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    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2019年1月

2019年1月31日 (木)

2/24 県民投票キックオフ集会アピール文(190126)

 沖縄県民は、これまで何度も辺野古新基地建設反対の民意を示してきました。県知事選でも辺野古容認で政権丸抱えの候補に対して、玉城デニー知事が約8万票の大差をつけ過去最高の39万票余りを獲得し、圧勝しました。政府はこの民意を受けて辺野古の埋立、新基地建設を直ちに断念すべきです。

 しかし、政府は選挙には様々な争点があると強弁し、民意を無視し、違法、不法な工事を強行し続けています。民主主義、地方自治を否定する暴挙であり、断じて容認できません。
 2019年2月24日実施の県民投票は、地方自治法に基づいて県民からの直接請求により条例制定され、実施されるものです。
 今回、法定数をはるかに上回る92848筆が集まり、県議会で条例が制定されました。署名の原案は、「新基地建設の埋立て」に「賛成か反対かの2者択一」を求めたものです。にもかかわらず、県民投票を実施しないとする5市の市長の対応は、署名した県民の願いと県議会で決めた条例を踏みにじるものです。県民投票への不参加表明は、憲法で保障された法のもとの平等の原則に反し、直接民主主義を否定し、地方自治をも破壊するものです。
 今回の県民投票では、新基地建設に伴う「辺野古埋立て」に対して「賛成か反対」かが問われているのです。日米両政府は、世界一危険な普天間基地を23年間も放置しておきながら「危険性除去は辺野古移設が唯一」と主張しています。
 本当にそうでしょうか?
 2019年2月までに普天間基地を運用停止することは仲井真元知事と安倍首相が約束したことです。県議会もただちに運用停止することを全会一致で決議しています。今大事なのは普天間基地の運用停止を約束どおり政府に実施させることです。
 私たちは日米政府に翻弄されることなく、沖縄の事は沖縄県民がきめる。政府が言い訳できないような圧倒的な辺野古新基地建設反対の県民の民意を示すために奮闘しよう!
 子どもたちや孫のための未来のために、沖縄の未来を切り拓く歴史的なたたかいに、県民の心をひとつにして立ち上がろう!
  2019年1月26日 
 新基地建設反対県民投票連絡会  

戯言ならば何を言ってもいいのか?!(190131)

 戯言だからと言って、不用意に人を傷つけていないか? 言う側が無頓着でも、パワハラ、セクハラは案外このパターンが多いものだ。「冗談だから」と、他人を攻撃する人は少なくない。ご本人は自分が「強者」であり、相手が「弱者」であることに無自覚だったりする。相手が嫌と言うことを続けたら、十分パワハラだ。

 自分自身、冗談めかして、他人を揶揄したことがある。これをやったら、一気に仲は悪化する。修復するのは大変だ。心の中の反省は、常に外に現していかなければならない。「冗談、冗談」とつい調子に乗ってはいけないのだ。必ず自分に帰ってくる。

 今この国は、「粛々と」とか「沖縄に寄り添い」とか冗談のように、権力行使を平然とやっている。こういうことを見破れない人が多すぎる。何故だろう。言葉の上っ面と、内実が大いにずれていることに気付かないのだろう。個人の生活感覚も麻痺しているのじゃないか。
 
 話はややずれるが、海は誰のものだろう。日米政府のものじゃないことは自明だが、私のものでもない。海も山も公益というか、不特定多数のもののはずだ。みんなのものなのだ。誰が「ここは俺のものだ」と言えるのか? こういう神経を疑う。俺が仕切る根拠などないのだ。人間の私有意識、権力志向は根深いから、どうしても「俺が意識」になるのかもしれない。だが、こんなことをしていれば、安倍政権を笑えない。自分たちが小権力になっていたら、どうしょうもない。  
 俺の海じゃないからこそ、お互いに尊重しあい、お互いに認め合うことが重要だ。
 オイルフェンスを退かせと言っている私たちが、基地建設をやめろと言う私たちは、お互いに教えあい、学びあい、この海をオープンにしていくことが、大切だ。
 因みに私は、テントに来た方々に聞かれたことへの情報公開は、プライバシーに関しない限り、自然破壊が危惧されない限り、大いにやっている。一人でも多くの人たちが、知っていただき、見て、撮っていただきたいからだ。「こいつは俺のものだ」と言いそうな人には、断じて教えませんが。
 人々は分かち合うことを抜きに、権力に立ち向かうことはできないのだ。やさしさのないところに、勝利の展望は見えてこない。しかし難しいね。優しさとは何か? お互いへの眼差しが、共有されてこそなりたつのだ。「俺がお前を支配する」ところには成り立たない。
 
 私も、反省することだらけなのだ。
 
 

大浦湾の軟弱地盤に杭2万本!!

 安倍首相が、大浦湾に存在する軟弱地盤を認めた。30日の国会の代表質問で。地盤改良工事を行い、新基地建設は可能だと強弁。工期や費用、設計変更申請についてはだんまり。

 大浦湾に深さ70m余りの杭(サンドパイル)を2万本だそうだ。基地建設は辺野古・大浦湾を殺すと、私たちは言ってきたが、まさにそうなる。ハワイの軍港はヘドロの海だそうだが、この命の海が、かき回され、死骸だらけになるだろう。絶対に許さない!!! 海を人工物で縛るな!この海を戦争のための港や飛行場にさせないぞ!頑張りましょう。

2019年1月30日 (水)

県民投票キックオフ集会の日(190126)

2019年1月26日 曇り

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今朝も土砂運搬船が3隻入ってきた。8:32
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今朝も埋めたて作業が始まった。8:42
私は10時過ぎにゲート前に上がった。
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不屈にも1665日。県民投票キックオフ集会が11時からだ。
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第1ゲート前で。10:43
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続々結集してくる。10:49
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ひさしぶりに人波ができた。10:51
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今日の集会は新基地建設反対県民投票連絡会の呼びかけ。同共同代表の稲嶺進さん。11:04 絶対に造らせない、「反対に丸を」と呼びかけた。
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同じく共同代表の高良鉄美さん。「どちらでもない」ではなく、「反対」をと。また96年4月は普天間返還だったはずであり、普天間基地は返還であり、辺野古は反対だ。
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同じく共同代表の照正組会長の照屋義実さん。必ず止める決意を示そう。辺野古の美しく豊かな自然環境を生かした、新たな振興発展の道筋を作り上げようと。また沖縄県の痛みは全国の小指の痛みかもしれないが、全国民の全身の痛みとして感じられるように、圧倒的な新基地反対の民意を示していこうと、熱が篭っていた。
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南城市長の瑞慶覧長敏さん。現役市長も、力強く、国際世論に訴えようと、英語で締めた。
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選挙事務を拒否した宜野湾市で奮闘している新垣清涼県議。何としても、選挙に参加できるように踏ん張ると。さすがに緊張していた。
社民党、共産党、沖縄の風の国会議員や県の与党の各会派の県議が発言した。
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県議会で各会派の調整など裏方を務めてきた照屋大河さん。全県実施の目処が立ち、さすがにほっとした表情も。
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若者代表ということで、翁長雄治那覇市議。「久しぶりに若者代表で」などと笑わせながら、真剣に「反対に丸を」と力が入っていた。
集会決議を山口末子県議が読み上げた。
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シュワブの沿道に集った人々。
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県民投票の大成功に向けて頑張ろうと。12:09
今日の集会はガッチリ力が入っていた。3000名の参加と発表された。
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12:11
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テント前に戻ってきた。13:28
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今日は安和もゲート前も工事はなかった。土砂投入も午後はなし。15:16
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テント前の干潟にミナミコメツキガニが元気な姿を見せていた。15:37
県民投票の大成功を契機として、沖縄の力を増幅させていこう。
全国からも呼応した動きを作り出して欲しい。

「沖縄の問題は、日本全体の問題です」と県民投票に呼応する動きについて

 昨日、徳島県から2000年に「吉野川第10堰住民投票」を推進した方が辺野古テント村を訪ねてくださった。その彼らは「沖縄県民投票を勝手に応援する会」(OKOK)を結成したと言う。ある意味、勝手な応援だが、嬉しい応援だ。①沖縄の今回の県民投票は、この国の政府によって強いられたものであり、日本全体の問題と捉えてくれている。②彼ら自身の住民投票運動の総括に立ち、住民投票が果たした自治に向かう意味を改めて、全国的な課題として設定してくれているからだ。

 彼らはこう呼びかけている。「県民投票 224  投票に行こう」
 「私たちにできること。
①カンパする
「辺野古県民投票の会」にカンパする
https://henokokenmintohyo.okinawa/
振込先:辺野古県民投票の会 代表 元山仁士郎 
沖縄銀行 新都心支店 普 1522843
琉球銀行 那覇新都心支店 普 182825
ゆうちょ銀行:17060 18629841
②プラカードで参加する。できれば、沖縄県内のどこかで、「投票に行こう」のプラカードをもつ。
③拡散する。周りの人に伝える。会話、集会、電話、手紙、SNS、その他なんでも。
◎連絡先 OKOK
090(3180)4714  t@sumitomore.net 」
 
 ありがとうございます。そして、もっともっと「224」に呼応する流れが全国各地から起きてくることを期待しています。(ヤマヒデ)

屋良朝博講演会

 来る19年2月10日に屋良朝博(やら ともひろ)さんの講演会が開催されます。お近くの方は是非ともご参加ください。沖縄のこれからを考えましょう。

 「普天間もいらない!辺野古もいらない!」
日時:19年2月10日(日)15時~17時
会場:名護市大中公民館(名護市大中1-20-14)
講師:屋良朝博さん(元沖縄タイムス記者 フリーライター)
ゲスト:稲嶺進さん(前名護市長)
主催:屋良朝博講演会実行委員会 090(6864)6628 

沖縄県議会3択案でも全会一致ならず(190129)

 既報の通り、沖縄県議会では、「賛成」「反対」に「どちらでもない」を加えた議長斡旋案を19年1月29日採決したが、全会一致にならなかった(自民党の賛成4名)。自民党内で意見調整が不成立に終わったため。反対したのは5名であり、退席2名。彼らは反対していた5市長、同市議の意向を慮ったともいえるのかもしれないが、自民党中央の意向になびいたことになる。否、彼らが挿入した「どちらでもない」に確信をもてなかったのだろうか。5市の反対と、それへの抗議の声が広がることで、「どちらでもない」を入れても、彼らなりの展望を掴めなかったのだろう。何故反対又は欠席したのか、明らかにしてもらいたいものだ。彼らは、これからも沖縄県民に背中をむけるつもりなのだろう。悲しみを覚えるのは、私だけではあるまい。

 これで5市が揃って実施するのかまだ未確定だ。全県実施が前提で、新たに合意したはずなのに、まだ予断を許さない。沖縄の闘いは、ねばり強くやるしかないのだろう。

2019年1月29日 (火)

再びドック型揚陸艦が現れた(190125)

2019年1月25日 晴れ

8時頃、今日も土砂運搬船が3隻現れた。大浦湾へ。
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普天間基地のCH-53Eが豊原方面を南へ。11:33
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沖合いにドック型揚陸艦が東に進む。12:51
前方は小型タンカーか。
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沖をうろうろしている。13:49
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沖を西に飛ぶCH-53.13:51
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今日もK-3護岸に被覆ブロックが置かれている。3月からの埋め立て工事の準備作業が進む。15:40
N-3護岸あたりの「2-①」区域の埋め立て工事は強行され続けている。
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マナヌ岩の沖東側にいるドック型揚陸艦。15:41
今日は水陸両用装甲車の動きはなかった。

疲れるね、疲れた(190129)

 辺野古テント村は、機動隊との攻防もなければ、海保との攻防もない。だからといって、気楽な運営ではないのだ。今日も、来訪者は絶えず。様々なかたがたが来る。海外からも。様々な方の要求を満たすことは、不可能だ。同時に米軍の動きを監視し、撮影にも忙しい。今日はその両方が忙しかった。

 今日のラストに別々にこられた方に質問された。①30代の愛知県から来た男性。沖縄の闘いの中で、今言いたいことは何ですか? ②70代の神奈川から来た男性。沖縄の市長に何故保守が多いのですか?おかしいと思う。
 こういう質問をされたら、私でもお答えに窮する。
 ①先ず、初めて沖縄に来て、聴くことではない。先ず自分が知る努力を重ねてからだろう。こちらが言いたい事は山のようにある。ご自身が何を知りたいのか、学びたいのか、考えたいのか、はっきりさせないと、短時間のインタビューで答えるのは不可だ。私とすれば、沖縄に闘う事を求めて、自分たちは何もしないでは、お答えしたくない。
 ②ある意味、ごもっともだ。しかし沖縄だから革新ではないのだ。敢えて言えば、沖縄だからこそ保守なのだ。ここを取り違えてもらっては困る。日本(日本国家と国民)が沖縄を戦場にし、基地にしておきながら、この言い草は止めていただきたい。沖縄を米軍基地にしたのも日本側のウエルカムをあったからだ。沖縄の世論を分断しているのは誰だ?!どういう構造によって分断されているのか。国は買収工作と言うしかないような特別の賃金をだしていたりしているのだ。沖縄の人々は、単純にお金になびいているわけでもない。では沖縄の就労状況は何故非正規雇用が多いのか。土建屋さんも観光産業も圧倒的に非正規労働の塊だ。こうした中での一部に優遇策を施せば、なびきますよ。
 まして沖縄はやはり基地の島という常識がまだこびりついている。これを打破できなければ変わらない。市長選選挙となれば、地縁血縁の縛りも大きいのだ。
 沖縄だからといって、簡単に命どぅ宝とならないのだ。軍隊は住民を守らないと、すんなりいかないのだ。現実の政治選択がすっきりといくためには、沖縄はこれからどう生きていくのかを一人ひとりが考えなければならない。
 こういうことを一から話すのは、容易くないのだ。お互いに十分な議論をしていきたい。基地の島沖縄から抜け出す努力は、沖縄も日本も同時並行的に進めるしかないのだ。頑張りましょう。

朝からはらわたが煮えくり返る!(190129)

 沖縄タイムスの朝刊。「辺野古新護岸着工」、「監視リスト防衛省共有」、「県民投票改正案 一部議員が反発」だ。このトリプルの事態にはらわたが煮えくり返る。

 本来、個々に論ずべきだが、この国・防衛省の無法ぶりが露になり、まとまりかけた県民投票も自民党の一部が、反乱を起こして同調しないようだ。さてどうなるんだか。
 監視リストは2016年当時、ライジングサンセキュリティサービスが抗議を展開する市民の顔写真等のプライバシー情報を入手し、常時、沖縄防衛局と打ち合わせていたと。当時もそうに違いないと私たちは見ていたが、今になって会社側の人間が「次長に作ってくれと言われた」と。安倍政権は、ガードマン会社にも本当にスパイまがいのことをさせているのだ。当時私は船の上から彼らを見ていたが、じろじろと画像を撮る彼らの姿を何度も撮影している。
 こうしたところで私たちは、彼らの名前や住所を知りようもない。彼らは違う。沖縄防衛局は、警察や海上保安庁、自衛隊の情報部門などの調査機関とつるんでいるからだ。
 
 沖縄の自民党も地に落ちたな。あくまでも非協力が本音か。そこまで卑怯者だったか。呆れ果てる。この国に尻尾を振って、どこにいくつもり? 戦場だろうか。まさか彼らは沖縄戦を忘れたのだろうか!

 安倍首相の施政演説とやらをまだ読んでいませんが、読んだら臓腑が飛び出しそうだから、朝はやめておく。

辺野古帰りに那覇で考えてきたこと(190128)

 今日は辺野古の帰りに那覇まで行き、沖展の落選作を回収してきた。疲れました。疲れついでなので、サテンで色々と考えをめぐらしてきた。ここに書けることは多くないが、一点だけ書きとめておく。私は2014年以来、「沖縄から問いかけたいこと」と題して、年に何回か東京に出向き、話をしてきたが、これはもうタイムオーバーだと考える。所詮私の能力でこんな話をやったところで、聴いてくれる人は極少数だから影響力はない。それよりも最近こちらのテントに来てユンタクしていく人との会話の方が余程効果があると思う。やはり現場力とじかでのワン・ツー・パースンは伝わっていることを実感できる。私自身も考え、唸りながら応答している。こちらは完全なボランティアであり、自分の経済生活は極めて厳しいのだが。

 タイムオーバーだと言う根拠は、2019年という年にある。もしも今年の参院選(衆参同時選挙?)で、改憲派が3分の2を超えてしまったら、即、明文改憲の国民投票にもっていかれてしまう。今、私たちは最後の瀬戸際に立たされているのだ。こんなときに「沖縄から問いかけたいこと」など悠長すぎる。
 だがこれに変わることを創出できるのだろうか。上伊那でやったように「不戦を誓う」のか。これは正論だが、上伊那のように主体があればいいのだが、それがないところでやっても無理がある。主体に引き付けて考えれば、沖縄から問いかけたいことを、各地で、各地から問い直してもらわないと、もはや間にあわない。そんなこと言ってもリアリティがないと言われたら、オジャンなのだ。だが、リアリティがないのが現実だ。だから各地の個々のリアリティをどうやって作り出していくのか。これが問題なのだ。
 このためには、各地の取り組みが重要だが、反戦とか反基地を超えた地域の課題を浮き彫りにしないとダメだろう。地域で如何に生きるかという問題だ。地域自律に向かう営みの展望が不可欠だろう。これを私は複眼的手法を用いながら考えていきたい。
 那覇でのバス待ち時間は短かった。

2019年1月28日 (月)

この国は新たにk-4護岸の造成工事を始めたようだ(190128)

 既報の件だが、この国は本日、新たな護岸K4護岸の造成工事を始めたと、海上行動チームから連絡を受けた。どうりで、午後から上空をヘリが舞っていると思っていた。

 この場所は辺野古崎のN-3護岸と対を成す大浦湾側の135mと東に右折するK-8護岸の515mの半分の250m部分。もしもこれができてしまうと、長島との間の水路が50mほどに狭められてしまい、大幅に水流が変わる。これに伴い、辺野古・大浦湾全域の生態系への悪影響はどれほどになるのか、計り知れない。既に様々な影響が出ているのだが、今夏のサンゴ礁への影響は、とんでもないことになりかねない。国が調査をしていない以上、私たちが調査をする以外にないだろう。
 いずれにしても新たな護岸建設を阻止しなければ、取り返しのつかないことになる。力を合わせて、辺野古・大浦湾の海を守ろう。安倍政権の横暴を何としても、とめなければならぬ。

名護市での県民投票を巡るシンポジウム(190124)

 去る19年1月24日、島ぐるみ会議名護といーなぐ会(名護市政を考える女性の会)による県民投票を巡るシンポジウムが名護市港公民館で開催された。

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パネリストは、「辺野古」県民投票の会代表の元山仁士郎さん、辺野古埋め立て・新基地建設反対の民意を示す県民投票連絡会共同代表の稲嶺進さん、名桜大学教授の大城渡さん、名桜大生の野村有那さん、名護の高校生渡具知和奏さんだった。

 やはり今日の注目の一番は元山君だろう。この県民投票の立役者であり、5市の事務放棄に対して、ハンストを決行して抗議し、全県での実施を求めてきたからだ。私は彼の話を聴くのは初めてだった。終始一貫した態度に敬服した。特に私が感じ入ったのは以下の点。彼は時間と空間を重視しているのだ。つまり今の基地問題は、過去の戦争がもたらしたと捉えており、今日に到る歴史的回路をしっかりと考えようと。そして、この時間軸を考えながら沖縄島と与那国島、石垣島、宮古島などの島々との関係を重視したいとのことだった。新基地建設はかかる島々での軍事化の動き抜きには語れないし、島々もこの問題との絡み合いの中にあるのであり、この両者は別問題ではないのだ。
 そして彼の見識の鋭さは、県民投票を足がかりに沖縄県民がわが事としてこの問題を見据えて、どうするのかを考えようとしていることだ。ただの投票行為だけではおさまりつかないことに自覚的だ。
 大城さんは憲法学者として、投票不参加を表明する自治体への批判を展開した。5市の態度への批判点はあまたあるようだが、ここではごく一部を挙げておく。
 「2択」への批判に対してー住民の意思決定のための住民投票であり、住民への情報提供や対話の機会が十分確保されれば、2択で十分だ。
 住民投票が地域分断の契機となるとの批判に対してー住民間に対話の機会を提供するものであり、97年の名護市民投票は市民投票が大事にされなかったから問題が起きたのだ。
 何故普天間問題に言及しないのかとの批判に対してー、住民投票には一投票一主題の原則があるからだ。論点を明確にしないと判断は散漫になるから。
 住民投票を首長や議会が阻めるかについて、そもそも首長や議会が阻める憲法上の根拠はないと。「住民の福祉の向上」を図るために首長や議会はあるものであり(地方自治法第2条)、そもそもおかしいと。
 これらのことを述べた上で、今回の県民投票が民意を反映した政策見直しの契気、県民意思の形成とその国内外への表明、県民自己啓発の機会、県民結束の契気、住民参加と対話による地域づくりへの契気になるだろうと問題を投げかけた。
 稲嶺進さんは、97年の名護市民投票を振り返り、結果を当時の市長が投げてしまった痛切の思いを語り、今、明確な基地建設反対の声を上げていこうと呼びかけた。
 その他の詳細は略すが、やはり沖縄の歩みを辿りなおし、沖縄の事は、沖縄の人々が決めることが、今回の県民投票の核心であろう。「安保・基地問題は国の専権事項」との言い方がある。しかし私はこう思うのだ。「安保基地問題を沖縄に圧しつけたのは誰なのか?」 それが米日政府である以上、沖縄の人々が声をあげることは、当然の権利である。これが民主主義の根幹になければならぬはずだ。

2019年1月27日 (日)

韓国オモニの真正面からの平和の声とポンコツ米軍(190124)

 2019年1月24日 晴れ 巡視船1隻。。

8時14分、今日も土砂運搬船が入ってきた。2隻。
外がやかましい。何事か。
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ハデないでたちの女性たち。韓国からやってきた平和オモニの20名。9:14
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テント前に並ぶ。
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安次富浩ヘリ基地反対協議会共同代表が挨拶。辺野古の闘いの概要を話す。
ピンクのスローガンが揮っている。「銃ではなく外交で」「朝鮮半島にアジアに平和が来た」
彼女達の思いは鮮明だ。あの朝鮮戦争から66年間、休戦のままにされてきた朝鮮半島に平和がやってくることの喜び。この道を手放さないとの決意。南北統一への生半可じゃない決意。圧倒されそうだが、全くその通り。沖縄は加害の島にならないことを示しきろう。
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彼女達を前にしたら、自然とパワーアップ。9:30
平和オモニの人たちは、このあと、ゲート前へ。夕方まで頑張っていたそうです。機動隊に何度も排除されたらしい。私たちも沖縄・韓国連帯の声を強めたい。
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おっと、沖合いにドック型揚陸艦が来ている。9:37
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お約束のように出てきた。9:37
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巡視船の沖を右に進行中。9:44
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装甲車が出て行く。9:47
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歌が踊りが盛り上がる。10:06
だが、運悪くモロ逆光。申し訳ない。
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やはり背後に回らないとどうにもならず、階段の下から。10:10
元気があるのは気持ちがいい。
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装甲車は揚陸艦に乗り込まず、4両、西の潟原方面へ。10:51
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戻ってきた。12:20
だがなんだか様子が変だ。見に行くか。
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こちらは連結棒だ。12:36
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キャタピラーの下で何をやっているのか。12:36
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車軸が外れたらしく、これを締めている。12:37
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12:37 左前を締めて叩いて。悪戦苦闘。
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大汗かいたがダメだ。12:37
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一度叩き込んだが、エンジンを掛けたと途端に外れた。12:37
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このはずれぶり。12:43
いささか同情したくなる。
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後方もこんな。12:43
装甲車の面目丸つぶれ。意外な弱点があるものだ。
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両側を見比べて。12:45
これでは動かない。ここが戦場ならば彼らの命はどうなったか?
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沖に揚陸艦。12:52
この日の午後、装甲車は4両とも海に出ず。あらら。
14時頃、来訪者に説明中に、頭上にドクターヘリが何度も旋回、米軍の緊急車のサイレンが鳴り響き、漁港に米軍の消防車が現れた。一体、何事か? 分からなかった。
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N3護岸を見たらやはり土砂搬入進行中。14:21

県民投票に全力で取組もう(190127)

 本日、辺野古米軍基地のための埋め立ての賛否を問う県民投票まで、後28日になってしまいました。5市が業務を拒否する中で、実施が危ぶまれていましたが、3択にすることで妥協が成立。「賛成」か「反対」か、「どちらでもない」か。なんとか全県での実施のめどがたちました。

 しかし「どちらでもない」は「無関心のまま」で居ることななります。沖縄に暮らしていて、この問題に良しも悪しもないのは、敢えて考えない道を大きくひらくことになる。この問題は一個の基地を造るか否かではありません。琉球諸島・沖縄を再び戦場にしていくことにつながります。これまでもそうでしたが、戦争の発進拠点にこれからも固定化することです。沖縄の環境、沖縄の文化、沖縄の歴史をないがしろにしていく道です。日本をアジアを戦乱に巻き込んでいきかねないのです。
 私たちが生きていくためには、過去・現在・未来を正面から考えることを避けて通れません。74年前の沖縄が、日本がそうだったように、国に従っていれば死ぬしかなかった時代を繰返すのでしょうか? 命こそ宝であり、軍隊は住民を守らないことは、今日の沖縄を見るだけで明らかです。
 明確な意思を示しましょう!
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辺野古テント村 190125
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190126 シュワブゲート前

ヒカンザクラ咲く(190126)

 名護市の名護城(ナングスク)は、例年この時期にヒカンザクラが咲き誇ります。今年は遅れていますが。ともかく、19年1月26日と27日に名護サクラ祭りが開催されています。私は両日とも所要で行かれません。そこで辺野古のヒカンザクラを撮影しました。

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路上から眼下に咲く。沖縄のサクラには、派手さはありませんが、熱く可憐に咲きます。辺野古
名護サクラ祭りは名護城(名護中央公園、名護漁港、名護十字路等で開催されています。1月26日~27日。

2019年1月26日 (土)

更なる埋め立てを許すな!(190123)

2019年1月23日 晴れ

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うっかりしていたら土砂運搬船が大浦湾の中に入っていく。長島の間。8:23
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テント前。波が白く見える。8:31
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シュワブの浜に水陸両用装甲車が出てきた。9:14
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k3護岸に根固め袋材を落としている。9:34
松田浜から。
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兵隊が今日の訓練について、打ち合わせ中。9:41
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装甲車4両が海に出た。沖合いを西に向かう。10:17
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土砂運搬船でて行く。10:58
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装甲車戻ってきた。沖は先の土砂運搬船。11:09
14:07 水陸両用装甲車が再び海に出た。
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テント前。小型のネズミ。14:54
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近づいてきた。オキナワハツカネズミ? ここで見るのは初めて。14:56
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k-3護岸に白の小山。15:27
根固め袋材の上に白の防水シートのようだ。
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午後も4両が出ていたのが、戻ってきた。15:27
今日は近くに揚陸艦の姿は見えなかった。
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松田浜から、15:23
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漁港の護岸から。4両戻り、待機していたのと合わせて5両。15:41
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コンクリートプラントの奥にしっかりとしたコンクリの塊ができている。何ができるのか。要注目。15:43
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防水シートが内側にしかれつつあるのだろう。15:44
更なる埋め立てを許すな!

2019年1月25日 (金)

若者は何故?-県民投票のシンポジウム(190124)から

 昨日、名護市内で県民投票を巡るシンポジウムが開催された。本題については別稿に譲るが、一番すとんと落ちたことを書いておく。若者は何故、政治に無関心なのか?について。

 シンポジストの高校生Wさんの発言は興味深かった。同級生らに新基地建設のことを話すと、「政治的な話はー」と切られてしまうと悩ましいと語られた。だが大浦湾の沿岸で育ち、両親と共にこの問題にぶつかってきた彼女は、「政治的な問題」か否かに関わらず、これが日常であり、わがことなのだ。そうでしょう。当然なのだ。
 この話を聞きながら私はこう考えた。そうか、無意識のうちに政治的だとカテゴライズすることで、中味を排除してしまい、関わろうとしないのか、と。これは恐ろしいことだ。
 私自身は、1964年の東京オリンピックを前にした60年代前半にこの世の終わりを予見している。当時私たちが住んでいた場所は、原っぱがあり、松林があり、畑があり、遊び場には事欠かなかった。これが急速に家が建ち、道路が出来、自動車が増えていった。これが私の原点だ。しかし当時の日本は高度成長へとまっしぐらに向かった。生の感覚から政治が切り離され、経済的豊かさに人間の欲望は集約されていった。それから50年余りの時間が経った現在。生の感覚が押しつぶされてきた。物質主義は情報の中に囲いこまれ、物質すら見えなくなってきた。
 人間が生きるって事は政治なのか。こうカテゴライズする前に、これは避けて通るべきなのか、避けて通れないことなのか。ここを考えれば、分かるはずだ。カテゴライズするまえに考える道筋が重要なのだ。これが互いの接点になるだろう。私たちは自分の足下を探らずに、何事も考えることができないのだ。この接点を探り当てることが第一歩になるに違いない。

県民投票、3択案で動き出す

  2月24日に予定されている沖縄の県民投票が宜野湾市、沖縄市、宮古島市、石垣市、うるま市が県民投票事務を拒否し、実現が危ぶまれていたが、急転直下、『賛成』、『反対』、『どちらでもない』の3択案になって、全県で実施する気配が濃厚になってきた。要するに、国からの圧力を受け、賛成か反対かの2択方式は潰されてしまったのだ。

 
 国は沖縄の民意を顕在化されることを潰したいのだ。反対の声のみならず、数を明確にされたくないのだ。そうなれば、沖縄の存在を無視できなくなり、これが国際的な世論となれば、国策の遂行に邪魔になるからだ。
 こうなったのは、沖縄の与党勢力の考えの甘さがある。事前にこうなることは十分に予想されていたから、十分な議論と対処策をもつべきだった。この問題は沖縄の問題ではなく、そもそも沖縄に対するこの国の介入であり、政府対沖縄の住民・市民の問題だからだ。
 こうなった以上、私たちはどう現状を克服していくのか。反対の声を全県的に如何に具現化するのか、この一点に尽きる。また、県外の方々には、これは日本という国が如何にいびつな姿になっているかに起因していることを自覚していただきたい。一般的な環境問題でも基地問題でもない。この国がアジアで背負ってきた歴史と現在の集約点が沖縄に埋め込まれてきたからだ。余りにも情けないことだ。

思いのほか疲れた一日(190124)

 19年1月24日は思いのほか疲れた。予約の団体が3団体あり、私も3分の一を担当。撮影も様々な被写体があり、自分が撮ったり、撮られたり。説明中に、頭上にドクターヘリが旋回し、軍の消防が現れたり、何が起きたのか、気が気じゃない。投げ出して、走り回るわけにも行かず。

 他方、例の水陸両用装甲車はキャタピラをまわす車軸が故障。兵隊が修理に汗を流していたが、動かず。沖に来ていたドック型揚陸艦も出番がないようす。ついでに連結棒の仕組みが分かった。先日見たとき、私はただ引っ張るものだと思っていたが、間違っていた。装甲車の自重は約20トン。それもキャタピラだから、押したり引いたり出来ないはず。ただの連結棒でなく、相方の車軸につながり、こちらのエンジンから他車のキャタピラをまわせるようになっているようだ。なるほどと感心しながら、弱点も分かるよねと、嫌味も。これ以上書くと、特定秘密法違反と言われそうなので、差し控えますが(ご用心、ご用心)。

 夜は県民投票を巡るシンポジウム。漸く自分もなるほどと思ったことがあった。

2019年1月24日 (木)

テントをブラインドにしてイソヒヨドリを撮った(190121)

2019年1月21日 晴れ 巡視船1隻。

イソヒヨドリが周辺をちょこまか。今日は寒く、テントはほぼ閉まっている。お陰で、テントをブラインドにして撮影してみた。
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彼(オス)のところまで、2mほど。「民意は基地建設反対」の黄色の看板の上。決まりました。9:36
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k-3護岸の上。白のパイプを下ろしている。10:51
排水のパイプか。
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N-3護岸から土砂投入している。毎度のことだけど、悔しいね。11:23
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k-3護岸に根固め袋材。14:48
どうも内側の斜面においている。
こうした写真は記録だから、つべこべ言わずに撮るしかない。ウーム。

カヌー練習後雨(190120)

2019年1月20日 曇り後雨

今日はカヌー練習の日。私も松田浜に出た。
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10:38
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練習している。10:41 沖は巡視船。
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工事がなく静か。10:56
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辺野古川河口。練習は二人で一組。11:04
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沖合いをオスプレイが飛んだ。東に。13:26
日曜日なのに何している?
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来訪者にいただいたリンゴにカメラフードを合わせてみた。13:36
ちょっと和むひと時。
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一瞬晴れ間がでた。河口沖。13:31
この後雨が降り出した。

新たな区域への土砂投入準備が始まった(190119)

2019年1月19日 曇り 巡視船1隻

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今朝も土砂運搬船が来た。2隻。8:01
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出て行く。8:52
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8:53
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K-3に砕石を落とすダンプ。9:28
カヌーチームから無線で、カヌーチーム全員が海保に拘束されたと連絡(k-9護岸付近)。9:45
今日2隻目の土砂の積み下ろしが始まるようだ。
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シャベルカーで砕石を下ろしている。内側に落としている。10:36
この工事は、新たにこの区域に土砂投入を始める準備だろう。

11時、今日の海上行動を打ち切ると連絡あり。
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冬の風物詩であるアーサが漸く着いてきた。11:14
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午後になり、被覆ブロックの積み下ろしが始まっていた。15:40

2019年1月23日 (水)

映画「カメジロー」を見てきた(190123)

 本日、映画「米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー」を名護市民会館でみてきた。そう、私はまだ見ていなかったのだ。映画のイントロは、最近の映像から始まり、当時の映像や証言があり、またここ数年の映像で終わる。映画のちらしに「沖縄の戦後史、そこで闘った男の生き様を知れば、地続きの歴史が見えてくる」とある。正にその通りだった。

 後半を見ながら、72年5月15日の「沖縄返還」以後、何にも変わっていない沖縄を痛感して、泣くしかなかった。亀次郎と翁長雄志前沖縄県知事の姿がダブってくる。特に私にとって、70年以降は、自分の闘争史とダブるわけで、評論している場合じゃない。この映画の中に、70年末の国会論戦が出てくる。佐藤栄作首相と瀬長亀次郎議員。沖縄の足下から基地も核もない沖縄をと発言する亀次郎。対する米国の奴隷頭の佐藤首相は、これを「過渡期」だからと誤魔かそうとする。現実にそのまま沖縄の声は無視され、米国の支配が続けられてきた。72年から47年が経つ今日まで。
 この場面を見て、愕然とした。70年、71年頃の私たちは、何を見ていたのだろう。私は沖縄返還協定粉砕派だったが、頭はそうでも、足下は佐藤寄りだったのではないか。佐藤の側に居ながら、頭だけで批判していたのだろう。それで批判になっていると思いこんでいたのだろう。一言で言えば、沖縄のことを正視していなかったのだ。
 最も当時の私はまだ20歳前後。青二才の頃だ。しかし今当時の文献に当たっても、沖縄の外の人間が、どれだけ沖縄に根ざすスタンスを作りながら物事を考えていたのか。余りにも心もとない。当時の左翼は総じて、イデオロギーに酔っていた。そんな情けないありさまだったのだと、今更ながらのように思う。
 この47年間、日本は、米国に寄り添う度合いを益々強めてきた。寄り添う寄り添うと言いながら、軍事で飯を食い始め「(米国の)お仲間お仲間」とわめいている。
 この国は、沖縄に、いつまで「過渡期ですから」と言い逃れるつもりか。言い逃れられないから、ただ開き直っているのか。私たちこそが、こんな無責任な「過渡期論」を、密約政治を打ち砕かなければなるまい。泣いている場合じゃないのだ。地続きの歴史を見るためには、自分が辿ってきた道筋を質していくことが不可欠なのだと思い知らされたのだ。

辺野古崎沖に新たな護岸建設の動き(190123)

 今朝の沖縄タイムスによれば、沖縄防衛局は、辺野古崎東側に新たな護岸、N-4(135m)、K-8(515mのうち250m)を工事に着手する見通し。既に環境監視委員会に報告し、サンゴを移植しなくてもそのままやれるとの内諾を得たようだ。

 またジュゴンAの生息が18年12月から確認できなくなっているが、これも新基地建設の工事の影響によるものでないと、沖縄防衛局はしている。ジュゴンの生息は、14年8月以降、辺野古・大浦湾で確認されていない。同年7月から始まった工事の準備過程の時点から追い出されているのだ。それを防衛局は18年12月の工事による影響はないとしているわけだ。木を見て森を見ない、サンゴを見て、海を見ない暴論だ。
 N-4、K-8はK-9に続く、2本目の土砂を船から積み降ろす桟橋にする予定だ。ここは長島との間に当たり、辺野古側からの海流が大浦湾に流れ込む水路になっている。ここが大きく封じ込められたら、大浦湾全体(生態系)に大きく影響するだろう。こうした科学的な調査を一切せずにやっていることじたいが、環境への巨大な圧力になっており、ジュゴンの追い出しのこととも重なっているのだ。
 また、環境等監視委員会のメンバーは、環境破壊の容認役を即刻おりるべきではないか。
 私たちは新たな護岸建設を許さない。

2019年1月22日 (火)

ぶっちぎりというわけには行かなかったが(190122)

 本日やっと、沖展の作品を提出してきました。何とか間に合わせました。予定では4枚で一組の組写真のつもりが、提出のルールで、全部を一枚に張り込んでいないとダメと分かり、今更そんな額縁を買えず、断念。近くの画材屋さんで、多少大きめの額を改めて購入し、単写真と2枚構成の組写真にしました。

 だがしかし新しいプリンターの設定に手間取り、出来上がったのは「未明」というべき時間になっていた。動き始めれば、この機械、案外順調に動いてくれた。助かった。額装もほぼ無事に出来、夕方、那覇の沖縄タイムス社に出してきた。ひとまずほっとしました。結果はお楽しみに。
 お陰で、A3の額が3枚残ってしまったので、こちらは県民投票応援のパネルを急遽作ることにしたい。
 ここ数日沖展に追われていたので、これで当ブログを正常化させることができるでしょう。頑張りましょうね。

2丁カメラについて

 私は通常、2台のカメラを携行している。だからといって、2丁拳銃のようにはいかない。手は2つあっても、頭はひとつであり、ファインダーを同時に2個見ることは不可能だから。そう考えると、あの西部劇に良く出てきた2丁拳銃とやらは本当にあったのだろうか。ガンは両手に2個もてる。引き金も引けるだろう。だが打ち合いに掛ける神経は1個。同時に巧くいくものなのか。こんなことは所詮人殺しの時代のことであり、あってはならないことだが、いささか疑問に思っている。

 私が言う2丁カメラはそんなものではない。2台携行しているからでもない。飛行機等の動体を望遠レンズで追っていると、時に被写体がはみ出る。こうしたときにレンズをさっともちかえる。この逆もある。この動作がスムースにできるか否かだ。
 特に私が神経を使っていることは、軍用機がどれだけ好き放題私たちの頭上でやっているかを記録することだ。人家の上、学校の横、国道の上など。望遠で撮れば、こうしたものを入れることはほぼ不可能だ。飛行路を予測して、ややワイドでその瞬間を撮れば、バッチリ決まるはずだ。こんな2丁カメラを練習中。これは沖縄の撮影術では必修科目だろう。日米政府に騙されないために。軍用機の横暴を許さないために。

日本政府、大浦湾側の設計変更へ(190122)

 安倍政権・防衛省が遂に動き出した。大浦湾側(辺野古崎側)にあることが分かっていた軟弱地盤の存在を認め、設計変更すると。ここは水深30mあるのだが、その海底が約40mにわたって軟弱地盤なのだ。当初設計では、ここにケーソンを置いて埋め立てるはずだったのだ。これが不可。ケーソンとは巨大なコンクリート性の箱。一個が50mプール程であり、高さが25m。1個7500トンもあるそうだ。こんな重い物を置けるはずがないのだ。防衛省は、地盤改良をどうやるのか、まだ詳細を明らかにしていないが、何れにしてもこの方式を変更せざるをえなくなっていた。

 安倍政権は、何故この時機にこの方針変更を明らかにしてきたのだろうか。辺野古側の埋め立てが進み、3月25日から新たな工区に入るといっている。現在進行形の「②-1」が6,3haであり、新工区の「②」は約33ha。全体の埋め立て予定面積が160haだから約4分の一になる。この埋め立ては、20年8月末までかかると言っている。つまり、工事が連続して動いていることを示し続けたいのだ。設計変更は、知事の承認が不可欠であり、国(防衛省)は玉城知事がこれを認めないことを熟知している。だからこそ、現在の埋め立て工事の裏側で、大浦湾側の設計変更の下準備を秘密裏に行なってきた。
 また、2月24日の県民投票の前に、国の意思を打ち出し、揺さぶりをかけてくるつもりだろう。新基地建設を巡る最大の山場が近づいてきたのだ。
 だからこそ、来る県民投票はより一層重要な意味をもってくる。これからも沖縄は、基地の中で暮らすのか(事故や事件にさいなまれながら)、基地から脱却していく第一歩を記していくのか。沖縄の事は、沖縄が決めようではないのか。
 特に重要なことは、国は知事の承認を得られなければ、諦めるかと言えば、否。諦めてくれない。知事の承認権を剥奪してくるだろう。公有水面埋立法じたいの改悪か、地方自治法による代執行によって(裁判になる)。
 沖縄は、ここまで愚弄されているのだ。私たち自身が自治の魂と手腕を獲得していくことが重要なのだ。
 

2019年1月21日 (月)

県民投票キックオフ集会(190126 キャンプシュワブゲート前)

来る19年2月24日、辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票が行なわれます(宜野湾市、沖縄市、宮古島市、石垣市、うるま市は事務を拒否)。

 新基地建設反対県民投票連絡会は、来る1月26日に『県民投票キックオフ集会』を開催します。これにこぞって参加し、県民投票の大成功を実現させていきましょう。
日時:19年1月26日 11時~
場所:キャンプシュワブゲート前(バス【77番か22番】で来られる場合は、「第2辺野古」で下りるのが近い。また付近の駐車場は極限られます。バスか乗り合いでおいでください。集落内での駐車はご遠慮願います。
○高速経由のバス【111番で、117番は止まりません】、「宜野座インター」下車、徒歩3分の「中央公民館前」で前記のバスに乗り換え。

主催:新基地建設反対県民投票連絡会(902-0061 那覇市古島2-6-5 古島テラス
℡ 098-988-1987 ファックス 098-988-1988

2019年1月20日 (日)

「軍事産業に売る海ない」とする菅原文子さんの文を読んで

 菅原文子さんが琉球新報の19年1月18日号に書いていた。「プラハの春と沖縄」と題し、「軍需産業に売る海ない」と。県民投票を5市長が阻む中で、1968年のプラハの春とソ連軍の侵攻を想起されているのだ。

 私にとってもあのプラハの春と夏は忘れることができない。当時のチェコスロバキアは民主化・自由を求めていた。これにソ連は軍事侵攻で答えたのだ。戦車でプラハの街を踏みにじった。このニュースを丁度私は、長野市のさてんで聞いた。ぎょっとした。1968年8月21日午後。忘れもしない。まだ私はベトナム反戦などに関わり始める以前のことだ。
 
 それはともかく、菅原さんはソ連軍の攻撃に耐えて、平和的手段で反抗したプラハ市民からヒントを得ている。「イワン(ソ連軍のこと)に売る花はない」を掲げたプラハの花屋さん。ここから、沖縄に引き付けて、「軍需産業に売る海ない」と。
 東西冷戦の雪解けはこのプラハの春から始まったと。「自国日本の安全より、米国の軍需産業への貢献と米国の安全のために政治の方向性を定めた現政権が続けば、日本は世界にとって危険な国になる。そのとき沖縄は基地の島として、最前線に立つことになる」と、菅原文子さん(辺野古基金共同代表)は警告する。全く同感。
 この海を守ることが沖縄を守り、アジアを守り、世界を守り、人類の未来を守ることに通じてるのだ。これを阻む5市長と保守系の市議たちに、言いたい。あなた方の行動は、現在を映し、未来を奪うことになる。これは私からの警告だ。速やかに県民投票の全県実施に舵を切っていただきたい。軍需産業に心を売りとばさないでいただきたい。
 私たちは記憶していく、皆さんの行動を。

機関銃を外向けに飛ぶ大型ヘリ(190117)

2019年1月17日 曇り時々雨。

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黄色のクレーンが白いものを持ち上げている。何だろう。N-3護岸。8:37
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K3護岸では終日これだ。石を落して敷き均す。9:33
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小型のサギ。良く見たらクロサギ(白色型)だった。最近来ていなかった。9:33
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沖合いを飛ぶCH-53E. 10:43
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K-4鉄板を下ろしている。いよいよこの護岸の道路としての機能がほぼ完全復旧か。
10:47 防衛省は、3月からこちらの埋め立てを始めると言っており、新たな動きに注意したい。
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今日は韓国からのお客様が来た。30名。朝鮮半島が平和に向かうことと、沖縄の行方は一体だから。私たちは韓国の、また朝鮮民主主義人民共和国の人々のことも意識していたい。11:54
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今日はCH-53だ。大型だけに音は凄い。12:16
テント付近からは余り見えず追いかける。
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国道329号の辺野古川が流れるそばの「辺野古」バス停付近から演習場方面。信号機の高さと比べて。13:06
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ヘリパッドに下りる。手前のライトは沖縄高等専門学校のグランドの設備。13:06。
私は坂を上がりバイパスへ。
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丁度下りる。13:45 後部ハッチが開いている。機関銃が出ている。こんなで飛んで居るのだ。軍事演習だから、か。バイパスまで2,300メートルの距離。沖縄で、よくみれば、これが日常。ぞっとする。
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2機が高専を超えて飛び去った。13:54 今日のここでの訓練は約2時間におよんだ。
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テントに戻れば、K3で。根固め袋材が置かれている。14:31

2019年1月19日 (土)

今私たちに何ができる(19年2月24日に向けて)◎拡散願います

「辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票」まであと36日になった。宜野湾市、沖縄市、宮古島市、石垣市、うるま市の5市がこの事務を拒否している。おかしなことに何れの市も米軍基地があったり、自衛隊基地建設の当事者だ。何でまたと思う。県民・住民の命の営みよりも基地・軍事が大切なのだろうか。一人ひとりの権利を奪うことになる投票事務の不実施の決定を直ちに撤回すべきだ。

◎そうだ、行政不服審査請求がある。これを集団的にやれないのか。
◎私は私で画像で示すつもりだ。
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名護市二見のトンネルの交差点で、190115 
丁度基地建設の工事車両が出てきた。
運転手さん、あなたも投票に行ってくださいね。
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コンクリートミキサー車だ。民意まで潰さないでください。お願いだから。190115

沖縄での全県での県民投票を迫りましょう

◎下記の呼びかけがありました。共に全県での県民投票の開催を迫りましょう。(ヤマヒデ)
 沖縄県では、「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を
問う県民投票」を、2月24日(日)に予定しています。
この投票(条例)は、沖縄全県から実施を支持するおよそ
10万筆の署名があって制定されたものです。条例制定のために
必要な署名数は県内有権者の50分の1(2万3171名)ですが、
実にその4倍の以上の有権者が実施を求めたことになります。
また、昨年12月29日に「新基地建設反対県民投票連絡会」
が沖縄県で実施した世論調査によれば、全体の74%が県民投票
に賛成と回答しています。
※総数2067人、「賛成」1522人(74%)、「反対」389人(19%)、
「どちらとも言えない」156人(8%)
しかしながら現在、宜野湾市、沖縄市、うるま市、宮古島市
石垣市が、実施のための関連予算の執行を拒否しています。この
5市の有権者は昨年9月末の時点で計約36万人に上り、県全体の
約3割に及びます。
※なお、県民投票にかかる経費は全て県が支出しますが、この県
からの交付金を財源として、県民投票の事務を執行するための
予算案が否決、または宮古市については削除されています。
これを受け、「辺野古」県民投票の会・元山仁士郎代表が、この5市
の県民投票の実施を求め、1月15日(火)から宜野湾市役所前で
ハンガーストライキを行っています。水のみを摂取するということで、
開始から4日が経過しています(1月18日現在)。
元山代表は、新外交イニシアティブ(ND)の事務局スタッフとして勤務
していたこともあり、現在でも沖縄米軍基地問題をはじめとする様々
なプロジェクトを共に進めています。
皆様にも、県民投票実施に向けたご支援をお願いいたします。
ハンガーストライキの詳細については、下記、及びWEBページ
「Hunger Strike for the Henoko Referendum  県民投票への参加を
求めるハンガーストライキ」( https://hungryforvote.net/ )をご覧
ください。
「目的・期間・条件」
目的/2月24日に行われる県民投票に市長が参加を表明する
期間/1月15日から、5市の市長が参加表明するまで
条件/水のみ
場所/宜野湾市役所前(宜野湾市野嵩1-1-1)
「あなたに出来ること」
①宜野湾市役所前に置いている請願書で署名する
②オンライン署名をする(Change.org)  
 https://bit.ly/2ROYtzW
③市役所に電話する
 宜野湾市 098-893-4411
 沖縄市(秘書広報課)098-939-1212
 うるま市(企画部秘書広報課)098-973-5079
 宮古島市(企画政策部秘書広報課)0980-72-3750
 石垣市 098-082-9911
④請願書を印刷する
上記ホームページ内にある請願書用紙を印刷して沖縄県民の
署名を集め、上記ホームページにある所に届けるか郵送する。
1月21日必着
⑤県民投票ガイドブックを見る
 https://hungryforvote.net/content/guide.pdf
⑥寄付をする
 https://henokokenmintohyo.okinawa/#donation
⑦このメールを転送する
どうぞよろしくお願いいたします。
====================
発行:新外交イニシアティブ(ND)事務局
〒160-0022 東京都新宿区新宿1-15-9 さわだビル5F
TEL 03-3948-7255 / FAX 03-3355-0445
E-mail info@nd-initiative.org <mailto:info@nd-initiative.org>
Web http://www.nd-initiative.org/
====================

2019年1月18日 (金)

一気にブッチギリでいきたいものだ(190118)

 今日は辺野古をお休み。漸く3月9日の大西順子トリオのチケットを購入。いやぁ、いい席を取れた!大西順子はジャズ・ピアニスト。私が聴いていたのは、90年代後半だろうか。当時聴いていた女性ピアニストでは高瀬アキがいた(彼女は、90年代半ばにドイツに活動基盤を移してしまいいなくなっていた)。そこに彗星のように現れた大西順子は抜群だった。だが、数年のうちに日本のジャズシーンから消えてしまい、どうしたんだろうと思っていた。数年前から復活していると聞いていたが、私が沖縄にきている以上、再び聴くことはかなわないと思っていた。これが琉球新報とラジオ沖縄の主催で、コンサートがあるときいたときには、朝のテント村で、場違いにも歓喜してしまった。だが忙しくてなかなかチケットを買えずにいたのだ。後は本番まで生きていなければならぬ。パーソナルは井上陽介(b)、高橋信之助(d)だ。

 そして今日のメインテーマは、プリンターの購入。A3までプリントできるプリンターの専用機だ。一般の印刷は従来の物を使い、こちらは写真のプリント専用にすれば、ランニングコストは相対安上がりでいけるだろう。これを無事に買ったので、沖展の出品作を自分でできる。また県民投票に向けた物も自由自在に出来るはずだ。ヨシッ!
 しかし世間にはオバカが仰山いるな。沖縄県民が県民投票を全県下での実施を呼びかけてきたものの、5市長(宜野湾市・沖縄市・宮古島市・石垣市・うるま市)が立ちはだかっている。これに対して止むにやまれず元山仁士郎君がハンストに起ち上がった。これを誹謗して、「ハンストはテロ」だと断じる輩がいるようだ。もっとも「デモはテロ」だと言って恥じぬ自民党の国会議員が居るから驚くには当たらないが。
 ばかばかしくて正面からの反論はしないが、自爆テロの本家は大日本帝国軍隊(皇軍)ですぞ。沖縄戦でも将来ある若者たちが爆弾を身にまとわされて米軍戦車に突っ込まされたのだ。ハンストは他人を傷つけない。辱めることはあっても。「ハンストはテロだ」というのは、よほど身に疚しいことをやっているからだろう。住民は条例の制定改廃請求権を持っており(地方自治法第12条)、この条例は地方自治法第74条に基づき請求され、沖縄県議会で可決されたことにより実施されるのだ。それを5市はサボタージュ。住民の意思を貶める策謀に抗議することのどこがテロなのだ?!こういえるのは、自身が「安倍国」の独裁体制を正当だと思っているからだろう。アキレ!、カエル!
 沖縄の事は沖縄の人々が決めよう。
 追記:プリンター等を買ったことは書いた。ついでに本屋に行ったので、例の「宝島」はないかと思ったが、やはり売り切れ。版元の増版の予定が未定だそうだ。直木賞とか芥川賞を取ると、これだから。先ほど直木賞をとった本で、自分が読んだ本は7冊と書いたが、受賞直後に読んだ本はないですね。

護岸工事の横で水陸両用装甲車が試験走行(190116)

2019年1月16日 曇り後雨

巡視船1隻。今日のカヌーチーム15艇は琉球セメントの安和桟橋(名護市)へ出たようだ。
大浦湾に抗議船1隻。
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今朝も土砂運搬船3隻がきた。8:11
沖合いから戦闘機音。東へ。
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水陸両用装甲車が出てきた。2両。9:00
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N-3土砂投入が始まっている。9:11
因みに手前がKー1、下から2番目の×のブロックがN-5. 上の黒の根固め袋材と白のシートがN-3の護岸です。分かりにくいと思うが。
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K-3護岸に大型トラック。K-4護岸にクレーンと重機。9:12
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下ろしている。鉄製のガードレールです。9:24
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水陸両用装甲車がバックで海へ。9:29
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溶接作業中。ガードレールを繋いでいる。9:48
そうか、漸く18年7月末の段階に戻るだろう。散々、台風で壊されたり、撤去したからね。
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こまかい話で恐縮ですが、アルソックが私を見てる・撮っているのか。9:48
私は漁港の護岸におります。そちらさままで約100m離れています。
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虚しいよね。お金のためだって。9:49
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3台並んでガードレールの設営だ。10:11
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この姿は何だ? 波が揺らめいているせいか。過去にこんなのみたことない。護岸K-1から3ができ、外からの波が揺れ動いているのだろう。要観察ポイントだ。10:07
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何をしているのか近づいてみる。左側の先頭部にある青の張り紙(紙じゃないだろ)は何だろう。10:19
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沖合いにオスプレイ2機、東に飛ぶ。10:20
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シャベルカーもでてきた。こちらは別の部隊でしょ。10:21
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バックから前進。10:23
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こちらはわざわざ回転。こっちを向いてくださった。10:31
侵略・殺人部隊に「いい男」など、ありえない。
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3両目。こちらはクレーン車。故障などのときに牽引するタイプ。10:31
青ヘルのお兄さんは、整備兵だろうか。
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3両揃って戻ります。10:42
試験走行だったのか。
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MC-130.沖合いを東に。10:45
13時頃から雨。寒くなってきた。
テントの北側でヘリが演習していた(音のみ)。
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テント2.ネコは丸くなる。コタツがなくてごめんね。15:53
まだカヌーチームは帰ってきていない。連絡もないが、我々は先に帰ります。

直木賞に「宝島」(真藤順丈著)だと

 今回の直木賞に真藤順丈さんの「宝島」が選ばれたようだ。私は未読であり、何も紹介できることはないが、沖縄戦後のアギヤーたちが主人公。何もない時代に「別世界」だった米軍基地から物資を盗み出して、生活の糧にしていた、せざるを得なかった時代生きた人々を描いているとのこと。

 若い著者が、この時代をどう見て、描いているのか、興味深い。あれから70年余りの時間がたち、大きく変わった今。米軍基地は未だに巨大であり、その影響力は絶大だ。米国への従属という悪弊を断ち切れないこの国の指導層は意固地になるばかりだ。
 
 非文学的な私だから、歴代の直木賞作をどれだけ読んだか、チェックした。たったの7冊だった。人間は理性や悟性だけで動いているものではないが、それにしても金権と情動だけで動く近頃の「人間性」なるものを克服しなければ、人間界は破綻する。
 大衆文学は売れ筋を外すことはないのだろうが、多くの人が金権と情動の中でもがいている今、そこをかきまぜる面白い働きをもてれば、いいな。
 アギヤーたちは、生きることに真っ直ぐだっただろう。今は横向いたり下向いたり、現実逃避策が多すぎる。何事も曖昧にされ、忘れられていく。
 
 「県民投票」を巡ってもそうだ。2択じゃならぬ、4択に、これが蹴られたら、5市長は県民投票事務をやらぬと、曖昧にして、無効化する策略に出てきている。
 そもそも基地・軍事を曖昧にはできないものだ。これが沖縄の、沖縄戦を経た総括だったはずだ。軍隊は住民を守らないと。
 こんな暮らしに誰がしたのだ?! 

朝鮮通信使随行画員展(高麗博物館 新宿区大久保)

「画員たちはどんな絵を描き残したのか」

日時:18年12月5日から19年2月3日
会場:高麗博物館(市民が作る日本・コリア交流の歴史博物館)
    新宿区大久保1-12-1 韓国広場ビル7階
開館時間:12;0から17:00
休館日:月、火曜日
℡ 03-5272-3510
e-mail  kh@kouraihakubutsukan.org
url: https://kouraihakubutsukan.org
入館料:400円(中高生 200円)
 日本の通信使にゆかりのある自治体などでつくる「朝鮮通信使縁地連絡協議会」と韓国の「釜山文化財団」が歴史資料111件、333点を共同で申請し、ユネスコの「世界記憶遺産」に登録されました。
 江戸時代の260年間、日本と平和的な友好関係の象徴として12回に亘って朝鮮通信使が来日しました。そのたびに、朝鮮を代表するが画員が随行し日本人との豊かな交流がありました。記憶遺産に登録されたものの中には、彼らが日本で描いた絵や朝鮮で描いた絵、日本の画家が描いたものもあります。
 高麗博物館では2013年に「朝鮮通信使随行画員展-画員たちはどんな絵を描き残したか」を開催しましたが。今回、世界記憶遺産登録にちなんであらためて展示しますので、ぜひご来館ください。
○江戸時代に行なわれていた朝鮮通信使とは何であったのか? 如何にして江戸幕府に認めさせ、釜山から江戸まで歩いたのか? この歴史は日本近世史のみならず、日本近現代史を通じて稀有なことがらとなっている。当時の力関係の中で、異文化交流は如何に図られたのか、大いに興味がある。決して過去のことでないものがあるはずだ。私も行けるものなら行きたいものだ。(ヤマヒデ)

映画会「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」(190123名護)

2017年に話題になったこの「米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー」の上映会がある。

未見の方も、再見の方も、どうぞ。沖縄の歴史の中で、抵抗の人生を送ったカメジローを、私たちは、今、どうみるのか?
日時:19年1月23日 18時30分開場 19時上映開始
会場:名護市市民会館大ホール
主催:名護映画センター 問い合わせ080-8570-0181
料金:1000円 当日 1300円
℡予約 080-8570-0181(福地) 受付時間:10時~18時
www.kamejiro.ayapro.ne.jp

2019年1月17日 (木)

午後は概ねゆったりと(190115-④)

2019年1月15日 ④ お昼前にテントに到着。一休み。

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12:20 ヘリの音で座りながら撮影。CH-53だ。座りながら撮れることは殆どないのに、沖合いを東へ低空で飛んだようだ。
13時25分ごろ由里さんから電話が鳴る。浜に何者かが居るらしい。来てと。
これだった。
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エイの仲間だ。由里さんの話ではマダラトビエイの子ども。13:29
体幅は30センチ余り。尾は長い。1,5mほどある(毒棘をもつ)。
二人ともこの付近でマダラトビエイを見たのは初めて。通常は60m以浅の砂地の海にいるらしい。何らかのことで打ち上げられてしまったのだろう。
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前から見ると。左側に5センチ弱の傷がある。頭は海の側に向いている。合掌。
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土砂運搬船が出て行った。13:46
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K-3護岸にトラックが来て砕石を落としている。14:00
何を今更やっているんだろう。
海上行動は昼すぎに打ち切ったと連絡が入る。
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頭上にはMC-130. 14:00 南東に飛ぶ。
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砕石の山が4個。14:07
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米軍のF-15.沖合いだが低い位置を飛んでいる(東へ)。14:27
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頭上をKC-130か。14:54
今日は米軍機が多かった(以上のほかにも)。
 午後の来訪者は少なかった。東京からお一人、私のブログをプリントしたものを持ってきた人が居た。全く初めて辺野古にきた方に、どれだけお役に立てたか分からぬが、ゆったりとお話できたことは良かった。 

2019年1月16日 (水)

歩きながら撮る-油断してはダメ!-ということ(190115-③)

2019年1月15日 ③晴れ

9時過ぎに瀬嵩のおやまをおりて、いざ、辺野古テント村へ。折角の機会なので、歩きながら、撮影モードで行こう。
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大浦への途中で。ランプウェイ台船(左)、土砂運搬船(右)。後者のクレーンが動いており、奥のランプウェイ台船に土砂を積み替えている。9:49
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橋の上から。6から7隻。10:00
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幻視でもらいたいでなく、追い出さなければならぬ。大浦湾に土砂運搬船は似合わない。
10:02
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ふと見上げれば、こうだ。10:07
2つのトンネルを抜けると
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二見の信号。2月24日の県民投票へ。
すると、そこの基地建設の建設現場から出てきたコンクリートミキサー車が通過。そうですか。
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ピタリと成功。運転席のガラス越しに「2・24」が浮き上がる。だが運転手さんのお顔は見えない。工事強行に負けずに、県民投票に行きましょう! 10:23
因みに私は連続撮影を使っておりません。
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北勝建設のトラックが出て行く。ほこりを巻き上げながら。10:29
反対車線の歩道から撮影。先頭車両を右側に何処まで引き付けるか。そのラインにピントを合わせておく。道路のカーブを巧く使うこと。
色気のないトラックばかりじゃね。
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ハゼノキ 10:33
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何度も撮りました。こうして工事が進んでいることも直視しなければならないのは辛いが、辛いからこそ、何をどう撮るかなのだ。10:35
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弾薬庫前から大浦湾を見る。11:05
テント村までもうひとがんばり。
歩きながら考え、随分ヒントを得ることができました。歩くことは時間はかかるが、絶対に無駄にしない。

こうして土砂投入が行なわれているのだ(190115-②)

2019年1月15日 晴れ 大浦湾瀬嵩のお山から。

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7:47 神々しい世界だ。
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土砂運搬船が近づいてきた。8:10
辺野古を埋めるための物をもってきた。許せぬ!
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k-9護岸にいつの間にかダンプ12台が並び、左から2台がやってくる。8:13
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重機が動き出した。8:16
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カヌーチームが6艇でてきた。8:20
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8:21
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大浦湾の中に入ってきた。8:23
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大浦湾中央部に居た運搬船からランプウェイ台船(左)に土砂を積み替え始めた。8:25
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k-9護岸近くでオイルフェンスを挟んで海保とにらみ合うカヌーチーム。8:26
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中に入ってきた土砂運搬船。8:27
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入ってきた4隻(手前中央は昨夜からいた)。8:32
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大浦湾を移動する運搬船。8:41
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並んでいたトラックは0に。8:45
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手前からランプウェイ台船、土砂運搬船、巡視船。大浦湾を席巻している。8:45
ちなみに今朝の集計。
土砂運搬船     3+4(今朝入ったもの)
ランプウエイ台船  3
クレーン台船    2
積み荷の平台船  2
巡視船(湾外)   1
計        15隻
他タグボートなどなど
もっともっと抗議の声を!! 止めるために!
私は9時過ぎにお山を下り、辺野古に向かう。

2019年1月15日 (火)

大浦湾の朝-震えるほど美しい世界で何が起きている(190115-①)

2019年1月15日。昨日の疲れも何のその、私は有津(あっつ)行きのバスに乗った。

大浦湾の瀬嵩で下りた。6:30 まだ真っ暗だ。
浜に出る。
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キャンプシュワブ方面。基地が放つ光。6:40
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左(東)側 なんともいえぬ世界が広がっている。6:43
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空がすきとおっている。6:48
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6:50 水面も。ただただ撮るしかない。
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潮が引いている。足下まで水が。6:58
うっかり、水溜りに足を突っ込んでしまった。まだ暗いのだ。
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アーサ。7:06
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不気味に静かに佇むランプウエイ台船。7:07
やや明るくなってきたので丘に上がる。
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7:22 いつの間にか太陽が出ていた。
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大浦湾の東から上がった。7:23
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7:22
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こんなだ。台船が多数。フロートの右端がK-9護岸7:25
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7:26 震えるほど美しい。
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あれ、今日は土砂運搬船が船団を組んでやってきた。4隻だ。7:37
来るな!

強襲揚陸艦ワスプが現れた(190114)

2019年1月14日 晴れ。

テントに行ったら、佐世保から強襲揚陸艦ワスプが沖合いにきていた。
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漁港沖に。逆光なので、見にくいが、ワスプだ。8:18
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日本は3連休。埋め立ての工事はやっていない。10:23
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しかしこちらはお仕事中のようです。潜水調査。10:25
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10:33 お仕事中の両者。
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米軍の暦は違います。水陸両用装甲車が出てきました。10:34
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横を向いた。全長250mある。F-35Bが5機乗っています。10:35
◎新聞報道によれば嘉手納基地に7機飛来(琉球新報190115)。この甲板の5機と合わせると12機か。
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私は松田浜へ。水陸両用装甲車が海に出た。10:50
少しでも近くへ。漁港の先端へ移動。
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手前のオイルフェンスは漁港から外洋への航路の浚渫作業に伴うもの。11:04
装甲車が左から右(西)へ、すり抜けていく。
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潜水調査の相棒格のマンタ船。11:15
防衛局に雇われている彼らは、海が好きなのだろうに、何故、海を殺す仕事につくのかな。待遇がうんといいのかな。本音を聞いてみたいものだ。
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装甲車が沖合いを行く。11:16 だが、ワスプに乗りこまなかったようだ。忽然と消えた。南の視界外に出たのだろう。
ここで私はテントに戻る。テントに来訪者大入り満員。
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沖合いをオスプレイが飛ぶ。ワスプに下りないか? 下りなかった。13:48
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15:03 平島近く。後部のハッチを開けている。
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15:05 水陸両用装甲車が戻ってきた。
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15:10 ヘリが甲板近くを飛んでいる。
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15:14 こうした動きにも要注意だ。
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戻ってきた装甲車。15:14
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15:21 ラスト(4両目)が上がった。
明日はどうなるのか? 暫く目を離せないな。

夜明け前から撮り、撮影モードで歩いたら(190115)

 今日は夜明け前に家を出て、大浦湾の瀬嵩(せだけ)で撮影。概ね予定通りの撮影が出来た。6時30分から9時まで瀬嵩、辺野古テント村に着いたのは、11時40分。すっかり撮影モードになってしまった(まっすぐに歩けば90分)。

 私は「歩くフォトグラファー」を自称しているので、歩きながらの気付きを重視している。今日、気づいたのは、二見トンネルから弾薬庫前の坂道で、眼下に運搬船が見えた。これを背景にゲート前から入っていくトラックを撮ったら、ダブル搬入を一度に撮れていいかも。また第2ゲート前のバス停を入れて、ゲートから入ろうとするトラックの群れとか、抗議集会に集った人々を撮るのも、絵になりそうだ。もっとも何事も予定は未定であり、思惑通りにいかないものだが、パースぺクティブをもっていれば、その状況の中で、瞬間的に動けるのだ。こうして宿題はたまっていくのだが。
 そして今日の成果は、3月締め切りの「視点展」のタイトルが浮かんだこと。まだそれを明らかにするのは差し支えるが、写真選びの前にタイトルが決まっていれば、構想を練るのも素早くできる。追加撮影も適格に可能だ。頑張ります。

2019年1月14日 (月)

あーぁ、忙しかったけれど(190114)

 この3連休は忙しかった。今日もまた。これを「土砂投入効果」と言っていいのか分からないが、何れにしても県内外からの関心が高まっていることは間違いない。

 私の話は基本30分。相手の反応をみながら、60分にも90分にもなることもある。今日は朝から沖合に米国海軍の強襲揚陸艦ワスプがきていた。この関連でどんな動きがあるのか外を注意しながら、来訪者に対応していた。
 こうしたときの来訪者はラッキーなのだ。あそこに見えるのが佐世保からやってきた船であり、海兵隊はこれで海外に戦争(演習)に行きますと。実物教育が出来るからだ。全長250m。まして浜辺から水陸両用装甲車が出たりすれば、よりリアルだ。「これが停泊できる岸壁を大浦湾に造るのです」から始められる。要は普天間の危険性の除去は口実で、ここに新基地建設が狙いなのだ。それも米軍のみならず自衛隊が使う基地になるのだ。
 
 今日の私は2度ほどテントを離れてこのワスプ等を撮りに出た。その合間に幾つかのグループや個人に話した。暗い顔をされたり、うんざりされたりすると、申し訳なくなるが、ここは泣いていただきましょう。ここはこらえていただきしょう。泣いたり、こらえたりすることから、ご自身が思い悩んできたことが見えてくるはずだからだ。
  
 私は失礼ながら、「今回の沖縄への旅は如何なる目的ですか?」、あるいは、「どんな行程ですか?」とお聞きしている。これがわかれば、そこに焦点を合わせたお話ができるからだ。だから細かい話でもいいから、一言二言返していただけるとありがたいのだ。
 
 今日お出でになった方々に、この質問に即答いただいたグループがあった。知っています、私は皆さんの集いのことを新聞で読みました、とあいなった。このひとことで、俄然、お互いに心を開いたのだ。関連した話も出来る。あなたが新聞に書かれた方ですかから始まり、人の中の多様性を大切にすることが、国に縛られ、命を投げ出されてきた沖縄の歴史を克服する契機になるだろうことや、朝鮮半島を巡る軍事情勢と沖縄などの話が出来た。
 
 突然ですが、私自身の両親や親類に戦争で殺された人は居ないと聞いている。また、民族の違いなどを痛感させられたこともないが、自分の中にある、ある種の違和感を大切にしてきた事は、今日まで重要なことだった。それは小学校時代に母親がなくなり、父子家庭で育ってきたのだ。また隣に養護施設があり、彼ら彼女らは遊び友達だった。余りにも当然なことだが、親がいようがいまいが、子どもは育つ権利があるし、そこに差別があってはならないはずだ。しかし学校と言う場で起きた彼らへの差別の視線に対して、これを許さないとの思いが沸き起こった事件に遭遇している。こうした体験から反差別の意識が生まれたが、いささかネガティブな思考に過ぎたのかもしれない。人間の多様性、個人の中の多様性に気付き、ポジティブに考えるべきだったのだろう。
 こうしたことを再確認できたことは、今日の何よりの成果だった。そしたら、このお出でになったメンバーに、案外古くからの知り合いが居たのだ(お顔を忘れていた)。名刺を手に取ってまたびっくり。懐かしやでした。(「家族写真を巡る私たちの歴史 在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」(御茶ノ水書房刊 ミリネ編、皇甫康子責任編集)を巡るブックトークやワークショップが那覇で開かれた)。
 そんなこんなで、忙しかったが、元気もいただいた一日になった。

今日で土砂投入1ヶ月(190114)

 2019年1月14日の朝を迎えた。2018年12月14日に始まった土砂投入から1ヶ月を迎える。辺野古崎近くの区域②-1は、既に半分近くが埋め立てられている。既に埋め立て工事はルーティンワークと化しており、既成事実が積み上げられており、自然が民意が打ち壊されている。

 この国は沖縄県が行なった埋め立て承認の撤回に目もくれず、姑息にも一時停止だけで、工事を再開したのだ。県は、「私人」のみがこの行政不服審査請求と言う手法を使えないものを沖縄防衛局が恣意的に使っているとして、総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」に申し立てている。これがどうなるのか(2月28日までに結論)。いずれにしても国(防衛省)のこのやりかたは、地方自治を実質的に奪うものであり、断じて看過できない。今もこうし「戦前」に回帰しているのだ。否、戦争が出来る国を目指している安倍政権にとっては、新たな戦争国家の創出の一歩なのだろう。
 埋め立てという実質と、行政権の恣意的な運用、自治の剥奪、民意の無効化の中で、私たちは如何に対処するのか。現場での闘いが続く。国内外での関心も格段に高まってきた。
 「沖縄の事は沖縄が決める」ことが、決定的に重要だ。これは沖縄の歴史からして当然のことだが、何も沖縄だけのことではない。住民自治の不可欠性は何処にあっても重要なのだ。一人ひとりの基本的人権を守り抜くこととも密接に重なっている。
 沖縄の中での意識が、たたかいがまだまだ弱い。分断がまかりとおって居る。お金による分断、上位下達の発想・無関心。74年前の沖縄戦を想起し、以来の基地を、沖縄のあり方を巡る闘いを想起しながら、私たちは如何に歩むべきかを定めていかなければならない。2月24日に設定された県民投票はそこにむかう第一歩である。
 この状況を、沖縄の闘いを再び孤立させてはならない。「沖縄だから仕方がない、沖縄が戦場になるのは止むおえない」などの考えを私は断じて看過できない。万が一にそうなったら、皆さん方もどうなっていくのか、ご賢察願いたい。海を守ることは人類の未来を繋ぐことになるはずだ。戦争への道は人々の命の営みを押しつぶしていくのだ。
 土砂投入1ヶ月という節目に当たって、私も何ができるのかをもっともっと考えたい。必ず止めたい。止める。

3連休の来訪者に追われた一日(190113)

2019年1月13日 晴れ 今日はいい天気。1月とは思えぬ暖かさ。

辺野古漁港の浚渫作業以外の動きなし。
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N-3護岸にトラック等なし。8:22
9時頃から来訪者続々。私は7人・団体にお話した。たまたま沖縄にきた途中で寄った方々の関心も土砂投入以前と明らかに異なっている。危機感が広がっているのだ。
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カヌー練習の人たちがきていたが、私はまともに撮る暇もなかった。10:24
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大浦湾に入っていた土砂運搬船が出て行った。11:06
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おっと、先にも居たようだ。11:07
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西へ向かう。11:22
北海道から来たお一人と1時間余りお話した。私も北海道には随分行ったので、共通する話題も多く、北海道と沖縄との連帯の方向性を話し合った。
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彼が下さったものをテント内に張り出した。一言一言に彼の思いが詰まっている。12:44
13時30分頃東京の大学の一行が来た。30分がやはり1時間に伸びた。
一休み。
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Rが骨に噛み付いている。14:35
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私が前に居ると影を作ってしまう光なので、自分はほぼ横に寝て、体を低くして撮る。
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MとC。犬の表情と言う奴を漸く撮れるようになってきた。
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目の前に居てカメラを構えても咆えられないのだから、それだけでヤッタネ!なのだ。
座り込みは犬たちともやっています。
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朝からここにいる監視船の人たち。ご苦労様だ。14:42
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ふと見上げたら、米軍の対潜哨戒機P-8だった(東に飛んだ)。近頃遭遇の機会がやたらと多い。14:42
県内外からの来訪者の皆様へ。一人ひとりが見たこと、知ったこと、考えていることを伝えて欲しい。

2019年1月13日 (日)

できない!つくらせない!辺野古新基地       1・20新宿アクション

【拡散希望】
★・。* ☆彡★・。* ☆彡★・。* ☆彡★・。* ☆彡
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   できない!つくらせない!辺野古新基地
      1・20新宿アクション

★・。* ☆彡★・。* ☆彡★・。* ☆彡★・。* ☆彡
。* ☆彡★・。* ☆彡★・。* ☆彡。* ☆彡★・。*

政府の強行する辺野古の海の埋め立て――
沖縄の民意を無視した法律違反がまかり通っています
あなたは「仕方がない」と考えますか?

辺野古の海を埋めるな!首都圏連絡会(埋めるな!連)
は、政府による辺野古への土砂投入強行という事態を
うけ、辺野古の現状を伝えるリーフレットを刷新して
あらたなキャンペーン行動に取り組みます。
1月20日、新宿アクションにぜひご参加ください。

★できない!つくらせない!辺野古新基地
1・20新宿アクション★

☆1月20日(日)☆
13時30分~14時30分
 三箇所にて、同時にリーフレット配布とアピール
 埋めるな!連・青いのぼりを目印にお集まりください
 ・新宿駅西口前
 ・新宿駅南口前(甲州街道側)
 ・新宿三丁目交差点
15時~16時
 新宿東口アルタ前に集まって大アピール行動!

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【辺野古の海を土砂で埋めるな!リーフレット第5弾】

―沖縄の民意を無視した法律違反がまかり通っています―
・辺野古の海はいのちの海
・違法な工事に対し「承認撤回」、しかし政府は工事を強行
・辺野古の海に土砂投入 全体のわずか4%
・辺野古新基地が造られても普天間は返還されない
・埋め立て予定地はマヨネーズのような軟弱地盤
・工事費は当初計画の10倍=2兆5千億円にも!
―あなたは「仕方ない」と考えますか?―

*各地で、さまざまな場で、このリーフレットの配布に
ご協力ください。製版でき次第ブログでもご紹介します
https://henokoumeruna2018.exblog.jp/ 
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辺野古の海を土砂で埋めるな!首都圏連絡会
https://henokoumeruna2018.exblog.jp/ 
連絡先:
〇辺野古への基地建設を許さない実行委員会
 TEL・090-3910-4140
   (沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)
〇平和を実現するキリスト者ネット
 TEL&FAX・03-3813-2885
〇辺野古・高江を守ろう!NGOネットワーク
 Emale・henokotakaengo@gmail.com 
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高台から土砂投入現場を見た(190112)

2019年1月12日 晴れ

今朝も同じ光景。
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土砂運搬船が2隻きた。K-9護岸に入る。8:11
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今度は出て行く。8:57
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N-3護岸にトラックが入ってきている。10:19
朝からだが、逆光が強いと撮れず。
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もう一隻出て行く。11:00
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やけにまっすぐ西へ。河口沖。11:26
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土曜日は各地の方々が差し入れ弁当。琉球のお正月料理。見栄えがあり、ついつい撮った。おいしかった。海上メンバーもいただきました。11:41
海上行動は14過ぎ終了。風波が強く。行動中、拘束された人が海保のGBで船酔いしてしまう。海保は大浦湾の開口部まで連れて行くため波が荒かったようだ。
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食後のぜんざい。おなか一杯でした。
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辺野古川のきらきら河口。12:29
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テント裏に咲くスミレの仲間。12:32
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巡視船がお帰りです。戻ってこないで! 13:32
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土曜日なのにヘリの音。ドクターヘリだった。ご苦労様です。14:01
お天気はほどほどだし、来訪者も少ないから。
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私は豊原の高台へ撮影に。ツツジの仲間が美しい。14:32
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こうです。2本のクレーン。奥が今の土砂投入の現場。だいぶ赤土が入ってしまっている。14:41
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手前のK-1護岸に土砂。奥の土砂投入現場にトラック4台とブルドーザー1台。14:45
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ややしつこいですが。これが現実。悔しさを焼き付けて。
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こちらにも注目。コンクリートプラントの奥。赤土が積み上げられている。14:49
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トラックが5台。落としてる(左)。14:53
場所を移動。
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携帯局のアンテナの下。15:08 陸域の変化も忘れてはダメ。
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シュワブ岩。奥は安部オール島(右)。
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右奥がキャンプシュワブ。左奥が辺野古の上の集落。15:14
更に移動し、辺野古へ
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真正面だが高さが足りない。ここはダメだ。15:31
テントに戻れば来訪者3組。皆様お疲れ様でした。
なおゲート前からの搬入は11日、12日と2連休だった。

軍事にもっと目を向けて(190113)

 私はブログの中で軍事を大きく取り上げている。沖縄だから目が行くだけではない。軍事は、巨大な人殺しの、自然破壊のシステムだからだ。そんなものが巨大な利権とつながり、金儲けになっているからだ。憲法9条を守っていれば、平和で居られるという時代は終わっているのだ。否、これがそもそも勘違いだった。沖縄を軍事拠点として米国は、日本国に『平和憲法』を与えながら、再軍備を図ったのだ。この矛盾の極みが安保体制なのだ。

 戦後日本の経済復興は、朝鮮戦争と、これを梃子とした沖縄の基地強化で進んだ。今新基地建設の中心企業である大成建設はまさにこの中軸だった。沖縄や朝鮮半島の分断をよそに押しやり、私たちの視界の外で、この国は軍事化のベースを作ってきたのだ。知らぬが仏。 
 
 私が一番最初に米兵を見たのは神奈川県横須賀の町だった。1950年代後半のことだ。米兵は街にうじょうじょいた。正にここはアメリカの如しだった。いつの間にか大幅に減っていた。1960年安保を境にしてのことではなかったか。
 軍隊は人殺しが本務である。「自衛隊」といおうが、なんと言おうが、字面で事の本質を隠せない。今正に自衛隊は、米国・米軍の指令下で動かされていくだろう。もはや自衛隊も戦争法を経て、列記とした軍隊のお仲間に組み込まれた。堂々と両軍は一体的な演習を誇示するまでになった(19年習志野空挺団の降下訓練初め式等)。
 私が沖縄で見ていれば、2017年の朝鮮半島危機の最中の米軍や自衛隊の動きを見ていれば、一目両全だった。だからもっと皆さんも具体的な米軍の動き、自衛隊の動きに注目して欲しい。演習であれ、本番であれ。否、本番にさせないために。人殺しでも何でも儲かればいいという発想を克服したいものだ。
 軍事は余りにも具体的なことなのだ。その破壊力はどのように命を断ち切るのか。具体的だからこそ、徹底的に隠される。あたかもかっこよくみせかける。知らぬが仏でいってしまえば、オシマイなのだ。軍隊は、こんな狭い沖縄になぜ拘るのか。ここは世界でも稀な素晴らしい演習場だからだ。演習区域に制限されず、その内外に家があり学校があり、人が住んでいる。そのど真ん中で軍事演習ができるからだ。夜間訓練、吊り下げ訓練、パラシュート降下訓練、などなど。こうしたやりたい放題を認めてくれるのは、米国・米軍と言えども、日本政府だけなのだ。「粛々」とオーケイ!
 日本て、たいした国だったんだ。『美しい国』なんだ。涙がこぼれるほど悲しい国だったんだ。辺野古・大浦湾の自然を粛々と壊しながら、「サンゴを移しました」と平然と言える愚か過ぎる首相の支持率がまだそこそこあることが、有権者のオバカさん加減を示してくれている。だがなぜここまでバカ国になったのだろう。カモフラージュに誤魔化されてきたし、生きているという感覚を失ってきた。それにしても何故なのだろう?
 ひとまず私は、軍事の役割を正確に直視していきたい。このことを抜きに、アジアの、人類の平和を見定め、生存を可能とすることは不可能だろう。これ以上の愚劣さに私たちは、まみれないために、慎重且つ大胆な生き方の転換を図りたい。もはや待ったなしの局面にあるだろう。共に歩き出そう。
 
 
 

2019年1月12日 (土)

ちょっと撮影に出た(190112)

 今日の辺野古テント村は暇だった。天気も程々なので、私は撮影に出た。目指すは豊原の高台。徒歩20分だった。詳細は明日に譲るが、例の場所にトラックが数台入っており、埋め立て作業は進んでいる。帰途はやや遠回りしながら、他の埋め立て工事を撮れる撮影ポイントを探した。案外あるものだ。ただ第3者の方にご案内できる場所は限られてしまう。

 私が欲しがっているのは、電気屋さんが使っている作業車だ。電柱の工事現場で使う奴。あれがあれば、高さ4~5mアップできるのじゃないか。どなたか、ご寄付いただけないかな。まさか消防のはしご車は無理だろうから(冗談です)。
 15時30分ごろ帰ってきたら、数組の来訪者がおいでだった。テント村の皆様、ご苦労様でした。やはり、私には説明よりも撮影の方が、楽だ。結果が即出るし。
 
 1月9日と10日の米軍動向について、リムピースに報告した。ご覧ください。当ブログに書いたことだが、より正確を期すために写真を整理しなおした。特に9日のヘリの演習については、何処でどう撮ればいいのか分かったので、今後が楽しみ。ロケット弾のランチャーを付けたのが、びゅんびゅんには、びびりました。敢えて電線を入れて場所を特定できるようにしたのだ。こんな飛行訓練を正確に撮ったら、特定秘密保護法で揚げられかねないのだから、怖い時代になった。ご用心。

2019年1月11日 (金)

「第35回 永久に不戦を誓うつどい」に沖縄からの講演報告

 この報告が遅れたことを主催者等の関係者の皆様方にお詫び申し上げます。長野から帰宅したら、土砂投入が待っており、その後にパソコンが壊れてしまい、年末年始になど。申し訳ありませんでした。

 
 話の内容はレジュメをご参照ください。
チラシ
レジュメ

  「第35回 永久に不戦を誓うつどい」にて、沖縄から講演をさせていただきました

Ⅰ:ありがとうございました

 今回の企画は、上伊那地区憲法を守る会と上伊那地区労働組合会議の主催によるものであり、共催は上伊那母親大会連絡会、原水爆禁止上伊那地域協議会、戦争させない1000人委員会・上伊那、さらに協賛団体に長野県憲法擁護連合、憲法9条を守る上伊那連絡会とあるように、幅広い集まりでした。

 会場は宮田村(みやだむら)村民会館大ホール。

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「歌声サークルざざむし」の皆さん。

 長野県の野山を私は、かってあちこち歩いており、懐かしくも大好きな場であり、喜んで出かけました。お呼びいただいた相方は、やはり辺野古テント村の相馬由里さんであり、より無名な私が足を引っ張らないように頑張りました。

Ⅱ:「12月8日」に寄せて

 やはり一番驚かされたことは、12月8日の不戦を誓うつどいが35回目ということです。積み重ねてこられたことが、この日の結果にでていました。参加者約300名、それも20代、30代のお顔があちらにもこちらにおられて、それだけで嬉しい会になりました。

 海のない上伊那で、沖縄の辺野古・大浦湾を巡る、無名な私たちの話に、300名に私は驚かされ、大いに励まされました。そこに勇気をいただき、ほぼ予定通り話ができました。

 12月8日が不戦を誓うことへの異議(意義ではありません)からはじめる私に驚かれた方もいらしたと思います。1941年12月8日に到る侵略戦争の歴史に思いを致さなければ、不戦が泣いてしまいます。特に現代のようにヘイト・差別が公然と語られる時代の中で、時間軸を、原因と結果を質さなければなりません。こう考えると長野県上伊那には、満蒙開拓団に組織されていった歴史があります。阿智村には満蒙開拓記念館があり、過去の歴史に思いを馳せ、反省する心があり、営みがあります。私も以前に拝見させていただきました。

 沖縄では、南洋庁なる植民地支配の拠点等に移民が行きました。このことの是非も考えなければなりません。戦争による加害と被害は、常に同時に抉らなければなりません。表と裏の関係に置かれているのに、そこに無自覚では、反省の心もぽろぽろと漏れ出してしまいます。

Ⅲ:演題について 

 私の演題は「今、沖縄・辺野古に新たな基地が何故必要だと言うのか?!」とさせていただきました。これはいただいた仮題を私なりにいささか変えました。詳細はレジュメをご参照ください。

 正直わたしの話は渋い、重い。参加者の皆様のお顔が見えないと、反応を確認できず、不安になります。果たして聞いていただいているのだろうかと。照明の関係で、壇上から皆様方を見ることは殆ど出来なかったので、エイ、ヤァ!と強気で押し通しました。300名の皆様に講演するのは稀な私ですから、申し訳ありませんでした。

Ⅳ:何を言いたかったのか?

 それでも概ね聞いていただけたかと思います。質問に出た「基地のある不幸、ない不幸」との私のまとめに賛意をいただきましたことは、大変嬉しかった。基地がなければ、知らずに済んでしまう。知らぬが仏。そこにいつの間にやら地獄が待っているのです。「しまった!」と思った時には遅きに失する。いつもいつも苛まれたくないものですが、ぽかんとしていて、こうなったらヤバイのです。私たちには過去に犯してしまった失敗があるのです。歴史をから学びなおすこと、考えること抜きに明るい未来を導き出すことはできません。地獄への大ガマがもはやドンと私たちの前に開いている今ですから。

 だから私は、希望を語らなければりません。だが、これが難しい。私は明るい性格でないから。無関心を乗越えるために、①自閉的な関係に気付くこと、②差別的な関係に気付くこと、③私を、私たちを取り戻せるのか、④LIFE(命の営み)をキーワードに、私たちは歩み出せるのか、の4点を掲げてみました。時間の都合で、具体的なことをお話できなかったのは、残念でした。

 ここでやや補足します。①は自分が漫然と生きていたのでは何も外界から吸収できません。息を吸って吐いての繰り返しを呼吸器は生理的にやってくれていますが、頭はそうはいかない。心を閉ざしていれば、自らを窮地に追い込んでしまう。バカにおぼれるのでなく、自分は前を向いているのか? ここがスタート地点。

 ②はもっともっと難しい。いつのまにか差別するのに慣れっこになっていたりする。他人を見下す。無自覚な差別者は怖いです。特に同じ人間にもジキルとハイドがいるから。私自身にも。当日もお話しましたが、人間は犬や猫も愛せるのに、何故同じ人間を愛せないのでしょうか。人類の共通性をこそ考え抜きたいものです。

 ③は、安倍たちが言う「日本を取り戻す」への対抗で私が考えてきたことです。自分を取り戻すと。自分を取り戻し、人類として生きるのだと。何も大風呂敷を広げる必要はありません。自分らしさを表現できれば、国家ごときに押しつぶされたりはしないものです。一人は微力ですが、一人ひとりが環になってつながれれば、強い。負けない。ここで勘違いしないでください。「環」と「和」は同じように見えても、真逆な思考です。和は一点にぶら下がる。環は多様に刺激しあう。支えあう。一個ならば簡単ですがこれではダメ。如何なる「正義」も一点に収斂したら、おかしくなっていく。独裁の道を掃き清めてしまいます。如何なる正義も腐敗していくのです。所詮人間はこの程度な存在です。だからこそ、愛すべき存在なのです。愛とは常々積み重ねていかなければなりたたないようですから、やっかいですが。

 ④は、LIFEの日本語訳は、「命」とか「暮らし」になりますが、こう分けてしまうのは、おかしくないか。命は暮らしを営んでいるからこそ、持続するはずです。様々な生物によって、暮らしぶりは様々ですが、この両者を繋げてもっと動的に考えたいものです。生物は生きるために生まれてきたものです。生きるためにこそ、食い合いはありますが、結果的にお互いに類としてのまとまりを維持している。人間が行なっている殺人や他の残虐行為は、類に収斂できません。愚劣な利益のため。

 私たちは、お互いの命の営みを尊重しあい、支えあい、愛し合いたいものです。

 今沖縄で起きていることは、沖縄発ではなく、この国(くに)発(はつ)の問題です。シビアなことに国に国民は服属させられています。だからこそ、こんな無関心による服属関係から自由になって、質すべき事は質さなければいけない。過去の負を改めることも出来ない。

Ⅴ:相馬由里さんに感謝

 私の堅い話の後、由里さんは、ダイビングから沖縄の海に魅せられ、島に移り住んだと体験的なお話でした。介護福祉士として働くうちにお年寄りの体に傷がある人の多さに気がついたと。沖縄戦が今に通じているのだと実感せざるを得なかったと。この話を私もいままでも聞いておりましたが、公的な場で聞くと、あらためてそうなんだと実感。

 後半は、海中の写真を示しながら、こんな海を守りたいと。誰にも納得出来る話だったと思います。分かりやすくて、大変良かった。

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前を向いて話す相馬由里さん。

 辺野古での普段の由里さんの姿とは違う様子をみて、私も少し得した気分でした。

Ⅵ:まとめ

 今回は主催者の皆様の至れり尽くせりのご尽力に、私たちはあらためて感謝申し上げます。物販にご協力いただいた方にも感謝です。物販を手配していただいた沖縄のTさんにも。ご参加いただいた方々にも感謝の言葉を。また沖縄でお会いできることを楽しみにしております。その際には事前にご連絡いただければ、ありがたいです。お互いにがんばりましょう。(19年1月11日)

 

今日の辺野古の異変ぶり(190110)

2019年1月10日 曇り たまに晴れ間が出ると暖かい。巡視船1隻。海上行動やってました。

 昨日の安和の闘いの影響が出るかと思いきや。
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土砂運搬船が現れた。8:26
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こちらは自走できるランプウェイ台船。計2隻。3隻きていないということは、昨日の闘いの成果かもしれない。カヌーメンバーの話では、今日の船はやたらと積荷が多かったらしい。3隻分を積んできたようだ。
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10:43 N-3護岸を見る(長島のした。手前から3列目)。トラックが来ている。やっているようだ。
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俄かに大型ヘリの音。11:27
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CH-53の3機編隊だった。11:27。西へ飛ぶ。
慌ててレンズを替えて撮影。ヘリだから間にあうが。
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豊原の上を飛び去る。11:58
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今度は2機が戻ってきた。東へ、北部演習場方面だろう。11:58
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12:13 今度は1機、西へ。
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K-1護岸に砕石を落とす。12:54
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カラスも昼時。デカイパンを咥えている。もっと安定した場所で食えばいいのに。12:55
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水陸両用装甲車が出てきた。私は松田浜へ。13:30 2両。
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漁港の護岸の上から。13:31
私の撮影意図は?
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だが私の撮影意図とは別の展開に。おっちら、おっちら。何だ?13:41
私は慌ててフェンスに近づいた。
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装甲車を連結したらしい。グルングルン。13:53
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ご覧の通り。
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故障の車の乗員6名はとぼとぼと。13:54
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虚しさが切ない光景。戻っていく。13:54
これは演習だからいいけどね。実戦だったらオシマイだ。
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退場する水陸両用装甲車。13:55
こんなもので上陸作戦などは、過去の遺物なのだが。この国はこれを買ったよ。水陸機動団が昨春に出来ている。何処でどんな戦争をするつもりなのかな?
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辺野古川の干潟に今日もミナミコメツキガニがでている。15:38
テント撤収時に若者3名。手短に私が対応。素早く話す。
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土砂運搬船が出てた。16:08
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前にもう1隻。2隻出たのだ。16:08
今日の海上行動は12時30分頃終了。船から船への積み替えが終わらず、地上に下ろすのは更に先になるからと。
 

何故どうしてが肝心(190109、ゆんたくしながら考えた)

 2019年1月9日、午前中、来訪者が多かった。60代のご夫婦。40代の男性(教員)。たまたま相前後したが、共通する問題意識があるようだ。

 前者の男性は去年までドイツに居住していたと。ひさしぶりに日本に帰ってきたら、困惑していると。ドイツの人々は、政治的な関心を抱くのが当たり前だったし、会社の中でも議論していたと。熱くなるほどの議論しても、終われば、冷静。いがみ合うようなことがなかったと。これが日本だと、ちょっと口に出しただけで、怪訝に思われてしまうと。そうなんだろうね。日本人は知的能力が余りにも劣化している。議論する方法を学んでいない。考える気持ちが萎えている。
 私は後者の方とやや時間をとって話したのだが、彼も考えること、議論することから問題意識は始まるねと同意。自分で考える能力が剥ぎ取られているのは、日本人の頭が「中世」の頭のままじゃないかと私は指摘した。封建社会の意識。長いものに巻かれろ。愛国・忠誠心。これを越える自治とか革命の経験がない。否、あったけど歴史の屑箱に投げ込まれてきたのだ。自分に対する自信がない(育めていない)から、指示や周囲に従ってしまう。自分の意見を持とうとしないのだ。この絶望的な精神構造をどうすれば、改革できるのか?近代151年、戦後74年がこのざまなのだ。
 戦後日本は、米国の言いなりになった。戦後の支配層はこれが安泰であり、利権の構造を育んできた。沖縄は、この泥沼の中に押し込められてきたのだ。新基地建設を認めることは、これでオーケイとの意思表示にもなってしまうのだ。
 だからこそ沖縄は、「沖縄の事は沖縄が決める」と言って来たし、やってきた。沖縄は米・日のくびきから自律しようとしてきた。まだまだ時間がかかるだろう。何故どうして?と、問い続けながら、私たちは前に進みたい。
 
 46都道府県の皆様も、もはや傍観者で居てはダメでしょう。再び戦争する国づくりでいいのか? 原発大事故を再び招いていいのか? 子どもがすくすく生きられなくていいのか? 老後の心配ばかりしなければならないでいいのか? セクハラが蔓延してていいのか? どれもこれも、否でしょ。日常的な「空気」を過剰に読み込むような社会がおかしいのだ。
 悪いのは誰? 否と言うべきことには、否と言おう。政治の問題だと考えてしまうと、窮屈かもしれない。もっと自分に正直に。話し合える人を大切な友にしよう。話し合える家族にしよう。一人ひとりの日常にこそ政治的なことが組みこまれているのだ。
 昔の人は、「3人寄れば文殊の智恵」と言ったのに、近頃こんな言葉を聴くこともなくなった。いやいや「3人寄れば文殊の智恵」を想起できれば、いろいろなことが浮かんでくるのじゃないのか。私はまだまだ絶望したくない。  
 

2019年1月10日 (木)

ヘリの軍事演習を追いかけ、+1(190109)

2019年1月9日 曇り 巡視船1隻

今日も8時過ぎに土砂運搬船3隻が入ってきた。
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3隻のうちの2隻。8:18
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3隻目。8;18
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いつの間にか1隻が出て行った。9:16
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辺野古川河口沖。今日も潜水調査中。何しているのか? 9:41
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奥のN-3にトラックが入ってきている。今日も土砂投入だ。9:43
今日のゲート前すわり込みはやっていない。安和の港に行っている(ゲート前からトラックは入った)。カヌーメンバーも出張、大奮闘。
上が居ない分、ここへの来訪者が増える。何名かとゆんたくした。お出での皆さんが考えるきっかけになればありがたい。
12:30分頃から北側でヘリの音。漁港の護岸に出ても全く見えず。苛苛。
仕方なく私はテントを後にした。
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音源はキャンプシュワブの演習場のヘリパッドの中だ。329号の辺野古(ガソリンスタンドの脇)の信号付近で出てくるのを待つ。なかなか出てこない。仕方なく辺野古川に沿って奥の道に入る。バイパスの下を潜り、更に北へ(演習場区域の外)。音の出方を見極める。何処から出てくるか。やっとでた。13:11
視界が狭いのであっという間に見えなくなる。待つ。
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国立高等専門学校の奥(北側)のヘリパッドからでた。ぐるっとまわって、また下りる。木々の中なので、巧く撮れず。兵隊が6名。窓を全開にしている。13:17
明らかに軍事演習全開モード。超低空をバリバリ。
視界が狭すぎなので、一旦329号まで戻る。ガソリンスタンドの信号機の北側へ。
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13:28 
北側を飛ぶ。ぐるっと回って、
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高専の球技場の後方のヘリパッドに下りる。13:28
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バイパスの上を旋回。13:30
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同上の電線の上ですぞ。やはりここで演習場の中へ旋回。13:30
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再び下りる。13:31
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ならば私はバイパスの上まで行くぞ!329号の坂の途中で、13:37 急げ急げ!徒歩だからね。
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329の坂の途中(名護市街に向かって右側)。手前は電話線。位置が分かるように敢えて入れている。13:49
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ここは沖縄防衛局名護事務所屋上。4名が演習を見ている。暇なのか、真剣なのか?
14:00 これで演習実態を知りませんとは言わせない。
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バイパスの上で。真上を飛ぶな。14:05
ヘリパッドを起点にしながら、高専手前で右に旋回し(南へ)、バイパスの上を西(左)へターン。これを繰返していた。高圧線の内側でやっていた。窓の下に吊っているのは対地ロケット弾か(両側)。ここで実弾はもっていないだろうが、おそろしや。落とさないでよ。
因みにこのUH-1は「00」と「07」の2機が交互にやっていた。14:10頃2機が出てきて西へ飛び去った。
 私はついでに豊原の丘へ。
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奥がK-4.ダンプが砕石を落としている。14:26
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N-3護岸。トラックが3台。土砂が広がっている。14:26
ああ。奥は長島。
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全体図。
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途中でキヌガサギク14:27
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テントに戻ったら水陸両用装甲車が1台出ていた。14:53
15時過ぎに再びヘリの音。16時ごろまで。

2.24県民投票を巡るシンポジウム(190124 名護市)

 来る19年2月24日に「辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票」が行なわれます。ここにむけてシンポジウムが行なわれます。

19年1月24日
名護市港区公民館(名護市港2-8-7)
パネリスト:
○元山仁士郎(「辺野古」県民投票の会代表)
○稲嶺進(辺野古埋め立て・新基地建設反対の民意を示す県民投票連絡会共同代表)
○大城渡(名桜大教授/憲法学)
○名桜大学生ほか
主催:島ぐるみ会議名護/いーなぐ会

2019年1月 9日 (水)

世冨慶から見えた琉球セメント安和桟橋(190108)

2019年1月8日。辺野古バス停でバス待ちしていたら、先ほどお話した方々がレンタカーで通過。乗せていただいた。感謝。

 あっというまに国道58号の世冨慶についた。時間があるので、安和桟橋方面を撮影しておこう。どの程度見えるだろうか?
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安和桟橋。左が土砂運搬船。まだ積んでいないようだ。13:10
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本部鉱山の前に巡視船。PL41「あそ」のようだ。第7管区の福岡からお出でか。
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沖に2隻が待機中。明日大浦湾に来るのか。13:11
来なくてよろしい!

今日も土砂運搬船が入ってきた(190108)

2019年1月8日 曇り 巡視船1隻

8時過ぎ今日も土砂運搬船3隻とランプウェイ台船等が入ってきた。
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ずらずらと。先頭がランプウェイ台船。前と後ろにタグボートが押している。8:20
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大浦湾に入っていく土砂運搬船。
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8:20
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k-4にクレーンが展開。9:02
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被覆ブロックを運ぶトラック。k-1護岸。k-4に先のクレーンで設置するようだ。
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k-3護岸。今日の土砂投入が始まった。12:23
運搬船が入港しても、即下ろせない。一旦、ランプウェイ台船に積み替えないと下ろせないから、時間差が生じる。
私は昼にお雑煮をいただき、いざ出陣。別の撮影に出かけた。
今日の海上行動は大浦湾のk-9護岸付近で。ゲート前からの搬入は何故かなかった。

2019年1月 8日 (火)

SAVE HENOKO OURA BAYに寄せて(190108)

 今日は偶数の日ですが、悪しからず。

 ハワイ在住の沖縄県系(4世)のロブ・カジワラさんが呼びかけた“SAVE HENOKO OURA BAY”の署名が19万を超えた。内容は「県民投票(19年2月24日)まで辺野古・大浦湾の埋め立てをやめて!」というソフトで、幅広い支持を得られるものだからなのか、人から人へと多数の人々に伝わっていった。

 ローラさんやりゅうちぇるさん、英国のロックバンドのクイーンのブライアン・メイさんらにも伝わり、広がっていった。それも興味深いことに、メイさんに伝えたのは川崎市在住の一ファンらしい。
 辺野古・大浦湾を巡る問題があの18年12月14日の土砂投入によって、一気に関心層を広げ、高めてしまった。ここから始まった。問題は自然を守れと、県民・住民投票と言う住民自治の原点が焦点になっている問題だ。何れも私たち人間の未来に深く関わるものであり、過去の歴史から何を学ぶかが鋭く問われてくる。要はイデオロギーの問題ではない。LIFE(命の営み)の問題です。
 私は期限といわれてきた今朝、ようやく署名した。間にあって、よかった。ここまで裾野が広がってくると、長年関わってきた自分が、スポイルしたのではもったいないと思いなおした。もっともっと広げていきたいものだ。
 また、昨年末には現地にこられた方が大幅に増えた。これも土砂投入の波及効果だろう。今後も大いにきていただき、体験していただきたい。百聞は一見にしかず、ですよ。体験と言っても、機動隊や海保と向き合うばかりじゃないです。無理のない範囲で。先ずはご自身が変わる契機になるような旅を。わからないことがあれば、遠慮なくお尋ねください。私のブログにメールアドレスが貼ってあります。

護岸の上にクレーンも出てきた(190107)

2019年1月7日 曇り時々晴れ

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N-5護岸から出てきたクレーン。新年の工事が本格的に始まるのだろう。8:36
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N-3にトラックが来た。8:51 土砂投入開始。
今日の海上メンバーは大浦湾のK-9付近で抗議中。
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クレーンでプレハブ設置のようだ。9:24
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N-3重機で均している。トラックいない。11:47 午前の部終了らしい。
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微妙な河口。12:02
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土砂運搬船が出た。13:45 南へ
私は松田浜へ。
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沖合いに巡視船。昨日、一隻戻ったので入れ替えだ。PL-65 13:54
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被覆ブロックをおいている。K-4の上。13:56
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午後の辺野古。穏やかだが、壊された自然は戻らない。13:58
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コンクリートプラント奥の斜面。どんどん土砂が落とされていた。14:06
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沖合いを海軍MH-60. 東へ 14:06
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K-1護岸に作業員。N-3に土砂投入のトラックが。14:08
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こういう世界に区切られている。あんたら日本国の法律に守られながら、日本国の法律を適用除外されていることをおかしいとおもわないのかな? 例えば航空特例法。そもそも日米地位協定。
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足下にはニガナがさんさんと咲いていた。上のフェンスから1mほどの場所。14:24
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テントに戻った。14:31
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ふふ、可愛いね。15:19
海上行動は14時30分頃終了していた。15時過ぎ、ブルーの船も上がってきた。

抗議文 及び 公開質問状 日本軍「慰安婦」を記憶するための市民の取り組みへの妨害を直ちにやめること

○以下の抗議文及び公開質問状が届きました。この国が過去に犯した事実を否定し、抹殺しようとしていることに、私も愕然とさせられてます。こうしたことは、沖縄で行われてきた・いることとも重なっており、2重、3重に怒りを覚えます。(ヤマヒデ)
内閣総理大臣 安倍晋三 様
外務大臣 河野太郎 様
抗議文 及び 公開質問状
日本軍「慰安婦」を記憶するための市民の取り組みへの妨害を直ちにやめること
2018年12月28日、フィリピン・ラグナ州サンペドロ市の高齢者施設に「平和と女性のエンパワメントのための碑」と題された少女の像が設置されました。しかし、在フィリピン日本大使館がこの碑の設置に対して「わが国政府の立場と相容れず極めて残念」として、フィリピン大統領府と外務省に申し入れを行った2018年12月30日に、碑は撤去されました(『まにら新聞』2018年1月2日付)。このような妨害行動を、アジア太平洋の女性たちを性奴隷にした加害国の日本政府が繰り返すことに、私たちは憤り、強く抗議します。
日本軍「慰安婦」の事実を否定し、「河野談話」とさえ矛盾する見解を日本政府が表明するようになった2007年以降、被害国だけでなく欧米の市民も日本軍「慰安婦」の歴史を記憶にとどめる活動に取り組むようになりました。しかし、度重なる日本政府の妨害によって、これらの努力は断念させられたり、碑文や碑そのものを撤去されたことさえありました。その一方で、どうにか被害を受けた女性たちの存在とその勇気を記憶にとどめたいと、様々な工夫をこらした碑の設置や行動が世界各地で広がっています。それはとりもなおさず、加害側である日本政府と日本社会が、日本軍の性奴隷にされた女性たちの被害を歴史から抹消しようとしているからにほかなりません。
今般、サンペドロ市に設置された「平和と女性のエンパワメントのための碑」は、私たちの想像を超えた工夫がなされていました。碑文には、「慰安婦」だけでなく、「戦争」や日本軍による性暴力被害を想像させる言葉がひとつもないからです。それではなぜ、「女性が輝く社会」を政策に掲げる日本政府が、この碑を「わが国政府の立場と相容れ」ないと考えたのでしょうか。碑がソウルの大使館前にあるものと同じ作家による同じ彫刻だったからでしょうか。それは政府として抗議する理由になるのでしょうか。
ドイツのフライブルク市では2016年、日本政府の激しい妨害により碑の設置計画が頓挫し、日本政府の良識が問われる事態になりました。その後、ドイツ市民たちはヴィーゼント市の私有地に碑を設置しましたが、これにも日本政府は土地所有者に執拗に圧力をかけ、結果的に碑文を削除させたと聞いています。市民による私有地への設置という極めて私的な取り組みに圧力をかけるとは、常軌を逸していると言わざるをえません。碑文の内容なのか、設置場所なのか、設置主体なのか、はたまた「作品」そのものへの妨害なのか。日本政府の「立場」は極めて不可解であり続けています。
フィリピンでは2017年12月8日、マニラのロハス大通りにフィリピン国家歴史委員会の名でフィリピン女性の「慰安婦」碑が設置されました。しかし、日本政府の度重なる抗議を受けて2018年4月27日に撤去されました。1945年に13歳で日本軍の性奴隷にされたフィリピン人女性、エステリータ・ディさんは「これは私たち『慰安婦』に対する侮辱です」「『慰安婦』がここフィリピンにいたことを世界は知らなければなりません」(Philippine Star, 2018年5月20日付)と憤りました。
私たちは、日本軍「慰安婦」に関する事実を否定し、忘れることさえ強要する妨害行動を直ちにやめるよう日本政府に求めるとともに、以下質問します。
公開質問
一、フィリピン・ラグナ州の私有地に設置された「平和と女性のエンパワメントのための碑」が、いかなる意味で「わが国政府の立場と相容れ」ないのか、具体的な言葉で明らかにすること。
上記質問について、数多くの少女や女性が日本兵から強かんされ、10万人の市民が命を落としたマニラ市街戦開始から74年目となる、2019年2月3日までに回答を求めます。
2019年1月7日
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
東京都新宿区西早稲田2-3-18 AVACOビル2F 〒169-0051
tel 03-3202-4633 fax 03-3202-4634

2019年1月 7日 (月)

1/30 地方自治の砦「国・地方係争処理委員会」に訴える総務省ヒューマン チェーン〜美ら海の埋め立ては違法! 公正・中立な審査を行え!〜

【拡散希望】
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1/30 地方自治の砦「国・地方係争処理委員会」に訴える総務省ヒューマン
チェーン〜美ら海の埋め立ては違法! 公正・中立な審査を行え!〜
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 私人の権利救済を目的とした行政不服審査請求を私人ではない防衛省沖縄
防衛局が用い、沖縄県の辺野古埋め立て承認取り消しの執行停止を求めるこ
とは許されるのでしょうか。これは、行審法第7条2項の「国等の機関はこ
の法律の規定は適用しない」という規定に違反しています。また、そうした
沖縄防衛局の申し出を同じ国の機関である国土交通省の石井啓一大臣が受け
入れたことは行政不服審査請求の悪用であり、国の「自作自演」的行為だと
言えます。石井国交大臣が執行停止の理由として取りあげたものは、「普天
間の危険性の除去」「日米間の信頼・同盟関係」「外交・防衛上の不利益」
などで、沖縄防衛局が私人ではないことを逆に裏付けるものでした。
 こうした事態を受け、沖縄県は、今回の国交大臣の決定は違法だとして、
総務省管轄の第三者機関である「国・地方係争処理委員会」に審査の申し出
をしました。地方自治法において、国と地方自治体の関係は対等です。この
両者の対等な関係を担保する目的でつくられたのが「国・地方係争処理委員
会」です。私たちは、「国・地方係争処理委員会」が本来の趣旨に沿った公
正・中立な審査を行うことを求めて、同委員会が所在する総務省前にてヒュ
ーマンチェーンを行います。
 昨年12月14日、沖縄防衛局は辺野古への土砂投入を強行しました。違法な
埋め立てを許してはなりません。多くの皆さんの参加を呼びかけます。
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とき:2019年1月30日(水)
             16:30  「国・地方係争処理委員会」への申し入れ
             18:30  総務省前リレートーク
             19:30   ヒューマンチェーン
場所:総務省前 (東京都千代田区霞が関2-1-2)
交通アクセス:東京メトロ丸ノ内線・日比谷線・千代田線「霞ヶ関」駅下車A2出口
徒歩1分、有楽町線「桜田門」駅下車4番出口徒歩3分、銀座線「虎ノ門」駅下車6番
出口徒歩約8分
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主催:「止めよう!辺野古埋立て」国会包囲実行委員会
連絡先:沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック tel.090-3910-4140
    沖縄意見広告運動         tel.03-6382-6537
    ピースボート          tel.03-3363-7561
----------------------------------------------------------------------
○是非可能な方はご参加ください。(ヤマヒデ)

辺野古川河口で(190106)

2019年1月6日 曇り のんびりと。

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今日はカヌー練習の日。松田浜から辺野古川河口を抜けて、豊原の浜まで行ったようだ。
曇り空だったが、辺野古ブルー(光)が入る瞬間があるものだ。それは一瞬だけだ。

新たな抵抗運動ができるかも(190105)

2019年1月5日 小雨(時々止んでいた)

巡視船1隻。土砂投入が朝から始まった。波風強く、今年最初の海上行動は船1隻のみ。1時間のみ。天候には勝てません。
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テント脇から、N-3にトラックが来ている。8:51
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辺野古の漁港に民間ガードマンの船が2隻入ってきた。9:08
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やたら大勢が乗った。後ろのバンも同社のもの。9:11
何でだろう。この直後に出て行ったが、行方を追えなかった。
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テント前。海草等がやたらに漂着している。9:23
こんなことは埋め立てのための護岸が出来る前にはなかったことだ。
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これは海藻の一種だろう。
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ヤドカリ。海草の上を歩いている。
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河口上空を飛ぶミサゴ。10:28
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突っ込む。10:28
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捕った!自分は失敗。天気悪いのだが、ピントがー。10:28
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アメ、ザンザン。12:51
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トラックが動いている。14:10
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何だ、あの旗は?14:38
なんて書いてあるのか?
松田浜に行ってみよう。
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トラックは動いていると。14:39 漁港の護岸の上から
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落としてる。14:39
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護岸の上(座って)から間近(1.5mほど)にメジロ。ドッキリ、嬉しい。14:43
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ここは沖縄だ!ここは米国じゃない! 14:45
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米軍に向かって叫べ!この「日本国」に向かって叫べ!
こちらは沖縄だと。ここは沖縄なのだよ。
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昨年6月からフェンスバナーをつけられなくなっていたのだが。これなら米軍も手出しが出来ない。もっと集団的にいくつものバナーをつくり、何本も張り合わせれば、示威運動ができる。ただいいサオがないようだ。
沖縄が忍従する時代は終わったはずだ。終わらせよう。もっと工夫を!
○本日午前、キャンプシュワブゲート前で、19年最初の集中行動が行なわれました。ハワイのロブ・カジワラさんやエリック和田さんとネットのテレビで連帯を深めたようです。1000名が集りました(主催者発表)。
 私はテント番に残ったために、残念ながら撮影できませんでした。報告できず申し訳ありません。

もっと自由に! 2019

 2019年1月7日になりました。1月3日に予告したとおり、今年からブログを書くのは奇数日にしました。偶数日はアナログの仕事に邁進する。

 6日は雑務を行い、賀状の返信を書きました。7日になったので、少しブログに書いています。2019年は、沖縄では衆議院(沖縄3区)選挙と参議院選挙、全国的には4月に地方議員選挙が目白押し。安倍政権は改憲に踏み込むとしていますが、私たちはこれを押し返さなければならない。しかし事はこれだけでは終わらない。天皇の代替わり(改元)もある。
 私にとっての2019年は、1989年5月から30周年。沖縄に関わり始めて30周年を迎えます。ここまでよくきたものだ。最初に私を沖縄に行かないと誘ってくれた人たちは、どうしているんだろう。ついぞお目にかからない。寂しい。
 沖縄に来る皆さんから(東京などでも)、よくある質問に、「私たちに何ができますか?」と問われる。自分で出来ることをやってくださいと私は答えているが、それ以前に重要なことは、「沖縄に関わりながら自分が変わること」だろう。自分が変わることなしに、何も変えることはできない。沖縄に関わることは、先ず自分が変わることだと、あらためて思うのだ。
 ところで私は、絶対的敬意(臣民関係)の関係を認めない。歴史を偽造し、正当化するものを認めない。反省なき政治も認めない。だから天皇制も認めない。もっと自由に生きることは可能だし、新しい発見があり、暮らしを豊かに出来る。
 因みに最近のリベラルの言説で、アキヒトさんと安倍晋三さんの違いを言い立てる傾向があるが、無責任や偽造の本家は天皇制にこそある。それをいいことに政治が使ってきたのだ。特に安倍政権が。天皇制に関する言説は、言葉の意味を変えてしまう魔力があるらしいから、やっかいだ。
 
 「私に何ができますか?」 ハイ、もっと自由に生きようよ! だがこれが出来ない人も多いに違いない。自由を自覚できずに無意識のうちに縛られているあなた。この病は日本では重症らしい。
 だからこそもっと自由に!2019から、自分が変わる事から始めてほしい。沖縄の問題は、何も基地という事象だけではない。この奥に何が見えてくるか?
 もっと自由に、沖縄に関わり続ける持続する意思をもって欲しいです。

2019年1月 6日 (日)

至近距離から撮った野鳥たち(190105)

2019年1月5日 偶然彼らと至近距離になった。上出来に撮れた。

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テント内側から影が見えたので、テントの隙間に移動。テントがブラインドになって、逃げなかった。後ろからだが、顔をこちらに向けたときに何枚か切った。イソヒヨドリのオス。
画面からはみ出し、縦位置に持ち替える。9:54
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メジロ。漁港の護岸の上から遠距離を撮り戻ってきたら、近くでごそごそしていた。曇り空で、木の陰にもかかわらず、鮮やかに撮れた。14:43

2019年1月 5日 (土)

土砂投入が再開された(190104)

2019年1月4日 晴れ 巡視船1隻。警戒船はほとんどなし。

午前中、ゲート前からもトラックの搬入なしと。N-3護岸からの土砂投入もない。琉球セメントの桟橋の動きもないようだ。今日はないのか。
ただし午前中から米軍機の騒音は少なくなかった。
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11:31 MC-130。東に飛んでいく。
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視線を東に向けたら、海兵隊が浜に出ている。赤いのは隊旗だろう。11:32
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私が松田浜に移動。部隊は15名ほど。11:39
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正面を見る。警戒船。右の大きめのは、航路の浚渫作業の船。11:41
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フェンス際をあらためて撮影。やはり手前がえぐられて、奥が高くなっている。50センチほどの落差がある。11:46
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河口。ミナミコメツキガニが出ている。12:59  
13時過ぎにゲート前から電話。空のトラック13台が第2ゲートから中に入ったと。
これは午後から土砂投入が始まるだろう。
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14:22 トラックが居る。落とす。
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あれ、沖合いに土砂運搬船が2隻。東に来ている。もしかして。14:53
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子どもたちが漁港で騒いでいる。これだ? 全長20センチ。14:59
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河口沖にミサゴ。15:01
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光がベスト。15:01
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やっぱり来た! 2隻が並んでいる。15:21
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護岸の上に見えてきた。15:31
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平島から入ってくる。15:34
今日から19年の工事が始まったようだ。
私たちは諦めない。

19年正月の小さな旅―④那覇(190103)

 2019年1月3日午後、那覇に戻ってきた。連れは今夜帰る。さて、どうしようか。そうだ!福州園に行こうとなった。思い付き的な決断。

 ここは二人とも初めて。私はこの通りを何度も歩いているのだが。
福州とは中国南部にある町。那覇市と福州市は友好都市。那覇と福州は古くからの繋がりがあり、那覇市政70周年記念、両市友好都市締結10周年記念事業で、福州園は建設された福州市ゆかりの庭園。
 中に入ってみた。
 
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4分の3歩いたところに冶山・冶亭がある。滝だ。16:14
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冶山の下から正面に照壁。なにやら書いてあるのだが。16:15
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飛行機音が聞こえた。ボーイング737かと思いきや、米国海軍の対潜哨戒機だ。P-8.
16:16 那覇空港に近いからではなく、那覇空港の空路を横切る形で飛べるのは米軍だけか。この上から中城湾に出、金武湾上空で反転し、嘉手納に下りるのだろう。驚かすなよ!
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冶山の上から。欧冶池など。
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中国風ですね。
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まただ。P-8.16:27 旋回してきたのか。
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ゲットウの葉を前景に入れて。いかにもの風情。
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1周してトイレに行ったついでの1枚。ツワブキと欧冶池。
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大門を出た。16:37
小さな庭園だったが、来て損はしなかった。
松山通りを渡る。松山公園へ。
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白梅学徒隊の「白梅の乙女たち」。何でここに?
県立第2女学校はここにあったんだ。白梅学徒隊は糸満で55名中21名が死んでいる。従軍看護婦に徴用され、大日本帝国に命を捧げさせられた。
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時代が悪すぎた。だがそれだけで、すむわけがない。誰があなたを死地に追いやったのだ。殺したのか。この問いは今も厳しく問われているはずだ。
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隣にあるのは私立積徳高等女学校の慰霊碑。「ふじ学徒隊」と言われていた。25名中、3名が亡くなった。死者が少ない。否、ひめゆり学徒隊や白梅学徒隊の死者が多すぎる。否、何故殺されなければならなかったのか? 今の高校生の歳だからね。
ふじ学徒隊は第24師団の第2野戦病院に勤務させられた。学徒隊解散時に隊長(軍医)が「生きることは恥にあらず」と学徒隊員に生きるように言葉を残して、自決したらしい。
 こんな時代に戻して良いはずがないのだ。この碑は5名の教員、44名の同窓生、23名の生徒を刻銘している。沖縄戦で亡くなった方々だろう。
  那覇の町も油断して歩いてはいけないのだった。
 私は18時30分頃のバスで那覇を立った。連れも無事に帰宅した。

19年正月の小さな旅③(座喜味城)(190103)

 2019年1月3日。曇り。だが雨降りそうな雲だ。海辺での遊びをカット。バスで読谷村座喜味に向かう。目指すは座喜味城址。

裏道から入る。
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松林がここの風情かな。9:48
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正規ルートから。奥が大手門。
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二の郭から城壁を見上げる。
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一の郭からニの郭を見下ろす。
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この曲線の石垣がここのミソ。
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一の郭の殿舎跡。
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このゴツゴツ感。
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ツワブキ。石垣をバックに。
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城址の北側で。ウォーキングしている人。バックは嘉手納基地。静かだった。
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城址を振り返る。
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目の前に小鳥。何?何だ? オイ!撮れよ!あっそうだ。10:29
ビンズイ。こんなところで、珍しい。沖縄の野鳥は、実は深いものがある。「日本」のようでいて、断じて違うのだ。
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暗い木陰に咲いていた。
こののち、国道58号の喜名まで、雨が降る中歩いた。昼食は那覇で。

19年お正月の小さな旅ー②勝連城址(190102)

2019年1月2日。曇り。 沖縄市からうるま市へバスで移動。うるまの西原で下りると、勝連城址がくっきり見える。

石道を歩く。

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二の郭の端から南東方面を見る。視界は広い。この左奥が米海軍のホワイトビーチだ(見えず)。14:05
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二の郭。昔日の建物の柱石など。奥は平安座島(へんざじま)など。天気が良ければだが、贅沢言わない。
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拝所。一礼してローアングルから撮る。歴史を偲ぶ。当時の人は何を思い、御願していたのだろう。
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東方を見る。真ん中は三の郭。
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一の郭から北東を見る。海は金武湾。今日は怪しい船はいないようだ。中城湾にもいなかった。
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東に平安座島の石油タンク群。
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ウシヌジガマ。
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なかなかの高座(最高地点標高98m)であり、お城としては最高の位置だっただろう。しかしこの赤白コーンはお邪魔。安全のためなのは分かるが、撮影には天敵のごとし。
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石垣は立派だ。だがコーンに邪魔されてあれこれ撮れず。14:38
10代目勝連城の城主阿麻和利(あまわり)は沖縄芝居にもなり有名。
しかし、立派な城址(建築物)に権力闘争の負が埋め込まれているのだろう。
私たちは城(グスク)の歴史から何を学ぶべきなのか? 数百年前からの事象からも学ぶべき事はあるはずだ。
 下ってきて再びバスの人に。勝連城址前(61番)―赤道十字路―東恩納(77番)―真栄田(通過)―美留(びる)(48番)。バスを乗り継ぎ乗り継ぎ、宿に着いた。真栄田岬の夕景は雲に阻まれパス。またの機会に。バスの乗り継ぎは停留所を確認すべし。一度逆方向に行きそうになったが、連れが正しく指摘してくれた。危ない危ない。

2019年1月 4日 (金)

正月の小旅行―①沖縄こどもの国の動物園(190102)

 今年の正月は沖縄で過ごした。連れに沖縄にきてもらい、お互いの意思を交えたスケジュールを私が組んだ。正月ぐらい、ノーベース(基地なし)でいきたいものだ。2日朝、那覇出発、同午前、沖縄市のこどもの国、午後、うるま市の勝連城址、夕方、真栄田岬、宿へ。3日、読谷村、座喜味城址、午後、那覇に戻る。私たちは車の運転をしないので、行程は公共交通機関と徒歩。移動時間と待ち時間がどうしても長くなる。結果的には、優・良・可のうち、自己採点は可というところだろう。

 こどもの国に行ったのは初めてだった。沖縄の動物園だから、小さいことも分かっていた。動物たちが小さな園舎の中で機械的に走り回る。また、囲われた鳥は、羽毛の精気がなくなってしまう。お馴染みのサシバやミサゴにカンムリワシまで。私はカメラも出さず、すらすら回る。
馬やヤギや。
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キリンが2頭。草をむしゃむしゃ。10:44
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飼育係のお兄さんが子どもたちに話しかけている。10:46
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ちょっと待った。10:47
ここのキリンは一年中、取りたての木の葉を食べているんだって。
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お兄さんはキリンにも子どもたちにも優しそうでした。10:47
次は、ゾウだが、
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やれ!ゾウの背中に人が揺られている。10:51
私は道産子(うま)に乗ったことがあるが、これは凄い!
自分も乗りたいところだが(2000円)、相棒を考慮して、遠慮した。次回の楽しみにしておこう。
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イカツイワニさんだが、愛らしい。10:55
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池に出た。こちらは野鳥だ。キンクロハジロ。オオバンやバンも居た。11;09
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おっと!でかいコイと黒鳥が鯉のえさを争う。11:09
ペリカンは遠望だけだったが、これまた、またの機会に。
午後は勝連城址に向かう。

2019年1月 3日 (木)

2019年の当ブログについて

 2019年になりました。いかがお過ごしでしたか?

 本来ならば、今年の抱負とか書くところですが、まだ準備できておりません。もっと実務的なことを。今年のブログは、奇数の日にブログを書き、偶数の日はアナログデーにします。このため、毎日の報告は不可能になるかと思います。
 いささか説明しておきます。アナログの仕事もたくさんあるからです。資料整理、読書、思考の整理などなど。こうしたことからブログに反映させていきます。
 また、私も年令相応に体力の低下は避けられない。このため睡眠時間を確保しないと、キツイのです。そのかわり、テントの仕事との兼ね合いになりますが、ゲート前や海上に出来る限り出て撮影したい。そのためには、もっと多くの方が、辺野古テント村での座り込みに参加してくれたら、私の負担が減るのですが。どうかご協力願います。可能だと言う方がいらしたら、当ブログにある私のアドレスにメールください。

2019年1月 1日 (火)

2019年 初興し(はちうくしー)(20190101)

あけましておめでとうございます。

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辺野古の松田浜 7:08
予報では雨と言われていたが。
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光明が差している。7:09
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連だこがあがった。7:11
空を撮ったりしているあいだに、御願(うがん)は終わっていた。これは失敗。
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開会挨拶に立つ安次富浩ヘリ基地反対協議会代表。7:12
厳しい年になるが、勝ち抜こうと。
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フェンス越しに軍警がこちらを監視している。7:14
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朝陽を見つめる親子連れ。それぞれが明日をみつめていることだろう。7:17
いいとしでありますように。
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玉城デニー知事のメッセージを代読する山内末子県議。7:24
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琉舞 中学生。さすがに緊張しているね。 7:36
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浜千鳥
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古武道 今年も決まっていた。7:39
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カヌーチーム13名が海に出てきた。7:45
私は浜辺と会場を走り回る。一人で同時進行を撮るのは、無理。
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谷茶前。小学生も見入っていた。7:48
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親子で踊る。
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カヌーチームが映える。2019年も怪我や事故のないように、海の神に願いかけ。
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三線のみなさん
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海上では 7:52
カヌーチームが陸の人々にエールを送る。
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来賓挨拶の屋良朝博(ともひろ)さんが挨拶。4月に行なわれる衆議院沖縄3区から補選に立候補予定。必ず勝ちましょう。
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山城博治さんが大合唱の気合を込める。
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踊りの輪ができ、広がっていく。
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カチャーシーで盛り上がる
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太鼓を叩き、囃子を入れる 8:10
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文子さん、屋良さん、博治さん、稲嶺進さん。
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閉会の挨拶。博治さんの新春の笑み。
最後にみんなで踊る。
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陸と海が繋がって。今年も頑張ろう。8:22

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