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  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
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  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2019年9月 7日 (土)

「国益」なのか「親善」なのか?(190907)

 沖縄にはモノレールを除けば鉄道はない。わたしはテレビをもたないし、パソコンでも見れるようにしていない。おかげで、日々愚劣なことで悩まされることが少ない。

 玉城デニー知事が昨日、こう呼びかけている。「日韓友好 推進しよう」と。「肝心(チムグクル)の地域間交流の推進を呼びかけ、自らが韓国に出向き、商談会や関係者との意見交流も検討していると明かした。

 その背景には、最近の日韓関係の常軌を逸した悪化がある。沖縄においても沖縄と韓国を結ぶ航空便が縮小し、韓国のプロ野球球団が沖縄におけるキャンプを中止する方針を出している。玉城知事は「経済面のみならず、文化・スポーツ交流までもが萎縮し、各方面へ損失が広がるという負の連鎖が起きる」と強調したようだ。

 日本政府は、韓国司法の「徴用工問題」への判決への介入があり、1965年の日韓会談で、全て解決済みとする一方的な解釈を強めている。その裏には、大日本帝国が犯した罪を認めない開き直りと大国意識の亡霊があるからだろう。そもそも論になるかもしれないが、1894年-95年の日清戦争も、1904年-05年の日露戦争も朝鮮半島の領有を巡る戦争であった。そして大日本帝国は1910年、朝鮮半島を植民地支配した。戦後日本国家は、この一連の歴史をごまかしてきたが、安倍政権は過去の負をすべて覆い隠したいのだ。

 そこにべったりと貼りついているのが、1868年以降にできあがっていく近代天皇制であり、政治責任を徹底的に曖昧にしていく仕組みを権威づけながら、侵略と侵略戦争を重ねてきたのが日本という国だ。

 こうした戦後日本国家の勢いを韓国政府は観ているのではないか。堪忍袋の緒が切れて日韓軍事情報包括保護協定を破棄するまでに至ったのだ。ここに同盟関係の終わりが見え始めてきた。この先の両国関係がどうなるかは、まだ見通せない。そこにマスコミまでもが不埒な差別心丸出しの煽動記事を載せたり、番組を垂れ流している。

 新聞労連が抗議声明を出した。http://www.shinbunroren.or.jp/seimei/20190906.html

 いくらなんでもやめるべしなのだろう。当然だろう。それにしても「国益」とは何か? いかなる実際の国益があるからやっているのかを安倍政権は明確に示すべきだろう。過去の汚点を隠すだけならば、今更何が国益なのか? 戦争に負け、植民地を手放さざるを得なかったことが、悔しいのか? 

 日本という国は、軍事力を削られ、1947年「平和国家」になりましたといっても、自ら反省することをサボってきたからいつの間にか軍事力を復活させ、2014年には集団的自衛権まで合憲化するまでに至ったのだ。再び武力で他国をいたぶるだけの力を持ち、力の政治をもってしまった日本。

 政治の中に歴史問題は隠れているが、私たちはこれを明らかにして、どこからどこにむかうのかを定かにしていかなければならない。悪戯に対立を深めていては、人類の歴史を汚すだけだ。国家の力を肥大化させようとすればするほど、生物に他ならない人間は、傷を負っていく。地球規模の環境破壊も、自然災害も年々激しさをましている。こうした事案に対して、軍事力では、何ひとつ解決不能だ。また、国境というバリアを押し下げ、共生の心をもたなければ、お互いに救われない。

 無意味な対立を避け、落ち着いた親善友好をわたしは求めたい。対立を煽れば煽るほど、無意味な「国益」がもたげ、純化すればするほど一方的になり、暴力による衝突が生じてしまうだろう。そうなってしまってからでは遅いのだ。日本では先行するヘイトスピーチも横行してきたが、まだ沖縄では抑制されてきた。

 沖縄県は自然と調和し、国内外の他地域の文化に敬意を表しつつ、交流し、共に支え合い共生する優しい社会を目指した「肝心 チムグクル」の政策を推進しているという。

 私たちは、この道に自信をもって共に歩き出そう。

◎蛇足ー先日、韓国産のカボチャを買いました。野菜類は原則沖縄産を、せめて国内産に決めています。この時期の沖縄には、カボチャはありませんから。

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