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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2018年10月28日 (日)

今という時代を、わかっているのだろうか?(181028)

 今日は2018年10月28日。私たちは今という時代のことをどれだけ理解しているのだろうか? 私は2013年夏に、「このままでは大日本帝国に先祖返りしてしまう。人類の終わりは近いだろうと」と警告したつもりだ。あれから5年経ち着実に悪魔が支配する世界に向かっている。

 私が指摘するまでもなく、あの福島第1原発事故の何が解決したのか。何も解決していない。放射能は垂れ流しのままだ。汚染水は溢れ返り、意図的に海に排出されている。だが、各地の原発は次々と再稼動。おかしくないか。これほど自然災害があちこちで起きていながら、再稼動。学習能力ゼロだ。いつ再び「想定外」の津波に襲われるのか、分からないのだ。
 襲われたら、今度はどんな対策を取るつもりか。また泣き言を言いながら、責任者は逃亡。無責任政治を改めなければ、救いようがないのだ。沖縄に原発がなくてよかった。だがそんな問題ではない。
 
 安倍首相は突然中国と会談。大変結構だと言いたいが、そんなことはない。朝鮮半島、中国との緊張が緩和されるならば、沖縄に基地の固定化、強化する意味はなくなるはずだ。2重基準。経済的利害から友好を演出し、軍事的利害から対立を演出する。私たち庶民の暮らしをよくする姿勢はゼロ。彼らの儲け話だけが彼らの関心。誰がこんな政治を支えているのだ。私たちはいつまでこんな泥舟に乗っているつもりなのだ。ぶくぶくぶくと地獄の門が開いている。
 政治は余りにもお粗末であり、愚劣だが、私たちが無関心である限り、何も変えられない。沖縄の県知事選の勝利は、沖縄の事は沖縄の人々が決めると示したのだ。この反撃力はなかなかなものだった。素晴らしかった。だが、46都道府県の皆さんが「沖縄良かったですね」というとき、ご自身の事を考えて言っているのか。沖縄は一先ず勝った。自分たちはどうするかが、問われているはずだ。無責任政治を終わらせなければ、どうにもならない。これは沖縄だけが踏ん張っても不可能なのだ。
 確かに今すぐにこうした政治を変えることは難しい。しかし昭恵夫人を「私人」といったり、「公人」といったり、都合よく使い分け、政治利用しているやりかたは、行政不服審査請求を使って、沖縄の自治権を奪い去るやり方とも相通じている。防衛省はいつから「私人」になったのか。私人が公有水面埋め立て法の「免許」を取得できるのか。国だからできるのだよね。民間事業者にない特権をもってのことだ。否、「公益」のものだから、こうするよねとの前提に立っている。それなのに、ウソ丸だし。仁義なき闘いになっている。「沖縄に寄り添う」といいながら、法治主義を無視している。沖縄の声に耳を傾ける姿勢が全くない。
 私たち沖縄は、あちらさまの仁義なき闘いにも、筋を貫く。非暴力で、公然と闘う。「オール沖縄」とは沖縄戦の経緯を踏まえた反省からきているのだ。まだまだ不十分でも歴史的反省にったているのだ。「軍隊は住民を守らない」との反省に。だからイデオロギーを超えるアイデンティティを大切にしている(私が言うのも何ですが)。
 「46都道府県」のみなさんが、オールマルマルと言ったところで、これがないのだ。ないのに、あたかもあればいいなの願望だけで動いても、無力だ。もっと別の方法を探るべきだろう。探って欲しい。オールジャパンなんて愚の骨頂。形だけ真似をしても意味がない。
 私たちに残された時間はあと半年余り。6ヶ月~8ヶ月のみだ。もしも改憲案が発議されたら、国民投票。これを止められるのか。改憲案は憲法審査会のみが上程できる。自民党でも安倍政権でも不可なのだ。議員の数では、私たちの闘いに勝ち目はない。これを如何にしたら打開できるのか。
 改憲の先に待っているものは、戦争国家だ。異論を排除し、上下の関係を徹底的に押し付けてくる。今ですら、存在を問う能力は乏しいのに、そのものが窒息させられていく。物言えぬ世界になる。こうなってしまったら、手遅れだ。その手前で、今こそ本気で頑張ろう。私は明日を信じている。みんなが明日を信じることができれば、何とかなるだろう。

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