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    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
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カテゴリー「沖縄島」の記事

2019年6月27日 (木)

国際反戦沖縄集会2019(190623-③) 

2019年6月23日 雲

平和記念公園から運よく、魂魄の塔の脇に早々と着いた。

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魂魄の塔。無残に散った骨を集めて、造られた無縁仏。11:51

今日も多くの人々がこられていた。

お隣ではカトリック平和委員会の皆さんが平和のつどいを開催中だった。

風が強く、テントが揺れる。マイクがガーガーと鳴り、これでできるのかなと心配になる。

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国際反戦沖縄集会の開会の挨拶をする比嘉宏さん(一坪反戦地主会)12:49

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スタートはおなじみの海勢頭豊さんら。12:55 私は今日の曲目の3曲のうち2曲を聴いたことがなかった。

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「月桃」を歌う。

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こちらも常連の高江フラ。涼しいと落ち着いて見れる。

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ここで新発見。フラの動きは手先のみならず、足先の動きに特徴があり、魅力のひとつなのだと。ここにこだわって撮りました。

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高江の報告をするヘリパッドいらない住民の会の儀保昇さん。テントを米軍に撤去されたものの、座り込みを再開しており、6月30日の集会への参加を呼びかけた。そのまま翌日7月1日から始まるだろう工事と対峙しようとの呼びかけがありました。

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NGOちむぐくるアクションからの報告。中南米のウチナーンチュと付き合う中で、沖縄戦の体験が伝えられていないことを痛感している、平和の大切さをどうしたら伝えらるのか、拡げて生きたいと訴えていました。「命どぅ宝」の声が世界中から木霊しあう日を求めて。

石垣島の前花雄介さんの歌がありました。

 

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韓国チェジュ島(済州島)の4・3弾圧を記録する会(会の名前は不正確)の人々。多数の人々が殺された歴史があり、隠されてきたことを明るみに出し平和を求める地道な作業を続けています。

司会が彼らのことを紹介しましたが、通訳(写真左)がいたのですから、当事者達からの報告を聞きたかった。

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カヌーチーム 辺野古ブルーからの報告。日々の海上での闘いを伝え、前を見て闘い続けると訴えました。それが新基地建設反対の声を大きく広げていくことになると。地道な努力を継続することが明日への希望に繋がります。

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真剣な眼差しを見てください。あなたもカヌーチームへ。

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ここで飛び入り発言。参議院予定候補高良鉄美さん登壇。14:13

ご自身の愛用の帽子にたとえて、新基地建設防止、改憲防止、安倍政権の暴走防止を唱えました。

7月4日告示。7月21日投開票日。 

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普天間基地ゲート前でゴスペルを歌う会の皆さんです。神谷牧師からのご挨拶。ゴスペルを歌うことは基地内の米兵への呼びかけでもあると。

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歌う声がもっともっと届きますように。

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本日登壇された方々ほぼ全員。隠れてしまった方々もいます。宗派を超えて、平和への願いを歌にする。

さて本日ラストの出演はきむきがんさん。歌手きむきがんではなく、一人芝居の演じ手です(劇団「石」主宰)。

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演目は「キャラメル」。当時15,6歳の少女達がキャラメルをあげるから工場に働きにおいでよと誘われて行ってみれば。

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そこには工場はありませんでした。慰安所だったのです。そうと知って驚いても、なす術もなく。

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身悶えながら泣き叫ぶも。

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こんなことをやらせた大日本帝国軍隊か。言葉を失います。だから真正面から覚悟しなおして撮るしかない。

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時にオモニ(母)やアボジ(父)のことを思い出しながら。

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夢を見たい顔と屈辱にゆがむ顔が、落差が凄い。

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おなかに手を当てているのは、屈辱の中で受けた様々なことを象徴しているのでしょう。

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こうした顔に向き合うしかない私たち、男達。

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左手の握り方にもご注目。全身で表す、人生をぶち壊されたこの悔しさに対して、私たちは何をしてきたのか?

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日本兵に犯された彼女達は、戦後も郷里に帰れなかった人が多いのです。

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打ち倒れる、倒してきた戦後74年間。こうした慟哭は沖縄でも起きたこと。

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儚くも殺された少女達。当事者達による告発は今でも続けられています。

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蝶が舞う。慰安婦とされた人たちの霊が今も飛び交っていることでしょう。

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終演のひとこま。受け取る女性、見る男性。

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深々と頭を下げるきむきがんさん。

ここまでのエネルギーをかけさせている私たち。「きがんちゃん」なんて当分言えないかも。いやそうじゃない。私たちは分断に逃げ込むのではなく、きがんさんの思いも受け止めて、この国の政治責任を追及できるのかだ。

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閉会の挨拶をする高里鈴与さん。慰安婦問題、軍隊の性暴力問題に取組んできた彼女だからしっかりとまとめてくれた。過去と現在の終らない現実に如何に立ち向かっていくのかです、と締められた。

 

 

 

 

 

 

 

2019年6月25日 (火)

アベシンゾウらの車列を撮る(沖縄平和祈念公園)(190623ー②)

2019年6月23日 小雨 沖縄平和祈念公園

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この奥が全戦没者慰霊祭の会場。9:55

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韓国人慰霊の公園。平和祈念公園の隅にある。9:56

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慰霊碑(左) 右のものは韓国各地から持ち寄られた石で組まれていると説明板にあった。沖縄につれてこられた人たちはどれだけいて、亡くなっているのだろうか。合掌。9:59

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雨に濡れた石積みの脇に咲く月桃。10:01 

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摩文仁から海を見る。ここでこんなどんよりとした光景を見たのは私は初めてのことだ。10:07

しかし沖縄戦は、梅雨の最中であり、こうみえていたのだろうか。昼間はガマの中に避難しており、暗闇の中で微かにモノクロの世界しかなかったのだろうか。どう見えていたのかということは、フォトグラファーの私は重要だと考える。

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平和の火。正面が平和の礎。10:08

ここから各県の慰霊碑の丘に上がる。

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青森県の慰霊碑。手前の碑に短歌が謳われている。10:16

 

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海沿いに建つ岡山県の碑。1570名が沖縄戦で亡くなったと記されていた。

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正面が平和資料館。このオジさんは警察官。この付近に3名いた。10:20

何をそんなに警備しているのか?

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平和の礎。ここは県外の方々の追加刻銘板。県外からの参加は少なく閑散としている中に花束を見かけた。10:33

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県内の追加刻銘板の前で。哀悼を記す。お一人で来られていた。10:36

閣僚達がやってくる時間が迫ってきたので、急いで公園入り口に戻る。

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沖縄に基地を押し付ける安倍政権への抗議行動。10:55

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日の丸を振る人たちも登場。10:58

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抗議団、賛美団、機動隊の壁。10:58

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来た!10:59

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安倍首相はこの車列の何処に乗っているのか?10:59

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後方はお付とか、マスコミだろう。11:00

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猛スピードで飛ばして会場に入る。11:00

これをおっかけるのも楽じゃない。

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抗議者につきまとう刑事。「ガキオヤジ」。何を質しても無言だから、「ガキオヤジ」なる通称は悪くないかも。11:01

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仕方なく撮れば、邪魔してくるし。11:03 公務中の公務員に肖像権はありません。

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この男達(左の坊主頭ほか数名)は何しに来たのだろう。11:07

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改憲と日の丸を賛美する集団、10数名。沖縄を再び戦場にしたいのだろうか? 今日という日に考えられないことだ。 11:08

 

沖縄で戦死者に思いを寄せるならば、あの戦争によって、米国・米軍が沖縄を占領したのであり、基地建設を強めてきたことにも思いを寄せなければ、うそと言うことになる。その沖縄はこの74年間、基地に蹂躙され、加害者にもさせられてきた。「命どぅ宝」の思いは、今正に進行形でなければならない。

私たちが選択しなければならないことは、戦争の張本人である国家・軍による戦死者の神格化ではない。もしも生きていたら、如何なる関係を取り持てたのか、このチャンスを奪われたことへの哀悼の気持ちだろう。

沖縄は国家による犯罪(無残にも人を殺し、殺させ、神格化したことなど)を根本から許さない道義を育まなければならないだろう。私たち「日本人」の歴史的な責任は余りにも重いのだ。

 

 

 

2019年4月 4日 (木)

高江のN1テントが米軍に強制撤去された(190404未明?)

 本日午前中に入ってきた情報ですが、高江のN-1テント(県道70号線の東村と国頭村の境の近く)がトイレと共に雲隠れ。2019年4月3日夕刻から、4日未明の間の出来事です。

 今、高江住民の会のブログで知ったのですが、米軍による強制撤去らしい。これは一大事件だ。米軍の暴挙を許さない。ここまでやる米軍の「常識」を絶対に許してはならない。以下参照。

https://takae.ti-da.net/e11024653.html

2019年2月25日 (月)

嘉数高台まで行った(190222-②)

2019年2月22日 晴れ後、雲、後、雨。悲しい。

野嵩ゲートからバスで嘉数高台公園に向かった。
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ここ嘉数高台は沖縄戦の第一の激戦地。正面の前田高地は第2の激戦地。沖縄は沖縄戦があって、今があるのだ。どれだけの人が血を流し、どれだけの人が涙を流し続けているのだろう。8:49
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今はヒカンザクラが咲いているが。8:52
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高台の展望台から。2本の防空レーダーが動いている。8:58
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オスプレイが15機、ch-53が数機。今日の動きはない?8:59
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視界が悪くなってきた。9:48
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広角で見れば。10:21
一番高い大地に基地がドシンと構えている。これが戦後74年の現実なのだ。いいかげんにしろよ!
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青丘の塔。在日朝鮮人軍夫らの386柱の慰霊碑だ。沖縄はただの被害者ではない。より下位の植民地の人々を働かせ、殺してきた加害者でもある。10:21
11時頃、雨のため、撮影不能と判断し、この高台の展望台を下りた。近くで一休み。
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嘉数のバス停前のガジュマルの木。私が沖縄に通い始めて30年、この木も大きく成長してきたものだ。12:28
自宅に帰る。

野嵩(のだけ)での抗議行動を撮った(190222)

 2019年2月22日 曇り

 今日は早起きし、宜野湾市の普天間基地の野嵩ゲートにむかった。
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沖縄自動車道の中城。07:01
ここから野嵩ゲートまで徒歩で何分かかるか。
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宜野湾市役所を越えて。見えてきた。左側が普天間基地。野嵩ゲートはこの下。07:30
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間にあいました。7:33
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5年前に安倍首相と仲井真知事が5年以内に普天間基地を返すと言っていたのですが。どうなりました?それは今月ですが。
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宜野湾署。スクールバスが出てきた。7:37
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横断歩道を渡りながら。右の二人は警官。7:40
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出てくる車両に示す。7:45
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警官と軍警(右)に挟まれながら。7:46
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反対車線側から撮影。7:46
ここは交通量が多いは、歩道は狭いは、撮影には危険で、難しい。
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米軍のやってきた戦争について声を大にして批判。右の警官は何を見ているのか?視線がへん。7:50
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中に入る車両に意思表示。右の黄色は軍警。7:50
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あんた達、邪魔しないで!うるさい!7:50
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イラクでアフガンで殺してきた米軍を批判。普天間基地撤去! 7:51
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最後に日本国憲法前文を読み上げる。そこにクレーンが入る。何の工事をしているのか。5年以内に返すんじゃなかったのか?!7:52
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トレーラーが入ってきた。ボックスカルバートを積んでいた。何の工事だ?8:00
平日は毎日、来る日も来る日も7時から8時までやっています。頭が下がります。
普天間基地を至急沖縄に返しなさい。海兵隊は沖縄から出て行け!

2018年10月 8日 (月)

181009 故翁長雄志前知事の県民葬へ

 いよいよ故翁長雄志前知事の県民葬が明日、18年10月9日、玉城デニー知事(実行委員長)の下で執り行われる。9日14時~16時。13時開場。那覇市奥武山の県立武道館で。政府からも菅官房長官が安倍首相の追悼の辞を代読する。宮腰光寛沖縄担当相や衆参両院議長も参列する。会場は2400席。入場できない場合、外部に待機場を設ける。

 1950年10月生まれの彼は、那覇市議会議員、県議会議員、那覇市長と自民党に席をおいてきた。13年のオスプレイ撤去を巡る闘いの中で、「米軍基地は沖縄の経済発展の最大の阻害要因」だと訴え、ウチナーンチュ同士の対立を超えた、ウチナーアイデンティティを重視。
 彼の遺志は、玉城デニー知事の誕生につながり、過去・現在・未来に繋がっていくだろう。明日の県民葬を媒介にしながら、新たな沖縄をつくりだしていきたいものだ。私たちヤマトンチューが今考えるべき事は何なのか、しっかりと前を向きたい。無論、安倍や菅らが進めている政治に対抗しながら琉球民族やアイヌ民族、朝鮮民族等を踏みつけることのない道を歩みだしたいものだ。この道は険しいだろうが、戦争のない、差別のない共生の世界に向けて歩みだしたい。
 それにしても自民党の政治家がどうしてここまで変わったのか、あるいは、かわらない人たちが居るのか、悲しみを抑えながら、私たち自身の歩みを反芻したい。一人ひとりがよりよく生きるための県民葬ができたら、うれしい、ね。(ヤマヒデ)

2018年7月20日 (金)

嘉数高台から普天間基地を眺めてきた(180718夕刻)

 2018年7月18日午後から宜野湾市へ。先ず嘉数高台へ。

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普天間飛行場滑走路を望む。19:06
ここから滑走路先端まで約1250m、高さの差が28m。標高92m+展望台の高さ6m=98mとし、滑走路の標高は約70m。米軍の高さ制限は45.72m。
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駐機場にオスプレイ9機。他。17:33
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対空レーダーが回っていた。17:29
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オスプレイが降りてきた。18:04
岩国から新たにきたものじゃなかった。
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奥の洗機場で塩分等を洗い流すオスプレイ。18:36
若し大浦湾にできたら、油水分離槽を設置しても、強力な洗浄剤等が海に流れ出るだろう。
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大型ヘリCH-53が2機で降りてきた。18:52
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オスプレイが降りる。19:12 既に私は高台を後にしていた。
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高台から北谷・読谷方面。18:48 73年前の沖縄戦の最初の激戦地。この高台(日本軍陣地)を巡って、陣地取りに2週間。多くの血が流された。爆弾を担がされて、米軍戦車に突撃して行った若者達。
そして次の主戦場が
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前田高地。悲劇が繰返され加速していった。
沖縄の何処でも新たな基地や、まして戦場にしてはならないのだ。
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嘉数高台の展望台の下にメジロが多数来ていた。
私たちが歴史から学ばず再び戦争を招き入れてはならない。日米一体化による戦争に加担してはならない。引き返すのは今しかない。

2018年6月28日 (木)

国際反戦沖縄集会2018(20180623-③)

 炎暑の中を今日はタクシーで移動。楽したな。

魂魄(こんぱく)の塔脇の広場へ。
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ここです。魂魄の塔。沖縄戦で亡くなった方々の無縁仏。12:04
まだまだ沖縄のあちこちに骨等が埋もれているのだよ。
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さて彼女の勢いのある声で始まるよ。12:30
お子さんたちの勢いもいつも通りだ。
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海勢頭豊さん。いつもどおりだ。3名の楽師がいるのだが、素敵な3名を一枚に入れるのは、今後の研究課題。12:49
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高江フラ。13:07 こちらは6名でした。
石原さん(写真とは別人)が高江の現状報告。
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韓国から来てくださった写真家の李時雨(イ・シウ)さん。南北会談、朝米会談を経て、対立から和解への転換を語る。
この流れを沖縄も後押ししていきたい。
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辺野古ブルーが現況を語り、新基地建設を許さない決意を語る。14:10
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正面にある広島の塔。私的に言うと、ヒロシマとオキナワをもっとつなげて考えたい。
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ゴスペルを歌う会の皆さん。30名ぐらいおいでだった。
話すのは緑ヶ丘保育園園長神谷さん。普天間基地の近くにある保育園に大型ヘリの部品が落ちてきたのだ。他人事にできなくなって、ゴスペルも行動もますます必死に取組んでおられる。平和へのゴスペルの環はオキナワを超えて広がっている。
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「慰霊の日」に合わせて正装で。キム・キガンさん。久しぶりにきてくださった。アリラン峠を歌う。14:51
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久しぶりの高里鈴与さん。おしまいのあいさつ。4月23日にゲート前で機動隊の暴力で肋骨等4本を骨折。今日復活。撮っている自分も嬉しい。15:06
◎一部の方々は載せられませんでした。お詫び申し上げます。

平和祈念公園でざっくりと(180623-②)

 安倍首相らが入ったので、一応私も公園の中へ。

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摩文仁の海は南東に広がっている。11:08
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この海に多くの命が散ったのだ。殺された。連合軍によって、皇軍の銃弾でも。11:11
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平和の礎 韓国人の死者名が刻まれている。これっぽちのはずがないが。11:12
徴用工として、慰安婦として殺された人たちは、73年経っても浮かばれない。せめて忘れないようにしたいものだ。
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こちらは台湾人と朝鮮人の刻銘版。11:13
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式典会場に入ろうと並んでいる沖縄遺族会の人々。11:27
首相の発言はいつもどおりだったようだ。人の命を思ったことのない御仁が、再び「英霊」をつくり出す日は近いだろう。許してはならない。

平和祈念公園前での安倍首相一行への抗議行動(180623)

今年の慰霊の日も何とか行けた。那覇泊1日だったが。

糸満ロータリーから歩き出す。
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直ぐに出会った人たち。日本山妙法寺のK上人ら。よくみれば宗派は多様のようだ。8:15
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ここまでくれば、あとひといきだ。大渡付近。だが、73年前の摩文仁から喜屋武岬の間の海には行き場を失った人々が命を失い、息たえだったのだ。今の青い海が当時を呼び覚ます。9:58
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やっと着いた。しかしいつものような警備体制が敷かれている。10:13
しばし陰で様子見。すると80歳だと名乗る男性が話しかけてきた。
当時小1だった。浦添から逃げてきて、このあたりで艦砲が爆発した。自分らは難を逃れたが、中心部に居た同級生の身体に貫通した。これまで戦争のことを語らなかったが、体験者が減ってきた中で、当時を覚えている自分たちが語ることが重要だと。お孫さんを連れてきていた。お孫さんが運転手。
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交差点に機動隊がうるさい。何を規制しているのか。10:28
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彼女達を撮る県警。10:33
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6名で二人をいたぶるようだ。10:33
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こちらにひっぱってきた。10:35
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押し倒した。何でここまでやるか?! 明らかな予防弾圧だ。安倍首相らを守るため。
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ご一行様第一陣。10:46
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こちらが本命。10:55
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正面の車。猛スピードで入っていく。10:55
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沖縄遺族会が入る。10:55
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遺族会にこの横断幕の声は届くのか。10:57 なおこの抗議行動は沖縄平和市民連絡会呼びかけの行動。
首相らが先に入って遺族会というのも象徴的だな。

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