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  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
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    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2019年1月

2019年1月16日 (水)

こうして土砂投入が行なわれているのだ(190115-②)

2019年1月15日 晴れ 大浦湾瀬嵩のお山から。

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7:47 神々しい世界だ。
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土砂運搬船が近づいてきた。8:10
辺野古を埋めるための物をもってきた。許せぬ!
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k-9護岸にいつの間にかダンプ12台が並び、左から2台がやってくる。8:13
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重機が動き出した。8:16
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カヌーチームが6艇でてきた。8:20
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8:21
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大浦湾の中に入ってきた。8:23
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大浦湾中央部に居た運搬船からランプウェイ台船(左)に土砂を積み替え始めた。8:25
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k-9護岸近くでオイルフェンスを挟んで海保とにらみ合うカヌーチーム。8:26
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中に入ってきた土砂運搬船。8:27
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入ってきた4隻(手前中央は昨夜からいた)。8:32
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大浦湾を移動する運搬船。8:41
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並んでいたトラックは0に。8:45
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手前からランプウェイ台船、土砂運搬船、巡視船。大浦湾を席巻している。8:45
ちなみに今朝の集計。
土砂運搬船     3+4(今朝入ったもの)
ランプウエイ台船  3
クレーン台船    2
積み荷の平台船  2
巡視船(湾外)   1
計        15隻
他タグボートなどなど
もっともっと抗議の声を!! 止めるために!
私は9時過ぎにお山を下り、辺野古に向かう。

2019年1月15日 (火)

大浦湾の朝-震えるほど美しい世界で何が起きている(190115-①)

2019年1月15日。昨日の疲れも何のその、私は有津(あっつ)行きのバスに乗った。

大浦湾の瀬嵩で下りた。6:30 まだ真っ暗だ。
浜に出る。
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キャンプシュワブ方面。基地が放つ光。6:40
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左(東)側 なんともいえぬ世界が広がっている。6:43
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空がすきとおっている。6:48
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6:50 水面も。ただただ撮るしかない。
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潮が引いている。足下まで水が。6:58
うっかり、水溜りに足を突っ込んでしまった。まだ暗いのだ。
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アーサ。7:06
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不気味に静かに佇むランプウエイ台船。7:07
やや明るくなってきたので丘に上がる。
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7:22 いつの間にか太陽が出ていた。
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大浦湾の東から上がった。7:23
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7:22
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こんなだ。台船が多数。フロートの右端がK-9護岸7:25
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7:26 震えるほど美しい。
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あれ、今日は土砂運搬船が船団を組んでやってきた。4隻だ。7:37
来るな!

強襲揚陸艦ワスプが現れた(190114)

2019年1月14日 晴れ。

テントに行ったら、佐世保から強襲揚陸艦ワスプが沖合いにきていた。
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漁港沖に。逆光なので、見にくいが、ワスプだ。8:18
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日本は3連休。埋め立ての工事はやっていない。10:23
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しかしこちらはお仕事中のようです。潜水調査。10:25
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10:33 お仕事中の両者。
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米軍の暦は違います。水陸両用装甲車が出てきました。10:34
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横を向いた。全長250mある。F-35Bが5機乗っています。10:35
◎新聞報道によれば嘉手納基地に7機飛来(琉球新報190115)。この甲板の5機と合わせると12機か。
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私は松田浜へ。水陸両用装甲車が海に出た。10:50
少しでも近くへ。漁港の先端へ移動。
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手前のオイルフェンスは漁港から外洋への航路の浚渫作業に伴うもの。11:04
装甲車が左から右(西)へ、すり抜けていく。
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潜水調査の相棒格のマンタ船。11:15
防衛局に雇われている彼らは、海が好きなのだろうに、何故、海を殺す仕事につくのかな。待遇がうんといいのかな。本音を聞いてみたいものだ。
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装甲車が沖合いを行く。11:16 だが、ワスプに乗りこまなかったようだ。忽然と消えた。南の視界外に出たのだろう。
ここで私はテントに戻る。テントに来訪者大入り満員。
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沖合いをオスプレイが飛ぶ。ワスプに下りないか? 下りなかった。13:48
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15:03 平島近く。後部のハッチを開けている。
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15:05 水陸両用装甲車が戻ってきた。
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15:10 ヘリが甲板近くを飛んでいる。
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15:14 こうした動きにも要注意だ。
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戻ってきた装甲車。15:14
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15:21 ラスト(4両目)が上がった。
明日はどうなるのか? 暫く目を離せないな。

夜明け前から撮り、撮影モードで歩いたら(190115)

 今日は夜明け前に家を出て、大浦湾の瀬嵩(せだけ)で撮影。概ね予定通りの撮影が出来た。6時30分から9時まで瀬嵩、辺野古テント村に着いたのは、11時40分。すっかり撮影モードになってしまった(まっすぐに歩けば90分)。

 私は「歩くフォトグラファー」を自称しているので、歩きながらの気付きを重視している。今日、気づいたのは、二見トンネルから弾薬庫前の坂道で、眼下に運搬船が見えた。これを背景にゲート前から入っていくトラックを撮ったら、ダブル搬入を一度に撮れていいかも。また第2ゲート前のバス停を入れて、ゲートから入ろうとするトラックの群れとか、抗議集会に集った人々を撮るのも、絵になりそうだ。もっとも何事も予定は未定であり、思惑通りにいかないものだが、パースぺクティブをもっていれば、その状況の中で、瞬間的に動けるのだ。こうして宿題はたまっていくのだが。
 そして今日の成果は、3月締め切りの「視点展」のタイトルが浮かんだこと。まだそれを明らかにするのは差し支えるが、写真選びの前にタイトルが決まっていれば、構想を練るのも素早くできる。追加撮影も適格に可能だ。頑張ります。

2019年1月14日 (月)

あーぁ、忙しかったけれど(190114)

 この3連休は忙しかった。今日もまた。これを「土砂投入効果」と言っていいのか分からないが、何れにしても県内外からの関心が高まっていることは間違いない。

 私の話は基本30分。相手の反応をみながら、60分にも90分にもなることもある。今日は朝から沖合に米国海軍の強襲揚陸艦ワスプがきていた。この関連でどんな動きがあるのか外を注意しながら、来訪者に対応していた。
 こうしたときの来訪者はラッキーなのだ。あそこに見えるのが佐世保からやってきた船であり、海兵隊はこれで海外に戦争(演習)に行きますと。実物教育が出来るからだ。全長250m。まして浜辺から水陸両用装甲車が出たりすれば、よりリアルだ。「これが停泊できる岸壁を大浦湾に造るのです」から始められる。要は普天間の危険性の除去は口実で、ここに新基地建設が狙いなのだ。それも米軍のみならず自衛隊が使う基地になるのだ。
 
 今日の私は2度ほどテントを離れてこのワスプ等を撮りに出た。その合間に幾つかのグループや個人に話した。暗い顔をされたり、うんざりされたりすると、申し訳なくなるが、ここは泣いていただきましょう。ここはこらえていただきしょう。泣いたり、こらえたりすることから、ご自身が思い悩んできたことが見えてくるはずだからだ。
  
 私は失礼ながら、「今回の沖縄への旅は如何なる目的ですか?」、あるいは、「どんな行程ですか?」とお聞きしている。これがわかれば、そこに焦点を合わせたお話ができるからだ。だから細かい話でもいいから、一言二言返していただけるとありがたいのだ。
 
 今日お出でになった方々に、この質問に即答いただいたグループがあった。知っています、私は皆さんの集いのことを新聞で読みました、とあいなった。このひとことで、俄然、お互いに心を開いたのだ。関連した話も出来る。あなたが新聞に書かれた方ですかから始まり、人の中の多様性を大切にすることが、国に縛られ、命を投げ出されてきた沖縄の歴史を克服する契機になるだろうことや、朝鮮半島を巡る軍事情勢と沖縄などの話が出来た。
 
 突然ですが、私自身の両親や親類に戦争で殺された人は居ないと聞いている。また、民族の違いなどを痛感させられたこともないが、自分の中にある、ある種の違和感を大切にしてきた事は、今日まで重要なことだった。それは小学校時代に母親がなくなり、父子家庭で育ってきたのだ。また隣に養護施設があり、彼ら彼女らは遊び友達だった。余りにも当然なことだが、親がいようがいまいが、子どもは育つ権利があるし、そこに差別があってはならないはずだ。しかし学校と言う場で起きた彼らへの差別の視線に対して、これを許さないとの思いが沸き起こった事件に遭遇している。こうした体験から反差別の意識が生まれたが、いささかネガティブな思考に過ぎたのかもしれない。人間の多様性、個人の中の多様性に気付き、ポジティブに考えるべきだったのだろう。
 こうしたことを再確認できたことは、今日の何よりの成果だった。そしたら、このお出でになったメンバーに、案外古くからの知り合いが居たのだ(お顔を忘れていた)。名刺を手に取ってまたびっくり。懐かしやでした。(「家族写真を巡る私たちの歴史 在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」(御茶ノ水書房刊 ミリネ編、皇甫康子責任編集)を巡るブックトークやワークショップが那覇で開かれた)。
 そんなこんなで、忙しかったが、元気もいただいた一日になった。

今日で土砂投入1ヶ月(190114)

 2019年1月14日の朝を迎えた。2018年12月14日に始まった土砂投入から1ヶ月を迎える。辺野古崎近くの区域②-1は、既に半分近くが埋め立てられている。既に埋め立て工事はルーティンワークと化しており、既成事実が積み上げられており、自然が民意が打ち壊されている。

 この国は沖縄県が行なった埋め立て承認の撤回に目もくれず、姑息にも一時停止だけで、工事を再開したのだ。県は、「私人」のみがこの行政不服審査請求と言う手法を使えないものを沖縄防衛局が恣意的に使っているとして、総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」に申し立てている。これがどうなるのか(2月28日までに結論)。いずれにしても国(防衛省)のこのやりかたは、地方自治を実質的に奪うものであり、断じて看過できない。今もこうし「戦前」に回帰しているのだ。否、戦争が出来る国を目指している安倍政権にとっては、新たな戦争国家の創出の一歩なのだろう。
 埋め立てという実質と、行政権の恣意的な運用、自治の剥奪、民意の無効化の中で、私たちは如何に対処するのか。現場での闘いが続く。国内外での関心も格段に高まってきた。
 「沖縄の事は沖縄が決める」ことが、決定的に重要だ。これは沖縄の歴史からして当然のことだが、何も沖縄だけのことではない。住民自治の不可欠性は何処にあっても重要なのだ。一人ひとりの基本的人権を守り抜くこととも密接に重なっている。
 沖縄の中での意識が、たたかいがまだまだ弱い。分断がまかりとおって居る。お金による分断、上位下達の発想・無関心。74年前の沖縄戦を想起し、以来の基地を、沖縄のあり方を巡る闘いを想起しながら、私たちは如何に歩むべきかを定めていかなければならない。2月24日に設定された県民投票はそこにむかう第一歩である。
 この状況を、沖縄の闘いを再び孤立させてはならない。「沖縄だから仕方がない、沖縄が戦場になるのは止むおえない」などの考えを私は断じて看過できない。万が一にそうなったら、皆さん方もどうなっていくのか、ご賢察願いたい。海を守ることは人類の未来を繋ぐことになるはずだ。戦争への道は人々の命の営みを押しつぶしていくのだ。
 土砂投入1ヶ月という節目に当たって、私も何ができるのかをもっともっと考えたい。必ず止めたい。止める。

3連休の来訪者に追われた一日(190113)

2019年1月13日 晴れ 今日はいい天気。1月とは思えぬ暖かさ。

辺野古漁港の浚渫作業以外の動きなし。
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N-3護岸にトラック等なし。8:22
9時頃から来訪者続々。私は7人・団体にお話した。たまたま沖縄にきた途中で寄った方々の関心も土砂投入以前と明らかに異なっている。危機感が広がっているのだ。
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カヌー練習の人たちがきていたが、私はまともに撮る暇もなかった。10:24
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大浦湾に入っていた土砂運搬船が出て行った。11:06
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おっと、先にも居たようだ。11:07
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西へ向かう。11:22
北海道から来たお一人と1時間余りお話した。私も北海道には随分行ったので、共通する話題も多く、北海道と沖縄との連帯の方向性を話し合った。
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彼が下さったものをテント内に張り出した。一言一言に彼の思いが詰まっている。12:44
13時30分頃東京の大学の一行が来た。30分がやはり1時間に伸びた。
一休み。
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Rが骨に噛み付いている。14:35
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私が前に居ると影を作ってしまう光なので、自分はほぼ横に寝て、体を低くして撮る。
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MとC。犬の表情と言う奴を漸く撮れるようになってきた。
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目の前に居てカメラを構えても咆えられないのだから、それだけでヤッタネ!なのだ。
座り込みは犬たちともやっています。
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朝からここにいる監視船の人たち。ご苦労様だ。14:42
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ふと見上げたら、米軍の対潜哨戒機P-8だった(東に飛んだ)。近頃遭遇の機会がやたらと多い。14:42
県内外からの来訪者の皆様へ。一人ひとりが見たこと、知ったこと、考えていることを伝えて欲しい。

2019年1月13日 (日)

できない!つくらせない!辺野古新基地       1・20新宿アクション

【拡散希望】
★・。* ☆彡★・。* ☆彡★・。* ☆彡★・。* ☆彡
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   できない!つくらせない!辺野古新基地
      1・20新宿アクション

★・。* ☆彡★・。* ☆彡★・。* ☆彡★・。* ☆彡
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政府の強行する辺野古の海の埋め立て――
沖縄の民意を無視した法律違反がまかり通っています
あなたは「仕方がない」と考えますか?

辺野古の海を埋めるな!首都圏連絡会(埋めるな!連)
は、政府による辺野古への土砂投入強行という事態を
うけ、辺野古の現状を伝えるリーフレットを刷新して
あらたなキャンペーン行動に取り組みます。
1月20日、新宿アクションにぜひご参加ください。

★できない!つくらせない!辺野古新基地
1・20新宿アクション★

☆1月20日(日)☆
13時30分~14時30分
 三箇所にて、同時にリーフレット配布とアピール
 埋めるな!連・青いのぼりを目印にお集まりください
 ・新宿駅西口前
 ・新宿駅南口前(甲州街道側)
 ・新宿三丁目交差点
15時~16時
 新宿東口アルタ前に集まって大アピール行動!

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【辺野古の海を土砂で埋めるな!リーフレット第5弾】

―沖縄の民意を無視した法律違反がまかり通っています―
・辺野古の海はいのちの海
・違法な工事に対し「承認撤回」、しかし政府は工事を強行
・辺野古の海に土砂投入 全体のわずか4%
・辺野古新基地が造られても普天間は返還されない
・埋め立て予定地はマヨネーズのような軟弱地盤
・工事費は当初計画の10倍=2兆5千億円にも!
―あなたは「仕方ない」と考えますか?―

*各地で、さまざまな場で、このリーフレットの配布に
ご協力ください。製版でき次第ブログでもご紹介します
https://henokoumeruna2018.exblog.jp/ 
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辺野古の海を土砂で埋めるな!首都圏連絡会
https://henokoumeruna2018.exblog.jp/ 
連絡先:
〇辺野古への基地建設を許さない実行委員会
 TEL・090-3910-4140
   (沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)
〇平和を実現するキリスト者ネット
 TEL&FAX・03-3813-2885
〇辺野古・高江を守ろう!NGOネットワーク
 Emale・henokotakaengo@gmail.com 
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高台から土砂投入現場を見た(190112)

2019年1月12日 晴れ

今朝も同じ光景。
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土砂運搬船が2隻きた。K-9護岸に入る。8:11
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今度は出て行く。8:57
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N-3護岸にトラックが入ってきている。10:19
朝からだが、逆光が強いと撮れず。
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もう一隻出て行く。11:00
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やけにまっすぐ西へ。河口沖。11:26
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土曜日は各地の方々が差し入れ弁当。琉球のお正月料理。見栄えがあり、ついつい撮った。おいしかった。海上メンバーもいただきました。11:41
海上行動は14過ぎ終了。風波が強く。行動中、拘束された人が海保のGBで船酔いしてしまう。海保は大浦湾の開口部まで連れて行くため波が荒かったようだ。
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食後のぜんざい。おなか一杯でした。
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辺野古川のきらきら河口。12:29
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テント裏に咲くスミレの仲間。12:32
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巡視船がお帰りです。戻ってこないで! 13:32
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土曜日なのにヘリの音。ドクターヘリだった。ご苦労様です。14:01
お天気はほどほどだし、来訪者も少ないから。
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私は豊原の高台へ撮影に。ツツジの仲間が美しい。14:32
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こうです。2本のクレーン。奥が今の土砂投入の現場。だいぶ赤土が入ってしまっている。14:41
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手前のK-1護岸に土砂。奥の土砂投入現場にトラック4台とブルドーザー1台。14:45
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ややしつこいですが。これが現実。悔しさを焼き付けて。
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こちらにも注目。コンクリートプラントの奥。赤土が積み上げられている。14:49
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トラックが5台。落としてる(左)。14:53
場所を移動。
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携帯局のアンテナの下。15:08 陸域の変化も忘れてはダメ。
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シュワブ岩。奥は安部オール島(右)。
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右奥がキャンプシュワブ。左奥が辺野古の上の集落。15:14
更に移動し、辺野古へ
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真正面だが高さが足りない。ここはダメだ。15:31
テントに戻れば来訪者3組。皆様お疲れ様でした。
なおゲート前からの搬入は11日、12日と2連休だった。

軍事にもっと目を向けて(190113)

 私はブログの中で軍事を大きく取り上げている。沖縄だから目が行くだけではない。軍事は、巨大な人殺しの、自然破壊のシステムだからだ。そんなものが巨大な利権とつながり、金儲けになっているからだ。憲法9条を守っていれば、平和で居られるという時代は終わっているのだ。否、これがそもそも勘違いだった。沖縄を軍事拠点として米国は、日本国に『平和憲法』を与えながら、再軍備を図ったのだ。この矛盾の極みが安保体制なのだ。

 戦後日本の経済復興は、朝鮮戦争と、これを梃子とした沖縄の基地強化で進んだ。今新基地建設の中心企業である大成建設はまさにこの中軸だった。沖縄や朝鮮半島の分断をよそに押しやり、私たちの視界の外で、この国は軍事化のベースを作ってきたのだ。知らぬが仏。 
 
 私が一番最初に米兵を見たのは神奈川県横須賀の町だった。1950年代後半のことだ。米兵は街にうじょうじょいた。正にここはアメリカの如しだった。いつの間にか大幅に減っていた。1960年安保を境にしてのことではなかったか。
 軍隊は人殺しが本務である。「自衛隊」といおうが、なんと言おうが、字面で事の本質を隠せない。今正に自衛隊は、米国・米軍の指令下で動かされていくだろう。もはや自衛隊も戦争法を経て、列記とした軍隊のお仲間に組み込まれた。堂々と両軍は一体的な演習を誇示するまでになった(19年習志野空挺団の降下訓練初め式等)。
 私が沖縄で見ていれば、2017年の朝鮮半島危機の最中の米軍や自衛隊の動きを見ていれば、一目両全だった。だからもっと皆さんも具体的な米軍の動き、自衛隊の動きに注目して欲しい。演習であれ、本番であれ。否、本番にさせないために。人殺しでも何でも儲かればいいという発想を克服したいものだ。
 軍事は余りにも具体的なことなのだ。その破壊力はどのように命を断ち切るのか。具体的だからこそ、徹底的に隠される。あたかもかっこよくみせかける。知らぬが仏でいってしまえば、オシマイなのだ。軍隊は、こんな狭い沖縄になぜ拘るのか。ここは世界でも稀な素晴らしい演習場だからだ。演習区域に制限されず、その内外に家があり学校があり、人が住んでいる。そのど真ん中で軍事演習ができるからだ。夜間訓練、吊り下げ訓練、パラシュート降下訓練、などなど。こうしたやりたい放題を認めてくれるのは、米国・米軍と言えども、日本政府だけなのだ。「粛々」とオーケイ!
 日本て、たいした国だったんだ。『美しい国』なんだ。涙がこぼれるほど悲しい国だったんだ。辺野古・大浦湾の自然を粛々と壊しながら、「サンゴを移しました」と平然と言える愚か過ぎる首相の支持率がまだそこそこあることが、有権者のオバカさん加減を示してくれている。だがなぜここまでバカ国になったのだろう。カモフラージュに誤魔化されてきたし、生きているという感覚を失ってきた。それにしても何故なのだろう?
 ひとまず私は、軍事の役割を正確に直視していきたい。このことを抜きに、アジアの、人類の平和を見定め、生存を可能とすることは不可能だろう。これ以上の愚劣さに私たちは、まみれないために、慎重且つ大胆な生き方の転換を図りたい。もはや待ったなしの局面にあるだろう。共に歩き出そう。
 
 
 

2019年1月12日 (土)

ちょっと撮影に出た(190112)

 今日の辺野古テント村は暇だった。天気も程々なので、私は撮影に出た。目指すは豊原の高台。徒歩20分だった。詳細は明日に譲るが、例の場所にトラックが数台入っており、埋め立て作業は進んでいる。帰途はやや遠回りしながら、他の埋め立て工事を撮れる撮影ポイントを探した。案外あるものだ。ただ第3者の方にご案内できる場所は限られてしまう。

 私が欲しがっているのは、電気屋さんが使っている作業車だ。電柱の工事現場で使う奴。あれがあれば、高さ4~5mアップできるのじゃないか。どなたか、ご寄付いただけないかな。まさか消防のはしご車は無理だろうから(冗談です)。
 15時30分ごろ帰ってきたら、数組の来訪者がおいでだった。テント村の皆様、ご苦労様でした。やはり、私には説明よりも撮影の方が、楽だ。結果が即出るし。
 
 1月9日と10日の米軍動向について、リムピースに報告した。ご覧ください。当ブログに書いたことだが、より正確を期すために写真を整理しなおした。特に9日のヘリの演習については、何処でどう撮ればいいのか分かったので、今後が楽しみ。ロケット弾のランチャーを付けたのが、びゅんびゅんには、びびりました。敢えて電線を入れて場所を特定できるようにしたのだ。こんな飛行訓練を正確に撮ったら、特定秘密保護法で揚げられかねないのだから、怖い時代になった。ご用心。

2019年1月11日 (金)

「第35回 永久に不戦を誓うつどい」に沖縄からの講演報告

 この報告が遅れたことを主催者等の関係者の皆様方にお詫び申し上げます。長野から帰宅したら、土砂投入が待っており、その後にパソコンが壊れてしまい、年末年始になど。申し訳ありませんでした。

 
 話の内容はレジュメをご参照ください。
チラシ
レジュメ

  「第35回 永久に不戦を誓うつどい」にて、沖縄から講演をさせていただきました

Ⅰ:ありがとうございました

 今回の企画は、上伊那地区憲法を守る会と上伊那地区労働組合会議の主催によるものであり、共催は上伊那母親大会連絡会、原水爆禁止上伊那地域協議会、戦争させない1000人委員会・上伊那、さらに協賛団体に長野県憲法擁護連合、憲法9条を守る上伊那連絡会とあるように、幅広い集まりでした。

 会場は宮田村(みやだむら)村民会館大ホール。

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「歌声サークルざざむし」の皆さん。

 長野県の野山を私は、かってあちこち歩いており、懐かしくも大好きな場であり、喜んで出かけました。お呼びいただいた相方は、やはり辺野古テント村の相馬由里さんであり、より無名な私が足を引っ張らないように頑張りました。

Ⅱ:「12月8日」に寄せて

 やはり一番驚かされたことは、12月8日の不戦を誓うつどいが35回目ということです。積み重ねてこられたことが、この日の結果にでていました。参加者約300名、それも20代、30代のお顔があちらにもこちらにおられて、それだけで嬉しい会になりました。

 海のない上伊那で、沖縄の辺野古・大浦湾を巡る、無名な私たちの話に、300名に私は驚かされ、大いに励まされました。そこに勇気をいただき、ほぼ予定通り話ができました。

 12月8日が不戦を誓うことへの異議(意義ではありません)からはじめる私に驚かれた方もいらしたと思います。1941年12月8日に到る侵略戦争の歴史に思いを致さなければ、不戦が泣いてしまいます。特に現代のようにヘイト・差別が公然と語られる時代の中で、時間軸を、原因と結果を質さなければなりません。こう考えると長野県上伊那には、満蒙開拓団に組織されていった歴史があります。阿智村には満蒙開拓記念館があり、過去の歴史に思いを馳せ、反省する心があり、営みがあります。私も以前に拝見させていただきました。

 沖縄では、南洋庁なる植民地支配の拠点等に移民が行きました。このことの是非も考えなければなりません。戦争による加害と被害は、常に同時に抉らなければなりません。表と裏の関係に置かれているのに、そこに無自覚では、反省の心もぽろぽろと漏れ出してしまいます。

Ⅲ:演題について 

 私の演題は「今、沖縄・辺野古に新たな基地が何故必要だと言うのか?!」とさせていただきました。これはいただいた仮題を私なりにいささか変えました。詳細はレジュメをご参照ください。

 正直わたしの話は渋い、重い。参加者の皆様のお顔が見えないと、反応を確認できず、不安になります。果たして聞いていただいているのだろうかと。照明の関係で、壇上から皆様方を見ることは殆ど出来なかったので、エイ、ヤァ!と強気で押し通しました。300名の皆様に講演するのは稀な私ですから、申し訳ありませんでした。

Ⅳ:何を言いたかったのか?

 それでも概ね聞いていただけたかと思います。質問に出た「基地のある不幸、ない不幸」との私のまとめに賛意をいただきましたことは、大変嬉しかった。基地がなければ、知らずに済んでしまう。知らぬが仏。そこにいつの間にやら地獄が待っているのです。「しまった!」と思った時には遅きに失する。いつもいつも苛まれたくないものですが、ぽかんとしていて、こうなったらヤバイのです。私たちには過去に犯してしまった失敗があるのです。歴史をから学びなおすこと、考えること抜きに明るい未来を導き出すことはできません。地獄への大ガマがもはやドンと私たちの前に開いている今ですから。

 だから私は、希望を語らなければりません。だが、これが難しい。私は明るい性格でないから。無関心を乗越えるために、①自閉的な関係に気付くこと、②差別的な関係に気付くこと、③私を、私たちを取り戻せるのか、④LIFE(命の営み)をキーワードに、私たちは歩み出せるのか、の4点を掲げてみました。時間の都合で、具体的なことをお話できなかったのは、残念でした。

 ここでやや補足します。①は自分が漫然と生きていたのでは何も外界から吸収できません。息を吸って吐いての繰り返しを呼吸器は生理的にやってくれていますが、頭はそうはいかない。心を閉ざしていれば、自らを窮地に追い込んでしまう。バカにおぼれるのでなく、自分は前を向いているのか? ここがスタート地点。

 ②はもっともっと難しい。いつのまにか差別するのに慣れっこになっていたりする。他人を見下す。無自覚な差別者は怖いです。特に同じ人間にもジキルとハイドがいるから。私自身にも。当日もお話しましたが、人間は犬や猫も愛せるのに、何故同じ人間を愛せないのでしょうか。人類の共通性をこそ考え抜きたいものです。

 ③は、安倍たちが言う「日本を取り戻す」への対抗で私が考えてきたことです。自分を取り戻すと。自分を取り戻し、人類として生きるのだと。何も大風呂敷を広げる必要はありません。自分らしさを表現できれば、国家ごときに押しつぶされたりはしないものです。一人は微力ですが、一人ひとりが環になってつながれれば、強い。負けない。ここで勘違いしないでください。「環」と「和」は同じように見えても、真逆な思考です。和は一点にぶら下がる。環は多様に刺激しあう。支えあう。一個ならば簡単ですがこれではダメ。如何なる「正義」も一点に収斂したら、おかしくなっていく。独裁の道を掃き清めてしまいます。如何なる正義も腐敗していくのです。所詮人間はこの程度な存在です。だからこそ、愛すべき存在なのです。愛とは常々積み重ねていかなければなりたたないようですから、やっかいですが。

 ④は、LIFEの日本語訳は、「命」とか「暮らし」になりますが、こう分けてしまうのは、おかしくないか。命は暮らしを営んでいるからこそ、持続するはずです。様々な生物によって、暮らしぶりは様々ですが、この両者を繋げてもっと動的に考えたいものです。生物は生きるために生まれてきたものです。生きるためにこそ、食い合いはありますが、結果的にお互いに類としてのまとまりを維持している。人間が行なっている殺人や他の残虐行為は、類に収斂できません。愚劣な利益のため。

 私たちは、お互いの命の営みを尊重しあい、支えあい、愛し合いたいものです。

 今沖縄で起きていることは、沖縄発ではなく、この国(くに)発(はつ)の問題です。シビアなことに国に国民は服属させられています。だからこそ、こんな無関心による服属関係から自由になって、質すべき事は質さなければいけない。過去の負を改めることも出来ない。

Ⅴ:相馬由里さんに感謝

 私の堅い話の後、由里さんは、ダイビングから沖縄の海に魅せられ、島に移り住んだと体験的なお話でした。介護福祉士として働くうちにお年寄りの体に傷がある人の多さに気がついたと。沖縄戦が今に通じているのだと実感せざるを得なかったと。この話を私もいままでも聞いておりましたが、公的な場で聞くと、あらためてそうなんだと実感。

 後半は、海中の写真を示しながら、こんな海を守りたいと。誰にも納得出来る話だったと思います。分かりやすくて、大変良かった。

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前を向いて話す相馬由里さん。

 辺野古での普段の由里さんの姿とは違う様子をみて、私も少し得した気分でした。

Ⅵ:まとめ

 今回は主催者の皆様の至れり尽くせりのご尽力に、私たちはあらためて感謝申し上げます。物販にご協力いただいた方にも感謝です。物販を手配していただいた沖縄のTさんにも。ご参加いただいた方々にも感謝の言葉を。また沖縄でお会いできることを楽しみにしております。その際には事前にご連絡いただければ、ありがたいです。お互いにがんばりましょう。(19年1月11日)

 

今日の辺野古の異変ぶり(190110)

2019年1月10日 曇り たまに晴れ間が出ると暖かい。巡視船1隻。海上行動やってました。

 昨日の安和の闘いの影響が出るかと思いきや。
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土砂運搬船が現れた。8:26
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こちらは自走できるランプウェイ台船。計2隻。3隻きていないということは、昨日の闘いの成果かもしれない。カヌーメンバーの話では、今日の船はやたらと積荷が多かったらしい。3隻分を積んできたようだ。
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10:43 N-3護岸を見る(長島のした。手前から3列目)。トラックが来ている。やっているようだ。
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俄かに大型ヘリの音。11:27
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CH-53の3機編隊だった。11:27。西へ飛ぶ。
慌ててレンズを替えて撮影。ヘリだから間にあうが。
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豊原の上を飛び去る。11:58
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今度は2機が戻ってきた。東へ、北部演習場方面だろう。11:58
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12:13 今度は1機、西へ。
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K-1護岸に砕石を落とす。12:54
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カラスも昼時。デカイパンを咥えている。もっと安定した場所で食えばいいのに。12:55
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水陸両用装甲車が出てきた。私は松田浜へ。13:30 2両。
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漁港の護岸の上から。13:31
私の撮影意図は?
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だが私の撮影意図とは別の展開に。おっちら、おっちら。何だ?13:41
私は慌ててフェンスに近づいた。
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装甲車を連結したらしい。グルングルン。13:53
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ご覧の通り。
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故障の車の乗員6名はとぼとぼと。13:54
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虚しさが切ない光景。戻っていく。13:54
これは演習だからいいけどね。実戦だったらオシマイだ。
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退場する水陸両用装甲車。13:55
こんなもので上陸作戦などは、過去の遺物なのだが。この国はこれを買ったよ。水陸機動団が昨春に出来ている。何処でどんな戦争をするつもりなのかな?
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辺野古川の干潟に今日もミナミコメツキガニがでている。15:38
テント撤収時に若者3名。手短に私が対応。素早く話す。
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土砂運搬船が出てた。16:08
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前にもう1隻。2隻出たのだ。16:08
今日の海上行動は12時30分頃終了。船から船への積み替えが終わらず、地上に下ろすのは更に先になるからと。
 

何故どうしてが肝心(190109、ゆんたくしながら考えた)

 2019年1月9日、午前中、来訪者が多かった。60代のご夫婦。40代の男性(教員)。たまたま相前後したが、共通する問題意識があるようだ。

 前者の男性は去年までドイツに居住していたと。ひさしぶりに日本に帰ってきたら、困惑していると。ドイツの人々は、政治的な関心を抱くのが当たり前だったし、会社の中でも議論していたと。熱くなるほどの議論しても、終われば、冷静。いがみ合うようなことがなかったと。これが日本だと、ちょっと口に出しただけで、怪訝に思われてしまうと。そうなんだろうね。日本人は知的能力が余りにも劣化している。議論する方法を学んでいない。考える気持ちが萎えている。
 私は後者の方とやや時間をとって話したのだが、彼も考えること、議論することから問題意識は始まるねと同意。自分で考える能力が剥ぎ取られているのは、日本人の頭が「中世」の頭のままじゃないかと私は指摘した。封建社会の意識。長いものに巻かれろ。愛国・忠誠心。これを越える自治とか革命の経験がない。否、あったけど歴史の屑箱に投げ込まれてきたのだ。自分に対する自信がない(育めていない)から、指示や周囲に従ってしまう。自分の意見を持とうとしないのだ。この絶望的な精神構造をどうすれば、改革できるのか?近代151年、戦後74年がこのざまなのだ。
 戦後日本は、米国の言いなりになった。戦後の支配層はこれが安泰であり、利権の構造を育んできた。沖縄は、この泥沼の中に押し込められてきたのだ。新基地建設を認めることは、これでオーケイとの意思表示にもなってしまうのだ。
 だからこそ沖縄は、「沖縄の事は沖縄が決める」と言って来たし、やってきた。沖縄は米・日のくびきから自律しようとしてきた。まだまだ時間がかかるだろう。何故どうして?と、問い続けながら、私たちは前に進みたい。
 
 46都道府県の皆様も、もはや傍観者で居てはダメでしょう。再び戦争する国づくりでいいのか? 原発大事故を再び招いていいのか? 子どもがすくすく生きられなくていいのか? 老後の心配ばかりしなければならないでいいのか? セクハラが蔓延してていいのか? どれもこれも、否でしょ。日常的な「空気」を過剰に読み込むような社会がおかしいのだ。
 悪いのは誰? 否と言うべきことには、否と言おう。政治の問題だと考えてしまうと、窮屈かもしれない。もっと自分に正直に。話し合える人を大切な友にしよう。話し合える家族にしよう。一人ひとりの日常にこそ政治的なことが組みこまれているのだ。
 昔の人は、「3人寄れば文殊の智恵」と言ったのに、近頃こんな言葉を聴くこともなくなった。いやいや「3人寄れば文殊の智恵」を想起できれば、いろいろなことが浮かんでくるのじゃないのか。私はまだまだ絶望したくない。  
 

2019年1月10日 (木)

ヘリの軍事演習を追いかけ、+1(190109)

2019年1月9日 曇り 巡視船1隻

今日も8時過ぎに土砂運搬船3隻が入ってきた。
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3隻のうちの2隻。8:18
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3隻目。8;18
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いつの間にか1隻が出て行った。9:16
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辺野古川河口沖。今日も潜水調査中。何しているのか? 9:41
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奥のN-3にトラックが入ってきている。今日も土砂投入だ。9:43
今日のゲート前すわり込みはやっていない。安和の港に行っている(ゲート前からトラックは入った)。カヌーメンバーも出張、大奮闘。
上が居ない分、ここへの来訪者が増える。何名かとゆんたくした。お出での皆さんが考えるきっかけになればありがたい。
12:30分頃から北側でヘリの音。漁港の護岸に出ても全く見えず。苛苛。
仕方なく私はテントを後にした。
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音源はキャンプシュワブの演習場のヘリパッドの中だ。329号の辺野古(ガソリンスタンドの脇)の信号付近で出てくるのを待つ。なかなか出てこない。仕方なく辺野古川に沿って奥の道に入る。バイパスの下を潜り、更に北へ(演習場区域の外)。音の出方を見極める。何処から出てくるか。やっとでた。13:11
視界が狭いのであっという間に見えなくなる。待つ。
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国立高等専門学校の奥(北側)のヘリパッドからでた。ぐるっとまわって、また下りる。木々の中なので、巧く撮れず。兵隊が6名。窓を全開にしている。13:17
明らかに軍事演習全開モード。超低空をバリバリ。
視界が狭すぎなので、一旦329号まで戻る。ガソリンスタンドの信号機の北側へ。
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13:28 
北側を飛ぶ。ぐるっと回って、
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高専の球技場の後方のヘリパッドに下りる。13:28
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バイパスの上を旋回。13:30
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同上の電線の上ですぞ。やはりここで演習場の中へ旋回。13:30
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再び下りる。13:31
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ならば私はバイパスの上まで行くぞ!329号の坂の途中で、13:37 急げ急げ!徒歩だからね。
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329の坂の途中(名護市街に向かって右側)。手前は電話線。位置が分かるように敢えて入れている。13:49
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ここは沖縄防衛局名護事務所屋上。4名が演習を見ている。暇なのか、真剣なのか?
14:00 これで演習実態を知りませんとは言わせない。
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バイパスの上で。真上を飛ぶな。14:05
ヘリパッドを起点にしながら、高専手前で右に旋回し(南へ)、バイパスの上を西(左)へターン。これを繰返していた。高圧線の内側でやっていた。窓の下に吊っているのは対地ロケット弾か(両側)。ここで実弾はもっていないだろうが、おそろしや。落とさないでよ。
因みにこのUH-1は「00」と「07」の2機が交互にやっていた。14:10頃2機が出てきて西へ飛び去った。
 私はついでに豊原の丘へ。
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奥がK-4.ダンプが砕石を落としている。14:26
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N-3護岸。トラックが3台。土砂が広がっている。14:26
ああ。奥は長島。
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全体図。
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途中でキヌガサギク14:27
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テントに戻ったら水陸両用装甲車が1台出ていた。14:53
15時過ぎに再びヘリの音。16時ごろまで。

2.24県民投票を巡るシンポジウム(190124 名護市)

 来る19年2月24日に「辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票」が行なわれます。ここにむけてシンポジウムが行なわれます。

19年1月24日
名護市港区公民館(名護市港2-8-7)
パネリスト:
○元山仁士郎(「辺野古」県民投票の会代表)
○稲嶺進(辺野古埋め立て・新基地建設反対の民意を示す県民投票連絡会共同代表)
○大城渡(名桜大教授/憲法学)
○名桜大学生ほか
主催:島ぐるみ会議名護/いーなぐ会

2019年1月 9日 (水)

世冨慶から見えた琉球セメント安和桟橋(190108)

2019年1月8日。辺野古バス停でバス待ちしていたら、先ほどお話した方々がレンタカーで通過。乗せていただいた。感謝。

 あっというまに国道58号の世冨慶についた。時間があるので、安和桟橋方面を撮影しておこう。どの程度見えるだろうか?
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安和桟橋。左が土砂運搬船。まだ積んでいないようだ。13:10
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本部鉱山の前に巡視船。PL41「あそ」のようだ。第7管区の福岡からお出でか。
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沖に2隻が待機中。明日大浦湾に来るのか。13:11
来なくてよろしい!

今日も土砂運搬船が入ってきた(190108)

2019年1月8日 曇り 巡視船1隻

8時過ぎ今日も土砂運搬船3隻とランプウェイ台船等が入ってきた。
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ずらずらと。先頭がランプウェイ台船。前と後ろにタグボートが押している。8:20
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大浦湾に入っていく土砂運搬船。
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8:20
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k-4にクレーンが展開。9:02
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被覆ブロックを運ぶトラック。k-1護岸。k-4に先のクレーンで設置するようだ。
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k-3護岸。今日の土砂投入が始まった。12:23
運搬船が入港しても、即下ろせない。一旦、ランプウェイ台船に積み替えないと下ろせないから、時間差が生じる。
私は昼にお雑煮をいただき、いざ出陣。別の撮影に出かけた。
今日の海上行動は大浦湾のk-9護岸付近で。ゲート前からの搬入は何故かなかった。

2019年1月 8日 (火)

SAVE HENOKO OURA BAYに寄せて(190108)

 今日は偶数の日ですが、悪しからず。

 ハワイ在住の沖縄県系(4世)のロブ・カジワラさんが呼びかけた“SAVE HENOKO OURA BAY”の署名が19万を超えた。内容は「県民投票(19年2月24日)まで辺野古・大浦湾の埋め立てをやめて!」というソフトで、幅広い支持を得られるものだからなのか、人から人へと多数の人々に伝わっていった。

 ローラさんやりゅうちぇるさん、英国のロックバンドのクイーンのブライアン・メイさんらにも伝わり、広がっていった。それも興味深いことに、メイさんに伝えたのは川崎市在住の一ファンらしい。
 辺野古・大浦湾を巡る問題があの18年12月14日の土砂投入によって、一気に関心層を広げ、高めてしまった。ここから始まった。問題は自然を守れと、県民・住民投票と言う住民自治の原点が焦点になっている問題だ。何れも私たち人間の未来に深く関わるものであり、過去の歴史から何を学ぶかが鋭く問われてくる。要はイデオロギーの問題ではない。LIFE(命の営み)の問題です。
 私は期限といわれてきた今朝、ようやく署名した。間にあって、よかった。ここまで裾野が広がってくると、長年関わってきた自分が、スポイルしたのではもったいないと思いなおした。もっともっと広げていきたいものだ。
 また、昨年末には現地にこられた方が大幅に増えた。これも土砂投入の波及効果だろう。今後も大いにきていただき、体験していただきたい。百聞は一見にしかず、ですよ。体験と言っても、機動隊や海保と向き合うばかりじゃないです。無理のない範囲で。先ずはご自身が変わる契機になるような旅を。わからないことがあれば、遠慮なくお尋ねください。私のブログにメールアドレスが貼ってあります。

護岸の上にクレーンも出てきた(190107)

2019年1月7日 曇り時々晴れ

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N-5護岸から出てきたクレーン。新年の工事が本格的に始まるのだろう。8:36
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N-3にトラックが来た。8:51 土砂投入開始。
今日の海上メンバーは大浦湾のK-9付近で抗議中。
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クレーンでプレハブ設置のようだ。9:24
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N-3重機で均している。トラックいない。11:47 午前の部終了らしい。
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微妙な河口。12:02
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土砂運搬船が出た。13:45 南へ
私は松田浜へ。
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沖合いに巡視船。昨日、一隻戻ったので入れ替えだ。PL-65 13:54
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被覆ブロックをおいている。K-4の上。13:56
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午後の辺野古。穏やかだが、壊された自然は戻らない。13:58
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コンクリートプラント奥の斜面。どんどん土砂が落とされていた。14:06
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沖合いを海軍MH-60. 東へ 14:06
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K-1護岸に作業員。N-3に土砂投入のトラックが。14:08
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こういう世界に区切られている。あんたら日本国の法律に守られながら、日本国の法律を適用除外されていることをおかしいとおもわないのかな? 例えば航空特例法。そもそも日米地位協定。
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足下にはニガナがさんさんと咲いていた。上のフェンスから1mほどの場所。14:24
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テントに戻った。14:31
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ふふ、可愛いね。15:19
海上行動は14時30分頃終了していた。15時過ぎ、ブルーの船も上がってきた。

抗議文 及び 公開質問状 日本軍「慰安婦」を記憶するための市民の取り組みへの妨害を直ちにやめること

○以下の抗議文及び公開質問状が届きました。この国が過去に犯した事実を否定し、抹殺しようとしていることに、私も愕然とさせられてます。こうしたことは、沖縄で行われてきた・いることとも重なっており、2重、3重に怒りを覚えます。(ヤマヒデ)
内閣総理大臣 安倍晋三 様
外務大臣 河野太郎 様
抗議文 及び 公開質問状
日本軍「慰安婦」を記憶するための市民の取り組みへの妨害を直ちにやめること
2018年12月28日、フィリピン・ラグナ州サンペドロ市の高齢者施設に「平和と女性のエンパワメントのための碑」と題された少女の像が設置されました。しかし、在フィリピン日本大使館がこの碑の設置に対して「わが国政府の立場と相容れず極めて残念」として、フィリピン大統領府と外務省に申し入れを行った2018年12月30日に、碑は撤去されました(『まにら新聞』2018年1月2日付)。このような妨害行動を、アジア太平洋の女性たちを性奴隷にした加害国の日本政府が繰り返すことに、私たちは憤り、強く抗議します。
日本軍「慰安婦」の事実を否定し、「河野談話」とさえ矛盾する見解を日本政府が表明するようになった2007年以降、被害国だけでなく欧米の市民も日本軍「慰安婦」の歴史を記憶にとどめる活動に取り組むようになりました。しかし、度重なる日本政府の妨害によって、これらの努力は断念させられたり、碑文や碑そのものを撤去されたことさえありました。その一方で、どうにか被害を受けた女性たちの存在とその勇気を記憶にとどめたいと、様々な工夫をこらした碑の設置や行動が世界各地で広がっています。それはとりもなおさず、加害側である日本政府と日本社会が、日本軍の性奴隷にされた女性たちの被害を歴史から抹消しようとしているからにほかなりません。
今般、サンペドロ市に設置された「平和と女性のエンパワメントのための碑」は、私たちの想像を超えた工夫がなされていました。碑文には、「慰安婦」だけでなく、「戦争」や日本軍による性暴力被害を想像させる言葉がひとつもないからです。それではなぜ、「女性が輝く社会」を政策に掲げる日本政府が、この碑を「わが国政府の立場と相容れ」ないと考えたのでしょうか。碑がソウルの大使館前にあるものと同じ作家による同じ彫刻だったからでしょうか。それは政府として抗議する理由になるのでしょうか。
ドイツのフライブルク市では2016年、日本政府の激しい妨害により碑の設置計画が頓挫し、日本政府の良識が問われる事態になりました。その後、ドイツ市民たちはヴィーゼント市の私有地に碑を設置しましたが、これにも日本政府は土地所有者に執拗に圧力をかけ、結果的に碑文を削除させたと聞いています。市民による私有地への設置という極めて私的な取り組みに圧力をかけるとは、常軌を逸していると言わざるをえません。碑文の内容なのか、設置場所なのか、設置主体なのか、はたまた「作品」そのものへの妨害なのか。日本政府の「立場」は極めて不可解であり続けています。
フィリピンでは2017年12月8日、マニラのロハス大通りにフィリピン国家歴史委員会の名でフィリピン女性の「慰安婦」碑が設置されました。しかし、日本政府の度重なる抗議を受けて2018年4月27日に撤去されました。1945年に13歳で日本軍の性奴隷にされたフィリピン人女性、エステリータ・ディさんは「これは私たち『慰安婦』に対する侮辱です」「『慰安婦』がここフィリピンにいたことを世界は知らなければなりません」(Philippine Star, 2018年5月20日付)と憤りました。
私たちは、日本軍「慰安婦」に関する事実を否定し、忘れることさえ強要する妨害行動を直ちにやめるよう日本政府に求めるとともに、以下質問します。
公開質問
一、フィリピン・ラグナ州の私有地に設置された「平和と女性のエンパワメントのための碑」が、いかなる意味で「わが国政府の立場と相容れ」ないのか、具体的な言葉で明らかにすること。
上記質問について、数多くの少女や女性が日本兵から強かんされ、10万人の市民が命を落としたマニラ市街戦開始から74年目となる、2019年2月3日までに回答を求めます。
2019年1月7日
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
東京都新宿区西早稲田2-3-18 AVACOビル2F 〒169-0051
tel 03-3202-4633 fax 03-3202-4634

2019年1月 7日 (月)

1/30 地方自治の砦「国・地方係争処理委員会」に訴える総務省ヒューマン チェーン〜美ら海の埋め立ては違法! 公正・中立な審査を行え!〜

【拡散希望】
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1/30 地方自治の砦「国・地方係争処理委員会」に訴える総務省ヒューマン
チェーン〜美ら海の埋め立ては違法! 公正・中立な審査を行え!〜
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 私人の権利救済を目的とした行政不服審査請求を私人ではない防衛省沖縄
防衛局が用い、沖縄県の辺野古埋め立て承認取り消しの執行停止を求めるこ
とは許されるのでしょうか。これは、行審法第7条2項の「国等の機関はこ
の法律の規定は適用しない」という規定に違反しています。また、そうした
沖縄防衛局の申し出を同じ国の機関である国土交通省の石井啓一大臣が受け
入れたことは行政不服審査請求の悪用であり、国の「自作自演」的行為だと
言えます。石井国交大臣が執行停止の理由として取りあげたものは、「普天
間の危険性の除去」「日米間の信頼・同盟関係」「外交・防衛上の不利益」
などで、沖縄防衛局が私人ではないことを逆に裏付けるものでした。
 こうした事態を受け、沖縄県は、今回の国交大臣の決定は違法だとして、
総務省管轄の第三者機関である「国・地方係争処理委員会」に審査の申し出
をしました。地方自治法において、国と地方自治体の関係は対等です。この
両者の対等な関係を担保する目的でつくられたのが「国・地方係争処理委員
会」です。私たちは、「国・地方係争処理委員会」が本来の趣旨に沿った公
正・中立な審査を行うことを求めて、同委員会が所在する総務省前にてヒュ
ーマンチェーンを行います。
 昨年12月14日、沖縄防衛局は辺野古への土砂投入を強行しました。違法な
埋め立てを許してはなりません。多くの皆さんの参加を呼びかけます。
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とき:2019年1月30日(水)
             16:30  「国・地方係争処理委員会」への申し入れ
             18:30  総務省前リレートーク
             19:30   ヒューマンチェーン
場所:総務省前 (東京都千代田区霞が関2-1-2)
交通アクセス:東京メトロ丸ノ内線・日比谷線・千代田線「霞ヶ関」駅下車A2出口
徒歩1分、有楽町線「桜田門」駅下車4番出口徒歩3分、銀座線「虎ノ門」駅下車6番
出口徒歩約8分
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主催:「止めよう!辺野古埋立て」国会包囲実行委員会
連絡先:沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック tel.090-3910-4140
    沖縄意見広告運動         tel.03-6382-6537
    ピースボート          tel.03-3363-7561
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○是非可能な方はご参加ください。(ヤマヒデ)

辺野古川河口で(190106)

2019年1月6日 曇り のんびりと。

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今日はカヌー練習の日。松田浜から辺野古川河口を抜けて、豊原の浜まで行ったようだ。
曇り空だったが、辺野古ブルー(光)が入る瞬間があるものだ。それは一瞬だけだ。

新たな抵抗運動ができるかも(190105)

2019年1月5日 小雨(時々止んでいた)

巡視船1隻。土砂投入が朝から始まった。波風強く、今年最初の海上行動は船1隻のみ。1時間のみ。天候には勝てません。
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テント脇から、N-3にトラックが来ている。8:51
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辺野古の漁港に民間ガードマンの船が2隻入ってきた。9:08
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やたら大勢が乗った。後ろのバンも同社のもの。9:11
何でだろう。この直後に出て行ったが、行方を追えなかった。
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テント前。海草等がやたらに漂着している。9:23
こんなことは埋め立てのための護岸が出来る前にはなかったことだ。
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これは海藻の一種だろう。
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ヤドカリ。海草の上を歩いている。
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河口上空を飛ぶミサゴ。10:28
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突っ込む。10:28
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捕った!自分は失敗。天気悪いのだが、ピントがー。10:28
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アメ、ザンザン。12:51
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トラックが動いている。14:10
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何だ、あの旗は?14:38
なんて書いてあるのか?
松田浜に行ってみよう。
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トラックは動いていると。14:39 漁港の護岸の上から
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落としてる。14:39
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護岸の上(座って)から間近(1.5mほど)にメジロ。ドッキリ、嬉しい。14:43
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ここは沖縄だ!ここは米国じゃない! 14:45
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米軍に向かって叫べ!この「日本国」に向かって叫べ!
こちらは沖縄だと。ここは沖縄なのだよ。
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昨年6月からフェンスバナーをつけられなくなっていたのだが。これなら米軍も手出しが出来ない。もっと集団的にいくつものバナーをつくり、何本も張り合わせれば、示威運動ができる。ただいいサオがないようだ。
沖縄が忍従する時代は終わったはずだ。終わらせよう。もっと工夫を!
○本日午前、キャンプシュワブゲート前で、19年最初の集中行動が行なわれました。ハワイのロブ・カジワラさんやエリック和田さんとネットのテレビで連帯を深めたようです。1000名が集りました(主催者発表)。
 私はテント番に残ったために、残念ながら撮影できませんでした。報告できず申し訳ありません。

もっと自由に! 2019

 2019年1月7日になりました。1月3日に予告したとおり、今年からブログを書くのは奇数日にしました。偶数日はアナログの仕事に邁進する。

 6日は雑務を行い、賀状の返信を書きました。7日になったので、少しブログに書いています。2019年は、沖縄では衆議院(沖縄3区)選挙と参議院選挙、全国的には4月に地方議員選挙が目白押し。安倍政権は改憲に踏み込むとしていますが、私たちはこれを押し返さなければならない。しかし事はこれだけでは終わらない。天皇の代替わり(改元)もある。
 私にとっての2019年は、1989年5月から30周年。沖縄に関わり始めて30周年を迎えます。ここまでよくきたものだ。最初に私を沖縄に行かないと誘ってくれた人たちは、どうしているんだろう。ついぞお目にかからない。寂しい。
 沖縄に来る皆さんから(東京などでも)、よくある質問に、「私たちに何ができますか?」と問われる。自分で出来ることをやってくださいと私は答えているが、それ以前に重要なことは、「沖縄に関わりながら自分が変わること」だろう。自分が変わることなしに、何も変えることはできない。沖縄に関わることは、先ず自分が変わることだと、あらためて思うのだ。
 ところで私は、絶対的敬意(臣民関係)の関係を認めない。歴史を偽造し、正当化するものを認めない。反省なき政治も認めない。だから天皇制も認めない。もっと自由に生きることは可能だし、新しい発見があり、暮らしを豊かに出来る。
 因みに最近のリベラルの言説で、アキヒトさんと安倍晋三さんの違いを言い立てる傾向があるが、無責任や偽造の本家は天皇制にこそある。それをいいことに政治が使ってきたのだ。特に安倍政権が。天皇制に関する言説は、言葉の意味を変えてしまう魔力があるらしいから、やっかいだ。
 
 「私に何ができますか?」 ハイ、もっと自由に生きようよ! だがこれが出来ない人も多いに違いない。自由を自覚できずに無意識のうちに縛られているあなた。この病は日本では重症らしい。
 だからこそもっと自由に!2019から、自分が変わる事から始めてほしい。沖縄の問題は、何も基地という事象だけではない。この奥に何が見えてくるか?
 もっと自由に、沖縄に関わり続ける持続する意思をもって欲しいです。

2019年1月 6日 (日)

至近距離から撮った野鳥たち(190105)

2019年1月5日 偶然彼らと至近距離になった。上出来に撮れた。

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テント内側から影が見えたので、テントの隙間に移動。テントがブラインドになって、逃げなかった。後ろからだが、顔をこちらに向けたときに何枚か切った。イソヒヨドリのオス。
画面からはみ出し、縦位置に持ち替える。9:54
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メジロ。漁港の護岸の上から遠距離を撮り戻ってきたら、近くでごそごそしていた。曇り空で、木の陰にもかかわらず、鮮やかに撮れた。14:43

2019年1月 5日 (土)

土砂投入が再開された(190104)

2019年1月4日 晴れ 巡視船1隻。警戒船はほとんどなし。

午前中、ゲート前からもトラックの搬入なしと。N-3護岸からの土砂投入もない。琉球セメントの桟橋の動きもないようだ。今日はないのか。
ただし午前中から米軍機の騒音は少なくなかった。
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11:31 MC-130。東に飛んでいく。
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視線を東に向けたら、海兵隊が浜に出ている。赤いのは隊旗だろう。11:32
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私が松田浜に移動。部隊は15名ほど。11:39
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正面を見る。警戒船。右の大きめのは、航路の浚渫作業の船。11:41
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フェンス際をあらためて撮影。やはり手前がえぐられて、奥が高くなっている。50センチほどの落差がある。11:46
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河口。ミナミコメツキガニが出ている。12:59  
13時過ぎにゲート前から電話。空のトラック13台が第2ゲートから中に入ったと。
これは午後から土砂投入が始まるだろう。
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14:22 トラックが居る。落とす。
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あれ、沖合いに土砂運搬船が2隻。東に来ている。もしかして。14:53
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子どもたちが漁港で騒いでいる。これだ? 全長20センチ。14:59
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河口沖にミサゴ。15:01
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光がベスト。15:01
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やっぱり来た! 2隻が並んでいる。15:21
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護岸の上に見えてきた。15:31
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平島から入ってくる。15:34
今日から19年の工事が始まったようだ。
私たちは諦めない。

19年正月の小さな旅―④那覇(190103)

 2019年1月3日午後、那覇に戻ってきた。連れは今夜帰る。さて、どうしようか。そうだ!福州園に行こうとなった。思い付き的な決断。

 ここは二人とも初めて。私はこの通りを何度も歩いているのだが。
福州とは中国南部にある町。那覇市と福州市は友好都市。那覇と福州は古くからの繋がりがあり、那覇市政70周年記念、両市友好都市締結10周年記念事業で、福州園は建設された福州市ゆかりの庭園。
 中に入ってみた。
 
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4分の3歩いたところに冶山・冶亭がある。滝だ。16:14
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冶山の下から正面に照壁。なにやら書いてあるのだが。16:15
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飛行機音が聞こえた。ボーイング737かと思いきや、米国海軍の対潜哨戒機だ。P-8.
16:16 那覇空港に近いからではなく、那覇空港の空路を横切る形で飛べるのは米軍だけか。この上から中城湾に出、金武湾上空で反転し、嘉手納に下りるのだろう。驚かすなよ!
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冶山の上から。欧冶池など。
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中国風ですね。
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まただ。P-8.16:27 旋回してきたのか。
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ゲットウの葉を前景に入れて。いかにもの風情。
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1周してトイレに行ったついでの1枚。ツワブキと欧冶池。
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大門を出た。16:37
小さな庭園だったが、来て損はしなかった。
松山通りを渡る。松山公園へ。
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白梅学徒隊の「白梅の乙女たち」。何でここに?
県立第2女学校はここにあったんだ。白梅学徒隊は糸満で55名中21名が死んでいる。従軍看護婦に徴用され、大日本帝国に命を捧げさせられた。
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時代が悪すぎた。だがそれだけで、すむわけがない。誰があなたを死地に追いやったのだ。殺したのか。この問いは今も厳しく問われているはずだ。
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隣にあるのは私立積徳高等女学校の慰霊碑。「ふじ学徒隊」と言われていた。25名中、3名が亡くなった。死者が少ない。否、ひめゆり学徒隊や白梅学徒隊の死者が多すぎる。否、何故殺されなければならなかったのか? 今の高校生の歳だからね。
ふじ学徒隊は第24師団の第2野戦病院に勤務させられた。学徒隊解散時に隊長(軍医)が「生きることは恥にあらず」と学徒隊員に生きるように言葉を残して、自決したらしい。
 こんな時代に戻して良いはずがないのだ。この碑は5名の教員、44名の同窓生、23名の生徒を刻銘している。沖縄戦で亡くなった方々だろう。
  那覇の町も油断して歩いてはいけないのだった。
 私は18時30分頃のバスで那覇を立った。連れも無事に帰宅した。

19年正月の小さな旅③(座喜味城)(190103)

 2019年1月3日。曇り。だが雨降りそうな雲だ。海辺での遊びをカット。バスで読谷村座喜味に向かう。目指すは座喜味城址。

裏道から入る。
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松林がここの風情かな。9:48
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正規ルートから。奥が大手門。
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二の郭から城壁を見上げる。
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一の郭からニの郭を見下ろす。
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この曲線の石垣がここのミソ。
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一の郭の殿舎跡。
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このゴツゴツ感。
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ツワブキ。石垣をバックに。
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城址の北側で。ウォーキングしている人。バックは嘉手納基地。静かだった。
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城址を振り返る。
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目の前に小鳥。何?何だ? オイ!撮れよ!あっそうだ。10:29
ビンズイ。こんなところで、珍しい。沖縄の野鳥は、実は深いものがある。「日本」のようでいて、断じて違うのだ。
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暗い木陰に咲いていた。
こののち、国道58号の喜名まで、雨が降る中歩いた。昼食は那覇で。

19年お正月の小さな旅ー②勝連城址(190102)

2019年1月2日。曇り。 沖縄市からうるま市へバスで移動。うるまの西原で下りると、勝連城址がくっきり見える。

石道を歩く。

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二の郭の端から南東方面を見る。視界は広い。この左奥が米海軍のホワイトビーチだ(見えず)。14:05
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二の郭。昔日の建物の柱石など。奥は平安座島(へんざじま)など。天気が良ければだが、贅沢言わない。
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拝所。一礼してローアングルから撮る。歴史を偲ぶ。当時の人は何を思い、御願していたのだろう。
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東方を見る。真ん中は三の郭。
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一の郭から北東を見る。海は金武湾。今日は怪しい船はいないようだ。中城湾にもいなかった。
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東に平安座島の石油タンク群。
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ウシヌジガマ。
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なかなかの高座(最高地点標高98m)であり、お城としては最高の位置だっただろう。しかしこの赤白コーンはお邪魔。安全のためなのは分かるが、撮影には天敵のごとし。
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石垣は立派だ。だがコーンに邪魔されてあれこれ撮れず。14:38
10代目勝連城の城主阿麻和利(あまわり)は沖縄芝居にもなり有名。
しかし、立派な城址(建築物)に権力闘争の負が埋め込まれているのだろう。
私たちは城(グスク)の歴史から何を学ぶべきなのか? 数百年前からの事象からも学ぶべき事はあるはずだ。
 下ってきて再びバスの人に。勝連城址前(61番)―赤道十字路―東恩納(77番)―真栄田(通過)―美留(びる)(48番)。バスを乗り継ぎ乗り継ぎ、宿に着いた。真栄田岬の夕景は雲に阻まれパス。またの機会に。バスの乗り継ぎは停留所を確認すべし。一度逆方向に行きそうになったが、連れが正しく指摘してくれた。危ない危ない。

2019年1月 4日 (金)

正月の小旅行―①沖縄こどもの国の動物園(190102)

 今年の正月は沖縄で過ごした。連れに沖縄にきてもらい、お互いの意思を交えたスケジュールを私が組んだ。正月ぐらい、ノーベース(基地なし)でいきたいものだ。2日朝、那覇出発、同午前、沖縄市のこどもの国、午後、うるま市の勝連城址、夕方、真栄田岬、宿へ。3日、読谷村、座喜味城址、午後、那覇に戻る。私たちは車の運転をしないので、行程は公共交通機関と徒歩。移動時間と待ち時間がどうしても長くなる。結果的には、優・良・可のうち、自己採点は可というところだろう。

 こどもの国に行ったのは初めてだった。沖縄の動物園だから、小さいことも分かっていた。動物たちが小さな園舎の中で機械的に走り回る。また、囲われた鳥は、羽毛の精気がなくなってしまう。お馴染みのサシバやミサゴにカンムリワシまで。私はカメラも出さず、すらすら回る。
馬やヤギや。
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キリンが2頭。草をむしゃむしゃ。10:44
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飼育係のお兄さんが子どもたちに話しかけている。10:46
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ちょっと待った。10:47
ここのキリンは一年中、取りたての木の葉を食べているんだって。
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お兄さんはキリンにも子どもたちにも優しそうでした。10:47
次は、ゾウだが、
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やれ!ゾウの背中に人が揺られている。10:51
私は道産子(うま)に乗ったことがあるが、これは凄い!
自分も乗りたいところだが(2000円)、相棒を考慮して、遠慮した。次回の楽しみにしておこう。
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イカツイワニさんだが、愛らしい。10:55
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池に出た。こちらは野鳥だ。キンクロハジロ。オオバンやバンも居た。11;09
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おっと!でかいコイと黒鳥が鯉のえさを争う。11:09
ペリカンは遠望だけだったが、これまた、またの機会に。
午後は勝連城址に向かう。

2019年1月 3日 (木)

2019年の当ブログについて

 2019年になりました。いかがお過ごしでしたか?

 本来ならば、今年の抱負とか書くところですが、まだ準備できておりません。もっと実務的なことを。今年のブログは、奇数の日にブログを書き、偶数の日はアナログデーにします。このため、毎日の報告は不可能になるかと思います。
 いささか説明しておきます。アナログの仕事もたくさんあるからです。資料整理、読書、思考の整理などなど。こうしたことからブログに反映させていきます。
 また、私も年令相応に体力の低下は避けられない。このため睡眠時間を確保しないと、キツイのです。そのかわり、テントの仕事との兼ね合いになりますが、ゲート前や海上に出来る限り出て撮影したい。そのためには、もっと多くの方が、辺野古テント村での座り込みに参加してくれたら、私の負担が減るのですが。どうかご協力願います。可能だと言う方がいらしたら、当ブログにある私のアドレスにメールください。

2019年1月 1日 (火)

2019年 初興し(はちうくしー)(20190101)

あけましておめでとうございます。

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辺野古の松田浜 7:08
予報では雨と言われていたが。
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光明が差している。7:09
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連だこがあがった。7:11
空を撮ったりしているあいだに、御願(うがん)は終わっていた。これは失敗。
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開会挨拶に立つ安次富浩ヘリ基地反対協議会代表。7:12
厳しい年になるが、勝ち抜こうと。
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フェンス越しに軍警がこちらを監視している。7:14
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朝陽を見つめる親子連れ。それぞれが明日をみつめていることだろう。7:17
いいとしでありますように。
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玉城デニー知事のメッセージを代読する山内末子県議。7:24
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琉舞 中学生。さすがに緊張しているね。 7:36
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浜千鳥
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古武道 今年も決まっていた。7:39
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カヌーチーム13名が海に出てきた。7:45
私は浜辺と会場を走り回る。一人で同時進行を撮るのは、無理。
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谷茶前。小学生も見入っていた。7:48
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親子で踊る。
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カヌーチームが映える。2019年も怪我や事故のないように、海の神に願いかけ。
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三線のみなさん
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海上では 7:52
カヌーチームが陸の人々にエールを送る。
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来賓挨拶の屋良朝博(ともひろ)さんが挨拶。4月に行なわれる衆議院沖縄3区から補選に立候補予定。必ず勝ちましょう。
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山城博治さんが大合唱の気合を込める。
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踊りの輪ができ、広がっていく。
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カチャーシーで盛り上がる
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太鼓を叩き、囃子を入れる 8:10
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文子さん、屋良さん、博治さん、稲嶺進さん。
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閉会の挨拶。博治さんの新春の笑み。
最後にみんなで踊る。
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陸と海が繋がって。今年も頑張ろう。8:22

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