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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2019年5月19日 (日)

平和行進の中で、今日の「5・15」に思う(190519)(*註:大幅に書き直しました)

 昨日のテント村は大繁盛。平和行進2日目であって、いくつもの団体やそれとは別個の諸個人もあり、大賑わい。途中から晴れてきて暑くなり、しゃべる度にフーフー。最初はマスコミ関係の団体であって、お名前を存じ上げている方もおり、また案内役が良く知っている方だった。こうした方々にお話しするのは多数でも楽。話すべき壷がわかるから。他方、何とかですと言われただけでは、よくわからず、一般的に流れてしまう。時間の制約があればあるで、なければないで。

 私にとって、名護に暮らし始めて6年目の今年の「5・15」ほど、「5・15」を意識している時はなかった。6年目だからではなく、安倍政権の変わらぬ沖縄無視のパワーに対する怒りであり、多数の「国民」の相変わらずの無視への怒り、苛立ちだろう。1972年5月15日から47年めの今日、「復帰」=併合だったと言わざるをえまい。もともと「沖縄返還協定粉砕」派だった当時の私は、こう思っていたのだが、観念的過ぎた。72年5月15日の時点では、まだベトナム戦争の渦中であり、ベトナム反戦運動があった時代だったから、まだ「日本」と沖縄を、対で考えられた。もっとも「日本」側の私たちの視線は、沖縄に向き合っていなかったのだ。あれから47年が経った今思えば、沖縄はぼんやりと「日本」になり、沖縄県になっているが、ぼんやりしているだけに、歴史的断絶は深まっているようだ。

 いつまで沖縄を戦後日本国の根幹である安保政治の重石に踏みつけておくのか。一方で、米軍基地引きとり論がある。沖縄の思いとしては理解できるのだが、安保政治は日本国の政治だ。46都道府県に引き取っていただいたとして、この国を変えることができるのか。いや、そもそも引き取れるのか。米国に従属したままの戦後日本を脱却できなければ、引き取ることすらできないはずだ。戦後日本を対象化するためには、①この国の歴史を改めて検証し、②米日地位協定を変えることなしにありえない。

 72年5月15日に伴う数々の密約は、米国の施政権下にあった沖縄の「日本復帰」に伴う暗部をないことにするために隠したのだ。米国の軍事の島沖縄を日本国憲法下の日本に据えることの矛盾が大きすぎたからこそ、こうなってしまったのだ。今やこの毒が日本全体に回っている。多くの「国民」に気付かれないままに。2014年の「集団的自衛権の合憲化」とはこの象徴的出来事だ。

 しかし2019年の今、「島嶼防衛論」が大手を揮うように、その主たる現場は琉球諸島に偏在しているのだ。だからこそ、ますます国民多数は、無関係だと思っている。一部の基地を引き取るのではなく、沖縄島・琉球諸島、琉球諸島と46都道府県の繋がりを精緻に考察しなければ、私たちは暗闇の中に佇むほかに手がないだろう。

 「島嶼防衛論」とは、新たな地理的な概念であり、ここを戦場にすることを想定した作戦であり、基地の配備論なのだ。もう10年ぐらい前のことだ。私は沖縄島南部の摩文仁の海を見下ろしながら、この断崖の下の海が血に染まったことを想起しながら、2度と起こしてはならないと誓ったものだ。今や与那国島や石垣島、宮古島がそうなりかねなくなってきたのだ。「島嶼奪還作戦」がそれを暗示している。

 お互いに頑張りましょう。

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