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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2019年10月 6日 (日)

ミサゴは不時着水しないのです(191005)

 昨日(20191005)のことだ。ミサゴがダイビングした。これを撮りました。①突っ込む直前、②水しぶ気が跳ね上がり、ミサゴの体が見えなくなる、③飛び上がる。3枚。だが当のミサゴは魚をゲットできなかった。

 ミサゴの英名がOsprey(オスプレイ)なんですね。2016年12月13日の現場を私は何回も見ています(報告済み)。どうみても墜落であって、「不時着水」ではない。そもそも「不時着水」なんてことばはない。不時着とは「航空機が飛行中故障または燃料の欠乏などのため航続不能となり、予定しない時、予定しない地点に下りること。不時着陸」(広辞苑)だから水面に下りることは想定されていない。つまりかろうじてであれ、操縦可能な段階での着陸なのだ。何も岩場(潮間帯)に落ちるなよ。

 これができなかったんですよね。何よりも機体が4分解し、細かい部品もぐじゃぐじゃに。これを新造語をでっち上げて、「不時着水」と称した安倍政権とNHKなどのマスコミ。アホコミ。

 ミサゴが「オスプレイが不時着水」とかきいたら、カンカンに怒るだろう。私たちはそんなどじしませんよ。せいぜい魚を取り損ねるだけ。無論バランスを崩したら魚を捕れるわけもない。生物の世界は厳しいのだ。

 日米政府に警告しておきます。「私たちのダイビングシーンを評価していただき、ありがとうございます。でもね、私たちは墜落なんかしませんよ。自然界をナメってもらっては困ります。このまま放置しておくならば名誉毀損で訴えます。」

安倍晋三のウソの繰り言に騙されないで(191006)

 2019年10月4日、安倍晋三首相の第200回の国会の所信表明演説。皆さんは聞きましたか? 読みましたか? これまで私は「安倍語」だから意味がわからんと評してきましたが、ウソも100万回言えば「真実」になるとのナチスばりになってきた。昔から「ウソ800を並べる」といいますが、これは話のつじつま合わせが高じていくこと。謂わばまだかわいいウソ。しかし安倍語は最初から仕掛けているウソ。彼が日本を作り世界をつくり、憲法をつくる。悪魔の世界。このウソに騙されてはならないが、なかなかのくせ者。行政の長が3権を押さえ、マスコミも押さえているから。静かなファシズムとあいなっている。静かじゃないか。

 福島では県議会が避難している住民を排除。驚くべき事だ。沖縄でも宜野湾市の移設促進決議。住民を対立させ、翻弄させて、国家の意思を貫こうとしている。大阪の関電の問題も重大だ。この国の利権の構造はどこまでか。このままでは、全てに利権が優先されていき、それが100%「正しく」なる。お金を出した奴も受け取った奴も、出す奴に渡していた奴も。「あれよろしくね」だ。こうして原発利権が回ってきた。この構造は基地利権にも貫かれていることだろう。

 昨日若いフォトジャーナリスト(卵)が来たので、話したのだが、言葉がウソにまみれている時代、写真が動画が、ウソを暴くことがもっとできるはずだと。面白い時代に危険な時代になってきたものだ。

 それでも私は言う。「嘘つきは泥棒の始まり」。この格言は世界史的な真実だね。

2019年10月 5日 (土)

Kさんが亡くなっていた(合掌)2019年10月5日

 今朝、兄から電話が入った。Kさんが亡くなったが、知っているかと? 私の知り合いのKさんは同姓同名がお二人いる。そもそもなぜ兄から、入るのかわからない。全く知らないはずだし。ところが、友達の友達は友達と、人づてに入ってきたようだ。聞けば、確かに私の友人にまちがいない。驚いた。

 Kさんは沖縄問題の古くからの仲間であり、辺野古テント村にもコンスタントに来ていた。今年もお会いしている。急逝なのだろうが、どうしたんだろう。彼女は沖縄問題を古くから東京で係わっており、6・30宮森小学校の事件の追悼の会を東京で始めたときの仲間でもあった。沖縄に来てしまうと距離が遠くなったんだなぁ。誰も伝えてくれず、意外なところから伝わってきたのだ。

 Kさん、知らずにいてごめんね。あなたならもっともっとやりたいことを残していたはず。悔しいね。残念だ。私がやった写真展の殆どに来てくれた人だし、絵はがきも買っていただいた。厳しいことを言う私のことも聞いて下さった。あなたの笑顔忘れません。ややおポンチでしたが。最後は余計か。愚痴を言い合える人だっただけに残念無念。私はまだまだガンバルからね。素敵な友を失った。合掌。

 亡くなった者を悔やんでも戻ってきてくれないし。泣いてる場合じゃない。

2019年10月 4日 (金)

東京を捨て沖縄に来てしまったが(191004)

 昨日帰宅したら東京の学生さんからいくつかの質問が届いていた。約1ヶ月前に沖縄のゼミ合宿で見えたご一行のお一人だ。沖縄で学んだ事を纏める機会をつくるように先生にお願いしたのだが、やっていただいたようだ。そして私のブログも見ていただき、長ったらしい拙文「沖縄と関わることは、人として生きること」を読み、質問①~③を頂戴した。ここではその内容を伏せるが、いずれも重要なことだった。沖縄の生き方、ご自身の生き方、女性としての生き方などに関わる丁寧に答えればきりがない問題ばかりだった。ひとまずお答えした。沖縄が一つのポイントになり、これからの生き方を考えるようになれば、いいんだけど。期待しています。

 私は今月で沖縄に居を移して丸6年が過ぎ、7年目に入る。東京を捨て、沖縄に来てしまったので、楽ではない。だが、やるべき事が定まってきたし、頭の回転もすっきりとしてきた。他方、本屋に行く機会がガタ落ちし、幾つかの運動圏の人々との接点もなくし、関連文書も読む機会が激減してしまった。

 そこに「琉球諸島防衛」批判の講座を依頼されたので引き受けたところ、『植民地主義批判』を肝とせよだと。いやー恐れ入った。私にその任が務まるか?! 確かにそれは肝に違いない。そこを自覚していることと、現場から見えることは違う。かれらの機関誌やら講演会のチラシもいただいたが、私で大丈夫かと思う。しかし理論と実践の乖離が甚だしく、つなげる人が圧倒的にいないのか。私としたら写真家は現場を歩き、時間を繋ぐ努力、これしかないと思っている。「琉球諸島防衛論」も過去があり、世界はひとつながりなのだ。恐ろしいことに。

 私が8月に歩いた「本州縦断の旅」は正に今回のテーマにつながる。つなげる。沖縄戦の中の「集団自決」という過去と、安倍政権が招きかねない「島嶼防衛戦争」はダブって見えてくる。さらに米国が沖縄に中距離核ミサイルを置くという報道をみれば、これはやばいぞ。『日本人』の皆さん、あなたの足下に地獄が待っているようですぞ。米日同盟に踊らされている場合じゃないよ。ローカルな「琉球諸島防衛論」はグローバルな問題に一気に飛躍しなければならぬ。ここに植民地主義批判が肝に入る。反差別を含まぬ反戦はない。不戦もないのだ。もしかしたら、沖縄・琉球という現場はきらめくような世界なのかもしれない。 

2019年10月 3日 (木)

新ながら族(190103)

 若い頃はながら族だった。深夜放送を聴きながら勉強した。いつのまにかそんなことはできなくなっていた。しかし昨晩、新たなながら族をしてしまった。ある動画を見ながら、山本太郎の街頭演説・対話(2時間弱も)を聞いた。山本太郎の話は新宿での消費税の話。かなり明解だ。他方の動画は、米軍のMH-60多用途ヘリの構造の把握。昨日辺野古で撮影した機体に何やら怪しいモノが付いている。多分銃器。

 自分が撮った写真(何枚も)をみながら、仔細に動画を見て、解説を確認する。ドア・ガンの一種で、銃身が短いので、わかりづらいが立派な機関銃だ。ヘリ前方の両側に付いている。地上を銃撃する場面も出てくる。山本の話は対話風。この姿勢がいい。消費税の値上げが如何に消費を冷え込ませるか、一方で大企業を儲けさせるのか。年収1億円が所得税の税率のマックス。10億も100億もの年収がある人は税率は下がっていくのだ。非正規雇用が増えている、派遣が増えているのも構造的な仕組みができているから。雇用・労賃を派遣にすれば、モノ扱いできる。社会保険も雇用保険も年金も全部派遣会社が扱うので、大企業はすっきり。派遣会社はだから全部被りつつ、低賃金を押しつける。そして何も言えなくなる労働者。木偶の坊にされていく。現代も木偶の坊の時代なのか。

 木偶の坊を黙らすのは、警察力もあるが国際的に見れば軍事力。浅ましい社会が世界ができあがっているのだ。

 「新ながら族」と言えば聞こえは良いが、山本太郎が明解にしゃべってくれるから可能なのだ。ぐじゃぐじゃ言われてもわからないから。

2019年10月 2日 (水)

新しいブログができる見通しは191007以降になります。(20191002)

 ここのところ長い原稿が3本立て続けに入っており、3本目の執筆を優先させていただきます。そんなわけで新しいブログは早くても10月7日となります。原稿執筆が終り次第取りかかります。どうぞよろしく。

 沖縄で原稿書くのに漸く慣れてきました。原稿の骨格が決まらないと、資料にもあたれない。むやみにあたれば無駄になる。でも依頼され書けると頭の整理が進み、いいですね。

 いよいよ大浦湾側の変更申請が年内か新年早々に出てきます。こうなればまた裁判。裁判になれば必ず負ける。3権分立の建前はどこにいったのだ。壊憲国家の真ん中で、如何にしたら勝てるのか? 相手の土俵から如何にして飛び出して、ぶっつぶすのか、秘策を練らなければなりません。無論、非暴力ですよ。

2019年10月 1日 (火)

脳みそがはじけた(191001)

 先月末からある原稿に取りかかっていた。期せずして連載になっていたので、次は何を考えるべきなのかわかっていたのだが、骨格を作り、それに沿って資料を読み込み、文字にしていく。資料は膨大にあり、これらのうちからどこが重要なのか当たりをつけておかなければ、いかんともしがたい。時系列に沿いながら、時に時間を反転させながら、そういうことかと考える。頭が痛くなる。全く面白い話ではないから。しかし私のテント村での日常的な話の裏を問う思索なので、自分的には極めて重要。

 9月29日の玉城デニー知事と河野太郎防衛相との会談が平行線だったと言うが、当たり前だのクラッカー。今の国と沖縄県はレールのようなものだ。

 国が沖縄の歩みをねじ曲げ、戦場にしてきたのであり、基地にしてきた。この事実を誰が否定できるのだ。できるものなら、言うて見ろ。今日からゆいレールが4キロほど伸びたが、こんな沖縄に誰がしたのだ。戦場となったことで軌道は破壊されて、復興ならず。この74年間だ。あの2011年3月11の大震災ですら、74年間も電車を止めてしまうことは、被爆地においてすらないだろう。

 色々と考えると苛立ちしかないが、苛立ちの中から、先を探すしかない。社会的な苛立ちを救ってくれるのは、自然美であり、文化的な美。柳宗悦(むねよし)は工芸なるものを提起し創り上げた。朝鮮文化の大日本帝国による破壊に抗した。朝鮮の人々と共に保存に尽力した。私はどうせ「白樺派」の小ブルジョワであり、さしたるものではないと思わぬではなかった。しかし彼が生きた1920年代から30年代は治安維持法があり、身体拘束は無論、検閲もすさまじかった時代だ。こうしたなかで、朝鮮文化でも琉球文化でも守り通そうとしたのだがら、並ではできないことだ。実物を見ながら価値づけた営みは、弾圧を恐れず。たいしたものだ。少しは自分も役に立たなければならぬ。

 そんなわけで、私もがんばります。宗悦(そうえつ)さんは私の大伯父だ。私は彼と会った記憶はないが、浜田庄司やバーナード・リーチとは会っている。だからっていうこともないのだが、せめて沖縄の文化について、もっと知らないと恥ずかしい。

 日本人の劣化は凄まじい。徐京植(ソ・キョンショク)さんがこう言っている。「戦後民主主義は『メッキ』だったのか」と。そのとおりだ。あの時代の王冠をそのままいただいている「民主主義」がまともな頭に因らないことは確かだろう。検閲も大日本帝国によるものからGHQによるものまで、話は変われど、「殿上人」にひざまずく姿勢は変わらなかった。すすんでどうぞとやる姿勢。自己がないから、内心もない。確かに全て厳密は、適わぬが、かなり厳密でなければならぬ。

 なんでもいいよとやったならば、命いただきますになる。これは過労死でも原発死でも、既にそうなっている。かけがえのない自分を見ていかなければならぬ。このためには、かけがえのない自分とかけがえのない他者を見ていなければならぬ。油断していてはならないのだ。

 朝方、コーヒーカップを洗っていて久しぶりに力が入りすぎ、取っ手を壊した。なんてことをする。カメラのシャッターは微細でなければならぬ。そうっと押して一枚。この感触が大切なのに、私のカメラはぼろく時々苛つく。そうっとという触感が絵に反映するのだ。否、反映させなければならぬ。

2019年9月30日 (月)

台風18号は西にそれ、無事に『沖縄戦の図』全部見てきた(190930)

 今日2019年9月30日朝、未だ台風18号はかかってこないだろうとの予測の下、宜野湾市上原にある佐喜眞美術館へ行ってきました。詳しい報告は別途行いたいので、軽く。開館前に到着し、軽くお庭を撮影。3室ある美術館ですが、その全部に『沖縄戦の図』と『沖縄の図』がある姿を垣間見て、軽いめまいがしました。朝一でしたから空いているはずと思っていましたが、空きすぎです。折角の機会ですから、皆さん見に行って。

 『沖縄戦の図』は丸木俊さんの絵(洋画家)であり、位里さんの墨(日本画家)のコラボなのです。お二人のコラボの作品の中でも、私の判定では、一番の上等作です。『原爆の図』は1950年代から描かれましたが、こちらは1980年代の作品。描いて描いて描いてきた集約でもあります。集団自決と言われる現場を描いてもいますが、生き残られた方々や、関係者からお話を聞き出し、此を繋いでいるので、細部から全体像まで芸が細かいのです。見飽きることはありません。

 沖縄県立芸大や沖縄の皆さんがもっともっと見るべき作品群です。

 昼過ぎに自宅に戻りましたが、未だ名護湾は穏やかなまま。雨も降らずラッキーな半日でした。もっとも八重山や宮古島は台風が直撃しそうです。

2019年9月24日 (火)

原稿を書き上げた(190924)

 8月の「本州縦断の旅」の途上でいただいた原稿依頼をようやく果たしました。お題は「安倍政権5年の新基地建設を巡って」(要旨)。色々と書こうとすると、そもそも沖縄は何故こんな目に遭うのかを見つめ直さなければ、書きようがない。この5年(正確には6年)どころかこの23年であり、この74年を見直す。案の定、とても上下に分けないと無理。

 私はよく言えば、クール。誰かさんの言葉と違い「かっこよい」じゃありませんよ。冷ややか・冷めた目で観る意。ドイツ語で言うと「ザッハリッヒ」なんです。スペル忘れた。「冷徹な」。なのでなかなか展望が浮かぶような総括が出ない。だからといってダメだとしたくないし、ここ数日悩んでいた。

 展望部分は「下」で書くのだが、やはり沖縄がどうするのかだ。このキーワードは自治と不戦。それと誰とつながるのかがキーポイントだろう。アジアの平和を考えれば自ずと香港や台湾、朝鮮半島、中国、チベットなどとも繋がれるはずだ。つながるべきだ。チベットを右翼が反中の文脈から散々利用してきたし、香港の民主化運動に対しても右翼の発言はそれなりの量が出ている。あほらし。

 今回はそれ以前の話で終わった。だが沖縄の問題を日本に置き直し、日本の問題を沖縄に置き直ししながら観る複眼的な思考をしないとダメでしょう。このさきに、米国との関係やアジア諸国との関係もとなるのだろう。

 今日から私の休みは原則火曜日になりました。執筆が早めに終わったので、洗濯し、布団を干し、玄関を掃除し、窓ガラスを拭き、台所の排煙機を掃除し、今あちこちの窓を開け広げている。気持ちいい。晴れ渡った海も見えるしね。

 午後から新しいブログの製作に掛かる予定。

 

2019年9月23日 (月)

新しいブログの設計に入ります(190923)

 明日新しいブログの設計に入ります。いつ使える状態になるか未定。9月中を目処に。それまではこちらに続けます。できたら告示しますのでよろしくお願いします。

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