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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

カテゴリー「旅行・地域」の記事

2019年1月 5日 (土)

19年正月の小さな旅―④那覇(190103)

 2019年1月3日午後、那覇に戻ってきた。連れは今夜帰る。さて、どうしようか。そうだ!福州園に行こうとなった。思い付き的な決断。

 ここは二人とも初めて。私はこの通りを何度も歩いているのだが。
福州とは中国南部にある町。那覇市と福州市は友好都市。那覇と福州は古くからの繋がりがあり、那覇市政70周年記念、両市友好都市締結10周年記念事業で、福州園は建設された福州市ゆかりの庭園。
 中に入ってみた。
 
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4分の3歩いたところに冶山・冶亭がある。滝だ。16:14
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冶山の下から正面に照壁。なにやら書いてあるのだが。16:15
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飛行機音が聞こえた。ボーイング737かと思いきや、米国海軍の対潜哨戒機だ。P-8.
16:16 那覇空港に近いからではなく、那覇空港の空路を横切る形で飛べるのは米軍だけか。この上から中城湾に出、金武湾上空で反転し、嘉手納に下りるのだろう。驚かすなよ!
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冶山の上から。欧冶池など。
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中国風ですね。
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まただ。P-8.16:27 旋回してきたのか。
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ゲットウの葉を前景に入れて。いかにもの風情。
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1周してトイレに行ったついでの1枚。ツワブキと欧冶池。
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大門を出た。16:37
小さな庭園だったが、来て損はしなかった。
松山通りを渡る。松山公園へ。
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白梅学徒隊の「白梅の乙女たち」。何でここに?
県立第2女学校はここにあったんだ。白梅学徒隊は糸満で55名中21名が死んでいる。従軍看護婦に徴用され、大日本帝国に命を捧げさせられた。
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時代が悪すぎた。だがそれだけで、すむわけがない。誰があなたを死地に追いやったのだ。殺したのか。この問いは今も厳しく問われているはずだ。
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隣にあるのは私立積徳高等女学校の慰霊碑。「ふじ学徒隊」と言われていた。25名中、3名が亡くなった。死者が少ない。否、ひめゆり学徒隊や白梅学徒隊の死者が多すぎる。否、何故殺されなければならなかったのか? 今の高校生の歳だからね。
ふじ学徒隊は第24師団の第2野戦病院に勤務させられた。学徒隊解散時に隊長(軍医)が「生きることは恥にあらず」と学徒隊員に生きるように言葉を残して、自決したらしい。
 こんな時代に戻して良いはずがないのだ。この碑は5名の教員、44名の同窓生、23名の生徒を刻銘している。沖縄戦で亡くなった方々だろう。
  那覇の町も油断して歩いてはいけないのだった。
 私は18時30分頃のバスで那覇を立った。連れも無事に帰宅した。

19年正月の小さな旅③(座喜味城)(190103)

 2019年1月3日。曇り。だが雨降りそうな雲だ。海辺での遊びをカット。バスで読谷村座喜味に向かう。目指すは座喜味城址。

裏道から入る。
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松林がここの風情かな。9:48
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正規ルートから。奥が大手門。
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二の郭から城壁を見上げる。
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一の郭からニの郭を見下ろす。
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この曲線の石垣がここのミソ。
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一の郭の殿舎跡。
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このゴツゴツ感。
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ツワブキ。石垣をバックに。
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城址の北側で。ウォーキングしている人。バックは嘉手納基地。静かだった。
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城址を振り返る。
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目の前に小鳥。何?何だ? オイ!撮れよ!あっそうだ。10:29
ビンズイ。こんなところで、珍しい。沖縄の野鳥は、実は深いものがある。「日本」のようでいて、断じて違うのだ。
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暗い木陰に咲いていた。
こののち、国道58号の喜名まで、雨が降る中歩いた。昼食は那覇で。

19年お正月の小さな旅ー②勝連城址(190102)

2019年1月2日。曇り。 沖縄市からうるま市へバスで移動。うるまの西原で下りると、勝連城址がくっきり見える。

石道を歩く。

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二の郭の端から南東方面を見る。視界は広い。この左奥が米海軍のホワイトビーチだ(見えず)。14:05
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二の郭。昔日の建物の柱石など。奥は平安座島(へんざじま)など。天気が良ければだが、贅沢言わない。
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拝所。一礼してローアングルから撮る。歴史を偲ぶ。当時の人は何を思い、御願していたのだろう。
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東方を見る。真ん中は三の郭。
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一の郭から北東を見る。海は金武湾。今日は怪しい船はいないようだ。中城湾にもいなかった。
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東に平安座島の石油タンク群。
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ウシヌジガマ。
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なかなかの高座(最高地点標高98m)であり、お城としては最高の位置だっただろう。しかしこの赤白コーンはお邪魔。安全のためなのは分かるが、撮影には天敵のごとし。
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石垣は立派だ。だがコーンに邪魔されてあれこれ撮れず。14:38
10代目勝連城の城主阿麻和利(あまわり)は沖縄芝居にもなり有名。
しかし、立派な城址(建築物)に権力闘争の負が埋め込まれているのだろう。
私たちは城(グスク)の歴史から何を学ぶべきなのか? 数百年前からの事象からも学ぶべき事はあるはずだ。
 下ってきて再びバスの人に。勝連城址前(61番)―赤道十字路―東恩納(77番)―真栄田(通過)―美留(びる)(48番)。バスを乗り継ぎ乗り継ぎ、宿に着いた。真栄田岬の夕景は雲に阻まれパス。またの機会に。バスの乗り継ぎは停留所を確認すべし。一度逆方向に行きそうになったが、連れが正しく指摘してくれた。危ない危ない。

2019年1月 4日 (金)

正月の小旅行―①沖縄こどもの国の動物園(190102)

 今年の正月は沖縄で過ごした。連れに沖縄にきてもらい、お互いの意思を交えたスケジュールを私が組んだ。正月ぐらい、ノーベース(基地なし)でいきたいものだ。2日朝、那覇出発、同午前、沖縄市のこどもの国、午後、うるま市の勝連城址、夕方、真栄田岬、宿へ。3日、読谷村、座喜味城址、午後、那覇に戻る。私たちは車の運転をしないので、行程は公共交通機関と徒歩。移動時間と待ち時間がどうしても長くなる。結果的には、優・良・可のうち、自己採点は可というところだろう。

 こどもの国に行ったのは初めてだった。沖縄の動物園だから、小さいことも分かっていた。動物たちが小さな園舎の中で機械的に走り回る。また、囲われた鳥は、羽毛の精気がなくなってしまう。お馴染みのサシバやミサゴにカンムリワシまで。私はカメラも出さず、すらすら回る。
馬やヤギや。
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キリンが2頭。草をむしゃむしゃ。10:44
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飼育係のお兄さんが子どもたちに話しかけている。10:46
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ちょっと待った。10:47
ここのキリンは一年中、取りたての木の葉を食べているんだって。
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お兄さんはキリンにも子どもたちにも優しそうでした。10:47
次は、ゾウだが、
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やれ!ゾウの背中に人が揺られている。10:51
私は道産子(うま)に乗ったことがあるが、これは凄い!
自分も乗りたいところだが(2000円)、相棒を考慮して、遠慮した。次回の楽しみにしておこう。
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イカツイワニさんだが、愛らしい。10:55
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池に出た。こちらは野鳥だ。キンクロハジロ。オオバンやバンも居た。11;09
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おっと!でかいコイと黒鳥が鯉のえさを争う。11:09
ペリカンは遠望だけだったが、これまた、またの機会に。
午後は勝連城址に向かう。

2018年9月21日 (金)

江ノ電に乗ったがな(180915)

 去る18年9月14日~16日、私は神奈川から東京を回った。14日は大船で。15日は大船から三多摩へ。久しぶりに江ノ電に乗った。懐かしい。

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江ノ電、エコ電。江ノ島駅で。
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本物が来ちゃいました。藤澤駅へ。このほかにも懐かしい駅や沿線を通った。雨の一日だったが、楽しかった。
呼んでくれた皆様に感謝。お世話になった皆様に感謝。

2018年6月14日 (木)

ちょっと嬉しい上野不忍池、ちょいと悲しい上野(180609)

今回の東京は中途半端なものだった。だから撮影も余興のように。

2018年6月9日上野不忍池付近。
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お楽しみボート。
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この子ったら、嘴を胸に載せて、楽してました。カルガモ。
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アジサイ Ⅰ  
ツツジじゃ、ないから(よそで自分がこんな間違いをしでかしていると、連れが教えてくださいました-それは修正済み)。
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アジサイ Ⅱ
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アジサイ Ⅲ
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咲きそうだ! ハス
美しいものを美しいと感じて生きたい!
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東京都美術館入り口 2020年東京オリンピックを前に所持品検査に応じてくださいだと。こんなことをわざわざ美術館前でやる都のセンス。悲しくなるが、これが只今の戦前日本の現実だ。
2020年、非協力者は即逮捕。新治安維持法発令?! 

2018年6月 2日 (土)

佐世保・相浦の余談・雨だから(180523)

 2013年5月23日。予報通り雨。午後から止むとの予報を信じて待つ。10時過ぎに宿を出る。佐世保駅港側に出る。サギの像だが、なんだ?

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アモイと佐世保との友好都市のシンボルだそう。アモイ市から贈られた物。私にとってアモイと来れば、気象通報で毎回毎回きいていた中国の都市。米軍基地の佐世保市との友好というのも皮肉かね。民が友好を築き上げていかなければ。10時48分。
余談ですがこの配置の悪さ。センスを疑う。バラの柵なのだろうが、赤茶はないだろう。折角の白鷺の像がだいなしだ。
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松浦鉄道で相浦駅で下車。相浦港。11時54分。雨は上がってきた。
近くで昼食を取り、相浦駐屯地に向かう。
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左に松浦鉄道。ここここ。やはり撮り鉄魂は死なず。13時17分。
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来た!佐世保からの列車。1両。13時23分。だが運悪く私が座り込んでいる路上のこちらに車が向かってきた。轢かれないように、気をつけて。気が散りながらも、よしか。
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反対側からきた。13時36分。縦位置なので微妙。
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13時36分。手前のツタはクズだ。日本だね。
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アジサイ。沖縄にもあるが、自分には懐かしい風物詩。相浦川河口近くの生垣で。16時26分。

佐世保軍港の下見したら米軍はそろい踏み(180522)

 18年5月22日、博多発14時30分、佐世保着16時20分ごろ。一先ず投宿。今日中に下見しておかないと明日からの日程が苦しくなる。17時30分宿を出て、19時頃まで。近くて高い場所を目指す。

 軍港北の道を西へ。適当に(地図を見ながら)高台を目指す。米軍基地の脇を上がり、金比羅様の急な階段を登る。ここなら高さも位置も大丈夫なはずだ。
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階段を上がると、如何にもの雰囲気。18時10分。
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鳥居の奥に見えそうだ。18時11分。
だが、今一でした。ここであきらめないのが、自分流。合法的に且ナイスなスポットを探す。
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南東部に揚陸艦のグリーンベイと奥にクルーズ船。18時11分一見のどかな感じ。グリーンベイは辺野古沖で見るのとでは全く違う雰囲気。殺気がない。もしも、あでやかな色だったら、これが侵略の上陸作戦の船だとは思えない。
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グリーンベイ。満載排水量25000トン、全長209m。18時11分。甲板に何も乗っていない。それはそうです。沖縄に来てから載せるのだから。
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強襲揚陸艦ワスプ、満載排水量約41300トン、全長257m。近くから見ると却って小ぶりに感じる。甲板の上にオスプレイとか各種のヘリ、F-35Bなどがいないからか。手前の建物も米軍基地内。
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西側にドック型揚陸艦、ジャーマンタウン。満載排水量約16000トン余り。全長186m。
所定の位置に揚陸艦4隻いました(他に48、アシュランド)。
南側の階段をややくだる。こっちもいい。
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フェンスの下は米軍住宅街。守られている米軍兵士と家族。土地は米軍に獲られているのだ。18時16分。
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残照になってきた。18時21分。グリーンベイの怪しい姿が目立つ。
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さぁもどるぞ。18時39分。飯にしよう。宿はこの奥。何処で食うか?

福岡空港で航空自衛隊の輸送機と遭遇(180522)

 2018年5月22日から26日、私は長崎県、佐賀県、福岡県に旅してきました。狙いはこの3月にできた水陸機動団のことなど。遊び写真も含めて色々と撮ってきました。以下順次報告します。

 まず22日。バスに乗り遅れ、那覇空港発の予定の飛行機に乗れず。約2時間遅れの便に振り替えていただきました。感謝。
 12時50分ごろ福岡空港着。そしたら、これだ。
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私が乗っている飛行機も走行中。あちらも。航空自衛隊のC-130輸送機。慌ててカメラを出して撮りました。ピタリの位置で撮れた。
ついでに外をよく見たら、海上保安庁、県警と並んで航空自衛隊の大きな格納庫が1基ありました。私は不覚にも知りませんでした。確かに福岡は朝鮮半島にも南西諸島から中国にも近いから、要衝といえる。近くに航空自衛隊の基地や陸上自衛隊の基地も多数あり、ここをどう使っているのか、調べていかなければなりません。

 私は、この日のうちに佐世保に無事到着。(つづく)

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