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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2019年1月23日 (水)

映画「カメジロー」を見てきた(190123)

 本日、映画「米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー」を名護市民会館でみてきた。そう、私はまだ見ていなかったのだ。映画のイントロは、最近の映像から始まり、当時の映像や証言があり、またここ数年の映像で終わる。映画のちらしに「沖縄の戦後史、そこで闘った男の生き様を知れば、地続きの歴史が見えてくる」とある。正にその通りだった。

 後半を見ながら、72年5月15日の「沖縄返還」以後、何にも変わっていない沖縄を痛感して、泣くしかなかった。亀次郎と翁長雄志前沖縄県知事の姿がダブってくる。特に私にとって、70年以降は、自分の闘争史とダブるわけで、評論している場合じゃない。この映画の中に、70年末の国会論戦が出てくる。佐藤栄作首相と瀬長亀次郎議員。沖縄の足下から基地も核もない沖縄をと発言する亀次郎。対する米国の奴隷頭の佐藤首相は、これを「過渡期」だからと誤魔かそうとする。現実にそのまま沖縄の声は無視され、米国の支配が続けられてきた。72年から47年が経つ今日まで。
 この場面を見て、愕然とした。70年、71年頃の私たちは、何を見ていたのだろう。私は沖縄返還協定粉砕派だったが、頭はそうでも、足下は佐藤寄りだったのではないか。佐藤の側に居ながら、頭だけで批判していたのだろう。それで批判になっていると思いこんでいたのだろう。一言で言えば、沖縄のことを正視していなかったのだ。
 最も当時の私はまだ20歳前後。青二才の頃だ。しかし今当時の文献に当たっても、沖縄の外の人間が、どれだけ沖縄に根ざすスタンスを作りながら物事を考えていたのか。余りにも心もとない。当時の左翼は総じて、イデオロギーに酔っていた。そんな情けないありさまだったのだと、今更ながらのように思う。
 この47年間、日本は、米国に寄り添う度合いを益々強めてきた。寄り添う寄り添うと言いながら、軍事で飯を食い始め「(米国の)お仲間お仲間」とわめいている。
 この国は、沖縄に、いつまで「過渡期ですから」と言い逃れるつもりか。言い逃れられないから、ただ開き直っているのか。私たちこそが、こんな無責任な「過渡期論」を、密約政治を打ち砕かなければなるまい。泣いている場合じゃないのだ。地続きの歴史を見るためには、自分が辿ってきた道筋を質していくことが不可欠なのだと思い知らされたのだ。

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