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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2019年5月21日 (火)

作業スペースを広げました(190521)

 実はパソコンを資料を見ながら打つときや、どの写真をブログに入れるかなどの検討するために、パソコンの隣にA3ほどの大きさの台があれば欲しいなと思っていたのです。そんな話をしたところ、予想外にでかいものが届いてしまい、この用途には使用不可。お引取り願うのも悪いし、受け取りました。帰宅後さてどうしようと迷いました。A3プリンターが入ればと思いましたが入らない。結局、作業机の配置を変え、その戸棚は戸棚として使い、従来床の上にじかにおいていたものをそこに収納することにしました。お陰で、部屋の作業スペースが広くなりました。この配置に慣れれば、無駄にしていたスペースがほぼなくなり、すっきりするはずです。作業効率が高まることを期待しています。

2019年5月20日 (月)

18日(土)に続いて今日も大忙し(190520)

 今日はすっかり梅雨空。平和行進が終った後だったから、良かった。今日テントにお出でになるのは、あっても午前中だと予想していたが、夕方まで続いた。なかなかハードな一日になった。本日私は7回も話した。一回につき10分から30分余り。その合間に友人が来たりしたが、なんとか失礼になることはなかっただろう。

 今日は忙しかったが、総じて良かった。30人近くの団体さんでも、真剣に聞いてくれた人がいた。沖縄は何故足蹴にされてきたのかを話せば、改めて憤りと悔しさを感じていたようだ。普段大勢だと、なかなか話が届いているのか否かを確認できず、こちらは不安になる。

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これをいただきました。ありがとうございます。

 一旦、ゲート前に上がったあと戻ってきた三多摩からきた団体から、横田基地に配備されたオスプレイと闘っているとの話があり、横断幕をいただいた。具体的に連携できそうなのは大変嬉しい。また同様に戻られた九州の方々は、午前、入ろうとしたトラックを追い返したと嬉しそうだった。数がいれば追い返せるのだと、自信を得たようだ。彼らの話は、十分な応答をいただいた。私が言う「島嶼防衛」の繋がりを九州の地で受け止めていただいている。佐賀空港で陸自オスプレイの部隊を頓挫させていることは、大いに勇気づけられた。また築城(福岡)や新田原(宮崎)、福岡空港なども新たな再編の動きが出ているらしい。いっそうの連携が必要だし、可能だろう。私にも勇気をいただけた。共に頑張りましょう。

 それにしても私はもっと現場にでかけたいが、お金も時間もない。 

2019年5月19日 (日)

平和行進の中で、今日の「5・15」に思う(190519)(*註:大幅に書き直しました)

 昨日のテント村は大繁盛。平和行進2日目であって、いくつもの団体やそれとは別個の諸個人もあり、大賑わい。途中から晴れてきて暑くなり、しゃべる度にフーフー。最初はマスコミ関係の団体であって、お名前を存じ上げている方もおり、また案内役が良く知っている方だった。こうした方々にお話しするのは多数でも楽。話すべき壷がわかるから。他方、何とかですと言われただけでは、よくわからず、一般的に流れてしまう。時間の制約があればあるで、なければないで。

 私にとって、名護に暮らし始めて6年目の今年の「5・15」ほど、「5・15」を意識している時はなかった。6年目だからではなく、安倍政権の変わらぬ沖縄無視のパワーに対する怒りであり、多数の「国民」の相変わらずの無視への怒り、苛立ちだろう。1972年5月15日から47年めの今日、「復帰」=併合だったと言わざるをえまい。もともと「沖縄返還協定粉砕」派だった当時の私は、こう思っていたのだが、観念的過ぎた。72年5月15日の時点では、まだベトナム戦争の渦中であり、ベトナム反戦運動があった時代だったから、まだ「日本」と沖縄を、対で考えられた。もっとも「日本」側の私たちの視線は、沖縄に向き合っていなかったのだ。あれから47年が経った今思えば、沖縄はぼんやりと「日本」になり、沖縄県になっているが、ぼんやりしているだけに、歴史的断絶は深まっているようだ。

 いつまで沖縄を戦後日本国の根幹である安保政治の重石に踏みつけておくのか。一方で、米軍基地引きとり論がある。沖縄の思いとしては理解できるのだが、安保政治は日本国の政治だ。46都道府県に引き取っていただいたとして、この国を変えることができるのか。いや、そもそも引き取れるのか。米国に従属したままの戦後日本を脱却できなければ、引き取ることすらできないはずだ。戦後日本を対象化するためには、①この国の歴史を改めて検証し、②米日地位協定を変えることなしにありえない。

 72年5月15日に伴う数々の密約は、米国の施政権下にあった沖縄の「日本復帰」に伴う暗部をないことにするために隠したのだ。米国の軍事の島沖縄を日本国憲法下の日本に据えることの矛盾が大きすぎたからこそ、こうなってしまったのだ。今やこの毒が日本全体に回っている。多くの「国民」に気付かれないままに。2014年の「集団的自衛権の合憲化」とはこの象徴的出来事だ。

 しかし2019年の今、「島嶼防衛論」が大手を揮うように、その主たる現場は琉球諸島に偏在しているのだ。だからこそ、ますます国民多数は、無関係だと思っている。一部の基地を引き取るのではなく、沖縄島・琉球諸島、琉球諸島と46都道府県の繋がりを精緻に考察しなければ、私たちは暗闇の中に佇むほかに手がないだろう。

 「島嶼防衛論」とは、新たな地理的な概念であり、ここを戦場にすることを想定した作戦であり、基地の配備論なのだ。もう10年ぐらい前のことだ。私は沖縄島南部の摩文仁の海を見下ろしながら、この断崖の下の海が血に染まったことを想起しながら、2度と起こしてはならないと誓ったものだ。今や与那国島や石垣島、宮古島がそうなりかねなくなってきたのだ。「島嶼奪還作戦」がそれを暗示している。

 お互いに頑張りましょう。

2019年5月17日 (金)

平和行進出発式を撮って帰ってきた(190517)

 昨夜は、宜野湾市内まで、沖韓連帯の集会に行ってきた。バスで一人で行ったので、大忙し。帰宅して原稿を仕上げたら、深夜2時。字数の制限があり、締めをまとめるのにひと苦労。私が言ってはいけないが、ナショナリステックに書くと短くまとまる。ダメダメダメと書き直し。自分の立ち位置も難しい。在沖日本人だから、沖縄と「日本」に視線を向けながら、更に先島(宮古・八重山)といわれるところに目を向ける。どうにも中途半端だ。まだまだ修行が足りません。

 寝るときは、もう今朝の出発式に行けないか思ったが、起きれた。行って、ひとまずよかった。それにしても平和行進に集る人々の数は減ったな。南部と2箇所に別れているとはいえ、少なくなった。こちらにきているのは、絶滅危惧種か。絶滅危惧種ならば、もっと丁寧に対応しなければいけないのだろう。焦ってもダメだろう。労働組合の団結って地味だが、本当に大切なこと。韓国の人たちの闘いが強いのもベースに労働運動の団結があるからだ。日本では国労のスト権ストの敗北(74年)が痛かった。今日のように非正規雇用が常態化しては、団結の基礎がないのだ。基礎をつくるところからやるしかない。

 労働運動にとって労働3権は基本中の基本だが、こうした意識が解体されているのだ。職場で孤立させられたら資本のいいなりになるしかないだろう。これを阻むのが団結力だ。長時間労働の抑止も残業規制も、団結ナシに不可能だ。労働者が生きる礎なのだ。だいたい長時間労働で疲れきっていたらいい仕事はできない。歳をとったらもうお払い箱にされてしまう。

 沖縄における住民の闘いにとっては、平和的生存権が大切だ。住民の諸権利が大切だ。ぼーっとしていたら、何も見えてこない。私が生きる、あなたが生きるためにこそ、何が重要なのか考えよう。一見迂遠に見えることが、案外一直線に繋がっているのだ。

 参加されている皆さん、しっかり歩いてくださいね。

 

2019年5月15日 (水)

丸山穂高議員のトンデモ発言の軽さと重さ(190515)

前振り:2019年5月15日。皆さんは、ご存知ですよね。今日は何の日か? 沖縄が日本に「復帰」した日です。しかし涙ナシに振り返ることはできない日です。沖縄は他の都道府県と同格ですか? これは政府にとってばかりじゃない。「国民」の皆さんにとってもです。皆さんは、同格だと思っていますか? 恫喝じゃない。「復帰」は併合だったのじゃないですか。

 丸山穂高(35)という国会議員の「国後島」での発言が話題です。元島民の訪問団団長が、記者のインタビューを受けている中に分け入って、「戦争で取り戻さないのですか」などと執拗にご乱心。批判を受けて、謝罪した。維新の党から離党する話になっている。言葉が軽すぎないか。言うのも、撤回して謝罪するのも。軽すぎる男の妄言。

 特にこの訪問団は、ある種の民際交流の場だろ。そこにドロを塗る。付き添いの北見市職員の方が立派に彼を正していたが、呆れかえっていた。「参加資格の基準を再検討する」とまで言っていた。

 しかしこうした発言は、決して彼ばかりじゃないことが問題なのだ。武力をちらつかせる態度を示しているのは、安倍政権がまずそうだろう。「集団的自衛権」を現行憲法の中で合憲化したり、「島嶼防衛」を掲げ、琉球諸島を対中最前線に据えて、「常続監視態勢」(いつも継続して監視し軍事力をスタンバル)を取り、切れ目ナシに監視するのが、国防の根幹に据えられているからだ。弾薬庫を保管庫と言い換え、住民を騙し、ばれたら「住民の皆様に説明が足りなかったことをお詫びする」とか(宮古島)。大人の言い訳ですらない。島民が住む島を戦場にすることを隠しているのだから、悪質の極み。

 こんな政権だから、丸山君は恥ずかしげもなく、お気軽に言ってしまった。沖縄は、この75年間、大日本帝国・日本国と米国の暴力に曝されてきた。いやいや1879年に琉球共和国が日本国に併合されて以降とも言える。140年間だ。丸山君は戦争で、軍事力で何を守る、守れるつもりなのだろうか。事は重たい問題なのだ。何も考えず、火遊びだけは止めていただきたい。

2019年5月10日 (金)

地形図の奨め(190510)

 ご無沙汰しました。実は少々出かけていました。その報告は後ほど。今回ドジ続きでした。前回の石垣島は4日間、晴れマークが付き、日焼けしましたが、今回は4日間雨マークがついた。ウ・ウ・ウでした。何をドジしたかは、恥ずかしいので書きません。ただひとつだけ皆さんにも役だつことを教えましょう。

 地形図を忘れたのです。近頃のデジタル派の方は、グーグルマップをお使いなのでしょうが、私は根本的にアナログ派。古い人間です。今回うっかり、地形図をもって行くのを忘れた。「まぁいいや、脳内地図を忘れていない」だろうと取りに引き返さなかった。確かに歩きながら徐々に脳内地図を書き直しながら歩きましたし、迷わなかった。しかし地形図(2万5千分の1)はただの地理・地形・ルート把握のためだけじゃないことを痛感しました。②撮影ポイントを探すために必携です。ここでいう撮影ポイントとは、一般的な展望地などとは違います。撮影のために求める具体的なポイントです。数mから数センチ範囲の決め技ポイントです。地形図があれば、このへんがよいことがわかるので、後は現場での場所探しが早く確実にできます。地形図は上から見ていますから、自分の立ち位置から見えない向こうがどうなっているかわかることは、いたって便利です。③地形図を眺めれば、計画を立てるのに大変有意義です。いわばイメージアップに約立つ。どんな写真が撮れそうかを喚起出来るのです。写真をやらない人でも、お楽しみの幅を広げられます。自分の脳内地図では、記憶に抜けがあるとアウトの事もある。また何時間後の太陽の進む方向を推定し、そのときの陰影を推定することも地形図があれば、かなり正確にできます。こうしたことができていれば、無駄のない適格な時間の使い方ができるのです。

 忘れたことを悔やんでいます。人間は反省しながら成長していくものです。一度やったドジは2度とやらないことです。

註:地形図は、慣れていないと、読めません。習熟すれば、おもしろくなりますよ。観光用の地図等あちこちでもらえますが、これだと、製作者のセールスポイントしか出ていません。自分流の旅をするには、自分の観点・視点が大切です。

2019年5月 2日 (木)

ゴールデンウィークで暇していますが(190502)

 4月30日、5月1日と辺野古テント村周辺は、断続的な豪雨が続いた。ゲート前の行動も海上行動もなし。我がほうだけがおります。工事は全面的に止まっており、しばし休憩モード。今日5月2日は晴れて気持ちよかった。テント2では平和丸の台車の修理が行なわれており、ゲート前ではテントの補修作業が行なわれました。こちらからも1名が応援に行きました。

 来訪者は少ないので、可能ならば、じっくりとゆんたくしたいところですが、なかなか難しい。人によっては、さけられてしまう。私が難しいことを言いすぎるのか。ガチに言い過ぎなのかもしれない。それでもこの連休のなか、お二人とじっくりと語り合えた。沖縄に関わることが自分にとってどういう問題なのかが見えないと、ゲート前で座り込んでもカヌーを漕いでもその場だけで終りかねない。

 30年前に沖縄に来た頃は、「ヤマトンチュウが」と度々論難された。言われても仕方がないと思いながらも、なにくそと頑張ってきたつもりだ。この30年間の闘いがお互いを鍛えてきたせいか、以前に比べたら楽になった。否、甘えているところも出ているかもしれない。沖縄差別の根は深いのだ。

2019年4月29日 (月)

アキヒトさんが退位するんだってね(190429)

 4月5月にかけた連休は、色々と考えることが多くて、めんどうくさい。しかし私なりに思い起こすことを記していこう。実は、私は至近距離で、アキヒトさん、美智子さんを見ているのだ。大昔だから記憶が定かでないこともあるが、彼らが私の住まいのお隣にあった養護施設に来たのだ。彼らが結婚したのが1959年4月10日だから、その後のことだ。60年か61年のことだろう。

 何故覚えているのかといえば、こんなことがあったからだ。私たちの家の前の道は、当時草ぼうぼうだった。幅員は10mぐらいあるしっかりした区道だった。これが突然アスファルト舗装されてしまった。何故かと聴いたら、このお二人が来るからだと知ったのだ。これって、へんだよね。自分は小学校2,3年生だっただろうから、難しいことは分からなかったが、お二人が来るだけで区道を改修だからさ。訳分からなかったけど、大人の世界は不思議なことがあるものだ。少なくとも私にはこんな特別扱いを「おかしい」と思う心があったのだ。

 他方で、同じ頃、この施設の子が学校でお金を盗んだとのうわさがたっていた。何で施設の子だからとなるのか、私にはまったく分からなかったものだ。私がいつも遊んでいた子だかさ。こういうことも重なっていたから益々、おかしいよねと、思っていた。

 このアキヒトさんが、1990年天皇に即位している。皇太子時代と比べたら、比較にならないほどの特別扱いを受けてきたのだろう。そして30年、明日退位するとか。「即位」って何、「退位」って何なの? 天皇の「位」ってなんでしょうか。絶対的に特別扱いされることを保障されている「位」。位にあることだけで、税金で生活できる身分。

 そんなわけで、私はこの60年間、おかしいことにはおかしいと考え続けているわけだ。自分の頭で考えることを生きている限り大切なことだと思っています。

2019年4月27日 (土)

頭がボーっとしている。「沖縄道 米軍車両が転落」だと(190427)

 大概旅から帰ってくると、跡片づけで寝る時間が遅くなる。新聞(190427)を取ってきて、見たら、「沖縄道 米軍車両が転落」とあった。対向車線進入 斜面に落ちたらしい。場所は沖縄北インターと、石川インターの間。自損だけで、他の車両を巻き込まなかったのは、不幸中の幸いだが、本当に大胆な事故をおこしてくれる。乗っていたのは2名だけ。頭や首に打撲を負ったらしい。私の目が覚める。

 今日から連休。日本は連休。しかし米軍は別だ。渋滞が凄いぞ。皆様も、連休気分で、事故にまきこまれないように。無論、事故を起こさないように願います。

 昨夜、石垣で撮った写真、約500枚をパソコンに移した。どのようにブログにあげようかな。考えないとならない。石垣島は良く見ると、地形が複雑。東西南北に複雑に尾根があり、斜面が広がる。ここを戦場にすると考えるやつらがいるのだと思うと悲しくなる。情けない。今回知り合った地元の人が嘆いていた。石垣市民は、基地の問題を「他人事」だと知らん振りしていると。しかし石垣島も市街地に住んでいる人口が多数なのだ。港湾と空港は戦争と切っても切れない関係にある。島の皆さんは、そのとき観光で来ていた皆さんは、何処に逃げる?

 地形図を見ながら、こう考えなければならない時代に入っているのだ。《美ら島を戦場に差し出さない》私は、これを大胆に拡げていきたい。頑張ろう。

2019年4月26日 (金)

石垣島から帰ってきた(190426)

 23日から石垣島に行ってきました。成果有。一番の成果は「美ら島を戦場にさしださない」(仮題)を書く気になったこと。今自分がやらずに誰がやるのか? 与那国島に基地ができ、宮古島と奄美大島にできてしまい、どうしたらいいのだろうと、思案していた。小さな島で反基地運動は難しいかもしれないが、島を戦場にさせない気持ちは、まだ多数派のはず。これを掘り起こしたい。

 中国が攻めてくるといっている間に誰が得をして、誰が酷い目にあうのか? 少し冷静に考えれば簡単にわかるはず。今や宇宙戦争の準備まで着々と進んでいるのだ。私たちに見えない世界での核戦争や宇宙戦争は願い下げ。むろん、起こった瞬間にすべてが終っているのも。恐すぎる。

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