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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

カテゴリー「八重山(与那国島・石垣島)」の記事

2018年9月 5日 (水)

残照に照らされ、美を写す(180902夕刻)

 2018年9月2日。今日のコースは通常の逆コース。。運がよければ、西に残照を堪能できるかと。雨に濡れたからこそ、エネルギーを再起させた。

 余談ながら、私の徒歩には、2つある。①は体力+気力+知力の撮影モード。②は体力+気力の踏ん張りモード。今回は久しぶりに後者も発動。
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バンナ岳北側の展望台から。名倉湾。18:03
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東側。200Mの丘の下が予定地。いつまでもこのままでありますように。18:05
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18:08 刻々と変わる。
移動します。
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バンナ岳近くの展望台。18:43
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名倉湾に落ちる。18:48 丘のボッチは石垣天文台
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人々が慌しい。自分は集中。18:52
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18:55
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18:58 一瞬で沈んだ。太陽の左側は西表島。
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日が沈んで石垣港方面の明かり。19:12
夜の帳とのランデブー。ヤエヤマオオコウモリやリュウキュウコノハズク、リュウキュウアオバズクの世界に。星も見えてきましたが、街路灯があり、全然ダメ。途中でわき道に入ったら、スターダスト。しかし足下もみえず。
21時頃宿に着きました。疲れた。

石垣市議選はどうなるか?(180905)

 八重山の中心の島、石垣島の人口は、49356人(1807末現在)。石垣市議選が始まった。定数22を30人が立候補。中山義隆市長を支持する与党系が16人、不支持の野党系11、中立系が3人だと地元紙(八重山毎日)にある。現職15、新人11、前・元職が4名。

 焦点は自衛隊基地の是非であり、国の言いなりになるのか、島の自治かだろう。しかしここは離島だから、簡単には解決しえない。交通でも産業でも教育でも国の力が大きいからだ。
 野党系の方々を上げておこう。◎長浜信夫(62)社民公認、◎大濱明彦(57)、◎井上美智子(65)日本共産党、◎田盛英伸(46)、◎新垣重雄(70)社大党、◎古閑こずえ(45)、◎花谷史郎(36)、◎内原英聡(34)、◎宮良操(62)、◎砂川利勝(54)、◎前津究(46)の11氏。
 
 
 与党側は自民党が2、公明党が2、維新(推薦)が2、幸福実現党(推薦)が1だ。無所属が12名。
 私が出会った選許カーからの主張は余り明白ではなかった。島に生きる芯が煮えきっていないのかもしれない。武力で生き抜くとか、軍事力で儲ける式の無責任な候補者を落とさなければなるまい。安倍晋三首相も中山義隆石垣市長も日本会議。「こっちの水は甘いぞ」に乗らない生き方を追求していきたい。万が一にも開戦になれば、ここが最前線。シマンチュは軍隊の楯にされてしまうのだ。敵を作るやりかたでなく、敵をなくしていく努力が問われているはずだ。
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炎天下の石垣島を歩き、ずぶぬれにもなった(180902)

 私は3月に市長選を撮りに1週間滞在した石垣島。そんな縁もあって、9月1日の夜から3日の午前までやってきた。2日が市議選の告示日だが、出だしはゆったりしていた。

 先ずはこんな島だった。今日はバスターミナル付近から市街地を抜け、磯辺、大浜、川原、平得、嵩田、バンナ岳、市街地の約25キロを歩きとおした。川原・平得・嵩田周辺が自衛隊基地の予定地だ。ただし、ここに来る部隊は、対中前進基地となり、対艦ミサイル対空ミサイル部隊なので、移動式の武器がやってくることになる。事と次第によっては、住民が知らないうちにお隣が発射台になっていないとは限らないのだ。軍事機密の島になるだろう。無論、空港も港も危険地域になる。
 誰がこんな島にしたがっているのだろう。
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シジミチョウの仲間が乱舞していた。9:02
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アカバナーは何処でも似合う。9:06
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旧石垣空港近く。石垣島は肉牛も多い。9:10
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フルスト原遺跡に行ってみよう。9:53
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石積みだが城(ぐすく)じゃないそうだ。住民の生活道具が多数出土しているらしい。1300年代から1600年代にかけて、人々が暮らしていた。10:03
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この先は宮良湾に続いており、海を活かした生活をこの石積で防潮・防風しながら生きてきたのだろう。先人の苦労を思う。10:20
人が生き続ける労をおもえば、感動的だ。
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大浜から北東へ。於藻登岳を眺める。11:39
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大浜から三和の途中。小高い丘の一帯が自衛隊基地予定地だ。12:19
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川原の集落。12:48
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パパイアの高木に実が。13:22
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宮良川を渡る。水田もある。13:27
平得の交差点で雨宿り。雨が降り出すのを待つ。止むのをじっと待つ。
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こぶりになってきた。ゲットウの実。14:32
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平得の交差点。住民の思いを知るべし。14:41
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雨上がるだろう。14:47
 
しかし降雨はやまず。びじょびしょに。
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雨滴は美しい。15:32
しかしレンズも濡れた。
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空は晴れてもレンズは曇ってる。15:51
泣けてくるシーンだ。
カメラ、レンズを日干しに。
呆然としていたら、突然前にカンムリワシが。
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おうと思い、3本目のレンズを出した。これも濡れていた。慌てず騒がず、拭いて、使用可にする。飛ばないでね。16:03
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まっすぐに向いたくれた。16:03 イケメンでした。これで私の心が再びよみがえり、まだまだ歩きます。嵩田からバンナ公園に入り、展望台に。
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嵩田山の南西側に予定地がひろがる。於藻登岳と2重の山に隠れて防備は万全?
周辺には集落が広がり、川原小学校、於藻登小学校があり、八重山農林高校の農場もあるのだ。17:51
残照の時間になってきました。

石垣空港でAMURO JETを撮る(180901夕刻)

 2018年9月1日午後、私は一足お先に辺野古テント村を後にした。私は石垣島に向かうのだった。那覇空港に到着すると予定の飛行機は遅れると。今なら一本前のに乗れますというので案内係の女性の後を走った。

 お陰で石垣空港に着いた時間は、まだ明るかった。たまたまAMURO JETだった。これを撮らないわけにいかないでしょ。
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まだ明る過ぎる。18:35 外からみたら、こんなだ。絵がいささか小さいな。
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これでどうだ。まだだな。18:43
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1機下りてきた。18:43
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目の前に停まる。18:49 格子があるのでいささか陰が出てしまう。左を切っているのは柱が入ってしまうから。
標高200mの山に日が落ちる。
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窓の反射も程よく収まった。AMURO JET 18:52
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石垣空港の今日の残照。18:58 
明日も宜しく。
 
 私は安室奈美恵さんとは殆ど関係ない。世代が違うし、デビュー曲が「ミスターUSA」じゃ、関係ある方がおかしい。沖縄サミットの歌も歌っているし。
 しかし彼女は18年5月23日、県民栄誉賞を翁長雄志知事から受賞している。77年生まれの彼女は、92年から今年18年まで、歌い踊ってきた。出産を挟んで1年間の活動休止を得て、コンサート活動に特化したことが良かったのだろう。
 沖縄から旅立った彼女は思うところがあったからこそ、翁長知事の訃報に接し、公式HPで追悼文を出している。意外というしかないが、沖縄が抱える矛盾を無意識であれ生きてきたからこそ、思いの深さが出たのだろう。
 表現活動とはアウトプットである。だからこそ、インプットは不可欠なのだ。ハードな歌に踊りだからこそ、インプットに苦労してきたはずだ。奈美恵さんの今後の活躍に期待したい。
 『追悼コメント全文』(180809)
略(ご本人の方式HPをみてください)。

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