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    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

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2019年10月

2019年10月13日 (日)

当ブログⅢから「ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び」に移行します(191013)

 cocologさんにお世話になりましたが、今日から「ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び」に変わります。なぜかGOOブログに変えました。まだ不慣れなので、おっかなびっくりですが、どうぞよろしく。

是非おたずね下さい。まだ検索数が圧倒的に不足しているようで、ブログの名前から検索できないようです。下記のアドレスから検索して下さい。

https://blog.goo.ne.jp/yamahide

 

本州、関東地方の皆様、台風でびびっていると思います。眠れる環境でありますように。ご自宅にいても,避難していても、お気をつけて。

それでは新しいブログでお会いしましょう。

2019年10月 8日 (火)

反省の上に今がある?(191008)

 昨日の時点では、原稿の続きを書くよりも、新たなブログを立ち上げようと考えていた。しかし頭が回らない。コミュニケーションというものは難しい。なぜ基本的なやりとりができないのか。ちょこっと確認すれば事の進展を把握できるのに。複雑な話でもなければ、こみいったはなしでもない。いや、自分は怒りすぎなのか。

 つらつら考えると、自分はダメだなと思ってしまう。数学ができなかったが故に理系に行けず、中途半端な人生となった。因みに、都市工学の宇井純さんが「公害の政治学」(1968年 三省堂新書)を書き、反骨の自然科学者が社会科学を書くのだと驚かされた。彼だって、書きたくて書いたのではないだろう。水俣病の現場に肉薄する社会科学者がいなかったから、彼自身が書かざるを得なかったのだろう。

 随分あとになるが、高木仁三郎が「いま自然をどう見るか」(白水社)を書いたのが1985年だ。かれは脱原発運動を先導した核科学者だ。この本は自然科学の立場から社会科学を参照しながら書いている。彼の著書は多数にのぼるが「市民科学者として生きる」(1999年 岩波書店)は晩年の名著だ。現場にありながらも自然科学者として筋を通した先達だ。

 経済学では、玉野井芳郎の「エコノミーとエコロジー」(1978年 みすず書房)が日本の経済学者がエコロジー・自然生態系に光を当てた初期の作となる。もっとも公害問題を社会科学者がとりあげたのは「現代資本主義と公害」(1968年 岩波書店 都留重人編)あたりが古い。

 公害問題と言えば足尾鉱毒事件が思い浮かぶ。「明治時代」の事件・闘いとして有名だ。社会主義者荒畑寒村の「谷中村滅亡史」(1970年 新泉社)の元本は「明治40年」刊であり、1907年。日露戦争の後のこと。社会主義者の多くは近代化論、生産力主義者であり、反公害運動の先頭に立ってきた人々は、被害者(患者)、地域の医師、農民、漁民が、大多数を占めてきた。

 東大全共闘議長を務めた山本義隆は物理学者で科学史が専門。彼の「近代日本150年ー科学技術総力戦体制の破綻」(2018年 岩波書店)はこの150年の経済膨張を科学技術批判から問う好著だ。ここで付け加えるべきは田尻宗昭の「羅針盤のない歩み」(1985年 東研出版)だろう。彼は海上保安官であり、四日市公害の汚水垂れ流しを取り締まり、1973年に東京都公害局に招聘された。現場から学ぶを実践した人だ。

 科学史家の剣持一巳の「現代科学の犯罪」(1968年 新泉社)も忘れがたい本。渡り鳥の標識調査を日本で組織したのは米国陸軍だったのだ。鳥類研究と軍事が結びついていたのは、ショックだった。鳥類学者・研究機関はお金がないから、お金に流されたのだろう。しかし渡り鳥と軍事とはなんのこっちゃ。細菌兵器を鳥に装着してばらまくとか、考えたのだろうか。ベトナム戦争の時代と重なるからジェノサイドに利用できると考えたのか。恐ろしい。剣持さんとは90年代の反安保闘争などでごいっしょした。

 レーチェル・カーソンの「沈黙の春」農薬を告発した名著。彼女は動物学研究から米国の国家公務員になり農薬汚染を暴いた。フィ-ルドワーカーであり、名文家。余談ながら私は「Silent spring」を高校時代に読もうとして、ずっこけた。

 ということで、人生思うようにいかない。何もかも中途半端で、まとまりがない。おかげで様々なことをやってきたので、あれこれと考えることもできるのか。反省もプラス思考があれば、なんとかなる。反省のないプラス思考は死への暴走を招く。私は断然前者だな。

 

 

 

 

2019年10月 7日 (月)

今日の記事からー米軍の本部港使用(191007)

 今日の沖縄タイムスの2面「想い風(うむいかじ)」に去る9月17日の海兵隊が本部港で救援ゴムボートを使おうとしたことに住民らが座り込み、使用を阻止した行動について報じている。本部港は民間港である。米軍は地位協定で使用を認められているとしているが、米軍優先の地位協定が有効である限り、住民はおちおちと暮らせないのだ。従来通りの伊江島でのパラシュート降下訓練のためならば、何も本部港を使う必要性がない。他に何かの意図があるからだろう。ここに疑義を挟むのは当たり前のことだ。

 米軍の準機関紙「星条旗新聞」は9月19日「抗議者が海兵隊の船舶の進水を阻止」との見出しで記事を出している。在日大使館も国務省や国防省に地元紙の報道を交えながら報告したそうだ。米日政府の頑なな姿勢を革めさせようとする市民の力が吹き上がることを米軍/米国は恐れているのだ。「非暴力で米軍の訓練を中止させた沖縄には、世界のあり方を問う、『地場の力』が秘められている。私たちは足下にある力を過小評価してはいけない。」(平安名純代・米国特約記者)

 米国政府の注目を浴びるような現場での闘いは益々重要だろう。特に常に現行の地位協定のおかしさを暴き出す視点を欠いてはならない。米軍の存在を、行動を優先する/沖縄の人々の生活をおとしめるような米軍の行動に、私たちは常に目を開き、闘うことが求められている。生活者の主権をはっきりと打ち出していこう。

映画「新聞記者」実録版 2019年11月15日 上映開始

 映画「新聞記者」(フィクション)の上映で、オーと思ったが、今度はドキュメンタリーだ。予告篇が流れています。かっちょいいぞ 望月さん。もっとも要は外見のかっちょよさではなく、取材力。如何に切り込むのかだ。

 マスメディアが退廃しており、何も期待できない気になっているが、本気でやって欲しい。メデイアが安倍の独裁を支えているのだと思いしるべきだ。メデイアが沖縄の基地建設を促しているのだと。

 私たち自身がメデイア批判応力をもつためにも、こうした映画を見て、考えることが重要だ。

https://twitter.com/ishimbunkisha

11月、12月講演会をやります(191007)

 2019年もあと3ヶ月。いよいよ大浦湾を巡る国からの圧力が強まってきます。辺野古側の工事はどうみてもチンタラちんたらです。これは大浦湾側の埋め立て工事の目処が立っていないから。安倍政権にとって最大の難関があり、これは私たちとて同様です。

①果たして73㌶も広がる軟弱地盤上の工事ができるのか? ②公有水面埋立法で言う変更申請がどうなるのか?

①技術的に困難であり、費用も時間も相当な負担になる。それでもやろうとするのはなぜなのか?

②県知事の否に対して、国は沖縄県をまた裁判に訴える。裁判所は行政権の下に置かれており、国の主張を後押しする。3権分立が壊れてる。

 私たちの闘いはこうした制約の中で行わなければならないのです。半端なことでは前に進まない。これをどう打開できるのか? これを考えなければなりません。

 このための第一回、第2回の討論会を開催いたします。ご協力をお願いいたします。

◎11月21日~24日 23日の夜 東京の多摩市で。「島嶼防衛」の危険性(植民地主義批判を込めて) 21日夜と22日の夜、23日の午後が未定です。

◎12月5日~8日 5日夜静岡県袋井市で 「不戦を生きる沖縄へ、日本へ 漕ぎ出すのは今」 6日夜、7日午後、夜があいています。

費用:講師料20000円+交通費・宿泊費(都内と神奈川県などは宿泊費不要)1回につき講演回数が複数できれば、回数で割ります。

◎お問い合わせは ohpyamahide@jmail.plala.or.jp 山本英夫宛

なお先着順に受け付けます。

参考

ダウンロード - e7a781e381aee5b88ce69c9be381afe4b88de688a6.docx

 

1月以降も随時開催予定。各地からお声をおかけ下さい。

 

 

 

ランプウェイ台船4大浦湾から出た(191007)

 2019年10月7日 晴れ まだ暑い。クロイワツクツクが全盛期の様子。沖縄はまだまだセミが鳴いています。海上行動は午前中K1護岸辺りで展開。無線でその知らせを聞き、某所まで撮りに行きました。なかなか良いアングルです。時間がもう少し後だと光もよくなるのだが、残念。

 午後、ランプウェイ台船がタグボートに引かれて出て行きました。4隻。彼らは10月2日~3日に入ってきたのですが、台風のためにまたまた避難。ごゆっくり。大浦湾の中にまだ3隻残っているはずです。このランプウェイ台船がいないと土砂を積み下ろしできないので、埋め立て工事も暫くストップでしょう。チンタラちんたらやっています。

 台風19号は今週末に近づきます。こちらの台風対策をいつやるか気になります。

 午後は目取真さんの国賠訴訟の判決です。どうなったかな。もしも負けていたら最高裁に上告します。米日地位協定やら刑事特別法などと絡むので。

2019年10月 6日 (日)

日曜日・祝日(工事がお休みの時)は抗議行動もお休み

 今日テント村に来訪者がありましたが、聞けば、ゲート前で座り込みたかったと。でも誰もおらず面食らったようです。

あいにくなのか良かったのかわかりませんが、工事がお休みの際は、行動も休みです。こちらは好きでやっているわけじゃないので、休めるときは休みたいわけです。ご承知起き下さい。また海上の行動も同様です。海上は特に天気・海況が左右します。晴れていても行動を控えることもあります。

 漁港脇にあるテント村は年中無休です。ただし台風など現場を確保することが困難な時はお休みします。当ブログをご覧下さい。早速台風19号が週末に沖縄に近づきそうです。いつ台風対策を行うか未定ですが、また告知します。

ミサゴは不時着水しないのです(191005)

 昨日(20191005)のことだ。ミサゴがダイビングした。これを撮りました。①突っ込む直前、②水しぶ気が跳ね上がり、ミサゴの体が見えなくなる、③飛び上がる。3枚。だが当のミサゴは魚をゲットできなかった。

 ミサゴの英名がOsprey(オスプレイ)なんですね。2016年12月13日の現場を私は何回も見ています(報告済み)。どうみても墜落であって、「不時着水」ではない。そもそも「不時着水」なんてことばはない。不時着とは「航空機が飛行中故障または燃料の欠乏などのため航続不能となり、予定しない時、予定しない地点に下りること。不時着陸」(広辞苑)だから水面に下りることは想定されていない。つまりかろうじてであれ、操縦可能な段階での着陸なのだ。何も岩場(潮間帯)に落ちるなよ。

 これができなかったんですよね。何よりも機体が4分解し、細かい部品もぐじゃぐじゃに。これを新造語をでっち上げて、「不時着水」と称した安倍政権とNHKなどのマスコミ。アホコミ。

 ミサゴが「オスプレイが不時着水」とかきいたら、カンカンに怒るだろう。私たちはそんなどじしませんよ。せいぜい魚を取り損ねるだけ。無論バランスを崩したら魚を捕れるわけもない。生物の世界は厳しいのだ。

 日米政府に警告しておきます。「私たちのダイビングシーンを評価していただき、ありがとうございます。でもね、私たちは墜落なんかしませんよ。自然界をナメってもらっては困ります。このまま放置しておくならば名誉毀損で訴えます。」

安倍晋三のウソの繰り言に騙されないで(191006)

 2019年10月4日、安倍晋三首相の第200回の国会の所信表明演説。皆さんは聞きましたか? 読みましたか? これまで私は「安倍語」だから意味がわからんと評してきましたが、ウソも100万回言えば「真実」になるとのナチスばりになってきた。昔から「ウソ800を並べる」といいますが、これは話のつじつま合わせが高じていくこと。謂わばまだかわいいウソ。しかし安倍語は最初から仕掛けているウソ。彼が日本を作り世界をつくり、憲法をつくる。悪魔の世界。このウソに騙されてはならないが、なかなかのくせ者。行政の長が3権を押さえ、マスコミも押さえているから。静かなファシズムとあいなっている。静かじゃないか。

 福島では県議会が避難している住民を排除。驚くべき事だ。沖縄でも宜野湾市の移設促進決議。住民を対立させ、翻弄させて、国家の意思を貫こうとしている。大阪の関電の問題も重大だ。この国の利権の構造はどこまでか。このままでは、全てに利権が優先されていき、それが100%「正しく」なる。お金を出した奴も受け取った奴も、出す奴に渡していた奴も。「あれよろしくね」だ。こうして原発利権が回ってきた。この構造は基地利権にも貫かれていることだろう。

 昨日若いフォトジャーナリスト(卵)が来たので、話したのだが、言葉がウソにまみれている時代、写真が動画が、ウソを暴くことがもっとできるはずだと。面白い時代に危険な時代になってきたものだ。

 それでも私は言う。「嘘つきは泥棒の始まり」。この格言は世界史的な真実だね。

2019年10月 5日 (土)

Kさんが亡くなっていた(合掌)2019年10月5日

 今朝、兄から電話が入った。Kさんが亡くなったが、知っているかと? 私の知り合いのKさんは同姓同名がお二人いる。そもそもなぜ兄から、入るのかわからない。全く知らないはずだし。ところが、友達の友達は友達と、人づてに入ってきたようだ。聞けば、確かに私の友人にまちがいない。驚いた。

 Kさんは沖縄問題の古くからの仲間であり、辺野古テント村にもコンスタントに来ていた。今年もお会いしている。急逝なのだろうが、どうしたんだろう。彼女は沖縄問題を古くから東京で係わっており、6・30宮森小学校の事件の追悼の会を東京で始めたときの仲間でもあった。沖縄に来てしまうと距離が遠くなったんだなぁ。誰も伝えてくれず、意外なところから伝わってきたのだ。

 Kさん、知らずにいてごめんね。あなたならもっともっとやりたいことを残していたはず。悔しいね。残念だ。私がやった写真展の殆どに来てくれた人だし、絵はがきも買っていただいた。厳しいことを言う私のことも聞いて下さった。あなたの笑顔忘れません。ややおポンチでしたが。最後は余計か。愚痴を言い合える人だっただけに残念無念。私はまだまだガンバルからね。素敵な友を失った。合掌。

 亡くなった者を悔やんでも戻ってきてくれないし。泣いてる場合じゃない。

宜野湾市議会野党「新基地建設促進決議」に抗議声明(191004)

 普天間基地のある宜野湾市議会は先日「辺野古移設促進決議」を可決した(既報)。これに対して野党議員7名が「宜野湾市民の意思を無視した意見書」だとする声明を10月4日発表した。同市議会は2004年に2004年8月沖縄国際大に米軍ヘリ墜落事故を受けて「辺野古沖への移設の再考を求める」抗議声明と意見書を作り、以来対応してきたという。今回の市議会決議はこうした経緯を無視しており、去る2月の県民投票でも宜野湾市民の66.4%が反対した。民意を尊重し、①辺野古移設断念、②普天間飛行場の即時運用停止、③同飛行場の一日も早い閉鎖返還を日米政府に求めている。

 以下は私見。野党がこうした声明をだしたことは余りにも当然なことだ。だが幾つか問題点を挙げる。移設促進派は日本政府・安倍政権を忖度して、市民自治を踏みにじっていることを強調すべきだろう。この路線である以上、口で危険性を危惧していると言ってもいざとなれば、黙ってしまうだろう。地位協定の改善にもっと踏み込まなければなるまい。そもそも米国は現行の普天間基地(滑走路2800m)の代替施設になりえない辺野古(1800m)であり、この先返還する見通しすら立っていないのだ。ここを無視した議論は欺瞞でしかない。

 野党議員に望みたいことは、もっともっと市民との議論を行い、さらに沖縄中に現状を報告すべきだ。これ以上の分断策に乗せられない闘いを強化しなければなるまい。しっかりしやって!

 

2019年10月 4日 (金)

ドック型揚陸艦現れて(191004)

2019年10月4日(金)晴れ 暑い

今日も土砂運搬船も現れた。2隻。海上行動メンバーは今日も大浦湾開口部で、しぶとく入港してくる船に抗議。3回拘束されたようだ。

シュワブの浜に朝から水陸両用装甲車が並んでいる。10:30沖合にLSD42ドック型揚陸艦が見える。ジャーマンタウンだ。全長186m。満載排水量16396トン。ということは今日水陸両用装甲車はあれに乗るのだろう。

 私はシュワブの浜に出る。11:25 14両そろい踏み。出るぞ。後ろに数名の女性が参観している。「あなたいっていらっしゃい」なのか。

次々と出て行く。波しぶきが凄まじいが、海に入れば鈍足。

昼前にテントに戻る。14:25 何やら沖合に白い壁が2つ。暑さでやられたのか、??。「動いているよ」との指摘を聞いて、LCACだ。ホーバークラフトによる推力で海面を走る小型輸送艦。LSD42の後部ハッチから入っていく。

 これでLSD42はホワイトビーチに行くのか。何隻かで海外に演習に出るのだろう。

 今日は海兵隊のゴムボートも6両で演習していたので、うるさかった。護岸内では土砂投入が進んでいた。

辺野古・大浦湾への主にこの6年間の攻防の中から新基地建設を問う(上)

◎本稿は、「人民新聞」から原稿依頼されて書いたものです。

 

Ⅰ はじめに

 沖縄県は47番目の県なのか? まずここから考えていただきたい。歴代の沖縄県知事は、何故日本国内47人の知事中、Worstな負担を強いられているのか? およそこうした問題と向きあわない辺野古・大浦湾への新基地建設を巡る構え方は、ありえない。

 基本的な事実を確認しよう。辺野古・大浦湾への新基地建設の動きはいつからか? 1996年12月のSACO(沖縄特別行動委員会)合意からだ。あの当時から23年が経過している。だが草案を描いたのは、1966年の米国海軍だ。実に53年が経っているのだ。

沖縄は、何故こうした運命を歩かされているのか? 米国が沖縄を統治したからだ。その経緯を一瞥しよう。大日本帝国が沖縄を「天皇・本土」の防波堤とし、他方、連合国・米国が沖縄島等を大日本帝国を降伏させるための最後の出撃拠点にしようとして占領したからだ。こうして沖縄は戦場とされ、米国の「基地の島」にされたのだ。沖縄は1972年5月15日まで米国の統治下に置かれ、そして今がある。

 私たち「日本人」は余りにもこうしたことに無頓着ではないか(現在進行形)。最近の沖縄のイメージは「観光アイランド」だそうだ。沖縄はいつからそんなイージーな島になったのだろう。

  

Ⅱ 安倍政権はSACO合意を継承しているのか?

 第2次安倍政権の新基地建設を巡る6年間を総括する前提として、96年のSACO合意を確認したい。96年12月のSACO最終報告(仮約)の冒頭に「(前略)両国政府は、沖縄県民の負担を軽減し、それにより日米同盟関係を強化するために、SACOのプロセスに着手した」とある。こうなった背景の一つに、95年9月4日に米国海兵隊員が沖縄島北部で起こした12歳の少女へのレイプ事件があり、これに怒った沖縄県民に押されたからだった。安倍政権は、この経緯をねじ曲げ、「危険な普天間基地」を煽り、宜野湾市周辺の「安全」を強調し、辺野古・大浦湾(名護市)への移設を本格化させてきた。宜野湾市民の負担を逆手に取り、沖縄の「民意」を分断してきた。

 

Ⅲ 安倍政権は何を仕掛けてきたのか?

 安倍政権は2013年3月22日、公有水面埋立法に基づく埋立申請を沖縄県知事に申し立てた。これに対して、仲井真弘多知事(当時)は否定的な態度を示していたが、同年12月27日、態度を一転させ、「承認」。仲井真知事は、腰の痛みを訴え、突如東京の病院に入院し、沖縄県民をだまし討ちにしたのだ。ここから埋め立てへと事態が急転していく。

 そして2014年7月Ⅰ日の2つの閣議決定が工事の幕を開く。同閣議決定は①集団的自衛権の合憲化、②辺野古・大浦湾への「臨時立ち入り制限区域」の設定だ。①米国等の「同盟国」が攻撃を受けたら、日本国が攻撃を受けたと見なし、「自衛権」―反撃・攻撃できる事を確認。②これは基地建設をスムースに行うために、誰もが入れ利用できる公有水面に大幅な立ち入り制限区域(560ha)を設けるものだ。この手法は米日地位協定による米国の軍事活動の自由を保障する約束(「日米合同委員会」という事務レベルでの協議・決定)を格上げし、閣議決定したものだ。しかし国会での議決を経ていない以上、現行憲法下では法的効力は生じない。このことを百も承知の上で安倍政権は、海上保安庁(海上保安官)に海上での抗議行動に対して法的根拠を示さぬまま実力で排除する強硬策を取らせ続けている。

 ヘリ基地反対協議会などの基地建設反対の陣営は、これを「法治主義を逸脱」している放置主義だと批判してきた。また、沖縄に対するイジメだとも批判してきた。だがそれだけだったのか。もっと深い意味が込められていたのだ。憲法第31条の「法定手続きの保障」を完璧にスルーさせ、人権の蹂躙を組織的に行ってきたのだ。

 この問題を沖縄の歴史に置き直して考える。1960年代の沖縄は、『平和憲法下の日本国への復帰』を唱えていたのだ。72年5月15日を迎えた沖縄は闇の中に置かれ続け、出撃基地のままだ。それが集団的自衛権の合憲化-2015年の『安全保障法制』(戦争法)などの制定によって、日本国全体が再び戦争のできる国に転換してしまった。同時に人権規定・法手続論までもが無効化され、沖縄の人々の歴史的な願いは、完全に踏みにじられようとしている。

 

Ⅳ 独裁国家の中での沖縄は-

 2014年7月7日、ヘリ基地反対協議会などのメンバーがキャンプシュワブゲート前に座り込み始めた。また、7月下旬から海上での抗議行動も始まった。以来5年余りの月日が経った。2018年8月2日、辺野古側に護岸が完成してしまい、一部の珊瑚礁の海が潰された。同年12月24日から埋め立て工事が始まった。しかし国は5年で埋め立て、3年半で上物を造るといっていたのだ。沖縄の地道な闘いが奴らの道のりを遠くさせてきたことは間違いない。

 日々の闘いは、2014年11月の県知事選、14年12月の衆議院選、16年7月の参議院選、17年10月の衆議院選挙、18年9月の県知事選、19年4月の衆議院3区の補欠選、同年7月の参議院選挙などで基地建設反対の候補をほぼ勝たせてきた。19年2月の県民投票では埋め立て否を明確にしてきた。沖縄の人々は「勝つ方法は諦めないこと」だと言い続け、今日まで歩んできた。

 しかし安倍政権は沖縄の民意を完全無視。沖縄県が仲井真の埋立承認を「取り消し」(15年10月13日)、「撤回」(18年8月30日)しても行政不服審査請求で2度にわたり「私人」になりすまし工事再開、取り消しの最高裁判決は、「(仲井真の)『承認』に瑕疵はない」と翁長知事(当時)の申し立てを端から切り捨てたものだ。

 安倍政権は地方自治も3権分立すら認めない。あらゆる批判を封じ込め、不都合な真実をねじ曲げ、隠す。既にこの国は独裁国家に変質してしまったのだ。

  故翁長雄志前知事は沖縄県民にどう語りかけたのか? 「イデオロギーよりもアイデンティティ」「まきていーないびらんどー」と叫び続けた沖縄の魂を叫び続けていた。この叫びは玉城デニー知事に受け継がれている。沖縄の人々はこの叫びを受けとめ前を向いている。私も及ばずながら前を向いて歩き続ける。(「下」に続く)

日本珊瑚礁学会の辺野古の環境影響評価に関する要望書提出(190930)

 日本珊瑚礁学会が「沖縄県辺野古の軟弱地盤改良工事に係わる環境影響評価とその結果を踏まえた対策を求める要望書」を河野太郎防衛大臣らに2019年9月30日付けで求めている。

 内容はこの間の経緯を踏まえ、以下の3点だ。

①改良工事に用いる砂の採取地や工事船の避難地になり得る近隣海域など影響が及ぶ可能性のある他の地域・海域も含めた改良工事全容の公表を早急に行うこと。

②改良工事の規模から生物への多大な影響が予想されるため、生物を対象とした環境影響評価を行い、その結果を踏まえた当該計画の見直しを含む適切な対策を行うこと。

③改良工事の影響が及ぶ可能性がある他の地域・海域に対しては、採取工程や船の停泊が及ぼす影響など土地改変以外の事業も含めて環境影響評価を行い、その結果を踏まえた当該計画の見直しを含む適切な対策を行うこと。

 

 環境影響評価を行えという意味ではいささか弱いが、このように全容を明らかにし、評価を行うことはこれまでのようなごましを不可能にする水準になり、画期的なことだ。またこうした要望を沖縄県が精査し直して、出すべきだろう。こちらが寝ていたら、基地建設は日々進んでしまうのだ。裁判にいたる前にやっておくべきことをやり、矛盾点を大きく大きくしていかなければならない。

意見書全文

www.jcrs.jp/wp/?p=5264

東京を捨て沖縄に来てしまったが(191004)

 昨日帰宅したら東京の学生さんからいくつかの質問が届いていた。約1ヶ月前に沖縄のゼミ合宿で見えたご一行のお一人だ。沖縄で学んだ事を纏める機会をつくるように先生にお願いしたのだが、やっていただいたようだ。そして私のブログも見ていただき、長ったらしい拙文「沖縄と関わることは、人として生きること」を読み、質問①~③を頂戴した。ここではその内容を伏せるが、いずれも重要なことだった。沖縄の生き方、ご自身の生き方、女性としての生き方などに関わる丁寧に答えればきりがない問題ばかりだった。ひとまずお答えした。沖縄が一つのポイントになり、これからの生き方を考えるようになれば、いいんだけど。期待しています。

 私は今月で沖縄に居を移して丸6年が過ぎ、7年目に入る。東京を捨て、沖縄に来てしまったので、楽ではない。だが、やるべき事が定まってきたし、頭の回転もすっきりとしてきた。他方、本屋に行く機会がガタ落ちし、幾つかの運動圏の人々との接点もなくし、関連文書も読む機会が激減してしまった。

 そこに「琉球諸島防衛」批判の講座を依頼されたので引き受けたところ、『植民地主義批判』を肝とせよだと。いやー恐れ入った。私にその任が務まるか?! 確かにそれは肝に違いない。そこを自覚していることと、現場から見えることは違う。かれらの機関誌やら講演会のチラシもいただいたが、私で大丈夫かと思う。しかし理論と実践の乖離が甚だしく、つなげる人が圧倒的にいないのか。私としたら写真家は現場を歩き、時間を繋ぐ努力、これしかないと思っている。「琉球諸島防衛論」も過去があり、世界はひとつながりなのだ。恐ろしいことに。

 私が8月に歩いた「本州縦断の旅」は正に今回のテーマにつながる。つなげる。沖縄戦の中の「集団自決」という過去と、安倍政権が招きかねない「島嶼防衛戦争」はダブって見えてくる。さらに米国が沖縄に中距離核ミサイルを置くという報道をみれば、これはやばいぞ。『日本人』の皆さん、あなたの足下に地獄が待っているようですぞ。米日同盟に踊らされている場合じゃないよ。ローカルな「琉球諸島防衛論」はグローバルな問題に一気に飛躍しなければならぬ。ここに植民地主義批判が肝に入る。反差別を含まぬ反戦はない。不戦もないのだ。もしかしたら、沖縄・琉球という現場はきらめくような世界なのかもしれない。 

2019年10月 3日 (木)

属国日本の本音ー16年末のオスプレイ墜落事故の顛末(191003)

 本日の沖縄タイムスにこうでている。『米に捜査協力求めず/政府オスプレイ墜落で』 本件事故の書類送検については既報だが、海上保安庁の捜査に外務省沖縄事務所も沖縄防衛局も捜査への協力を米軍に求めていないそうだ。なぜだろう。

 外務省の河村裕沖縄大使は「日米地位協定が支障になったとは認識していない」と述べたそうである。何を寝ぼけたことを言っているのか?!地位協定の17条は裁判の管轄を定めており、公務中の事件・事故についてははっきりと米国にあることを定めているのだ。本件は空中給油中の事故であり、地位協定通りならば、日本国は管轄外ということになる。それを百も承知しながら米国に協力を依頼しないのは、真相が明らかになったらヤバイからだろう。また米国・米軍にお任せしておいて、不都合なことについて米軍が積極的に協力してきたことがあるのか。ないとすれば、働きかけるのが政府の役割だろう。

 因に、①墜落現場は演習場の中ではありません。演習海域でもありません。名護市安部の集落から700mほどの場所でした。集落の人々が大切にしている珊瑚礁の海です。米国海兵隊は機体の回収・証拠隠滅の作業に安部集落の道路や砂浜・渚を散々使っていました。

②海保の本省は国土交通省だ。沖縄防衛局から行政不服審査請求を受ければひょいひょい動くのに、この逆は固まってしまうのはなぜだろう。

 日本政府は、何か言って米国のご機嫌を損ねたくないのか、沖縄の声を代弁するのもいやなのか。不思議だね。属国日本の代名詞通りの行動だ。

 ということはだ。県知事、市町村長も県議会、市町村議会も抗議の要請をしたり、抗議決議をあげるときは、具体的なつっこみどころをしっかりと抱いてやらなければ効果がないのだ。

 私もこの現実を直視して対応していきたい。 

新ながら族(190103)

 若い頃はながら族だった。深夜放送を聴きながら勉強した。いつのまにかそんなことはできなくなっていた。しかし昨晩、新たなながら族をしてしまった。ある動画を見ながら、山本太郎の街頭演説・対話(2時間弱も)を聞いた。山本太郎の話は新宿での消費税の話。かなり明解だ。他方の動画は、米軍のMH-60多用途ヘリの構造の把握。昨日辺野古で撮影した機体に何やら怪しいモノが付いている。多分銃器。

 自分が撮った写真(何枚も)をみながら、仔細に動画を見て、解説を確認する。ドア・ガンの一種で、銃身が短いので、わかりづらいが立派な機関銃だ。ヘリ前方の両側に付いている。地上を銃撃する場面も出てくる。山本の話は対話風。この姿勢がいい。消費税の値上げが如何に消費を冷え込ませるか、一方で大企業を儲けさせるのか。年収1億円が所得税の税率のマックス。10億も100億もの年収がある人は税率は下がっていくのだ。非正規雇用が増えている、派遣が増えているのも構造的な仕組みができているから。雇用・労賃を派遣にすれば、モノ扱いできる。社会保険も雇用保険も年金も全部派遣会社が扱うので、大企業はすっきり。派遣会社はだから全部被りつつ、低賃金を押しつける。そして何も言えなくなる労働者。木偶の坊にされていく。現代も木偶の坊の時代なのか。

 木偶の坊を黙らすのは、警察力もあるが国際的に見れば軍事力。浅ましい社会が世界ができあがっているのだ。

 「新ながら族」と言えば聞こえは良いが、山本太郎が明解にしゃべってくれるから可能なのだ。ぐじゃぐじゃ言われてもわからないから。

真夏の沖縄に、秋の訪れ、あたらな政治の季節へ(191003)

 2019年10月3日(木)晴れ 

 朝、近くでキセキレイを見た。秋の印。涼しげに感じる。辺野古ではミサゴがやってきた。お久しぶり。運良く今季初めてのダイビングを見たが、魚をゲット。私も撮ったぞ。秋の兆し。

 しかし気温はメチャ暑い。風がなく、唸るしかない。雄大積雲が湧き、空は真夏。海上行動のメンバーは6時30分集合で、埋め立て工事の大前提となる台船の大浦湾への進入を止めるべく頑張った。炎天下での行動は激務であり、海の上で海保と渡り合うのは、緊張の連続であろう。

 このままでは埋め立ては進んでいく。どこで止めるのか。軟弱地盤の大浦湾の埋め立てのための公有水面埋立法の変更申請を止めるしかない。ここが最大の山場となる。この闘いをどうやって組み立てていくのか? 裁判闘争では勝てないのだ。日本国憲法が示す3権分立がなきものにされているからだ。あらゆる闘いを(非暴力に徹しながら)やるしかない。この意味で沖縄の闘いは政治の季節を迎える。現場での闘いの強化と、文化的な闘いとの連携、地位協定の矛盾を突く闘い、そしてなによりも日本全体の課題に押しげることができるのか。アジアの平和を沖縄から伝え、広げていけるのか。

 不戦に生きる沖縄に転じることができるのかが、第一関門であろう。私は微力ながら、11月からできる限る全国行脚に出る。皆様とできる限り議論していきたい。安倍政権を倒す意味合いをクリアにしていきたい。

 今日の琉球新報にこういう記事が出た。米国が沖縄に中距離核ミサイル配備と。米国はあくまでも中国との覇権争いに武力をもちいてでも勝つつもりらしい。愚かすぎる。沖縄の人々がこれにどうかまえていくのか。これは正に新基地建設と直結する。新基地建設(核をおける弾薬庫+埠頭の建設)と「琉球諸島防衛」の対中最前線基地群の構築、宇宙軍構想、そこに今挙げた中距離ミサイルの配備。

 80年代の反トマホーク配備反対の闘いを上回る国際的な闘いを作り出さなければならない。沖縄・琉球諸島が生き残り、アジアが生き残るために、人類が生き残るために全力を尽くさなければならない。これは、私の、あなたの課題である。私たちは決して諦めない。

 15時過ぎ、河口に白い鳥が飛んだ。乱反射がまぶしくよくわからなかったが、大型のアジサシ類か。私は自然豊かな沖縄を愛している。基地の島沖縄を一刻も早く克服したいものだ。だからこそ沖縄に新たな政治の季節を作り出す以外にないのだ。

2019年10月 2日 (水)

新しいブログができる見通しは191007以降になります。(20191002)

 ここのところ長い原稿が3本立て続けに入っており、3本目の執筆を優先させていただきます。そんなわけで新しいブログは早くても10月7日となります。原稿執筆が終り次第取りかかります。どうぞよろしく。

 沖縄で原稿書くのに漸く慣れてきました。原稿の骨格が決まらないと、資料にもあたれない。むやみにあたれば無駄になる。でも依頼され書けると頭の整理が進み、いいですね。

 いよいよ大浦湾側の変更申請が年内か新年早々に出てきます。こうなればまた裁判。裁判になれば必ず負ける。3権分立の建前はどこにいったのだ。壊憲国家の真ん中で、如何にしたら勝てるのか? 相手の土俵から如何にして飛び出して、ぶっつぶすのか、秘策を練らなければなりません。無論、非暴力ですよ。

台風18号は西へそれたが、テント復旧をやった(191002)

 2019年10月2日(水)暑い 台風18号は西へそれました。しかし9月28日に台風対策をやっており、昨日までテント村はお休みに。今朝、テント2,テント村(漁港脇)のテントを復旧させました。埋め立て工事はオイルフェンスの再構築から始まった。海上メンバーは抗議船2隻とカヌー7で出発。途中、巡視船1,クレーン台船等が入ってきました。15時海上行動終了。まだ風・波高いです。

 海保に拘束されて松田浜に上がってきたメンバーが再度出発するところを漁港の護岸から撮りました。ゲート前での行動も通常通り再開しています。やはり3回の搬入作業。愚直に座り込む。

 今日は付近をCH-53とMH-60が朝から近くで訓練していました。特にMH-60は怪しげなモノを機体の両脇につけています。豊原側からでてきて、沖を東に、シュワブの基地の上から戻り、漁港の上を通過。これを私は2丁カメラで撮影。3周していましたが、4回目は辺野古崎側に逃げていきました。民地の上を武装して飛ぶ姿を撮られたくないのでしょう。こういうときは撮っているぞと誇示する意味があります。カメラで撃退は痛快ですぞ。撃たれたらどうしようではあるのですが、ここではさすがにやらんでしょう。やったら大事件になります。

「文化を殺すな!」について朝の一言(191002)

 おはようございます。ツイッターを見ていたら、文化庁前の抗議行動に初めて参加したという人がいた。自分で動くこと、歴史を考えることなどを肝に銘じる良いツイッターだ。

 今の政府が推し進めていることは総じて、歴史を見るな、考えるな、言うことを聞け、こうしたことになる。愛知トリエンナーレへの介入もまさにそうした結果、補助金の不交付決定だ。

 他方でクリエイター関係の男性のツイッターには、「文化を殺すな!」とは過激すぎる、NOと言いたくないとあった。文化を巡る問題だから、YESでいきたい気持ちはわからぬではないし、統一のスローガンになると、一律すぎて嫌だとの見方もわかる。しかし文化庁さんの意図は政府に刃向かう不都合な文化などいらぬ、潰したいが本音。文化庁がこれまでにどれだけの文化振興に役立ってきたかとは別問題だ。

 文化庁がある種の文化・芸術作品を闇に葬る動きは、明らかに文化を殺すことに他ならない。これにNOと言わなくて何というのだ。クリエイターならば知っているだろうが、この国が過去に海外で、朝鮮半島で、中国で、沖縄で、どれだけの文化を殺してきたのか知っているだろう。また、戦争とは、特定の文化を差別し、壊し、文化の素材を壊し、担い手を殺し、受け手も殺すものであり、文化の基層とも言える言葉すら奪うものだぐらい知っているよね。今回の動きはこうした過去をなぞるものなのだ。

 YESというお仕事も大切だが、こうしたことを十分につかんだ上で、やっていただきたい。先に挙げたツイッターの方の感慨を私は支持する。

 後者の男性が「殺すな!」は岡本太郎が関わっていたと知っているようだが、同じ岡本太郎の中にNOもYESもあることぐらいわかるよね。これをご自身の感慨でNOを否定したら、この国が進めているこの国にとって不都合な文化抹殺にあなたが加担していることになる。

●上記の解説はこちら

www.jca.apc.org/~yyoffice/61KorosunaBadgeKaisetu.htm

●岡本太郎には「沖縄文化論ー忘れられた日本」中公文庫もあります。

 蛇足だが、文化とは自分の心の片隅にあるものではない。もっともっとずーんと大きなものなのだ。絵画でも彫刻でも、写真でも発信力があるから権力は恐怖する。展覧会はこうした発信の場であり、そこからどう他人に伝えるか・伝わるかだろう。私たちの努力は生きるためなのだ。だからこそ「殺すな!」と言わざるを得ないのだ。

2019年10月 1日 (火)

脳みそがはじけた(191001)

 先月末からある原稿に取りかかっていた。期せずして連載になっていたので、次は何を考えるべきなのかわかっていたのだが、骨格を作り、それに沿って資料を読み込み、文字にしていく。資料は膨大にあり、これらのうちからどこが重要なのか当たりをつけておかなければ、いかんともしがたい。時系列に沿いながら、時に時間を反転させながら、そういうことかと考える。頭が痛くなる。全く面白い話ではないから。しかし私のテント村での日常的な話の裏を問う思索なので、自分的には極めて重要。

 9月29日の玉城デニー知事と河野太郎防衛相との会談が平行線だったと言うが、当たり前だのクラッカー。今の国と沖縄県はレールのようなものだ。

 国が沖縄の歩みをねじ曲げ、戦場にしてきたのであり、基地にしてきた。この事実を誰が否定できるのだ。できるものなら、言うて見ろ。今日からゆいレールが4キロほど伸びたが、こんな沖縄に誰がしたのだ。戦場となったことで軌道は破壊されて、復興ならず。この74年間だ。あの2011年3月11の大震災ですら、74年間も電車を止めてしまうことは、被爆地においてすらないだろう。

 色々と考えると苛立ちしかないが、苛立ちの中から、先を探すしかない。社会的な苛立ちを救ってくれるのは、自然美であり、文化的な美。柳宗悦(むねよし)は工芸なるものを提起し創り上げた。朝鮮文化の大日本帝国による破壊に抗した。朝鮮の人々と共に保存に尽力した。私はどうせ「白樺派」の小ブルジョワであり、さしたるものではないと思わぬではなかった。しかし彼が生きた1920年代から30年代は治安維持法があり、身体拘束は無論、検閲もすさまじかった時代だ。こうしたなかで、朝鮮文化でも琉球文化でも守り通そうとしたのだがら、並ではできないことだ。実物を見ながら価値づけた営みは、弾圧を恐れず。たいしたものだ。少しは自分も役に立たなければならぬ。

 そんなわけで、私もがんばります。宗悦(そうえつ)さんは私の大伯父だ。私は彼と会った記憶はないが、浜田庄司やバーナード・リーチとは会っている。だからっていうこともないのだが、せめて沖縄の文化について、もっと知らないと恥ずかしい。

 日本人の劣化は凄まじい。徐京植(ソ・キョンショク)さんがこう言っている。「戦後民主主義は『メッキ』だったのか」と。そのとおりだ。あの時代の王冠をそのままいただいている「民主主義」がまともな頭に因らないことは確かだろう。検閲も大日本帝国によるものからGHQによるものまで、話は変われど、「殿上人」にひざまずく姿勢は変わらなかった。すすんでどうぞとやる姿勢。自己がないから、内心もない。確かに全て厳密は、適わぬが、かなり厳密でなければならぬ。

 なんでもいいよとやったならば、命いただきますになる。これは過労死でも原発死でも、既にそうなっている。かけがえのない自分を見ていかなければならぬ。このためには、かけがえのない自分とかけがえのない他者を見ていなければならぬ。油断していてはならないのだ。

 朝方、コーヒーカップを洗っていて久しぶりに力が入りすぎ、取っ手を壊した。なんてことをする。カメラのシャッターは微細でなければならぬ。そうっと押して一枚。この感触が大切なのに、私のカメラはぼろく時々苛つく。そうっとという触感が絵に反映するのだ。否、反映させなければならぬ。

2019年10月Ⅰ日を迎えて

 2019年10月Ⅰ日を迎えた。台風18号は西にそれたが、消費税10%はそれなかったらしい。軽減税率があるなどわかりにくいことこのうえない。私のような算数の苦手な人には、負担ばかりかストレスが高まる。

 軽減税率とかポイント還元だとか、こんな些末な手段で消費税の本質が改善されるわけではない。本質が問題なのだ。私たちは些末な問題で一喜一憂するのでなく、税金って何か、国家って何かを考えなければならない。

 私の学生時代(1970年代前半)は高度成長時代であった。自然を壊し公害を垂れ流し、それでも経済成長が「善」だった。それでも福祉国家を看板に掲げており、格差拡大への歯止めの仕組みがあった。累進課税であり、社会保障の「充実」だった。しかし「弱肉強食」という戦前の発想を克服できず、家族主義が残され(元凶である天皇制が残された)、根本的な改革がなされなかった。

 70年代後半からの高度成長の限界は80年代の中曽根行革に行き着き、国家の力の強化に向かう。そして富む人間が大企業が益々富み、貧しい人間は益々貧しく不正規雇用が当たり前になってしまった。この道を促進するのは消費税であり、8-10%への税率アップだ。冗談じゃない。

 こうなれば、私たちは、よりみみっちく生きるしかない。軽減税率とかポイント還元に振り回されず、私たちの生活を貧しくしてくる政治を肌で実感しながら、人権・幸福追求権を手放さない。

 特に安倍政権が軍事で金儲けする国に転換した2014年を、私たちはもう一度想起しなければならない。ごくごく一部の人間たちが人殺しで儲かる仕組み。そんな米国とつるむ奴らだから血も涙もない。

 いやいやと私のアメリカ在住の友人から今朝(日本時間)メールが届いていた。米国では大金持ちは大金持ちなりに社会福祉に貢献する寄付文化がありますと。日本の富豪はテメエらの一人儲けだったのか。

 憤るばかりでは暮らせないが、憤らずにも暮らせない。このまま若者たちを国家の殺し屋に差し出すわけには行かない。沖縄をいつまで戦争準備の島にさせておくわけにはいかないのだ。

 神野直彦さんの本に「『分かち合い』の経済学」(岩波新書)というのがあるが、私たち人間が分かち合いを忘れたら、ダメだ。時代は暴力による一人勝ちを正義だとする勢いに圧倒的に押し流されているが、これをとめずに人間が生きていける展望を探ることはできない。沖縄が強いられてきた歴史の中に(世界的に見れば沖縄ばかりじゃない)新たな可能性が見えるはずだ。

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