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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

カテゴリー「辺野古・大浦湾」の記事

2019年10月 7日 (月)

ランプウェイ台船4大浦湾から出た(191007)

 2019年10月7日 晴れ まだ暑い。クロイワツクツクが全盛期の様子。沖縄はまだまだセミが鳴いています。海上行動は午前中K1護岸辺りで展開。無線でその知らせを聞き、某所まで撮りに行きました。なかなか良いアングルです。時間がもう少し後だと光もよくなるのだが、残念。

 午後、ランプウェイ台船がタグボートに引かれて出て行きました。4隻。彼らは10月2日~3日に入ってきたのですが、台風のためにまたまた避難。ごゆっくり。大浦湾の中にまだ3隻残っているはずです。このランプウェイ台船がいないと土砂を積み下ろしできないので、埋め立て工事も暫くストップでしょう。チンタラちんたらやっています。

 台風19号は今週末に近づきます。こちらの台風対策をいつやるか気になります。

 午後は目取真さんの国賠訴訟の判決です。どうなったかな。もしも負けていたら最高裁に上告します。米日地位協定やら刑事特別法などと絡むので。

2019年10月 6日 (日)

日曜日・祝日(工事がお休みの時)は抗議行動もお休み

 今日テント村に来訪者がありましたが、聞けば、ゲート前で座り込みたかったと。でも誰もおらず面食らったようです。

あいにくなのか良かったのかわかりませんが、工事がお休みの際は、行動も休みです。こちらは好きでやっているわけじゃないので、休めるときは休みたいわけです。ご承知起き下さい。また海上の行動も同様です。海上は特に天気・海況が左右します。晴れていても行動を控えることもあります。

 漁港脇にあるテント村は年中無休です。ただし台風など現場を確保することが困難な時はお休みします。当ブログをご覧下さい。早速台風19号が週末に沖縄に近づきそうです。いつ台風対策を行うか未定ですが、また告知します。

2019年10月 4日 (金)

ドック型揚陸艦現れて(191004)

2019年10月4日(金)晴れ 暑い

今日も土砂運搬船も現れた。2隻。海上行動メンバーは今日も大浦湾開口部で、しぶとく入港してくる船に抗議。3回拘束されたようだ。

シュワブの浜に朝から水陸両用装甲車が並んでいる。10:30沖合にLSD42ドック型揚陸艦が見える。ジャーマンタウンだ。全長186m。満載排水量16396トン。ということは今日水陸両用装甲車はあれに乗るのだろう。

 私はシュワブの浜に出る。11:25 14両そろい踏み。出るぞ。後ろに数名の女性が参観している。「あなたいっていらっしゃい」なのか。

次々と出て行く。波しぶきが凄まじいが、海に入れば鈍足。

昼前にテントに戻る。14:25 何やら沖合に白い壁が2つ。暑さでやられたのか、??。「動いているよ」との指摘を聞いて、LCACだ。ホーバークラフトによる推力で海面を走る小型輸送艦。LSD42の後部ハッチから入っていく。

 これでLSD42はホワイトビーチに行くのか。何隻かで海外に演習に出るのだろう。

 今日は海兵隊のゴムボートも6両で演習していたので、うるさかった。護岸内では土砂投入が進んでいた。

辺野古・大浦湾への主にこの6年間の攻防の中から新基地建設を問う(上)

◎本稿は、「人民新聞」から原稿依頼されて書いたものです。

 

Ⅰ はじめに

 沖縄県は47番目の県なのか? まずここから考えていただきたい。歴代の沖縄県知事は、何故日本国内47人の知事中、Worstな負担を強いられているのか? およそこうした問題と向きあわない辺野古・大浦湾への新基地建設を巡る構え方は、ありえない。

 基本的な事実を確認しよう。辺野古・大浦湾への新基地建設の動きはいつからか? 1996年12月のSACO(沖縄特別行動委員会)合意からだ。あの当時から23年が経過している。だが草案を描いたのは、1966年の米国海軍だ。実に53年が経っているのだ。

沖縄は、何故こうした運命を歩かされているのか? 米国が沖縄を統治したからだ。その経緯を一瞥しよう。大日本帝国が沖縄を「天皇・本土」の防波堤とし、他方、連合国・米国が沖縄島等を大日本帝国を降伏させるための最後の出撃拠点にしようとして占領したからだ。こうして沖縄は戦場とされ、米国の「基地の島」にされたのだ。沖縄は1972年5月15日まで米国の統治下に置かれ、そして今がある。

 私たち「日本人」は余りにもこうしたことに無頓着ではないか(現在進行形)。最近の沖縄のイメージは「観光アイランド」だそうだ。沖縄はいつからそんなイージーな島になったのだろう。

  

Ⅱ 安倍政権はSACO合意を継承しているのか?

 第2次安倍政権の新基地建設を巡る6年間を総括する前提として、96年のSACO合意を確認したい。96年12月のSACO最終報告(仮約)の冒頭に「(前略)両国政府は、沖縄県民の負担を軽減し、それにより日米同盟関係を強化するために、SACOのプロセスに着手した」とある。こうなった背景の一つに、95年9月4日に米国海兵隊員が沖縄島北部で起こした12歳の少女へのレイプ事件があり、これに怒った沖縄県民に押されたからだった。安倍政権は、この経緯をねじ曲げ、「危険な普天間基地」を煽り、宜野湾市周辺の「安全」を強調し、辺野古・大浦湾(名護市)への移設を本格化させてきた。宜野湾市民の負担を逆手に取り、沖縄の「民意」を分断してきた。

 

Ⅲ 安倍政権は何を仕掛けてきたのか?

 安倍政権は2013年3月22日、公有水面埋立法に基づく埋立申請を沖縄県知事に申し立てた。これに対して、仲井真弘多知事(当時)は否定的な態度を示していたが、同年12月27日、態度を一転させ、「承認」。仲井真知事は、腰の痛みを訴え、突如東京の病院に入院し、沖縄県民をだまし討ちにしたのだ。ここから埋め立てへと事態が急転していく。

 そして2014年7月Ⅰ日の2つの閣議決定が工事の幕を開く。同閣議決定は①集団的自衛権の合憲化、②辺野古・大浦湾への「臨時立ち入り制限区域」の設定だ。①米国等の「同盟国」が攻撃を受けたら、日本国が攻撃を受けたと見なし、「自衛権」―反撃・攻撃できる事を確認。②これは基地建設をスムースに行うために、誰もが入れ利用できる公有水面に大幅な立ち入り制限区域(560ha)を設けるものだ。この手法は米日地位協定による米国の軍事活動の自由を保障する約束(「日米合同委員会」という事務レベルでの協議・決定)を格上げし、閣議決定したものだ。しかし国会での議決を経ていない以上、現行憲法下では法的効力は生じない。このことを百も承知の上で安倍政権は、海上保安庁(海上保安官)に海上での抗議行動に対して法的根拠を示さぬまま実力で排除する強硬策を取らせ続けている。

 ヘリ基地反対協議会などの基地建設反対の陣営は、これを「法治主義を逸脱」している放置主義だと批判してきた。また、沖縄に対するイジメだとも批判してきた。だがそれだけだったのか。もっと深い意味が込められていたのだ。憲法第31条の「法定手続きの保障」を完璧にスルーさせ、人権の蹂躙を組織的に行ってきたのだ。

 この問題を沖縄の歴史に置き直して考える。1960年代の沖縄は、『平和憲法下の日本国への復帰』を唱えていたのだ。72年5月15日を迎えた沖縄は闇の中に置かれ続け、出撃基地のままだ。それが集団的自衛権の合憲化-2015年の『安全保障法制』(戦争法)などの制定によって、日本国全体が再び戦争のできる国に転換してしまった。同時に人権規定・法手続論までもが無効化され、沖縄の人々の歴史的な願いは、完全に踏みにじられようとしている。

 

Ⅳ 独裁国家の中での沖縄は-

 2014年7月7日、ヘリ基地反対協議会などのメンバーがキャンプシュワブゲート前に座り込み始めた。また、7月下旬から海上での抗議行動も始まった。以来5年余りの月日が経った。2018年8月2日、辺野古側に護岸が完成してしまい、一部の珊瑚礁の海が潰された。同年12月24日から埋め立て工事が始まった。しかし国は5年で埋め立て、3年半で上物を造るといっていたのだ。沖縄の地道な闘いが奴らの道のりを遠くさせてきたことは間違いない。

 日々の闘いは、2014年11月の県知事選、14年12月の衆議院選、16年7月の参議院選、17年10月の衆議院選挙、18年9月の県知事選、19年4月の衆議院3区の補欠選、同年7月の参議院選挙などで基地建設反対の候補をほぼ勝たせてきた。19年2月の県民投票では埋め立て否を明確にしてきた。沖縄の人々は「勝つ方法は諦めないこと」だと言い続け、今日まで歩んできた。

 しかし安倍政権は沖縄の民意を完全無視。沖縄県が仲井真の埋立承認を「取り消し」(15年10月13日)、「撤回」(18年8月30日)しても行政不服審査請求で2度にわたり「私人」になりすまし工事再開、取り消しの最高裁判決は、「(仲井真の)『承認』に瑕疵はない」と翁長知事(当時)の申し立てを端から切り捨てたものだ。

 安倍政権は地方自治も3権分立すら認めない。あらゆる批判を封じ込め、不都合な真実をねじ曲げ、隠す。既にこの国は独裁国家に変質してしまったのだ。

  故翁長雄志前知事は沖縄県民にどう語りかけたのか? 「イデオロギーよりもアイデンティティ」「まきていーないびらんどー」と叫び続けた沖縄の魂を叫び続けていた。この叫びは玉城デニー知事に受け継がれている。沖縄の人々はこの叫びを受けとめ前を向いている。私も及ばずながら前を向いて歩き続ける。(「下」に続く)

2019年10月 2日 (水)

台風18号は西へそれたが、テント復旧をやった(191002)

 2019年10月2日(水)暑い 台風18号は西へそれました。しかし9月28日に台風対策をやっており、昨日までテント村はお休みに。今朝、テント2,テント村(漁港脇)のテントを復旧させました。埋め立て工事はオイルフェンスの再構築から始まった。海上メンバーは抗議船2隻とカヌー7で出発。途中、巡視船1,クレーン台船等が入ってきました。15時海上行動終了。まだ風・波高いです。

 海保に拘束されて松田浜に上がってきたメンバーが再度出発するところを漁港の護岸から撮りました。ゲート前での行動も通常通り再開しています。やはり3回の搬入作業。愚直に座り込む。

 今日は付近をCH-53とMH-60が朝から近くで訓練していました。特にMH-60は怪しげなモノを機体の両脇につけています。豊原側からでてきて、沖を東に、シュワブの基地の上から戻り、漁港の上を通過。これを私は2丁カメラで撮影。3周していましたが、4回目は辺野古崎側に逃げていきました。民地の上を武装して飛ぶ姿を撮られたくないのでしょう。こういうときは撮っているぞと誇示する意味があります。カメラで撃退は痛快ですぞ。撃たれたらどうしようではあるのですが、ここではさすがにやらんでしょう。やったら大事件になります。

2019年9月28日 (土)

辺野古テント村は、台風18号により、9月29日(日)~10月Ⅰ日(火)までお休みします(190928)

 本日2019年9月28日、辺野古テント村は完全に撤収しました。テント2も15時30分で撤収しました。未だ天気は良いです。9月29日から~10月Ⅰ日の台風を避けるためにテントでの座り込みは中止。恐縮ですがこの間、人はおりません。ゲート前の座り込みテントも同様です。悪しからず。

2019年9月27日 (金)

あぁ、台風18号接近の予報で対策を始めた基地建設工事(20190927)

 2019年9月27日(金)晴れ 暑い

 朝から台風18号接近の予報の話が出る。辺野古テント村も明日朝から台風対策をやると決定。またですか。うんざりだがやむおえない。

 と思えば、新基地建設の業者も台風対策を始めたようだ。オイルフェンスを上げたり下げたり。根固め袋材を置いたり、コンテナを撤去したり。お忙しい。

 私はと言えば、友のアプリで上空を飛ぶ民間機の撮影に専念。just  fine であり、撮影条件は良い。どっちからどっちにどこそこの航空会社の何という機体が飛ぶとわかるのだ。次から次へと撮影。なかでもジンベエザメの機体が真上を通過。以外にも胴体の真下にも絵が描いてありました。芸の細かさに感動。いつも横から見ており、下にも絵が描かれているとは知らなかった。

 しかし沖縄の空は民間機のみじゃない。辺野古沖から大浦湾へ10時過ぎにMC-130が3機低空を通過。午後にもう一度。もっと近くを。この飛行パターンは伊江島でのパラシュート降下訓練(人か物かは不明)ではないか。遊んでる場合じゃないです。バッチリ撮影済み。

 午後には豊原の高台を一巡り。この目的は彼らの台風対策の使用前と使用後を確認するため。K-4沖、辺野古崎と長島の間のオイルフェンスはそのままでした。ランプウェイ台船4隻が出て行きます。26日に入ってきたばかりなのにね。

 今日の埋め立て作業は午前中まででした。

 夕方シュワブの浜に行き、海兵隊のハンビーの走行練習を撮影に。7両おりました。私が行ったら逃げていきました。逃げるな! 無・鉄砲(カメラのみ)で米軍を撃退。訳がわかりました。彼らはハンビーの初心者マーク付きの兵隊。この砂浜ならば転倒したところで大事故にならないから。

 今日の海上行動は安和でしたので詳細不明。豊原の高台から見た情報を明日共有していきます。

 

 

2019年9月25日 (水)

工事の船団が12隻入ってきた(190925)

2019年9月25日 (水)晴れ

朝から沖合にランプウエイ台船等が近づいてきた。昨日、入ったんじゃなかったのか。私が数えたのはランプウエイ台船4隻と土砂運搬船4隻計8隻。早朝からこの船を待ち構えていた海上行動メンバーによれば、7隻と5隻の12隻だそうだ。他にタグボートが数隻。カヌーメンバーは大浦湾側の波風の中で3時間余り頑張っていたようだ。海保に拘束されながら。

 埋め立てが始まったのは14時頃からだった。明日からこんな日常に戻るのだろう。しかしフィリピン沖に台風18号が発生しそうだ。来週早々においでのようだ。

 今日の米軍は朝から夕方まで実弾射撃演習が鳴り止まなかった。ヘリやオスプレイはなし。

 私は辺野古川河口でキアシシギの撮影。ミナミコメツキガニを盛んに食べている。良い写真連発。不思議なモノで一度咥えられたコメツキガニは嘴から弾かれ離れても、動かない。動けないのか。2度3度と喰わえらてしまう。お互いに生きようとする様は、クールだ。

 埋め立てられても辺野古の海は美しく、切なくなってくる。

2019年9月23日 (月)

テント村復旧しました(190923)

 2019年9月23日(月) 曇り 台風17号が去った沖縄島。今日の予定ではテント2のメインテントを立ち上げることからでした。そのテントの所在がわからなくなっている。どうしたのと思ったら、場所がわかりました。犯人は誰か? もってきてくれたのでよかったですが、困りますよ。

 かたやトイレの電気が付かないと、M君が修理中。原因不明と頭をひねっていた(その後、無事に点いた)。

 海沿いのテント村の復旧も続けてやると。私も頑張ろうと思いましたが、大阪から見えた方々に浜でお話ししました。台風のために予定よりも沖縄での滞在はマイナスⅠ日となったそうです。ご苦労様でした。

 10時過ぎには全復旧できて一段落。来訪者はぼちぼち来てくださいました。K4護岸沿いにあったオイルフェンスが台風によってまたもやぶっとんでいました。一部が護岸の上に。午後、豊原の高台から見たら100m以上切れていました。今日だったら護岸の上に上がれた。海上保安庁も出ていないし。もっともこちらの海上メンバーは明日から来ます。

 お昼前に沖合からクレーン台船1隻と荷物置きの台船1隻がタグボートに引かれながら入ってきました。

 私は午後豊原の高台から観察。埋め立ては、Aー①区はほぼ終わりか。その他はまだまだですが。長島側のオイルフェンスも外れたようです。予定では滑走路面は現行の海水面よりも8.8m上げることになっています。まだ先の話ですが。大浦湾側の目処がつかないので、まだまだ辺野古側も形式的な工事です。今日は面白い発見いろいろありましたが、省力。

 豊原に上がったら、台風による風と塩害でサトウキビなどに案外被害が出ています。木々の葉もパシパシにきれていたり、黒く晴れて落ちている。農家の皆さんの痛手は、大きいことでしょう。ビニールハウスの補修工事をやっている皆さんもいらっしゃいました。

 

2019年9月19日 (木)

本日台風対策完結(190919)

2019年9月19日 曇り時々雨。

 予想外にも今日台風対策をやると。熱帯低気圧が台風に発達してくるようだ。テント2の撤去が始まっていた。我々の海のテントも撤収作業を終えた。本日はテント2で座り込み。2団体等が来て私も分担する。15時過ぎから降雨の中、テント2も撤収した。土砂投入はやっていなかった。風強し。

 台風で明日9月20日~22日まで完全にお休みです。23日(月)はテント2にて。24日にテント村の復旧作業です。当然海上行動もありません。24日以降の判断になると思います。

 ゲート前のことは聞いていません。悪しからず(9月20日、21日)。22,23(月)は搬入が予定されていないので、座り込みはありません。

 これから自分の台風対策で買い出しに。

 

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