私たち若者でした。私は高校生になったばかり。女子学生3名+で始まり、徐々に若い人ばかりか、大人も巻き込んだ運動に環が広がりました。名古屋の鍋田干拓、大阪南港、仙台の蒲生海岸などにも広がりました。
 当時の日本の自然保護運動は黎明期。尾瀬の自然を守る会と新浜を守る会が旗頭のようでした。しかしまだ自然を守るとか環境との共生は、全く認知されていませんでした。開発一辺倒の時代の中で、私たちは何をどうしたらいいのか戸惑いながらやれることをやりました。新聞にもテレビにも半ば興味本位でしたが、時々大きく取り上げていただきました。私もテレビ出演2回、新聞の特集的な記事に日経、読売、毎日がしてくださいました。
 他方、「野鳥を殺せ!」という農漁民(早く土地や漁業権を現金化したかったのでしょう)が出現したり、現ナマの力を思い知らされました。結局、1000haの保護区の要求は80ha余りに削減されて、ちょこんと残されただけでした。
 その後、千葉県が行徳野鳥観察舎を建て、市川氏が受託・管理してきましたが、2015年に耐震基準に合わないと閉鎖されていました。あれから48年後のこの事態に私は驚愕したものです。
 因みに私が辺野古・大浦湾で野鳥のことを取り上げているのも、この50年前の体験と学習があったればこそです。自然とは生きものが支えているのです。生命循環が繋がっているからこそ、美しさも保たれているのです。農業も漁業もここに働きかける仕事なのに、本筋をみている従事者が今どれだけいるのでしょうか。
 横道に逸れましたが、市川市があらためて観察舎を建てることが決まりました(18年9月の市議会)。一先ず良かったです。Sさんたちが積み重ねてきた努力によって、運営をサポートできる人たちは育っています。いくら箱物を造っても、学芸員・専門員がいなければ成り立ちませんが、ここでは現場学習が長年続けられてきました。
 昔係わった場ですから私も、これからの発展を期待しています。(ヤマヒデ)
◎以下メール全文
お世話になったみなさま
 行徳野鳥観察舎について、とてもありがたい展開になりましたので、とりもなおさず、メールで連絡できるみなさまへお知らせいたします。新舎屋建設の予算が正式に議会を通った時点で、メールと郵送でのご連絡をさせていただくつもりです。
 2015年12月28日の無期限休館より、間もなくまる3年を経過する行徳野鳥観察舎。11月上旬から解体工事が始まる予定で、近隣の方々への説明会も10月20日に行われるとのことです。
 この9月の市川市議会で、来年度中の再建へ向けての設計・諸手続きのための補正予算(今年度分)1400万円が承認されました。順調であれば、2020年度初頭には「市川市立」の新・観察舎が完成していることになります。願ってもないうれしい結論で、市川市のご英断に感謝いたします。
 おかげさまで、ご協力いただいた署名は10月1日現在で22030筆となりました。目的を達成することができて、心からうれしく思います。ここで、とりあえず署名活動の区切りとさせていただきます。もしお手持ちのもの等ありましたら、お送りください。10月31日をもって終了とし、11月にはこれまでのご署名すべてを県に提出して、市とのいっそうの協力をお願いしたいと思います。
 市川市では2016年6月の市議会で観察舎再開を圧倒的多数で決議していますが、その後なかなか進展が見られませんでした。本年4月に就任された村越祐民市長は市民との対話路線を進められ、観察舎再開についても当初からとても積極的で、議会や市役所もこれを支持しておられました。ありがたいことです。
 私たち「行徳野鳥観察舎を愛する者一同」の活動も、どこかの時点で幕引きをすることになるかと思います。目的を達した幕引きなど、なかなかできることではありません。何もかも、多くの方々の観察舎へのお気持ちのおかげです。ほんとうにありがとうございました。これからも、新しい観察舎の進む道をしっかりと見ていてくださいますよう。
 暑くて長い長い夏がすぎ、ようやくほんものの秋が来るようです。昨日からヒヨドリの小群の移動がよく見られます。季節の変わり目、みなさまどうぞお大切に。       行徳野鳥観察舎を愛する者一同 (代表者名略)
補正予算が市議会を通過する前のものですが、以下の新記事もご参考まで。
  http://www.jcpress.co.jp/wp01/?p=21709

2018年10月11日 (木)

沖縄も冬空へ―多くの差し入れをいただいた一日(感謝181011)

 沖縄・辺野古に冬がやってきた。北風が吹き出し、雲は冬の雲に変わっている。犬も丸くなり、人間も暖をとりたくなった。

 だが私は半ズボンのまま。というのは、洗濯したのだが、大きなシミが全く取れていない。自分には全く身に覚えがないのだが、何かをつけてしまったらしい。私は何をやっているのだろう。
 しかし、本日は色々な差し入れをいただいた。なし1個、シマバナナ1房、明太子1袋、昼食に沖縄そば(野菜そば)をご馳走になった。今日の最後に、整理棚(段ボール箱5個入る棚)をいただいた。
 3名の皆様に感謝。ありがたいことです。
 
 さて、本日、玉城デニー知事が東京に向かいました。明日菅官房長官だか安倍首相に会えるらしい。彼らの結論は変わらないのだろうから、明日はジャブの応酬でしょう。探りを入れてくるはずです。新基地を受け容れないならば、沖縄振興予算を大幅に削減するとか、沖縄の世論を分断するために。彼らは急にお上品になる玉ではないでしょう。
 今回の知事選結果は、彼らの思惑を完全に葬り去ったのです。国の言うことを聞く知事に公有水面埋め立て法の変更申請を許可させる。こうすれば彼らが言う法治主義は完璧だ。この目論見が崩れた今、4年前と異なり、会わないなどといえないのです。おべんちゃらと、お金の力と、暴力。上等ですね。さらに法改悪もあるかなと、推測しています。
 何しろ何でもあり政権ですから、私たちは油断できません。この辺については別途書きますが、戦争に走る彼らの道を如何にしたら遮断できるのか? 若者たちは、昨日今日明日のことをどうか考えて、ください。
 これは今日聞いた話。長崎から来た方の話ですが、ナガサキで被爆された方々が、被爆ばかりか今日明日の食べ物や生活必需品がなかったことも生活を困難にした。そんな話をしたらマジな質問あり。「何故コンビニに行かなかったんですか?」
 目が点になるような感覚が現代の若者。笑うに笑えないですよね。最も今だって大きな災害に見舞われれば、あっというまに流通が麻痺して、食材は止まります。まして73年前の日本がどうだったのかなんて、若者達の想像力を超えた世界でしょう。戦争と平和を巡る根本で私たちの命を支えるものは何なのか、何が欠落すれば命は潰されるのか、こうしたことに無頓着ではいざと言うときに何もできない。
 全く嬉しくない話ですが、ある日突然、そんな日常になったら、皆、野垂れ死に。政治とは私たちの暮らしの中に秘められているはずです。嘘つきを許してはならないのです。明太子でも食べて、活力を高めていきましょう。負けて入られません。

サシバが戻ってきた(181010)

 昨日の朝(181010)、自宅付近でサシバ1羽を見ました。サシバはタカの仲間。琉球諸島で越冬する。沖縄にも秋がやってきたようです。

2018年10月10日 (水)

新たな歴史を切り開こうとした翁長雄志さんの県民葬に参列(181009)

 2018年10月9日午後、私たちは、辺野古テント村から那覇市にある沖縄武道館に向かった。故翁長雄志前知事の県民葬に参列するためだ。7月27日の埋め立て承認撤回表明から、8月8日の急逝。信じられないような日々が今日まで続いた。9月30日の県知事選で沖縄県民は、翁長県政を明確に引き継ぎ、「沖縄の誇りある豊かさ」を求める玉城デニ-候補を選んだ。この国が沖縄をお金で抱き締めようとした圧力を見事なまでに跳ね返したのだ。

 今回の県民葬は、ただ故人を偲ぶものではない。故人の歩みを反芻しながら、新たな沖縄の、日本の歴史をこじ開けるために開催されたといっても過言ではないだろう。
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会場の武道館前 13:22
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琉球音楽の古典の演奏をバックに、ご遺族が入場。14:00
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先頭は玉城デニー実行委員長、樹子夫人、雄一郎さん、新里米吉沖縄県議会議長。楽曲とともに静々と進む。
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微笑む翁長雄志さんの前へ。14:03
撮っている自分も緊張する。
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県民葬がいよいよ始まる。14:04
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霊前に黙礼する。
沖縄県民の歌合唱(沖縄県立芸大の合唱団)
開式の辞(沖縄県町村会会長 新垣邦男さん)
黙祷
式辞 沖縄県知事 玉城デニーさん
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(デニーさん。頑張ってよー。)
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淡々と、「さらなるご活躍が期待された翁長雄志さんをみ霊としてお迎えしなければならなくなったことは、誠に残念でならない。オール沖縄の取り組みは翁長さんがいなければ、実現することはなかった。(中略)県民が心をひとつにして困難を乗越えるため、イデオロギーよりもアイデンティティを訴え続けた。/その思いは私たちの胸の奥に深く刻まれている。県民は遺志を引き継いで、平和で豊かな誇りある沖縄を託せるよう、努力することを誓う。うまんちゅぬちゃーが、ちばとーみしぇーるしがた、みーまんとーてぃ、くぃみそーり(私たちみんなが、頑張っている姿を見守っていてください)。」
 余談ながら、この県民葬を玉城知事の下でやれて、本当に良かった。厳粛さの中に伸びやかさがあった。悲しみの中にも安堵する私。いや、翁長さんも一安心しているに違いない。
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安倍晋三内閣総理大臣代理 菅官房長官
「(前略)翁長前知事は文字通り沖縄の発展のために尽くしてきた。(中略)この流れを加速するため、政府としても翁長前知事の沖縄にかける思いをしっかりと受け止め、沖縄の振興を更に前に進めていくことを誓う。翁長前知事は、沖縄に基地が集中する状況を打開しなければならないという強い思いをもっていた。(後略)」あぁ、また同じ文言の羅列。「政府としても出来ることは全て行なう。目に見える形で実現するという方針の下、基地負担軽減に向けて一つ一つ確実に結果を出してゆく決意だ」。
 会場がざわつく。自分の心もざわざわだ。「うそつき!」「帰れ!」の怒声が飛ぶ。県民葬なのだから、みんな、落ち着いて。
 抽象的な言葉で沖縄の現実を塗り替えることは出来ない。先の県知事選の結果も無視している。
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席に戻る菅さん。自身らへの野次をどう聞いたか?! 14:29
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会場がある地元の城間幹子那覇市長。翁長さんとは同級生の誼もあり、追悼の最後に「翁長君、お疲れ様でした」。万感の思いが篭っていることだろう。14:37
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ご遺族に黙礼する城間市長。
沖縄県経済団体会議議長 石嶺伝一郎さん
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友人代表の呉屋守将さん。「(知事を支えきれなかったと自責の念を語り)県民はあなたのうまんちゅに対する思いをしっかりうけとめて歩んでいく。私はあなたが描いたアジア経済戦略構想の実現に向け、微力ながら努力していきたい。(中略)叱咤激励するあなたの声を胸に、翁長雄志さん、ニライカナイから沖縄県の行く末を見守っていただきたい」
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自席に戻る前に政府首脳に黙礼する呉屋さん。
代表の献花。
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知事と県議会議長
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美樹子さんと雄一郎さん
ほか。
式の締めに、新里米吉沖縄県議会議長が謝辞。
ご遺族代表の翁長雄一郎さんも。
閉会の辞を沖縄県市長会会長の島袋俊夫さん。
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献花が始まる。15:36
県民葬だから粛々と進んだ。国政の各党の代表も勢揃いしていた。県議会、市町村議会、他県知事、現・旧国会議員など多彩な人々。参列者は会場の外で待機していた人をあわせて3000名余り。
 参列者の皆さんは、平和で誇りある沖縄を実現したいと確信したのではないか。新たな予兆と希望を垣間見た人々は、少なくなかっただろう。
 翁長雄志さん、ありがとうございました。私もこの道を歩いていきます。

2018年10月 9日 (火)

生きものたちの暮らしの場を奪われてたまるか! 工事再開の兆候

2018年10月9日 晴れ 

 台風24号、25号が去り、今日はテント復旧を図る。漁港の浚渫作業も昨夕機材が入り、再開されるようだ。
 本日午後、故翁長雄志前知事の県民葬。このため私は異例の格好で辺野古に行った。テント復旧の日と重なったのが不幸だったのだが、私は途中で着替えるのはめんどうだし、と考えたのだが、非難ごうごうだった。最も揶揄する側は冗談だから。安倍政権とは違います。
 しかしだからこそ、私もしっかりと作業に勤しんだ。
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できました。お手伝いいただいた方に感謝。9:37
一休みしていると、フェンスの向こうに怪しい人影が見えた。何だろう。
行ってみた。シュワブの浜に作業員が2名出てきていた。
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私がフェンスに近づけば作業員は後方に。浜にガードマンが出てきた。10:44
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護岸の中にワゴン車等10台ほど。作業員です。10:45
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アルソックさん。毎回毎回、ご苦労様。10:46
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重機等ないので下見・点検かな。10:50
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よくみれば、随分ずれてますね。K-1護岸陸側。10:51
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汀を歩けば、棒にあたらず、ヤドカリの足跡を見る。10:54
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やたらといます。ヤドカリのみなさん。10:55
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しかし油断大敵。波が来るんだ。革靴とスーツを汚さないように飛んで逃げた。10:55
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アルソックのお二人。ここまで走ってきてくださいましたが、何でかな? 11:00
今工事やっていないんでしょ。
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鉄板は外れているし、今が潮時です。11:01
生きものたちの暮らしの場を壊さないで。奪わないで。人殺しのための基地など、もってのほかだ!
昼前に私たちは3名で那覇に向かいました。

クリスチャン・トゥデーの石原艶子さんの連載に写真を提供

 キリスト教系のインターネット媒体である「クリスチャン・トゥデー」に石原艶子さんの「月桃通信」が連載されています。これに私の写真が載っています。今回は知事選に勝った思いが率直に綴られています。

 やはり今回の知事選は、大きな意味を持つ選挙でした。それだけに人から人へと伝えたいです。

 ご一読いただければありがたいです。
https://www.christiantoday.co.jp/articles/26108/20181009/getto-tsushin-5.htm

故翁長雄志沖縄県前知事の県民葬に行ってきました(181009)

 今日、14時からの故翁長雄志前知事の県民葬に行ってきました。無事終了。玉城デニー実行委員長の下、開催できて本当によかったです。政権の代表や自公の代表も来ており、緊張もしましたが、滞りなく終わった。お一人お一人の発言に私も様々な思いが交錯。

 先の知事選で、相手候補の佐喜真淳候補が言っていた『対立から協調』へなるものをそっくりお返ししたいですね。翁長さんのご苦労は、沖縄の分断を如何に超えるのかにあったのです。その問いを一歩果たしたのが、故翁長前県知事だったのです。
 安倍政権はこの取り組みに全面的に介入しながら、粛々と、対抗措置をとり、「出来ることは全部やる」を今回も繰返していました。ところがどっこい、安倍首相は、「46都道府県にもっていけないのは、反対されてしまうから」と答弁しています。冗談もいいかげんにしろよ!沖縄の反対を微塵も考慮しようとせずに余りにも白々しい発言を鸚鵡返しにしか出来ないのか。
 野次が飛ぶのは余りにも当然です。しかし今日はお葬式ですから、待てよ待てよでしたが、沖縄を戦場にしたのは米日政府であり、基地にしたのも米日政府でした。この事実関係を歴史を無視されては困るのです。沖縄はこのまま捨て置かれたくないと、させないぞといっているだけです。
 今日の県民葬を菅官房長官や山口那津男公明党委員長は何をどうみて、ききとったのでしょうか? 独裁者たちに沖縄の、庶民の声を聞き取る能力はないのかもしれません。さてどうしたらいいものか。

辺野古漁港に浚渫船が戻ってきたようだ(181008)

2018年10月8日 晴れ

今日もテント2で。静かだった。
10時30分頃浜に出た。
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汀にて、ヤドカリがユーモラス。10:57
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台風で壊れた看板がまだそのまま。11:05
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フェンスの足下でヤドカリが取っ組み合っている。11:07
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カメラを彼らの10cmぐらいまで近づけてもこれだ。11:08
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ひっそりと咲いている。何かな? テント2の近くで 11:33
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テント2 この赤いのは誰かさんの帽子なんだが。12:56 この後、帽子の所有者らは大浦湾にでかけた。
来訪者もなく暇していると、電話だ。大浦湾から、辺野古沖に怪しい船がと。
了解。
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確かに台船だが。15:08
漁港にタグボートが入ってきたり、重機を載せたトラックも来ているから漁港の浚渫のためだろう。
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K-4護岸の中。砕石や根固め袋材がおかれているところがある。15:09
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N-5のK4側は砕石が露出している。15:13
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K-4の上にあった鉄板はさび付き浮き上がっている。波のせいだろう。15:17
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反対の漁港の側をみれば、ミサゴだ。15:21
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ミサゴと飛行機雲。
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どう見ても漁港の浚渫だろう。入港スタンバイ。15:22
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N-5の陸側にワゴンが入ってきた。15:24
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K4の手前で止まった。15:27 何をするのか。
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辺野古沖に漁港の浚渫船が来た。タグボートも。15:33
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コンクリートプラント奥の陸の工事は進んでる。重機4台が動いてる。15:34

2018年10月 8日 (月)

181009 故翁長雄志前知事の県民葬へ

 いよいよ故翁長雄志前知事の県民葬が明日、18年10月9日、玉城デニー知事(実行委員長)の下で執り行われる。9日14時~16時。13時開場。那覇市奥武山の県立武道館で。政府からも菅官房長官が安倍首相の追悼の辞を代読する。宮腰光寛沖縄担当相や衆参両院議長も参列する。会場は2400席。入場できない場合、外部に待機場を設ける。

 1950年10月生まれの彼は、那覇市議会議員、県議会議員、那覇市長と自民党に席をおいてきた。13年のオスプレイ撤去を巡る闘いの中で、「米軍基地は沖縄の経済発展の最大の阻害要因」だと訴え、ウチナーンチュ同士の対立を超えた、ウチナーアイデンティティを重視。
 彼の遺志は、玉城デニー知事の誕生につながり、過去・現在・未来に繋がっていくだろう。明日の県民葬を媒介にしながら、新たな沖縄をつくりだしていきたいものだ。私たちヤマトンチューが今考えるべき事は何なのか、しっかりと前を向きたい。無論、安倍や菅らが進めている政治に対抗しながら琉球民族やアイヌ民族、朝鮮民族等を踏みつけることのない道を歩みだしたいものだ。この道は険しいだろうが、戦争のない、差別のない共生の世界に向けて歩みだしたい。
 それにしても自民党の政治家がどうしてここまで変わったのか、あるいは、かわらない人たちが居るのか、悲しみを抑えながら、私たち自身の歩みを反芻したい。一人ひとりがよりよく生きるための県民葬ができたら、うれしい、ね。(ヤマヒデ)

台風明けの辺野古の様子(181007)

2018年10月7日 晴れ

今日も来訪者は殆どなし。
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トイレ脇の林も台風の被害が出ている。ボッキリ。下に落ちた小枝がたくさん。
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台風24号の際は無事だったが、今回はここが小川になっている。9:54
松田浜で4名の皆さんとばったり。予約されていた大阪からの人たちだった。ここで私が説明した。工事が止まっている現場で説明できるのは嬉しい。県の埋め立て承認の撤回と県知事選に勝った意味を強調。また安倍らが推進している軍事で飯を食う国が向かう先は戦争であり、人を殺せる人間を創り出すための必須要件は差別。だから反差別は核心的なことだと話した。
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基地との境にあるフェンスにも海藻がびっしり。10:36
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潮が引いているので先端部へ。アルソックが見張りに来た。彼らは基地警備と言う軍の仕事もやっているようだ。
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フェンス際の監視カメラは復活していた。
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汀で。ヤドカリが蠢いている。10:38
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振り返れば。浜に観光客か。今日は浜にこちらに立ち寄らない人が多数来ておりました。
10:42
彼らは辺野古の新基地建設をどうみているのだろうか。
午後再び松田浜へ。
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枝がポキリ。折れたが落ちていないものが多数ある。14:22
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グンバイヒルガオ等がほぼなくなり、なんだか浜が広くなった。
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松田浜の林。リュウキュウマツはボキボキ折れている。近くにヤドカリが居る。ヤドカリは台風をとうやりすごすのだろうか。たいしたものだ。
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アップしてみれば。
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ツノメガニの巣。ここまで吹き飛ばされたのだろう。
テント村に向かう。
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Yさんが今日作った看板。愛らしくできた。
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パイプだけのテントにバナーが張られている。台風対策の復旧は9日の予定。悪しからず。

久しぶりに海に出た(181006)

 2018年10月6日 晴れ 台風明けだと言うのに、風弱く波もない。M船長が来て、出るけど乗るかと。アイヨーとなった。

 台風明けなので、船を固定したロープを外すのが難儀。2名で外して、10時40分頃やっと大浦湾に出た。
先ずはk9護岸へ。
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こんなだ。10:57
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作業員が台風の被害を点検している。根固め袋材が一個欠落か。10:54
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台風24号、25号でだいぶ歪んだようだ。10:55
このままでは台船をつけて、砕石等を陸揚げするのに支障がありそうだ。
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こちらは時間が前後しているが、弾薬庫。10:53
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辺野古崎近くから、弾薬庫の改修作業風景。11:05
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辺野古崎の資材置き場。11:02 
ストックがだいぶ減っている。7月末に護岸に揚げたようだ。
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辺野古崎沖。陸上は動きなし。海保もほぼ不在。うるさいのはガードマンばかりか。
11:06
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工事が止まって、静まり返っている。11:08
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辺野古崎のk4の東の先端。軍警と監視カメラ。11:09
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k4を西へ進む。監視カメラが目立つ。護岸に設置されていた鉄条網の多くは波で壊滅。
11:10
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護岸の上に根がため袋材が2段重ね。監視カメラが異様。コンクリートブロックは歪んだが持ちこたえている。
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辺野古崎,長島を眺める。やはり海は濁っている。11:13
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鉄条網が張り巡らされていたのだが 11:13

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k4のほぼ真ん中地点。11:20
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アルソックは護岸に近づくな!を繰返す。「ここは臨時制限区域」。
いやー、県が埋め立て申請を撤回してるから、それ無効だろ。ここはもともと公有水面だ。
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特に軍警は何を根拠にここにいるか?ここは米軍に供与されていない場所だ。11:27
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k3と2の間にアルソック。「臨時立ち入り制限区域だ」って。
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辺野古側に来ました。やはり海は濁っているが、概ね静かに走れるのはいいね。
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左上に軍警、右下に白のクロサギ。この対象がえぐい。
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マナヌ岩。辺野古沖から。11:33
大浦湾の出口に戻り、開口部にあった赤の航路標識ないのを確認。台風24号で流され破損したので海保が回収したのか。
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大浦湾。汚濁防止幕の固定位置の標識だろう。11:33
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黄色のブイは臨時制限区域を示すもの。正面は汀間港。11:57
この後カヌチャ沖からアオサンゴ等を見ながら戻った。海が濁っており、なんだかな。
 ここで撤回後の今を確認。①護岸の早期撤去。②「臨時立ち入り制限区域」の無効化、③米軍関係者の護岸内への立ち入り禁止を求めたい。
 汀間港に上がった13時過ぎに上空を数機の軍用機と思われるものが飛んだ。1機は空中警戒管制機。他は雲の中で未確認。台風を避けていたものが嘉手納に戻るようだ。
 13時30分過ぎ、テント2に戻った。
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24号で倒れたシマバナナを吊るしておいたら無事に黄色くなり始めた。
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グレオは夢中で水を飲む。

2018年10月 7日 (日)

辺野古新基地建設NO!! これが民意だ 10.25集会

【拡散希望】
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.   辺野古新基地NO!これが民意だ

.            沖縄知事選に勝った!10・25集会

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◇10月25日(木)午後6時30分開始
◇文京区民センター・3A(東京都文京区本郷4-15-14)
(最寄駅)都営大江戸線・三田線「春日」駅A2出口すぐ
.        東京メトロ「後楽園」駅4b出口5分
.        JR総武線・中央線「水道橋」駅東口15分
http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
◇資料代:500円
【沖縄からの訴え】安次富浩 ヘリ基地反対協議会共同代表
★埋め立て承認撤回について緊急発言★ 白藤博行 専修大学教授
主 催:辺野古への基地建設を許さない実行委員会
.      沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック
協 賛:辺野古の海を土砂で埋めるな!首都圏連絡会
連絡先:電話090-3910-4140
.       (沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)
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★★沖縄県は埋め立て承認を撤回し、工事を止めています★★
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 10月4日、玉城デニー氏が沖縄県知事に就任しました。新知事
の誕生です。辺野古新基地建設ノーを前面に掲げて、安倍政権の
推す佐喜真淳候補に8万票の大差をつけました。これは沖縄の人
たちの辺野古に基地はいらないという揺るぎない意志の現れであ
り、2014年に次ぎ、今回も強固な沖縄の民意を日本政府にたた


つけたことになります。安倍政権のイエスマンを押し立て、圧倒
的な物量にモノを言わせて沖縄を国家の足元に組みしこうとした
が、沖縄の人たちはこのもくろみをまたしてもはね返しました。
基地はいらないという力強い意志を国内外に表明したのです。菅
官房長官の言に倣えば「結果がすべてである」。民意は明らかで
す。辺野古に基地はいらない!
 8月31日、沖縄県による埋め立て承認撤回で法的根拠を失い、
辺野古の工事は全面的にストップしています。これ以上辺野古の
海を土砂で殺してはなりません。
 安倍政権は、辺野古ノーの圧倒的民意を無視し、土砂投入と工
事再開に向けた法的対抗措置を画策しています。
 集会では、安次富さんに9日の県民葬の後、土砂投入と工事再
開を目前にした現場の状況や今後の闘いの展開など、白藤教授
(行政学)に法的対抗措置の問題点などをお話してもらう予定で
す。辺野古への土砂投入を許さず、工事再開を阻止‼
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◎辺野古への基地建設を許さない実行委員会
http://www.jca.apc.org/HHK/NoNewBases/NNBJ.html
https://twitter.com/henokojitu
https://ja-jp.facebook.com/henokojitu/
◎沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック
http://www.jca.apc.org/HHK/
https://twitter.com/hitotsubo_kanto
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沖縄に暮らして5年が経つ。今後は全国の皆様にもお話に伺いたい

 台風が去り、多くの木々が落葉。透け透けに。ほぼ同時に芽が出だすのが沖縄の木々たち。生命力って凄いです。先の県知事選もまさかの大逆転劇。ここまで完勝できるとは思ってもいませんでした。

 翁長雄志さんの遺志が伝わったからだと色々と言われています。確かにそれもありますが、私はこの局面で沖縄の意地を示した沖縄の一人ひとりの力がここまで民意を示したのだと考えています。デニーさんを指名していた翁長さんの眼力があったればこそですが、私は一人ひとりの尽力がこの結果を得たのだと思うのです。
 
 私が沖縄に通いだしたのが89年5月。来年で30周年。名護に暮らし始めてこの10月で5年が経ちます。だから私が全国の皆様に報告できることもあるのじゃないかと思っています。辺野古・大浦湾の現状、何故この国が「基地の島沖縄」に拘るのか(そんなものいらん!)、「島嶼防衛」を口実にしたこの国が「軍事で飯を食う国」になっている現状を問い直すこと、沖縄から考える改憲反対論、地位協定などの現状などなど。ご相談に応じます。
 この6月以降テント村の運営だけで手一杯でしたが、今後はお呼びいただければ出来る限り各地に伺います。是非ともお声をかけてください。当ブログのメール宛に。
 E-MAIL : ohpyamahide@jmail.plala.or.jp ヤマヒデ宛
 基本、90分+質疑60分で、15000円。交通費と宿泊費(ただし東京近辺は宿泊費は不要)の実費。
 お待ちしてます。
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ゲットウの実。18年10月7日朝撮影。
ゲットウは沖縄を代表する花ですが、実も素晴らしい。私のお気に入りのひとつです。
これは今朝撮影。歩道沿いに実っていましたが、朝の日差しを浴びて益々赤く見えました。こういうのを朝っぱらから撮れると、ナイスデーが始まる気がします。

ナールホド!ザ安倍政権の第4次内閣改造について

 ナールホド!ザ・安倍政権の第4次内閣改造について

 2018102日、安倍政権は第4次の内閣改造を行なった。何が変わったのか何が変わらないのか?。安倍・麻生・菅の3悪人事はかわりようがないようだ。他の留任は河野太郎外相、世耕弘成経産相、茂木敏充経済再生相、石井啓一国土交通相(公明)のみ。安倍さんにとって、残るべき人が残った。ガラガラポンで、初入閣12名。他に1名。女性閣僚は片山さつき地方創生・女性活躍相おひとり。

 さて何処から論じたらいいのか?正直に言って困った。時間もないことだし、ピックアンプ戦術で行く。ややアトランダムだが、雑駁でも大当たりになりそうなのだ。

 話題の人はやはり彼。石破派の山下貴司さん。53歳。岡山2区。彼は元検察官。だから法務大臣。石破派を取り込むためと言われているが、どうか。彼は自身の公式サイトに「日本の道徳心を大切にする政治」を掲げており、「日本の平和を守りぬく」で「『戦略的外交』の確立と『現実的安全保障』」をうたい、「◎国益を守る、戦略的な地球儀俯瞰外交、◎『海洋国家日本』の海の守りの徹底的強化、◎拉致問題と核・ミサイル問題の早期解決」を挙げている。

 また「日本のかたちを守り抜く」でこういっている。「自衛隊を憲法に明確に位置づけ」る。そうでしたか、安倍首相の改憲論と同じだ。そのうえ、在ワシントン日本大使館時代は法律顧問で慰安婦訴訟で勝訴したという兵(つわもの)だ。安倍さんにこれほど都合のいい男はいないだろう。彼の抜擢は、派閥を超えたスケールの広さを示すではなく、首相の同心円に入る男だから取り込んだだけ、だろう。

 たった一人の女性大臣になった片山さつきさん(59歳)。比例・衆議院。彼女は大蔵省・財務省で有能な官僚だったらしい。95年主計局主査、98年、横浜税関総務部長、00年、大臣官房政策評価室長、05年、国際局開発機関課長で退官し、政界に転じた。

 私的に興味深いのは、こんな履歴。03年の主計局主計企画官(法規課)で国民保護法を担当し、04年の主計局主計官で防衛担当―防衛大綱、中期防、ミサイル防衛の導入に活躍したらしい。政界に転じて、14年参議院外交防衛委員長、憲法審査会などを担当し、自民党内では憲法改正推進副本部長などを歴任。そして18年、晴れて大臣になったのだ。ざっくりとした履歴を見ただけで、首相のお仲間だとわかる。

 ここで私見を挟む。公式サイトのプロフィール写真が如何にも可愛い子ぶりっ子風。何故だろう?

 1億総活躍、沖縄・北方担当大臣になった宮腰光寛さん(67歳)。富山2区。彼は泡盛が好きとか、離島ファンらしい。しかしちっともけっこうではないのだ。公式サイトに「この国のかたちを変えよう」とあるように、露骨な改憲派。「北朝鮮の核・ミサイルは現実の脅威となっています。日米同盟を基軸に国際社会と連携し、万全な対策を講じるためにも、国民の皆様の圧倒的で、力強い信任が必要です(註:17年の衆議院選前の文書がそのままでている)」。

 だから彼の沖縄担当大臣ぶりがどうなるか。無関心ではいられないのだ。振興と基地・軍事のリンクをやめていただきたい。

 防衛大臣になった岩屋毅さん(61歳)。大分3区。防衛畑を歩いてきた。10年~11年、自民党国防部会長、12年から、自民党安全保障調査会会長。彼は14年の集団的自衛権の合憲化に寄与し、18年の陸上自衛隊に水陸機動団の新編を後押しし、さらなるミサイル防衛の強化を進めている。改憲は解釈改憲+自衛隊の「加憲」論。首相と同じ。

 こんな男が防衛大臣だから、沖縄は「島嶼防衛」「日米一体化」が進み、益々危険になりかねない。年末の防衛計画大綱等の改定を阻止出来ない、改憲反対論ではどうにもならないのだ。

 そして文部科学大臣になった柴山昌彦さんの事は別項であらためて考えよう。

 安倍首相は改憲をやるといっている。第4次内閣は安倍路線を引っ張るのだろう。基地建設を進めて来るだろう。また改憲を自公との協議もできないまま憲法審査会で案を煮詰めようとするのだろう。これまた強権的にやるしかないとすれば、我々は安倍政権を潰せるチャンスを掴めるはずだ。日本全国から改憲反対の声をあげていこう。今止めなければ手遅れになる。

 私たちは県知事選に勝ったことを大切にしながら、前を見て歩みたい。

 

 

 

 

2018年10月 6日 (土)

ケネス被告、無期懲役確定(うるま女性殺害事件)

 うるま市で16年4月28日に起きた女性会社員(20歳)を暴行目的で殺害したなどとして、強姦致死、殺人、死体遺棄の3つの罪に問われた軍属(元海兵隊員)だったシンザト・ケネス・フランクリン被告(34)は、去る18年10月5日、無期懲役判決が確定した。本人側からの上告がなかった。1審、2審共に被告側は殺意を否定。だが判決は殺人罪を認定した。

 被告は1審で黙秘を貫き、また遺族への謝罪の言葉もなかった。
 2度とこうした事件が起きないことを私も強く望む。特に本件は、凶暴性と計画性が顕著であった。偶然そこを通りかかっただけで、「ターゲット」にされてしまうなどの理不尽さはあってはならないことだ。性暴力を根絶していく取り組みが重要だし、こうした事件を許さない社会を作り出さなければならない。特に軍人に対して、性犯罪を犯す「自由」を与えてはならない。

2018年10月 5日 (金)

玉城デニー知事誕生(181004)

玉城デニー知事誕生

 去る9月30日の県知事選の結果、玉城デニー知事が誕生した。10月4日、県知事に就任した。第一の仕事は台風24号と台風25号の狭間の中での災害対策会議だった。

 県庁内で記者会見が行なわれた。以下は会見全文。

 玉城デニー新知事会見全文(181004)

 はいさい、ぐすーよー、ちゅーがなびら。県民の皆さま、本日を持って県知事に就任しました玉城デニーです。先ほど富川盛武副知事から事務の引継ぎを受けて、県知事として本格的に公務をスタート致しました。

 私はこれから自立と共生の沖縄、そして誇りある豊かな沖縄の実現に向けて、全力で取組んでまいります。まず自立型経済の構築に向けて、好調な沖縄経済をよりいっそう発展させるため、アジアのダイナミズムを取り入れて、沖縄の可能性を存分に引き出すとともに、沖縄の豊かな自然、独自の歴史や文化などのソフトパワーを生かした各種施策を展開したいと考えています。

 また、県は4年後の2022年に復帰50周年を迎えますが、新時代沖縄の到来に向けてスケール感とスピード感を持って、あらたな沖縄振興計画を策定し、日本経済を牽引するトップランナーとして力強く沖縄を導いてまいります。そして、全ての県民が安心して暮らせるよう沖縄らしい優しい社会の構築に努めてまいります。誰一人取り残すことなく、全ての人の尊厳を守り、共生する社会をつくるため、子どもの貧困対策を最重要政策に位置づけ、沖縄子どもの未来県民会議など行政と民間の幅広い支援体制を構築するとともに「子育て世代包括支援センター」を全市町村に設置して、子どものライフステージに沿った切れ目のない支援に取組んでまいります。

 こうした沖縄らしいチムグクルあふれる優しい社会は県民に安らぎと活力をもたらし、強く、しなやかな経済の発展を支えてまいります。同時に自立型経済の構築によって得られる収益は、優しい社会の構築に寄与し、自立と共生、そして多様性の好循環を生み出すことができるようになります。

 自立型経済の確立、沖縄らしい社会を確立するため、何よりも沖縄が平和で、安心安全に暮らせる社会を実現することが求められます。

 そのためには、沖縄の米軍基地の整理縮小が急務であり、ましてやあらたな米軍基地の建設は到底容認できるものではありません。政府は今もなお、普天間か辺野古かと県民同士に負担を付け替えて、あらたな犠牲を押し付けようとしています。心ない分断を乗越えるため、翁長雄志前知事の遺志を引き継ぎ、今こそ県民が心を一つにして誇りある豊かな沖縄を実現していく必要があります。私は政府に対し、対話によって解決策を導く民主主義の姿勢を求め、普天間飛行場の一日も早い閉鎖と返還、そして辺野古新基地建設の阻止に向けて全身全霊で取組んでまいりたいと考えております。

 今後とも県民の皆さまのご支援、ご協力をよろしくお願い申し上げます。ゆたさるぐとぅ、うにげーさびら。いっぺいにふぇーでーびたん。(以上)

 

 記者との質疑応答から(概要)

-どういう人が玉城新知事を選んだかと思うか?

◎「私は今回翁長県政の継承を訴えて選挙戦に臨んだ。この翁長知事の強い思い、辺野古の新基地建設断念、経済も平和も共に両立させたいという願いが多くの県民の共感を呼び、(私が)引き継いでいくと力強く皆さんに申し上げて選挙戦を闘ったことが得票に結びついたのでないか。私は誰一人取り残さない社会の実現を目指して、政策に取組んでいく(後略)」

―国の基地建設の対応について

◎「県民が選挙の争点で、明確に示したのは辺野古反対の民意だ。このことを政府に訴えるのはもちろんだが、県が法律に基づき判断した承認の撤回についても県の判断に従うように求め、県の民意を国際社会にもあらゆるツールを通して訴え、共有できる価値観を広げたい」

―辺野古問題に関しての期待や不安、覚悟をどう表現するか。

◎「(前略)『茨の道を行く』という翁長知事の思いと重なるところがある。しかし辺野古の新基地建設と普天間の移設については、対話の窓口を米国と日本政府に求めていくということも新たに始めていく必要があるのではないか。いばらの道だが、いばらがあれば踏みしめ、乗越えていくという覚悟が必要だし、いばらを掻き分けていって、そのさきに本当の安心安全な県民が求める未来が必ず見えてくると信じて突き進んでいきたい」。

 以上でお分かりの通り、玉城デニー新知事は、沖縄の自立と共生を語り、誰をも取り残さないと主張している。これこそ県民本位の考え方であり、もっといえば人間本位の考えに通じるものだ。沖縄県知事だから沖縄から始めるのは当たり前だが、相手があることが前提だ。これは権力という力だけではない。たとえば子どもの貧困問題ひとつとっても子どもの他方に親がおり、大人が居る。平和問題でも様々な対立・矛盾があるから単純にはいかない。基地や基地建設で飯を食っている人たちのことを外せないし、従来、補助金を当てにしてきた人たちをも、基地経済の縛りから解放する手立てが必要だろう。

 玉城デニーという個性を沖縄県庁の人々が、沖縄の人々が、如何にして支えていくのか、どうしたら前に進めるのか、私も微力ながら共に考えていきたい。

 日本という国が、戦争に向かえば、再び沖縄をアジア諸国を貶めていく。こうした流れを阻めるのか否かが、沖縄のアジアの平和に欠かせない。多くの皆様方との協働作業が重要になる所以だ。

 

◎副知事はあらためてお二人に。富川盛武、謝花喜一郎のお二人だ。また吉田勝廣政策調整監も替わらず。今後とも宜しくお願いいたします。

西日本新聞の『沖縄知事選 この民意を無視できるのか』に注目

 西日本新聞の社説に注目「沖縄知事選 この民意を無視できるのか」(181002)

 先ほどネットで西日本新聞の社説を拝読した。県外の地方紙が踏み込んだ主張をしている。以下少し紹介しつつ、自論を記したい。

 18年10月2日の社説だ。タイトル「沖縄知事選 この民意を無視できるのか」は、玉城デニー氏が当選したことを報じ、最大の争点である「辺野古移設ノー」と出たとしている。

 国が進めてきた「既成事実化に抗して」の項で、「沖縄県民は今回、『反対』を明確に示した。その意思の強さは驚くほどだ。(中略)政権の意向を受けた『争点ぼかし』戦術と見られたが、有権者からは『姑息』と受けとめられたようだ」と今次選挙結果を概括している。

 次に「基地負担の再検討を」の項で、一歩前を向いている。安倍政権がこのまま「辺野古が唯一」では日米安保体制にも悪影響を及ぼしかねない混乱が生じるかも知れないと危惧し、同政権にもう一度「沖縄と本土の基地負担のあり方や、日本国内における米軍展開の将来像などについて、検討すべきではないか」と主張している。さらに相手候補が日米地位協定の改定を主張していたことを取り上げ、これは「移設容認か反対かを問わない県民の総意といえる」とも書いている。

 さらに「本土住民も考えたい」の項で以下のように締めている。こうした地方からの異議申し立ての声を前向きに取り上げ、本土住民の「無関心は結果的に『沖縄への基地押し付け』を容認し、(沖縄の)民意を無視することにもなる」との正論を吐いている。最後に「『沖縄が反対している』と遠くから眺めるのでなく『じゃあ私たちはどうするのか』と踏み込んで考えることが、沖縄と本土の溝を埋め、基地問題解決を促す力となるはずだ」と結んでいる。

 県外のローカル紙でここまで踏み込んだ言説は珍しいのではないか。特に「じゃあ私たちはどうするのか」を問うことが何よりも重要なはずだ。だが、こうした論及は殆どされてこなかった。西日本新聞がここに踏み込んだことを私は多としたい。こうした発言に到ったのは、同紙編集委員が来沖されているのだと思う。現場を見て聞いたからこそ踏み込んだ発言に到ったはずだ。

  ところでこの社説も「(普天間基地の)移設問題」と捉えているようだ。ここが根本的におかしいと沖縄の私たちは常日頃から主張している。これは96年から始まる「負担軽減策」ではなく、66年の米国海軍が立てた埠頭と滑走路と弾薬庫を備えた海兵隊にとって好都合な新基地建設の延長にある話なのだ。それをよりによって日本政府が全額負担して造るという諸手をあげた米国への大サービスだ。それから50年余りが過ぎた。ベトナム戦争が終わり、米ソ冷戦構造も崩壊した。朝鮮半島も南北の和解が進みつつある。

 また66年当時の沖縄は米国に統治されていた。今は日本という国の一部のはずだ。こうした歴史を負わされた沖縄が日本政府に物申すのは余りにも当然なことではないか。「沖縄が沖縄が」と言わせているのは、この国の歴代の政府であり、「本土住民」だろう。

 もっとも私自身偉そうなことを言える分際ではない。70年から72年の沖縄返還をめぐる闘いに東京で参加しながら、沖縄の実情に向き合わずに来てしまったのだ。72年から17年後に沖縄に行くようになってから、沖縄のことを漸く考え出した有様なのだ。

 だからこそ、こうした西日本新聞の主張に接すると微かな希望を見る思いがする。多くのメディアが、ジャーナリストが生の沖縄に接して、自らの「常識」を問い直していただきたい。心からお願いしたい。

昨日から台風25号の最中に(181005)

 沖縄島名護市は昨日(181004)朝から台風25号の中にある。森はゴーゴーと吼え続けている。まだ自宅は停電になっていないが、今回も沖縄島、宮古島などであらたに停電しているエリアがあるようだ。

 私は、今回の台風対策として、停電から断水になることを予測して飲料水も3リットルばかり用意している。ヘッドランプの電池も整えた。私のことはともかく、屋外にある農作物の被害は免れないし、対策と言っても限界がある。特に深刻なのは離島だろう。船便が止まれば、物資が届かなくなる。生活必需品が入らなくなるのだ。
 私たちの日常を支えてくれている仕組みが機能しなくなったとき、これをどうカバーするのか、これも政治の問題だろう。
 玉城デニーさんが昨日知事として沖縄県庁に初登庁した。私も様々なことを期待しているが、単に期待するに留まらず、自分は沖縄で何が出来るのかをしっかりと考えたい。今月10月で、私が沖縄に居を移し丸5年を迎える。沖縄暮らし5年で何を思うのか、考えなければならないだろう。
 しかし台風の中だと気圧が下がっているせいか、自分の体調がよろしくない。体が重いのだ。一先ず頼まれている原稿をあげなければならない。

2018年10月 4日 (木)

沖縄県知事選での玉城デニーさんへのご支援、ご声援に感謝

 この度の沖縄県知事選での玉城デニーさんへのご支援、ご声援に、改めて感謝申し上げます。30日20時過ぎのまさかの「当確」情報が朝日系から入ってきて、どぎまぎ致しました。東京に居る私の連れは、待て待て、他も確認しないと、ぬか喜びになりかねないと、慎重でした。

 今回の選挙戦ほどハラハラドッキドキのことはこれまでにないことでした。ここで沖縄が折れたら、日本政府によって、沖縄が米軍基地を受け容れたと大宣伝されてしまうところでした。沖縄への安保・基地の負担が半永久的に押し付けられてしまい、日本が軍事で金儲けする国へと決定的に舵を切るところでした。「新(晋)日本帝国」がアジア諸国の安寧を脅かし、毛嫌いされている今、決定的に異端児になるところでした。ここを一先ず止める一歩を踏み出したのです。海外のメディアも注目していたのです。
 何名かの当ブログの読者の方からも励ましをいただきました。既知の方ばかりか、初めてお名前を出されてのご挨拶もいただきました。ありがとうございました。
 しかし安倍政権は内閣改造を断行し、改憲にスピードアップして望むようです。閣僚の半数以上が初入閣の政権で、国のあり方を変更する、大義を変更することは、よほど慎重でなければならないはずです。改憲をお手柄にしたい安倍晋三氏にとって、何事にも替え難いことなのでしょうが、私的名誉のために国のあり方を変えるほど時代錯誤のことはありません。そんなことを精一杯やる暇があるのであれば、福島原発の放射能漏れを止めるべきです。これほどの地球の危機、人間の危機をさておいて、自衛隊を憲法に書き込むほど愚かなことはありません。安保に根拠付けられた自衛隊の問題も、そもそも米国からの横槍であって、180度ずれています。
 何はともあれ、沖縄県知事選を振り返りながら、各地でも生き方を探り出せば、もっと明快な方向がでるはずです。これからもどうぞ宜しくお願い致します。私たち一人ひとりが考え、新たな道を切り開くしかないのです。
 今回はありがとうございました。

テント2を撤収したが(181003)

2018年10月3日 曇り 

テント2を撤収する。早々と作業が始まる。来訪者が居ないからいいようなものだが、雨も風も強くないのだから、もうちょっとゆっくりすれば。
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のんびりしているのはこいつぐらいだ。でもどいてもらった。ごめんよ、敷いているバナーを仕まわないと風で飛ばされるから。
お昼過ぎに撤収。 
10:30に玉城デニーさんが来るとの情報は否定され、午後に名護市街に来るとの情報が入っていた。だから私はパスしたのだが、16時頃ゲート前に来たようだ。残念!
テント2も4日、5日休みです。悪しからず。

カヌー練習を見守る(181002)

2018年10月2日 晴れ

今日はノンビリ。
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テント2で。5280日めか。2004年4月19日から数えて。自分にも感慨深い日々。これからまだどこまでプラスされていくのだろう。8:21
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ネコはいつでもどこでも寝てしまう。9:43
埼玉から来ていた女性のカヌーメンバーらが海に出たいと。突如3名で行くことに。軽やかな気持ちで行けるのはこんなときしかないのだから。
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テント2から浜へ。
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私も浜に追いかける。9:51
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感慨深そうに海を見つめる。9:55
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行きますよ!
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おっせおっせとカヌーを押し出す。9:58
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3人3様の出方。ノンビリ見れる、撮れる幸せ。9:58
しかしそこにもガードマンのゴムボートが浮かんでいる。
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行っていらっしゃい。平島を目指すと。9:58
沖に向かう3名。正面がマナヌ岩。10時過ぎ。
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東に向かう。美ら海は残るのか? 残さなければならない。
向かい風がきつかったらしい。平島の手前から戻ってきたと。
3名とも久しぶりに海に出れたと満足したようだ。海は英気を養ってくれるものだ。
つかの間の休みにしかならないのだろうが、貴重な時間だ。
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子猫たちは取っ組み合って遊んでいる。10時15分。
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テント2で。ネコは一匹でも遊ぶし、2匹でも遊ぶ。多数でも遊ぶ。遊び好きだ。そこが愛らしい。
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台風で折れた裏庭のシマバナナを吊り下げて熟すのを待つ。また台風が来ている。15時。

勝ちましたと湧くゲート前(181001)

2018年10月1日 晴れ 台風25号が来るのでテント村の復旧作業はそのあとに。暫くテント2で。

私もゲート前に上がる。
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国道329の変電所前の反対側。ブルーシートが引きちぎれた。9:38
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演習場に向かう道の拡幅作業現場。クレーンをあげ下準備。9:40
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工事用ゲート前の柵にこんなものがあった。道路法35条の占用の告示。
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しかし背後にあるコンクリートブロックは9月26日に設置したのであり、不法占用物件だ。否道路を塞ぐ形で柵等の占用を認めることじたいが道路法の趣旨に反するものだ。
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奥の占用物件を撮っていたらまたこれだ。取材妨害もはなはだしい。公務中の皆さんに肖像権は成立しません。この仕事は沖縄防衛局からの依頼・契約だろ。彼は個人として立っているわけでない。
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集会は丁度山城博治さんがしゃべっていた。県民が勝ち取った県知事選勝利を喜び、共に新基地建設を止めようと。
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安次富浩ヘリ基地反対協議会共同代表も発言。何としても新基地建設を止めよう。朝鮮半島が平和に向かう中で、沖縄の軍事基地の意味は明らかに低減する中で、おかしな安倍政権を批判していた。
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奥は軍警。9:56
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土木技術者の北上田毅さん。軟弱地盤があり、このままでは工事は不可能だ。工事の変更には知事の許可が必要であり、この知事に玉城デニーさんが当選したことの意義は大きい。これで益々この工事をとめることはできる。確信をもってがんばろう。
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背後の演習場のゲートから出てきた軍警。歩道側に座っていた女性がオレンジラインの上に乗っていると無意味な警告。
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工事用ゲートの中には沖縄防衛局職員が。早く彼らを解放してあげたいものだ。
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私たちの意思はぶれない。
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勝利の日に向けて頑張ろう。10:30
参加者は70名ほどか。
私はテント2に戻った。平穏に時間が流れた。ただ時々戦闘機の音が聞こえてきた。
 今日は14時に予約が1件あったが、遅れたようだ。15時頃3団体が次々に来訪。私たち2名が松田浜で次々に対応。私が話した23名のグループは明日那覇市内でコンサートを開くという合唱団。話の終わりに1曲歌っていただいた。これ、かなり贅沢だよね。音楽の独り占めはいいか? 資源の独り占めはダメだが。感謝。

2018年10月 3日 (水)

玉城デニーは何故勝てたのだろうか(181003)

  沖縄で玉城デニーは何故勝てたのだろうか―沖縄の一人ひとりの底力―

(本稿の敬省略)

1:予想を断然上回る勝ち方

 玉城デニーが本当に勝った。自分の予想では、勝てても辛勝だと思っていた。後半になるまでは、難しいと思っていた。ドラマチックな大逆転劇だった。

 私は告示日の翌日から東京出張。14日~16日。帰ってみたら、運動量の差を実感。佐喜真断然有利と直感。だから「このままでは勝てないぞ」を書いた。また辺野古の現場で、県内からの来訪者に今次県知事選の重大さを伝え、玉城への投票を呼びかけた。特に若い人に入念に(1時間以上かけて)。また、海上での行動をやっている場合じゃない、選挙活動に注力せよとを発破をかけた。

 9月22日~24日の連休頃から、急に形勢が変わりだした。玉城が追い上げてきたことを街頭をみて実感。だが台風24号が9月28日から29日に直撃。これで最後のチャンスが厳しくなった。佐喜真陣営は、期日前投票に全力をあげていた。玉城陣営も期日前投票を断固として呼びかけた。投票日の30日午後から晴れてきた。投票率は上がるのか。

 結果は39万票余りを得、8万票もの差をつけての勝利。大勝利だった。沖縄の底力は凄いね。あらためて実感。

2:組織選では勝てるわけがなかった

 自公+維新+希望の党推薦の佐喜真。オール沖縄の玉城。社民・共産・社大・立憲民主・国民民主推薦の玉城。4年前の選挙は翁長が自民に10万票の差をつけた。だがこのときは、仲井真が埋め立てを認めない立場を金繰り捨てていた。沖縄を裏切りながら、「いい正月を迎えられる」と言い放っていた。また10万票の差だが、このときの沖縄の公明党は「中立」だが新基地建設反対の立場を崩していなかった。今回は明確な自公だ。公明党からの現地応援も多かった。露骨。創価学会の会長も乗り込んできた。一部の学会員が反旗を翻した。それでも8万票の学会員の1割が玉城に入れたらいいほうだろう。

 前回は維新の下地幹郎が7万票取っていた。10万-7万で3万票の差だ。これに学会の6万票が佐喜真に流れれば、3万票の差で負ける。ここに勝つ秘策はあるのか?

3:あらたな流れはどうしておきたのか

 沖縄の底力だろう。まだ健在だったのだ。ただ健在だったのではない。一人ひとりの諦めない気持ちが伝わり、一人ひとりが諦めなかったのだ。無論、故翁長雄志県知事が切り開き、貫いた道が、諦めたらダメだと促してくれたのだ。だからこそ、何故新基地建設を受け容れなければならないのか、佐喜真は「対立から協調へ」と言うがこの国に沖縄が屈することじゃないのか、なぜそうしなければならないのか。

 こうして無党派層の多くが玉城に、公明党の約3割が玉城に、下地票の2割余りが玉城に。建設業界の中からも玉城票が相当数入ったようだ。

 こうした変動は沖縄の人々が沖縄の現実の中で未来を見たら、安倍政権の進める道は危ないと判断したから起きたのだろう。佐喜真は地位協定を変えると主張したがウソ八百。これまでの彼らの実態をみれば、改定の動きをつぶしてきたことは明白だ。今回の主張にも具体性がない。公明党の票を頂戴するためらしいが、ウソ過ぎた。親分(安倍)のウソがバレバレだ。

 玉城の主張が優れていたのは、残念ながら個々の政策ではない。「多様性の尊重」であり、「誰も切り捨てない」だ。これを彼の言葉で発信できたからだ。これと「新時代沖縄は県民みんなでつくりあげるもの」が効いたのだ。こうした努力が無党派層などに伝わって、一人ひとりが環を作っていったのだ。佐喜真があげた「沖縄の和」(政策集のサブタイトル)の無内容さも反映したのかもしれないが。

4:沖縄の底力

 沖縄の底力は一人ひとりが伝えてこそ意義がある。これを神格化しない。これを伝えていく中でこそ、再生をはたせるはずだ。沖縄の未来は、沖縄戦を強いられた痛みに宿っており、戦争の跡が基地になっているから、この先を見ないわけに行かないのだ。「日本人」の私がこう言うのは心苦しい。沖縄の人々がこの痛みを考えたら、お金に騙されるわけにいかないだろう。米軍に殺されたばかりか、皇軍に殺された沖縄の人々が。何で戦後73年間もこうした日米政権に屈していなければならないのか。何で「対立から協調へ」なのか。

 沖縄の底力を見せ付けていただいた今次選挙だった。私もそこに参加で来たことを喜こんでいる。いや泣いた。私たち「日本人」は、沖縄の底力をどう考えるべきなのか? ここを考えない「オールジャパン」などありえない。私は改めてこう考えている。(続く)

台風の影響(181003)

 東京時代の台風の思い出といえば、伊勢湾台風。隣の自転車小屋が自宅の庭に自転車10数台もろとも転がってきた。まだ子ども時代だったが、台風、恐るべしだった。

 学生時代には山で台風崩れの低気圧に遭い、命が危うかったことも一度ならずある。自然の力には、かなわないものだ。
 4年前の沖縄では台風の土砂崩れで、自宅が陸の孤島に。晴れたから表に出たら、敷地外に出れなかった。思わぬ影響があるものだ。そして今回、停電までは予想していたが、断水に。暗闇に水なし。飲料の確保はしていたが、断水を予想していなかった。自分の想像力のなさ。まだ私は仲間が居るので、いざとなれば、友人宅に泊まるとか、シャワー貸してとかいえるからまだ良いが。
 3日の沖縄タイムスによれば、サトウキビやキク類等に被害がでたようだ。JAおきなわの試算で14億3128円。風で倒されたのみならず、停電したので、キク類に不可欠な電気で照らすことが不可になった。また、スプリンクラーも動かない。塩害対策が出来なかったと。
 露地キクの9割が出荷不能だと言うから、かなりのものだ。沖縄のキクは全国に出荷している全国的な需要にこたえている商品だ。沖縄の国内への貢献は意外なところにもあるのだよ。
 話を政治の舞台にもっていけば、自然災害を見越した対策(予防措置)や起きてからの急を要する措置など、余りにもお粗末だ。この地球上に人間が生きている限り様々な災害は起きるのだから、如何にすれば、被害を最小限にくい止めることができるかという基礎研究程重要なものはないはずだ。また、軍隊はいらぬから災害救助隊を編成すべしと私は20年以上前から言ってきた。
 そもそも国家財政であれ、自治体財政であれ、市民・住民の福祉のために、人々が生きるためにあるべきものだ。特定の誰かの儲けのためにある今日のありかたは、おかしすぎる。お金のない自分には、何億円とか何兆円単位の事は想像を超える問題だが、私たちは無関心過ぎる。この国の政府は国民の無関心をいいことに、自分たちの利益第一義でやれているのだ。
 沖縄県知事選の玉城デニーの勝利は、こうしたこともおかしいだろとしたのだ。どうせ政治家達に言っても反省しないのだろうから、私たちが変わらなくてはならない。台風の被害から、市民の智恵を考え出すことも大事なことだ。
 

辺野古新基地反対 第一土曜日県民大行動 in 本部(もとぶ)

日時:18年10月6日(土)11時から12時

会場:本部町営ホール(町営市場2階)
    本部町渡久地4
本部塩川港からの土砂運搬の現場の近くでの行動です。まだ国の対応は未定のようですが、工事が止まっている今、現場から闘いを起こしていくとの趣旨でしょう。集りましょう。
尚、主催団体を確認できていませんが、本部の島ぐるみ会議だと思います(ヤマヒデ)

辺野古テント村の台風25号対策(181004-05休みに)

 辺野古テント村・テント2は、台風25号の接近に伴い、3日午後から5日まで休みます。ご理解を。皆さんもご無事でお過ごしください。24号が通過したばかりですから、余計に被害が出かねません。ご注意を。早めの避難が必要かも。

 尚、ゲート前の座り込みについては、未確認ですので、表示いたしません。各自ご確認ください。

また台風が来る(181003)

 自分の家の停電は10月1日に復旧し、断水も1日夜に直ったが、まだ8400世帯が停電していると3日の新聞が伝えている。うるま市、読谷村、名護市、恩納村、など。復旧作業に当たっていた一人が感電し、重態だと。くれぐれもお気をつけて。

 そしてまた台風25号が近づいてきた。既に台風を予兆する雲が名護市内上空にも見える。4日、5日沖縄島、八重山島、宮古島付近に接近するようだ。先日の台風で地盤が緩んでいたり、排水が悪くなっていたり、強度が劣化していたりするかもしれない。皆で気をつけよう。
 昨夕私はアパートの同じ階の排水溝を掃除した。落ち葉がたまりまた降れば大雨が室内に入り込まないとは限らない。自分の部屋のドア(外側)を拭き掃除したが、ついでにまだ掃除されていない付近の領域までやりました。
 辺野古テントも多分、本日午後から撤収、5日まで休むことになりそうだ。再び停電にならなければ、まとめてブログを書きますが、結果は?さすがに台風疲れ。
 気温も下がり始め、半ズボンを長ズボンに、Tシャツを長袖に、アイスコーヒーをホットコーヒーに切り替える時季になってきた。昨夜から風邪引きそう。

2018年10月 2日 (火)

ボッキリ折れた(180930-豊原公民館)

2018年9月30日 投票所がある豊原公民館の庭へ。

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大きな木が折れている。15:25
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これが折れたようだ。約30m離れている。15:25
 
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デカイ。これか。15:29
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豊原公民館。晴れてきた。投票率が上がればいいね。15:37
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サンダンカ。豊原公民館。15:53

台風24号の風の力(180930)

 2018年9月30日 台風24号のためテント村は休み。だが、私は現地に向かった。

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テント2の庭に子どものサンダル。何故?8:43
松田浜に落ちていたとのこと。ここまで飛ばされたのか!
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漁港に行く道(右)、正面は松田浜。砂がここまで上がっている。約50mは飛んでいるのだ。8:47
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ホンダワラが飛ばされている。8:49
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この穴はツノメガニ。かにさんは飛ばされて、落ちたところに砂があったので掘ってみた。ここは道路だから。8:49
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魚だ。約15センチ。
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こっちも。波に流されて。体長約10センチ。8:50
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松田浜。貝殻やサンゴのかけらがたくさん。比較的大きなものがザクザク。打ち上げられた。8:54
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一面が白い。
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フェンスに沖縄防衛局が掲示していた板がバッキリ。
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海草が上がっている。根ごと。9:00
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海草の仲間とホンダワラ。
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ヤドカリが多数。台風にもめげず。9:06
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何だろ。動いている。ナマコか。デカイ。20センチほど。
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こちらもナマコ。普段は見ないが。
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漁港前の道に倒れ掛かる漁港のフェンス。9:31
風の力をなめてはいけない。テント2も軽微な損傷をこうむったが30日中に、修理完了。

またもや台風対策(キャンプシュワブゲート前と辺野古テント2)

 台風24号が行き過ぎたと思ったら、また25号が接近するらしい。辺野古テント村はまだテント2に留まっています。明日(10月3日)午後、テント2も片付ける予定。4日5日は座りこみもなしに。シュワブゲート前のテントも明日撤収するそうです。

 辺野古漁港で行なわれている浚渫作業も工事期間が延伸する見込み。現場は台風24号の被害を受け、トラック通行の道路も不具合が発生しているようです。それぞれ大変でしょうがお気をつけて。

台風対策を万全に(181002)

 台風24号では自宅の網戸が外れ、完全に破損。停電ばかりか、断水も、思わぬ事態に見舞われました。台風対策はもっと万全を期さなければならないようです。水の汲み置きも不可欠です。

 そして台風25号が沖縄島に接近中。またかよ。同じ轍を踏まぬよう、気をつけよう。今日中に洗濯を済ませておこう。急に涼しくなり風邪気味ですが、ベランダも潮で濡れており、よほど落とさないと布団類の日干しもできそうにない。困った。

玉城デニーさんの勝利から一夜明けて(181002)

 まさかこれほどの大差をつけて勝てるとは、私は考えていなかった。20時過ぎに当確がでても、半信半疑。実感が湧かなかった。結果は、玉城デニーさん、396632票、佐喜真淳さん316458票である。8万174票の大差をつけた。さらに名護市では2月の市長選の雪辱を果たし、市町村別の得票数で負けたのは14自治体のみだった(勝ったのは27自治体)。

 詳細の分析は後で行うが、佐喜真陣営が選んだ「こっちの水は甘いぞ」路線は破綻したのだ。この国丸抱えの「県民所得300万円」という甘い水よりも、沖縄の自律を選び、新基地建設反対を貫いたのだ。
 ウチナーは強い。芯があるのだ。相手候補が放った様々なデマ・ウソ、周辺が発する誹謗中傷、露骨な政権の圧力が総じて、疑問を抱かせたのだろう。組織票の単純計算では到底勝てない勝負を逆転したのだから、沖縄は凄いというほかない。
 無論デニーさんの個性が効いたことも重大な要素だろう。気さくで、えばらない、話しやすい。何と言っても「多様性の重視」が良かったのだと私は評価している。これが様々なチャンネルとなり、個々人に広がったのではないか。相手候補の組織力と物量に勝てたのは全く別の努力がなければならなかったはずだ。論理を超えた信頼・共感が個々人の関係から広がったのではないか。最後のラストスパートが効いたのではないか。この意味では一人ひとりの努力が総じて実を結んだのではないのか。
 
 来る10月4日に新知事が誕生する。闘いはこれからだが、私たちは新たな戦略を練りながらことに当たりたい。行政がやること、大衆運動がやること、表現活動がやること、様々なレベルがあるが、これらの総力戦を如何にしたら展開できるのか。相手は私が『新日本帝国』と呼ぶ、軍事産業で儲けようぜの連中だ。彼らは、もはや民主主義も地方自治もないのだ。だからこそ、私たちは私たち民衆の民主主義と自治を作り出し、個々人の人権を実現し、人々が生きるための沖縄を、日本を、アジアをつくりあげていくほかにない。このためには私たちが歴史から学ぶこと抜きにはありえない。過去の過ちを正せずに、アジアとの信頼を築き上げることはできないのだ。
 在沖日本人である私は、沖縄に暮らしていることと、「日本人」であることを2重に意識し、反省し、然るべきことを主張していきたい。
 今回の勝利をあらたな結節点にし、ぬちかじりがんばりぬきたい。

2018年10月 1日 (月)

ゲート前の鉄柵、暴風雨で倒れる(またしでかした!)

 2018年9月29日、台風24号が駆け抜けた。950ヘクトパスカルだったが、暴風雨を伴った。あちこちに被害が出た。

 30日の沖縄タイムスは、キャンプシュワブのゲート前の鉄柵が吹き飛んだと報じていた。だって、沖縄防衛局は9月26日に台風対策をやっていたよね。まさかコンクリートブロックを置いただけで、この鉄柵を撤去しなかったのか? ありえない!
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この緑の覆いをしている柵のこと(180926)。網を張ってあり、当然風圧を受けるのだ。
これがこうだ。
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8:27通過。こうだ。緑のシートが破れており、真ん中が吹き飛んだ。
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左側、右側
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真ん中が倒れたようだ。後方に片付けていたが。車道に倒れて車に衝突していたらどうしたのか。これらは道路法がいう明らかな不法占用物であって、道路上に設置することは違法な構造物だ。
沖縄防衛局は、これらの柵が風速50mもの風に吹かれれば吹き飛ばされることを推測で来るはずだが、安全策を講じなかった。何故か?答えは簡単。安全か、否かなど彼らの常識の範疇外だから。「安全配慮」など彼らの眼中にないのだ。
こんな硬直した頭で基地建設を進めている沖縄防衛局と防衛省を私たちは批判しなければならぬ。

18年9月29日20時頃から停電し発信できませんでした(181001)

 沖縄の県知事選では故翁長雄志知事の遺志を継いだ玉城デニーさんが圧勝しました。ありがとうございました。

 前日の9月29日、沖縄島は台風24号が上陸し、様々な被害が発生。台風通過後の猛烈なけーしかじ(返し風)をうけ自宅も停電。漸く電気がつきました。そんなわけで情報発信がごてごてになり、申し訳ありません。
 重要なタイミングでの発信不能をお詫びを申し上げ、あらためて発信していきます。2日晩、暗闇の中で気をもんだり、喜んだり、寝付かれませんでした。体調を整えた上で、順次再開して行きます。これからもどうぞよろしく。

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