人間は何故、戦争にのめりこむのか?-新たな可能性を探る(190523)
昨日(19年5月22日)、辺野古川河口の干潟で、キアシシギがせっせとミナミコメツキガニを食べているのを見た、撮った。動物は何かの有機物を摂取しなければ生きていけない。これは動物の宿命である。だが個体は、摂食活動を通して、エネルギーや栄養素を体内に取り込んでいる。これは個のためであり、総じてキアシシギという類のためだ。他方で、このエネルギー転換は、一方的なものではない。今食べているキアシシギもハヤブサなどに捕らえられ、食われてしまうこともある。また、寿命を全うし死ねば、今度は「分解者」といわれる、より小さな生物たちに食べられたり、細胞が分解させられていく。総じて無駄がないようにできている。動物生態学では、こうしたことを「食物連鎖」と言っている。
他方、我々人間はどうなのだろうか。人間の食物は農耕が始まって以来、個の努力で摂食しているというよりも社会的な産業の力に依存している。生産性と生産力が飛躍的に上がり、逆に「誰かの贅沢のために」働かされる構造ができてしまった。人間の戦争は決して宿命ではない。必然ではないのだ。個と類が全く分離してしまい、個は類ならぬ支配集団(度々、国家)に従属させられて、戦争に駆り出されてきた。
私が戦争に反対する理由は幾つもあるが、最早反戦を問い、主張するだけでは今の時代に対抗できないと、私は考えている。だから『人間は何故、戦争にのめりこむのか?』を正面から考えなければならないのだ。このためには支配勢力と被支配勢力の動きを捉えなければならない。このためには、政治史・軍事史から学ぶことが重要だ。中世における戦争と近代以降における戦争は、様相をことにしてきたが、総じて支配する力と欲望により、衝突するのだろう。経済・資源、技術などの影響も大きい。そのうえ、近年は、国家対ゲリラという対抗軸が戦争の前面に躍り出てきた。
悲しいかな、支配する側に戦争をなくす智慧を求めることはできないだろう。この人たちは儲けることが第一義であって、このためには手段を選ばない。無論、モラルを求めることも絶望的だ。おばかさんたちだから。
では支配される側はどうなのか。問題はここにある。支配される側自身が騙されてのことか、同調しているかはともかく、右(支配勢力)になびいてしまうのだ。こうなるのは、資本主義社会にあっては、お金の力が大きい。だが上に認められたいという同調圧力が、モラルハザードを起こす。普通のお兄さん、お父さんが殺人鬼に仕立てられていくのだ。これは自分が物質的に生きるためではない。精神的に追い込まれていくのだ。国家が殺人を正当化し、暴力を持って威嚇し、孤立させていく。国家がマスコミが、戦争に向かう国を描き出す。差別が戦争を引き起こすのだ。ここに朝鮮への差別があるし、沖縄への差別もある。私たちが持つべきことは、何が生きるうえで重要なのかを問う哲学だ。ごくごく狭い視野のみから、欲望が喚起されてしまえば、戦争イエスになってしまう。
こうした時代の中で、安倍政権の支持率が下がらない。裸の王様に付けてあげる薬が見当たらない。どうしてだろうか。被支配勢力の知恵が足りないのだ。人間は戦争に巻き込まれてからでは遅い。戦争に向かう社会的動因を潰さなければならないのだ。ここではこの問題を詳述できないが、私たちは「何故反戦なのか?」と、併せて「何故、戦争にのめりこむのか?」を考えなければ、今の時代を打ち返すことはできない。「お金になる戦争経済」も我々が金持ちになるのではない。極一部の連中が金持ちになるが、その結果、誰が責任を取らされるのか。「朝鮮人を殺せ、イスラムを殺せ」などのデマを信じる人たちは不幸をもたらしていく。「沖縄を踏み潰せ」もだ。汚辱にまみれながら、自分たちだけ「いい思いをしよう」という軽い、甘いのりの人たち。
私たちが戦争にのめりこむとしたら、誰が高笑いしているのか、ここを直視しなければなるまい。昔から小権力をもつものがいた。脅され、賺(すか)されて支配勢力の側に立とうとする輩。この人たちにとって、反省しない政権は、いい政権らしい。安倍政権はその典型だろう。事実よりもウソ八百を信じたい人たちがいるのだ。
今私たちは、安倍政権が連日ぶちあげるウソ八百に対して、如何にしてクリーンヒットをかっとばすのか。私たちは正論を主張するだけでは、勝てないだろう。7月に迫る選挙もこれまでの繰り返しでは勝てない。同調圧力を超えて、私たちの世界を打ち立てなければなるまい。新たな可能性を喚起する力が欲しい。政策を羅列するだけではダメだろう。自民党による物質力に吸い込まれない新たな場・政策を樹立する連結環を作り出さなければなるまい。そこに新たな信頼関係を作り出さなければなるまい。
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