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  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2019年3月12日 (火)

どうしたら活路は見えてくるのだろうか?(190312)

 昨夜遅くに、また安倍首相出演のテレビ番組をツイッターで見た。民放のようだが、また大嘘を並べてへらへらしていたので、ついついブログに書きました。「嘘つきは泥棒の始まりと教わったものだが」と題して。私は護憲派でもないので、日本国憲法を掲げた政治論を余り書かないのだが、久しぶりに6法全書から日本国憲法の一部を引用させていただきました。そんなんで深夜2時までかかりました。寝不足だ。

 こう言ったからといって、私は改憲派じゃありません。誤解なきように。今日は辺野古テントで過ごしました。来訪者もそこそこ多い。一度に3団体とか、他に県内の学生が10名ほどできたり。
 私はもう時間がないと考えています。戦争の先端が直ぐそこで開こうとしていると考えているのですが、まだまだ悠長に構えている人が多すぎる。だから、沖縄と向き合うことを、おひとりおひとりが今から動き出すきっかけにしていただきたい。観光のついでに辺野古に立ち寄ったでもかまいません。沖縄と「日本」(46都道府県)との間に広がる時間と空間の断絶はでかい。この断絶を沖縄差別を如何にしたら、突き破れるのか? 日々、考えております。
 この沖縄にはまだまだ沖縄戦でなくなった方々の白骨が埋まったままの方がおられます。74年間も行方不明。無縁仏も。一家全員が亡くなり、誰も確かめようもない方々も。戦争状態の渦中で、そこに基地ができてしまい、立ち入れなくなったりしています。魂(マブイ)はまだまだあちこちに屯しているはずです。
 それでも沖縄の学生ら若者達の意識は、基地がある中で生まれていますから、戦争の中から基地ができてきたことの事実認識が希薄。もっともっとビビッドな反応を期待したいのですが、案外質問が少ないです。これは私たちの説明が足りていないからだとも思います。もっともっとすり合わせて、考えを深めていきたいです。
 これは先日の話ですが、神奈川から来た多分30代の男性。基地・安保問題の良し悪しを見極めたいといらしていました。新基地建設の問題を感じながらも、やはり安保・基地は必要ではないかと。こういう人に私は気を遣っています。畳み掛けるようにではなく、一つ一つ疑問を感じ、納得して行くように時間をかけています。1時間、2時間も。一発でざっくり分かるのは無理だと思います。
 しかし今戦争への道が開かれようとしているなかで、「あなたはこれを認めるのですか?、否ですか?」はまったなし。特に若者達にとっては。沖縄の大学の先生たちも、ここにきて、「若者達にどうしたら分かってもらえるのだろう?」との悩みをうち明けられました。
 74年前までは、国家に命を捧げるのが当たり前と言われていました。こんなことが当たり前だったのですが、何故でしょう。一人ひとりの命は鴻毛の如しと言われていたのです。 
 今は違いますか? 何処まで同じですか? 自分は大丈夫なのか、他人は。親から虐待死させられたり、入管事務所での暴行や、障害者施設での殺害。国外に目を転じれば戦争があちこちでおこり、難民は数知れず。
 自分だけの幸福追求は、他人を無視し、他人の不幸を呼び覚まし、結果的に自分も不幸になりかねないのが現実です。これは個人と個人の間だけではありません。国家を超えた関係が又重要です。そんなことを考えてもどうにもならないのでしょうか? 否、活路はみえてくるはずです。ここで言う活路は10人10色。お互いがお互いを尊重しあう関係を造ることは格別に大切なことです。
 

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