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     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
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    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

カテゴリー「ヤマヒデ企画」の記事

2019年8月 8日 (木)

漸く完成しました!ー「基地の島 沖縄・辺野古 人々は抗う」写真パネル

 4年ぶりに貸し出し用のパネルを製作しました。題して「基地の島 沖縄・辺野古 人々は抗う」。A4の写真で18枚セットです。

 途中でパソコンが壊れてしまい、もう間に合わないかと思いましたが、あり合わせのプリントと素材ですが、我ながらよくできました。台紙に貼ってあるだけの(キャプションと概説付き)ものなので、見かけはイマイチですが、コンパクトで、展示方法も画鋲でオーケイです。ということで貸し出しも1日ー5000円、7日以内(展示期間)ー10000円にて。

 是非、辺野古の問題って何なの? と思っている方に見ていただければ、ありがたい。

内容は以下を参照。

「基地の島 沖縄・辺野古 人々は抗う」

撮影:山本英夫(名護市在住/フォトグラファー)

 沖縄島は1945年の沖縄戦以来、基地の島。74年経った今も変わらない。何故だ? 日米政府は辺野古・大浦湾に「普天間代替施設」を造り、沖縄に「寄り添う」そうだ。普天間飛行場の滑走路は2800m。ここは1800mの計画だ。代替できないのだ。大浦湾に広がる水深の深い海。活断層があるからだ。そこは軟弱地盤。水面から90m下まで軟弱地盤がある。これに対応できる機械がない。政府・防衛省は手抜き工事を容認しながら、受注企業に丸儲けさせる。ちょっと待った!それ税金の横流しだぞ。「公共工事」はお気楽だったか。

 ここに岸壁を造るのが第一の意義。海兵隊を運ぶ揚陸艦を停泊できる。海は広いな大きなと世界を制す。沖縄をいつまで戦争のための基地の島にしておくのか?

 沖縄の人々はめげない。沖縄の子どもたちの、未来のために。「命どぅ宝」―これが沖縄戦を経験させられた沖縄の至言。私たちの、みんなの命を大切にする。だから基地はいらない。戦争をなくす。自然を大切に。自分の、人間の生き方を貫こう。国に盗られまい。

 こんな政府に誰がした? 私はまっすぐ歩きつづける。皆さんも、ですね。(2019年8月7日)」

◎問い合わせや申し込みは当ブログのメールにて。山本英夫まで

なお、一般への貸し出しは、9月1日以降となります。

 

 

2019年4月16日 (火)

《命どぅ宝》命をあきらめない 2019年6月のつどい(東京と近県で)[拡散歓迎]

以下の企画をお願いできませんか?(ヤマヒデ)

《命どぅ宝》命をあきらめない

        2019年6月のつどい

 

サンゴ礁の海を踏み潰す

民意と自治を蹴散らす

血税を米国・軍事産業にばら撒く

戦争をしかける

ウソばっかりの

 

そんなニホンに笑顔でいられるの?

 

沖縄に関わり30年を迎えたヤマヒデのスライド&トークを企画・主催していただけませんか?

 

予定:201966日(木)~10日(月)(但し8日午後と夜は先約有)

会場:東京都内及び近県

条件:一回(90分のスライド&トークと質疑応答)15000+交通費1万円(交通費総額を回数で割り、1万円以下の場合は実費保障額となります)

内容の詳細についてご相談に応じます。

連絡先:email
ohpyamahide@jmail.plala.or.jp
山本英夫宛 

先着順:~19510日(締め切り日)

 

【ヤマヒデのプロフィール】山本英夫/フォトグラファー(自然写真・報道写真)1951年東京生まれの世田谷育ち。19895月から《基地の島沖縄》に通い始めこの5月で丸30年。2011年から与那国島・石垣島・宮古島にも通いだす。201310月~名護市住まい。辺野古テント村ボランティアスタッフ。20146月からブログ「ヤマヒデの沖縄便り」を日々更新中(検索-「ヤマヒデの沖縄便りⅢ」。今年も全国公募写真展「視点展」2019(6月6日~13日 東京都美術館)に入選。「沖縄-不条理をこえて」(6枚組)

○上記のPDFは以下から

ダウンロード - 190415egaodeirareruno.pdf

 

 

2019年3月10日 (日)

3月の企画はお流れに(190310)

 以前からお願いしておりました「県民投票後の沖縄から問い掛けたいこと(1903)」のご依頼をいただけなかったので、全面的に中止します。誠に残念です。。

 私が何度か問題提起したところで、大勢に影響がないのだと思います。しかし折角の機会を生かせないのは何故でしょうか? お金を出せないからなのか、そもそも必要だと考えないのか考えていないのか。
 余計なおせっかいかもしれませんが、中央行動を何度も設定するよりは、各地域での取り組みがより重要だと私は考えています。地域から動けなければお話になりません。小さくても地域からの展開を期待しています。
 
 次回の私の日程は6月上旬、東京です。まだ秋は未定です。
 

2019年2月27日 (水)

2019年2月24日の県民投票から7月参議院選挙の中で、沖縄から問いかけたいこと

(拡散願えれば、ありがたい)

2019年24日県民投票7月参議院選の中で、沖縄から問いかけたいこと

 2019年2月24に沖縄県で行なわれた辺野古米軍基地建設のための埋立ての可否を問う県民投票は、反対72%、賛成19㌫(投票率52.48%)の結果を出しました。しかし、安倍政権は沖縄の民意を無視し遮二無二工事を進めています。沖縄は何故ここまで基地を押し付けられなければいけないのでしょうか? 事件事故を押し付けられるのでしょうか? 

 今回の結果は、改めて沖縄のいのち・自然・未来を沖縄が決めるとしたものです。いつまでも米日政府による「基地の島」に、否を突きつけ、「島嶼防衛」の最前線になることを阻む意思に繋がる結果だと、私は考えています。また、全国各地の人々に米国の戦争に連なることに否定的な影響を与えるだろうと希望します。

 しかし、このまま知らぬが仏とばかりに見過ごしたら、またもや7月の参院選で改憲派が3分の2を超えることでしょう。もしそうなれば、安倍政権は、国際緊張を煽りながら、今秋にも明文改憲案の国民投票を強行してくるでしょう。またその前の5月1日、天皇の代替わり儀式も予定されています。これも難物。この国が、沖縄と「日本」の間に放つ楔をどうしたら超えられるのでしょうか? 

 この問題は、沖縄のため、日本のためを超え人々が生きていくために避けて通れない課題です。どうしたらいいのか、私は皆様と知恵を交わしたいと思います。僭越ではありますが、是非とも皆様のところで、私の沖縄からの報告と懇談を交わしませんか? 

 以下の日程で東京・近県に伺います。

【日程】19年3月21日(祝日)~24日(日) 

     ①、②3月21日午後・夜  ③3月22日夜  ④、⑤3月23日午後・夜

     計5回(24日午前便で沖縄に戻ります

【条件】一回、90分、質疑応答30分以上。最大3時間まで。

    一回のお話に15000円+交通費として12000円(ただし成立した回数によって実費を超えた場合は、減額させていただきます)

【お申し込み】私のメールアドレスに希望日時と開催地(市町村単位)、団体名・責任者名と連絡先(電話を含む)をお知らせください。内容について注文があれば、お申し添えください。申し込みは5日までemailadress ohpyamahide@jmail.plala.or.jp

なお、他の地域からのリクエストにも可能なかぎり伺います。日時等ご相談ください。

【話し手】山本英夫(フォトグラファー)

【ヤマヒデのプロフィール】1951年東京生まれ。60年代初頭から自然破壊に脅威を覚える。67年から自然保護運動にかかわり、政治との関わりを持ち始める。命を脅かす戦争にも反対を貫き、1989年から沖縄に通い始める。2011年から与那国島・石垣島・宮古島にも通いだし、201310月、名護市に居を移す。辺野古テント村でボランティアガイドを努めながら、撮影を続けている。ブログ:「ヤマヒデの沖縄便りⅢ」更新中


「190226.pdf」をダウンロード  (ちらし)

2019年2月13日 (水)

2・24県民投票から7月参議院選の中で考えるべきこと(予告/お願い)

 明日から沖縄の県民投票が始まります。沖縄は何故、ここまで基地を押しつけ続けられなければいけないのでしょうか? 私自身にも、沖縄により添えてこなかった過去があります。自分も共犯者だったのです。だからこそ、自分のために、沖縄のために、人が生き延びられるために、諦めずに前を向きたいのです。

 いよいよ県民投票が明日告示されます。これが機能するとすれば、一人ひとりが沖縄の現実に前を向くか否か、どれだけの人が前を向くかにかかっています。辺野古テント村では、連日、この問題をお話させていただいています。ゆんたくもしています。最近では、その場で、他人の意識が変わっていく様を見ることができています。お互いに接点を見出せれば、順次、了解可能だと、私は信じています。
 私は、お互いの溝の深さを嘆いていましたが、現状では如何ともしがたいようです。これを見過ごすことなく、丁寧に、優しく、ねばり強く伝え合うことでしか解決に向かわないの
でしょう。
 しかし時間は冷酷です。2019年7月に参議院選挙があります。もしもここで改憲派が3分の2をまたしても超えたら、明文改憲に向かう国民投票が待っています。こうなったら、政権は思い切り危機を煽ってくるでしょう。またその前の5月1日、天皇の代替わり儀式も予定されています。これも難物。この国が、沖縄と「日本」の間に放つ楔をどうしたら超えられるのか、それは、沖縄のため、日本のためを超えて、人々が生きていくために避けては通れないことなのです。
 そんな時機に、私は皆様にお話できる機会を実現できる事を切望しています。詳細は後日になりますが、以下の日程で東京周辺に伺います。
【日程】19年3月21日(祝日)~24日(日) 
     ◎3月21日午後・夜
     ◎3月22日夜
     ◎3月23日午後・夜
     計5回(24日は午前便で帰りたい)
【条件】一回、90分、質疑応答30分以上。最大3時間まで。
     一回のお話に15000円+交通費として12000円(ただし成立した回数によって実費を超えた場合は、減額させていただきます)
【お申し込み】私のメールアドレスに希望日時と開催地域(市町村単位で)、責任者名と連絡先(電話を含む)をお知らせください。内容について注文があればこれも添えてください。
申し込みは2月末まで。
メルアドレス:ohpyamahide@jmail.plala.or.jp
詳細は後日出します。どうぞ前向きにご検討ください。
◎なお、別の日程で他の地域にも可能ならば伺います。ご相談ください。
山本英夫(フォトグラファー)

2019年1月11日 (金)

「第35回 永久に不戦を誓うつどい」に沖縄からの講演報告

 この報告が遅れたことを主催者等の関係者の皆様方にお詫び申し上げます。長野から帰宅したら、土砂投入が待っており、その後にパソコンが壊れてしまい、年末年始になど。申し訳ありませんでした。

 
 話の内容はレジュメをご参照ください。
チラシ
レジュメ

  「第35回 永久に不戦を誓うつどい」にて、沖縄から講演をさせていただきました

Ⅰ:ありがとうございました

 今回の企画は、上伊那地区憲法を守る会と上伊那地区労働組合会議の主催によるものであり、共催は上伊那母親大会連絡会、原水爆禁止上伊那地域協議会、戦争させない1000人委員会・上伊那、さらに協賛団体に長野県憲法擁護連合、憲法9条を守る上伊那連絡会とあるように、幅広い集まりでした。

 会場は宮田村(みやだむら)村民会館大ホール。

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「歌声サークルざざむし」の皆さん。

 長野県の野山を私は、かってあちこち歩いており、懐かしくも大好きな場であり、喜んで出かけました。お呼びいただいた相方は、やはり辺野古テント村の相馬由里さんであり、より無名な私が足を引っ張らないように頑張りました。

Ⅱ:「12月8日」に寄せて

 やはり一番驚かされたことは、12月8日の不戦を誓うつどいが35回目ということです。積み重ねてこられたことが、この日の結果にでていました。参加者約300名、それも20代、30代のお顔があちらにもこちらにおられて、それだけで嬉しい会になりました。

 海のない上伊那で、沖縄の辺野古・大浦湾を巡る、無名な私たちの話に、300名に私は驚かされ、大いに励まされました。そこに勇気をいただき、ほぼ予定通り話ができました。

 12月8日が不戦を誓うことへの異議(意義ではありません)からはじめる私に驚かれた方もいらしたと思います。1941年12月8日に到る侵略戦争の歴史に思いを致さなければ、不戦が泣いてしまいます。特に現代のようにヘイト・差別が公然と語られる時代の中で、時間軸を、原因と結果を質さなければなりません。こう考えると長野県上伊那には、満蒙開拓団に組織されていった歴史があります。阿智村には満蒙開拓記念館があり、過去の歴史に思いを馳せ、反省する心があり、営みがあります。私も以前に拝見させていただきました。

 沖縄では、南洋庁なる植民地支配の拠点等に移民が行きました。このことの是非も考えなければなりません。戦争による加害と被害は、常に同時に抉らなければなりません。表と裏の関係に置かれているのに、そこに無自覚では、反省の心もぽろぽろと漏れ出してしまいます。

Ⅲ:演題について 

 私の演題は「今、沖縄・辺野古に新たな基地が何故必要だと言うのか?!」とさせていただきました。これはいただいた仮題を私なりにいささか変えました。詳細はレジュメをご参照ください。

 正直わたしの話は渋い、重い。参加者の皆様のお顔が見えないと、反応を確認できず、不安になります。果たして聞いていただいているのだろうかと。照明の関係で、壇上から皆様方を見ることは殆ど出来なかったので、エイ、ヤァ!と強気で押し通しました。300名の皆様に講演するのは稀な私ですから、申し訳ありませんでした。

Ⅳ:何を言いたかったのか?

 それでも概ね聞いていただけたかと思います。質問に出た「基地のある不幸、ない不幸」との私のまとめに賛意をいただきましたことは、大変嬉しかった。基地がなければ、知らずに済んでしまう。知らぬが仏。そこにいつの間にやら地獄が待っているのです。「しまった!」と思った時には遅きに失する。いつもいつも苛まれたくないものですが、ぽかんとしていて、こうなったらヤバイのです。私たちには過去に犯してしまった失敗があるのです。歴史をから学びなおすこと、考えること抜きに明るい未来を導き出すことはできません。地獄への大ガマがもはやドンと私たちの前に開いている今ですから。

 だから私は、希望を語らなければりません。だが、これが難しい。私は明るい性格でないから。無関心を乗越えるために、①自閉的な関係に気付くこと、②差別的な関係に気付くこと、③私を、私たちを取り戻せるのか、④LIFE(命の営み)をキーワードに、私たちは歩み出せるのか、の4点を掲げてみました。時間の都合で、具体的なことをお話できなかったのは、残念でした。

 ここでやや補足します。①は自分が漫然と生きていたのでは何も外界から吸収できません。息を吸って吐いての繰り返しを呼吸器は生理的にやってくれていますが、頭はそうはいかない。心を閉ざしていれば、自らを窮地に追い込んでしまう。バカにおぼれるのでなく、自分は前を向いているのか? ここがスタート地点。

 ②はもっともっと難しい。いつのまにか差別するのに慣れっこになっていたりする。他人を見下す。無自覚な差別者は怖いです。特に同じ人間にもジキルとハイドがいるから。私自身にも。当日もお話しましたが、人間は犬や猫も愛せるのに、何故同じ人間を愛せないのでしょうか。人類の共通性をこそ考え抜きたいものです。

 ③は、安倍たちが言う「日本を取り戻す」への対抗で私が考えてきたことです。自分を取り戻すと。自分を取り戻し、人類として生きるのだと。何も大風呂敷を広げる必要はありません。自分らしさを表現できれば、国家ごときに押しつぶされたりはしないものです。一人は微力ですが、一人ひとりが環になってつながれれば、強い。負けない。ここで勘違いしないでください。「環」と「和」は同じように見えても、真逆な思考です。和は一点にぶら下がる。環は多様に刺激しあう。支えあう。一個ならば簡単ですがこれではダメ。如何なる「正義」も一点に収斂したら、おかしくなっていく。独裁の道を掃き清めてしまいます。如何なる正義も腐敗していくのです。所詮人間はこの程度な存在です。だからこそ、愛すべき存在なのです。愛とは常々積み重ねていかなければなりたたないようですから、やっかいですが。

 ④は、LIFEの日本語訳は、「命」とか「暮らし」になりますが、こう分けてしまうのは、おかしくないか。命は暮らしを営んでいるからこそ、持続するはずです。様々な生物によって、暮らしぶりは様々ですが、この両者を繋げてもっと動的に考えたいものです。生物は生きるために生まれてきたものです。生きるためにこそ、食い合いはありますが、結果的にお互いに類としてのまとまりを維持している。人間が行なっている殺人や他の残虐行為は、類に収斂できません。愚劣な利益のため。

 私たちは、お互いの命の営みを尊重しあい、支えあい、愛し合いたいものです。

 今沖縄で起きていることは、沖縄発ではなく、この国(くに)発(はつ)の問題です。シビアなことに国に国民は服属させられています。だからこそ、こんな無関心による服属関係から自由になって、質すべき事は質さなければいけない。過去の負を改めることも出来ない。

Ⅴ:相馬由里さんに感謝

 私の堅い話の後、由里さんは、ダイビングから沖縄の海に魅せられ、島に移り住んだと体験的なお話でした。介護福祉士として働くうちにお年寄りの体に傷がある人の多さに気がついたと。沖縄戦が今に通じているのだと実感せざるを得なかったと。この話を私もいままでも聞いておりましたが、公的な場で聞くと、あらためてそうなんだと実感。

 後半は、海中の写真を示しながら、こんな海を守りたいと。誰にも納得出来る話だったと思います。分かりやすくて、大変良かった。

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前を向いて話す相馬由里さん。

 辺野古での普段の由里さんの姿とは違う様子をみて、私も少し得した気分でした。

Ⅵ:まとめ

 今回は主催者の皆様の至れり尽くせりのご尽力に、私たちはあらためて感謝申し上げます。物販にご協力いただいた方にも感謝です。物販を手配していただいた沖縄のTさんにも。ご参加いただいた方々にも感謝の言葉を。また沖縄でお会いできることを楽しみにしております。その際には事前にご連絡いただければ、ありがたいです。お互いにがんばりましょう。(19年1月11日)

 

2018年10月27日 (土)

11月の東京での企画は開催希望がなく中止します(181027)

 11月9日~11日にかけて企画をお願いしていましたが、全く反応をいただけませんでした。誠に残念ですが、今回は中止します。県知事選の勝利後の切迫した段階での企画はタイムリーだと思ったのですが、ご支持をいただけませんでした。「沖縄の課題」にみえて、沖縄に留まらない問題であるのに、何故鈍いのか、どうすれば前に踏み出せるのか考えたかった。

 安倍政権のようなトンデモ政権にって、再び殺し殺される生に引き戻されてしまうのか、何とか打開できるのか、この半年にかかっています。残された時間は、もはやわずか。
 他方、安倍政権も支離滅裂に。跳ね返せるチャンスもでてきました。諦めずに頑張りましょう。

2018年10月18日 (木)

緊急企画のお願い(181109-11) 

●今回は、一軒も引き合いがありませんでした。絶好の機会でしたが、お申し出がなければやむおえません。今回の企画の開催を断念いたします。(181027 ヤマヒデ)

沖縄が県知事選に勝利した今、あらためて沖縄と「日本」の関係を問い直し、共に確かな一歩を踏み出しましょう―ヤマヒデとの講演会・懇談会を企画していただけませんか?

 

Ⅰ:沖縄で起きたこと

 翁長雄志沖縄県知事が急逝し、9月30日に沖縄県知事選が行なわれました。結果は、安倍政権が擁立した元宜野湾(普天間基地のある)市長の佐喜真淳候補にオール沖縄から立候補した玉城デニーさんが8万票の大差をつけて勝ちました。

 安倍政権は4年前の翁長知事に4ヶ月も面会を拒んだものでした。今回は9日目で玉城新知事と面会しました。肝心な『辺野古唯一』を変えていません。そして10月17日、遂に撤回を無効にしようと行政不服審査法による審査請求を防衛省が国交省に申し立てました。行政不服審査請求は個人が不利益処分の救済を申し立てる制度。防衛省(安倍政権)は、個人でしたか?!

 

Ⅱ:沖縄のように闘えば日本を変えられる?

 今回の沖縄の「勝利」を歓迎する声が各方面から聴こえてきます。確かに「良かったね」と言っていただけることは、私たちも大いに励まされます。しかしあえて言わせてください。「何が良かったの?」と。沖縄にこれほどの重圧を加えているのは誰なんですか? 私は単に政権や多くのマスコミ、無関心な人々ばかりでないと考えています。

 また、水をさすようですが、ほんとうに「沖縄のように闘えば勝てる」と思っているのでしょうか?

 

Ⅲ:確かな一歩を共に踏み出すために 

 沖縄が闘いの本番を迎えるなかで、私は憂慮しています。日本が何処に行ってしまうのか、余りにも心もとないからです。安倍政権が掲げる「普天間移設」(新基地建設が正しい!)、「島嶼(琉球諸島)防衛」、「憲法に自衛隊明記」などの政治は沖縄の問題以前に「日本」の問題です。アジア・世界に及ぶ問題です。また、これまでの歴史を抜きに考えられないことでもあります。

 だからこの機会に、皆様に沖縄県知事選勝利の意義と課題を共有していただきたいのです。共に確かな一歩を踏み出したいのです。

 

Ⅳ:こう考えている私(ヤマヒデ)の軌跡

 私が沖縄に係わり始めてもうすぐ30年(1989年5月)。「沖縄に行けば、安保が見えると」誘われて行ったのが、そもそもの始まりです。以来「基地の島沖縄」を撮り続けています。2011年から与那国島・石垣島・宮古島にも足を伸ばしました。2010年に政府が出した防衛計画大綱に「島嶼防衛」が打ち出されました。島々を巡るうちにオスプレイが強行配備され、政府が言う「沖縄の負担軽減」の大嘘ぶりを実感。基地・軍事がもたらす「負担」は基地面積の減少に比例しません。

 2013年10月、私は沖縄島の名護に居を移しました。そしてある発見をしました。米軍が狭い沖縄で演習する意味が見えたのです。そこに人が住んでおり、人家があり、学校があるからだって。米軍は演習場の内も外も関係なくやっています。確かに戦争は無人島ではやりません。これには仰天しました。これを保障しているのが日本政府であり、安保条約を運用する日米地位協定です。

 

Ⅴ:勝手なお願いかもしれませんが、宜しくお願いします(広めてください)

①趣旨―上記の通り。

②日時:18年11月9日(金)夜、10日(土)夜、11日(日)午後と夜の4回。

③東京近辺

④条件:講師料、15000円+交通費10000円。

⑤連絡先:山本英夫 eメール ohpyamahide@jmail.plala.or.jp

◎時間がなくて申し訳ありません。

◎ブログ:「ヤマヒデの沖縄便り Ⅲ」

◎プロフィール/フォトグラファー(自然写真・報道写真)、辺野古テント村ボランティアスタッフ

このお願いを広めてください。

2018年10月12日 (金)

18年9月15日 M美大での懇談会報告

 “沖縄”を知らない人々へー「辺野古テント村から無知ナーンチュへ」を開催していただき、感謝

①:経緯

 今回の東京行きは、また何処からもお呼びがかからないかと思っていた。自分は無名だし、バックアップしてくれる組織もなし。ところが突然、未知の人(H.Hさん)からメールが舞い込んできた。大学の構内でやりたい、沖縄のことを知らない人に語りかけてくださいと。ついては辺野古に伺うからと。私は半信半疑で彼女の来訪を待った。話してみれば、普通の人。いや美学生(M美大)だけのことはあった。辺野古から豊原を案内したら、自身で自然を満喫している。野外で真善美を自分で発見できる人のようだ。私は離れて見守っていた。

 しかし素人に話すのは、ハードルが高い。学生生活と辺野古・沖縄と無関係な人たちにどうすればいいのか。ご本人がお出でになった際に2時間余りゆんたく。後日もメールのやりとりを重ね、思案した。接点はどこにあるのだろう。基地とか戦争など考えたこともない人たちに。沖縄といえば観光で、亜熱帯の地・海。辺野古テント村から何を見せ、話せばいいか。別掲のレジュメを何とか作ったものの参考資料になればよしと決めた。

レジュメ:「20180915.pdf」をダウンロード

 彼女は、学生に構内で呼びかけるために、私が撮った辺野古の海の写真とプロフィールを付けたサーダーアンタギーを100個ほど配布したと言う。この凄まじいまでの“やる気”に驚かされた。

②:当日

 9月15日は生憎雨に降られ、予定通りに行かなかった。それでも三々五々集る学生に話した。11時過ぎから19時過ぎまで。1人、2人、数人、10人と。この場に来てくれる以上、何らかの関心をもってのことだろう。彼女たち、彼たちの半分以上は主催者の熱意への共感だろう。学生が学生に呼びかけるのだから、両者の間に違和感はないようだ。

 自分が戸惑っていては白ける。概ね一通りのことを話した。無論、辺野古・沖縄に関心をもっているが、よくわからないという人に話すのは楽だ。ただ何となく来た人を逃してはなるまい。

 私は今回、芋とパパイアを持参した。話の取っ掛かりにと思ったが、同じ物を見ても、文化の違いに気付いて欲しかった。結果的に、さほど面白くないと思われずに、話せたようだ。

 ただ自分でも余裕なく、余り記憶に残っていない。だが近くの朝鮮大学の学生が参加した回は、やはり一味も二味も違っていた。彼ら彼女らは高校無償化を求めてきた前史をもっており、政治に対する感度が違う。全員1年生だと言うが、一人ひとりが自分が置かれている現在と未来を真剣に考えている。民族的自覚があるのだ。

 私はアジアにおける戦後の米国と沖縄・日本についての歴史を話し、今日の朝鮮半島が平和的に分断を超える脱戦時の道を沖縄からも支持したいと伝えた。

③:課題 

 話しながら思ったことは、沖縄からもっとアジアの人々と話し合える関係を創らなければダメだということだった。通り一遍の知識を越えた信頼関係が求められている。安倍が言う改憲・武力による安全保障など、これからの人間の未来を危うくするだけだ。今こそ武力に頼らない平和構築ができる時代になる条件がでてきたはずだ。

 それにしても日本人の学生は、どうして政治をスポイルしてしまうのだろうか。働き方改革の流れの中で加速される格差の拡大は、学生にも当然及ぶだろう。だが就職を手繰りよせる中で考えたら、受身にしかなれないのも無理はない。日本人の学生にとって、政治はネガティブに埋め込まれてしまっており、なかなか見えないのだろう。しかし暮らしの足下を見つめ、就職の先を見通せば、自ずから政治にぶつかるはずだ。政治にぶつかれば、自ずから沖縄・観光の陰に埋め込まれている基地問題も見えてくるはずだ。

 素人に話すのは難儀だったが、私にも学生の陰に隠れているものを示すことはできるかもしれない。私を呼んでくれた彼女に感謝。参加してくれた皆さんに篤く感謝。生煮えの話で申し訳なかった。今回私の話を聞いてくれた人が沖縄に来ることになれば、私は出来る限り協力したい。

本稿は9月25日に書きましたが、事情があり、ブログへのアップが遅れました。あらためて(若干補正)投稿いたします。(181012)

2018年9月24日 (月)

沖縄の選挙の秘密(180914大船報告)

 2018年9月14日、神奈川の大船に呼んでいただいた。ありがとうございました。15日の準備に忙殺されており、「新基地建設・日米地位協定・改憲」の3大話をまとめるのに苦労した。しかし羽田に向かう14日未明に、大変なことに気がついた。

 当日もこの話に絞ってお話したので、レジュメとずれてしまったが、気付いたのが遅すぎた。
 要はこうだ。14年の一連の選挙は、沖縄側からの自律に向かうこの国に対する反撃。これに沖縄は勝ったのだ。
 しかし自公政権はこれに恐怖した。改憲やって、「戦争する国」に仕上げるのに、これはまずい。戦争に自治や民主主義はご法度なのだ。潰せとなった。
 16年の高江の現実を思い出そう。5都府県から機動隊をもってきての弾圧。何せ安倍は独裁者。国会の権限を潰しているのだ。新潟知事選も潰したし。あとは沖縄だ。
 
 手法は簡単。争点をつぶす事。ウソで塗り固める。議論を封じる。利権で押さえる。自公維新・希望の党まで。全国総がかえ。今正に現在進行形で進んでいることだ。
 悲しいかな、沖縄の側にこうした分析が間にあわなかった。対抗できる態勢も。これに対抗するためには、自治を徹底的に掘り下げよ。悪の手法を徹底的に満天下に暴露せよ。私たちが突き動かされている戦争への道を徹底的に明らかにしなければならない。
 かっての沖縄は、連合国と共に、この国によって滅ぼされたのだ。しかし今、戦争の歴史を歩まされてきた沖縄から、私たちは学んできた。再び自滅への道を歩まないためには、諦めないことであり、徹底的に歴史から学ぶことだ。
 気がつくのが遅すぎたが、ここから始めるしかない。
 大船の報告会は人数は少なかったが、とてもおもしろかった。知り合いが来てくれたり、会場と思わぬ縁があったり、いいたいこと言わせてもらったり。
 18時50分頃から開始し、21時45分頃までやった。最終電車に間に合わなくなりそうな人まで居た。ありがとうございました。異論があっても議論できる関係こそが重要だ。ここからお互いに気がつき始める。私も勉強し、考えていく。ありがとう。
レジュメは以下
 私たち「日本人」は、再び沖縄を食い物にするのか、再び押しつぶす側に立つのか。そうであってはならないだろう。四の五の言う前に、私たちの責任を問い続けるのが先だ。
 

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