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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2019年4月30日 (火)

今年の憲法集会には参加しない(20190430)

 もうすぐ5月3日ですね。大昔は5月5日が楽しみでしたが、ここ20年ほど、5月3日のことが気になっていました。しかし沖縄にどっぷりいると、そんな気にもなれません。何故か分かりますか?

 それは沖縄が歩まされてきた歴史と「戦後日本国家」の歴史が違いすぎるからです。より正確に言えば、あからさまに矛盾しているからです。ここでは詳細を省きますが、47年5月3日の日本国憲法の施行は、沖縄では無関係。米軍が沖縄を占領し、支配下においていました。52年4月28日、日本は独立しましたが、沖縄は米国の支配下に置かれた。だから日本国憲法とは無縁でした。もっと大切なことは以下のことです。米国・米軍は沖縄を軍事拠点に据えることで、戦後日本国に日本国憲法を与えたのです。平和憲法といいますが、皆さんは、この事実をご存知ですか?

 こうした基礎の基礎が認識されていないことが、ややこしくしています。悩ましくしています。

 しかし沖縄でもこの問題を正面から問う言説が殆どないのです。私はずっと訝しく思ってきました。沖縄でも5月3日に憲法集会は開催されていますが、ここを問う話をきいたことがない(私が沖縄に住み始めた2013年以降)。何故だか私は承知していませんが、多分こういうことではないでしょうか。60年代の沖縄の「祖国復帰運動」が日本国憲法の下への「祖国」復帰運動だったからではないでしょうか。沖縄は裏切られ、「日本」(ヤマト)は裏切ったことすら自覚してこなかった。

 あの安倍政権の支持率がおちない。「平成」から「令和」のひとことで支持率が上がる、上がる、なんとも言いえぬばかばかしさ。私にはいたたまれません。沖縄の新聞すら天皇の代替わりを翼賛してます。

 安倍や菅の言説にしばしばでてくる「法治主義にのっとって」は、彼らの主観故だけではありません。彼らの頭にある法治主義には、米日安保条約と地位協定しかないようです。こう考えたら分かりやすい。それにしても、否、だからこそ、私たちの闘いは段階を画さなければならないでしょう。どうしたらいいのか思案中ですが、5月3日の普天間基地とか嘉手納基地とかしっかりと観察したいと考えています。沖縄の直近の実態をお知らせします。これがヤマヒデ流の憲法記念日の過ごし方になるでしょう。

 

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暮らしと政治」カテゴリの記事

コメント

ヤマヒデ様に言われて、はっと気が付きました。平和憲法といわれながら、
憲法が発布されたときは、沖縄はアメリカに捕らわれの身だったのですね。
 その意味で、ついつい沖縄の歴史を悪意でなく忘れている自分を自覚
しました。

松田宣子様
 
 ありがとうございます。これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。今日の東京での憲法集会に6万人だそうです。各地でもありましたから、総数で言えば、10数万人が集ったのでしょう。改憲阻止は最低限の目標なのでしょうが、既に憲法は形骸化されており、いつでもどこにでも日本の自衛隊は、米国の要請があれば、出て行ける。もはや、「改憲反対」と言う言説と現実のズレが余りにも大きくなっている。このズレを凝視できないと、足下の現実に足をすくわれていく。事が起きてしまってからでは、遅いのです。
 沖縄のことを見つめてくださいということは、この第一歩なのです。そもそもここから始まったのですから。何ができるのかしっかりと考えていきましょう。

>松田宣子さん
>
>ヤマヒデ様に言われて、はっと気が付きました。平和憲法といわれながら、
>憲法が発布されたときは、沖縄はアメリカに捕らわれの身だったのですね。
> その意味で、ついつい沖縄の歴史を悪意でなく忘れている自分を自覚
>しました。

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