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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

カテゴリー「文化の目」の記事

2019年8月19日 (月)

短歌甲子園で沖縄の高校生が団体準優勝(190818)

 全国21校の高校生が短歌を競う短歌甲子園(主催:同大会実行委員会)が盛岡市で8月18日に行われた。沖縄から参加した昭和薬科大学附属高校の3名が準優勝に輝いた。「特別審査員小島ゆかり賞」も同じく國吉伶菜さんが受賞した。

 島袋乃碧さんは「灰色の箱が生み出す爆音は 今か 咲く花ただ揺らすのみ」と詠んだ。灰色の箱とは基地のことであり、咲く花とは自身を含む住民。「ただ揺らすのみ」の「ただ」に感慨が込められている。

 國吉さんは「碧海に コンクリートを流し込み 儒良(ジュゴン)の墓を建てる辺野古に」。沖縄の高校生の面目躍如だね。まだコンクリートは流し込んでいないなどと野暮なことは言うまい。

 同校は浦添市内にあるので普天間基地のほど近く。浦添から辺野古を詠む高校生がいるのだ。

2019年8月12日 (月)

映画『新聞記者』を見てきました(190811)

 台風9号が去った8月11日、那覇にある桜坂劇場に行ってきました。映画『新聞記者』を上映しているからです。2時間びっしり闇の世界を照らし出す画面を見つめてしまいました。

 噂に聞いていたとおりというか、それ以上だったり、なんだだったりを以下に記します。

 やはりこうした映画が、今でき、公開されたことが快挙です。実に今の空気の中で練り上げられた作品でした。例えば、伊藤詩織さんへのレイプ事件のもみ消し事案やモリ・カケ問題が起きるなど、政権は真っ黒ながら、ごまかされているという恐るべき自体の中で。映画のスートーリー展開もまさに現代風。新聞記者の吉岡記者(シム・ウンギョン)と内閣情報調査室の若き官僚の杉原(松坂桃李)が主人公です。杉原の元上司が自殺してしまうことから話は急展開。キーワードならぬキーピクチュアが真実に近づき、2名を結びつけていく。家族を巻き込む心理劇としても、役者さんの好演もあり、納得。

 フォトグラファーである私は映画を見ると、当然カメラワークに目が入ってしまいます。実に優れたカメラワークが光ります。これだけみていたら、大拍手。官邸前だったり、国会前が出てきますから、私の通いなれていたところ。それだけにポイントを押さえていることが痛いほどわかります。ラスト近くで、お二人が近づくシーンでのそれぞれのバックのぼかし方。にくらしいほど。

 しかし時代に迫ろうとしただけに、難しさもあったようです。新聞記者なのか、内閣情報調査室なのか、半端だという批判も散見します。ここは闇の世界である後者よりも前者に的を絞るべきだった。映画の中に望月衣塑子記者もでてくるのですし、もっと実態に迫れたはずです。いや、本人をだしてしまったから、実態に迫れなかったのかもしれません。内調は闇でわからないのであれば、闇であることをもっと大胆に示唆すべきでしょう。

 この映画を生み出したのは望月さんとプロューサ-の河村光庸さんの活躍によるのでしょう。まだまだちぐはぐさが残るのは、制作集団内部の不統一もあったのでしょうか。

 舞台に乗せられるのは、下っ端ばかりで、首相や官房長官、官房長、などの責任者が出てこない。新聞社もデスクだけ。これだけの事案になれば、編集局長や経営陣との葛藤を映し出して当然。論理展開的にはいささか無理がある。よく言えば絵に描いたように分かりやすいが、オイオイのところが随ぶんありました。シリアスさをカメラワークだけで押すのはちょっと。

 もっと切り込むためには、もっと熟議が必要だったのでしょう。ただエンタメとして興行収入をあげるためにはお客がはいらないとならないから、この程度のわかりやすさが適度だったのかもしれない。ジレンマですね。

 文句つけましたが、わざわざ那覇まで行った甲斐はありました。これだけははっきりさせておきます。 

2019年8月 1日 (木)

若者たちはどこに行くのか?ー歌に寄せて(190801)

 「歴史をまるで知らない若者たち」を書いた。気が収まりきれず、「戦争を知らない子供たち」を思い出していた。1970年の曲。ベトナム反戦の時代の中で、アジア太平洋戦争を知らないと。時代は移りゆくのだから、様々に情景も入れかわっていく。なんてことでパソコンで遊んでしまった。

 1967年 「思い出の渚」歌:ワイルドワンズ、「バラ色の雲」歌:ヴィレッジ・シンガーズ

 1968年 「亜麻色の髪の乙女」歌:ヴィレッジ・シンガーズ、「小さなスナック」歌:パープルシャドゥズ

 1969年 「遠い世界に」歌:五つの赤い風船、

 1970年 「戦争を知らない子供たち」歌:ジローズ

 1971年 「出発の歌」歌:上条恒彦と六文銭、「翼をください」歌:赤い鳥、「また会う日まで」歌:尾崎紀世彦

 この1971年に南沙織の「17歳」もでている。すべて懐かしい。1971年は沖縄返還をめぐる闘いがあった時代だ。南沙織は返還を見越して沖縄からデビューし、大いに売れたのだ。当時はまだまだレコード。南沙織のはレコードもCDも持っていた(後者は現存)。

 因みに私は67年が高校1年、70年が大学1年。

 今こうした曲を聴くと、70年安保に負けて、闘いは大きく後退したのだが、71年の曲は案外希望を捨てていない。時代状況とヒット曲、自分の頭にも曲の流れが残存しているものをここにあげてみた。個人的に大好きだった曲・歌手は秘密。

 約10年飛ぶが、1980年「雨の慕情」歌:八代亜紀 は「雨雨降れ降れ、もっと降れ」のフレイズが忘れられない。確か北アルプスの後立山縦走を目指し、毎日雨に打たれ、雷雨に襲われ、コースを変更して下りた(単独行)。体で記憶していることは忘れないな。2800m余りの稜線の上では「慕情」もへったくれもなかったが。やけくそ的なのりだった。

 昔の若者たちはどこへ行くって、いつの間にか安住してしまい、「青年は荒野をめざす」(五木寛之の小説)を外れ、忘れ、荒れ野を作り出してしまったのではないのか。2000年代に入ってから、2001年9月11日、2011年3月11日、安保法や明文改憲などに恐れを抱いて、活動を再開した人もいるが、空白の30年から40年を議論した記憶がない。機会があったら、議論してみたいものだ。

 今の若者たちに待っているのは、「お国のために働け」であろう。これを正面突破するためには、相当なエネルギーと、豊かな発想がなければかなうまい。この50年を総括するような歳になってしまったが、改めて歴史を学び考えることなしに私たちの未来を切り開くことはできまい。若者を嘆いている場合じゃないのだ。

 

2019年6月20日 (木)

平和を紡ぐ音楽と朗読の夕べをしんみりと聴きました(190614)

 去る19年6月14日、名護市民会館中ホールで平和を紡ぐ音楽と朗読の夕べが開かれた。私も聴いてきた。いや、撮ってきた。ごく一部を紹介したい。

 主催:『顔』名護公演実行委員会 共催:カトリック平和委員会 後援:名護市文化協会、名護市教育委員会、琉球新報社、沖縄タイムス社

第一部 ギター演奏 と 名護・ジュニアコーラス

第2部 ドキュメンタリー朗読『顔』

クラシック・ギター ペトロ・ショーケン大城さん。

曲目は「ラグリマ」 と 「アルハンブラの思い出」

物静かに細やかな演奏。

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沖縄・名護ジュニアコーラス

指揮:野原樹子さん ピアノ:新城友紀さん

歌は 芭蕉布、Ave verum corpus, 6月の子守歌、つながるいのち

「6月の子守歌」は沖縄戦で亡くなった多くの子どもたちの中に、氏名不詳(「母の子」などと)で平和の礎に刻銘されている人がいる。その名前のない子どもたちとその母に捧げる歌だ。こどもの名前を知っている人全員が殺されたり、不存在だから、分らないのだ。

 

第2部 谷英美(アローンシアター主宰、女優)さんの朗読。『顔』

埼玉県出身の谷さんは『原爆の図』で知られる丸木美術館で、2010年6月沖縄をテーマにした「OKINAWA-つなぎとめる記憶のために」で、金子みすずさんの詩の朗読だけでなく、沖縄戦の証言の朗読も行ったことがきっかけとなり、その場で、『顔』のモデルになった新垣さんと出会い、彼女の半生を聞き書きし、二人で沖縄にも通い、『顔』をまとめたという。

ここまで挑戦するのは、凄いことである。それもほぼ一人の力で。彼女を支えてきた人々がいるからにしても、私は唸る。「本土の人間が沖縄戦を語るのはおこがましい。でも私も一緒に悼みたいと、沖縄の方々に伝えたいのです」(「天声人語」18年6月23日から引用)。私たち「日本人」の覚悟が問われているのだろう。

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淡々と語られています。

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朗読であり、微かな動きの中に、思いが籠められています。

私は久しぶりの舞台撮影であり、四苦八苦。

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生きる苦しみを現しながら。

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私は視覚で追うのが精一杯で、十分に聴き取れない。

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朗読を終えて。しんみりとしながらも生きることの希望を伝える。

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背景に置かれていた故近田洋一さんの「HENOKO 家族の肖像」(レプリカの一部)

私はこの絵に見覚えがありました。人と人のつながりには縁があるのでしょう。

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朗読が終ってからのご挨拶。ほっとした笑顔がこぼれていました。

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舞台の最後に「えんどうの花」を会場の皆さんで合唱しました。

作詞 金城栄治さん、作曲 宮良長包さん。大勢で歌うと、また違う雰囲気がでてきます。

伴奏する大城ショーケンさん。

 

平和を紡ぐためには、一人ひとりがその気にならないと、できない。出演者と聴衆が重なり合う機会を名護でももっともっとつくっていきたいですね。

出演者の皆様に感謝申し上げます。

生きていくという当たり前のことを根底から脅かす戦争に、私たちは如何にむきあうのでしょうか。ここに、これからの私たちの課題があるように思います。

2019年6月12日 (水)

ジャズ雑感ー時代は変わっていないのか?ー(190612)

 3ヶ月ぶりに東京に行った。2019年6月の東京。お目当ては東京都美術館(上野公園)。この辺は1年前と比べて、変わっていないようだ。本筋の報告はあとにして、ついでに行った新宿のジャズライブハウス。私の知らない人たちが演奏していた。月のスケジュール表を見たら、旧知の名前が減っている。寂しいが、他方で、もっともっと新人が出ていなければならぬはずだ。音楽も変わる。どう変わるかだ。

 ところで、このライブハウスは、89年1月、天皇ヒロヒトの死去で、1週間、お休みした。当時の私はジャズってそんな柔なものだったのかと、愕然とし、憤然とした。私は、数年間、ライブハウスから足を遠ざけた。あれから30年が経った今、新宿の街も随分変わった。だが、この日のピアニストのコンサートを告知するチラシに「令和元年」とあった。またこれか。同じ愚を繰返しているようだ。ジャズも元号と共に生き、天皇を仰ぎ見ているのか?

 彼らの認識の中で、元号はたまたまの記号に過ぎないのか、ジャズも天皇の時代の中を跳ね回るだけなのか。ジャズは世界を駆け回り、黒人差別と向き合いながらやってきたはずだがな。ジャズは即興音楽であり、自由奔放を旨とし、時空をこえようとしているのではないのか。

 しかし考えてみれば、ジャパニーズ・ジャズは「進駐軍」(占領軍)の文化から始まっている。そうだったな。元凶はこれか。本当か? この陰がどれだけ、現代のジャズミュージシャンに浸透しているのか、いなかを、私は承知していないが、負の要因である事は確かだろうな。連合軍の中心であった米国・米軍は、日本の政治をしきるだけでなく、文化もしきったのだ。天皇を従わせ、政治と文化の両軸から日本(国民)をアメリカナイズしていった。米国・米軍に命を助けてもらったヒロヒトを支持していた多くの日本の支配者や庶民も、米国・米軍を歓迎していたのだろう。そんな陰がジャズミュージシャンにも貫通してのだろう。

 もっとも「令和」になったから、日本のジャズが変わることはあるまい。だがその制約を無意識の内に重ねているとすれば、余りにも残念だ。ジャズは型の文化を打破し、もっと奔放に、ナショナリズムを踏み越えて、命と共感する新しい想像力を生み出して欲しい。こうした可能性が死滅しかけている今だからこそ。

 象徴という曖昧な存在だからこそ、掴みどころがなく(対象化できず)、ホイホイと乗ってしまいかねないのが、象徴天皇制だ。アキヒト天皇(夫妻)は、この意味で、たいした役者だったのだ。

 写真もそうだね。もっと奔放に、ナショナリズムを踏み越えた、命と共感する新しい想像力を追求しなければいけません。

2019年6月 1日 (土)

「視点」2019 入選者が来た(20190601)

 本日の辺野古は雨模様。そこへ朝がたから嬉しい人が来た。ある本題を話した後、その人曰く「『視点』に入選しました」と。それもテーマは沖縄。初応募で初入選。おめでとう! で、こんなのというので、見せていただいたら、「上手い!」。センスがいい。聞いたら、写真の講座を受講したことがあるとかで、何れも納得できるものだった。これなら入選して当然の作。

 ということは、同じ沖縄ものなので、多分、私のと並べて展示されるよと教えておいた。昨年は視点賞の作品と、森住卓さんのと、私の作品が並べられていた。沖縄を記録する人がもっともっと増えないといけないと私は思う。記録し、記憶し、先を見つめることが、重要なのだ。

 また沖縄県内の学生がリポートを書きたいと来ていた。ゲート前で行なわれる、集中行動に出ることを私は先ず奨めた。それが終って、戻ってきて、いささか話した。3名とも沖縄出身とのことだが、普段、基地問題など縁遠いと。彼女達は約20歳として、1999年ごろ生まれだから、さもありなん。例えば2001年9月11日の米国でのテロ事件を覚えていないのだ。あのときの沖縄がどんなだったか。95年9月4日の少女レイプ事件も知る由もない。

 私だって、1951年生まれであり、戦争経験はない。だからこそ、今の沖縄がどうしてこうなっているかを考えるためには、歴史から学ぶことが重要だと力説。沖縄戦は何故起きたのか、米国・米軍が沖縄を軍事拠点にした経緯と狙いなどを示して、皆さんの足下の問題をしっかりと考えないとダメだと、話した。今の沖縄が当たり前でないことを知らなければ、決して沖縄の未来を展望することはできないだろう。

 これは沖縄以外の「日本」の皆さんにも共通している。もうちょっと複雑だが、何で安倍晋三が大見得を切れるのか。沖縄を軍事拠点に米国に差し出したことから、今に至る米日安保体制ができてきたのだ。米国の属国になり下がり、トランプ兄に擦り寄る姿は沖縄を軍事植民地にしてきたことに由来する。私としては腹立たしい限りだが、ここを共有化できなければ、日本を変えることは不可能だろう。茨の道はまだまだ続く。

 しかし、やっぱり写真の話をしていたほうが、楽しい。それは自分で作品を創造できるから。政治を変えることよりもはるかに簡単だ。だとすれば、もっともっと写真を通して政治にコミットする方法もあるんじゃないか。自分でも考えていきたい領域の問題だ。

2019年5月31日 (金)

「辺野古、表現の多様性を求めて~短歌のつどいのご案内」(190622那覇)で短い講演

 何と、私が短歌の会で辺野古のことをお話しすることになりました。確かにこちらの新聞の短歌欄をみますと、少なからぬ辺野古などの話題が短歌でも謳われています。

 今回の講演は東京にある現代短歌社さんの企画の一環です。「ファインダーから見る辺野古・沖縄」の題をいただきました。私が短歌表現の多様性について物申すことは無理ですが、言葉とは違う方法として、写真がある以上、短歌を詠む皆様に何らかの示唆を投げられれば、幸いだと準備させていただきます。写真をおみせしながらの20分です。

「辺野古、表現の多様性を求めて」

日時:19年6月22日 13:30から17:00(受付13時)

会場:那覇市IT創造館 大会議室(古島駅そば)

https://www.it-souzou.jp/%E5%9C%B0%E5%9B%B3

主催:現代短歌社

要申し込み

詳細はこちらをご覧ください。

http://gendaitanka.jp/assets/pdf/event_190622.jpg

 

2019年5月24日 (金)

「こんな夜更けにバナナかよ」の出演者らを花見に呼んで(税金で)人気取りをする首相に、呼ばれる人たちにひとこと(190524)

 安倍首相は毎年サクラの開花期に新宿御苑(都内)を借り切って、大規模な花見をやっている。ここに大勢の安倍友が招待されている。人気俳優とか人気歌手とかも。どうよら安倍晋三氏はお友達政治に長けている。手なずけて、安倍の信者を増やしている。

 私が敢えてこの話題に触れるのは、『こんな夜更けにバナナかよ』の出演者を招いたとのツイッターをみたからだ。岩永直子さのツイッターに、首相は筋ジスの人たちの地域での生活保障に取組むべきだと主張されている。ここがこの映画の主題であって、人気取りしている場合じゃございませんよ、だって。

 私が筋ジスにこだわるのは、私の母親が若くして、この類で亡くなったから。筋力が徐々に落ちて、なす術がなかったあの時代。難病だったが今でも難病指定。近年、原因が漸く解明されつつあるとか。

 こんな夜更けにバナナかよと言う介助者の哀れもあるが、当事者は何万倍哀れな思いをしていることか、させられていることか。戦争が肯定される時代になって、「障害者」はますます軽視されていく中で。

 出演者の皆さんは、こういうことをわかっているのかな。映画撮り終わり、首相との仲が自分らが売れる材料になると思っているのかな。そうだとしたら、哀れな人たちだ。

 政治とは、国会審議ではなく人気取りのスタンスを固める安倍首相。独裁者を脇から固める芸能人の役割を私たちは冷徹に直視しなければならないようだ。こんな日本に誰がしたのか?

 沖縄は、こうはなりませんよ。沖縄の事は沖縄が決めるために、私たちは様々な問題に切り込んでいきたい。一人ひとりが声をあげていく勇気と洞察力をもちましょう。

 「私は誰それのファンだから応援する」などという思考停止はやめていただきたい。

 私は新宿御苑のサクラも知っているし、撮っているが、貸切の特別席で飲むお酒がそんなにおいしかったのかな。晋三さんと話したところで、何も面白くないだろう。忖度会話の何処が面白いのか? 自分を捨ててはなりませんよ。

2019年5月14日 (火)

2019年第44回 「視点」(20190606~13-東京都美術館)

2019年 第44回 全国公募写真展 『視点』の全国巡回展が近づいてきました。お近くの方は是非おいでください。

浜松展 クリエート浜松

https://www.hcf.or.jp/facilities/create/access/

日時:2019年9月3日~8日

『視点』のちらし

ダウンロード - img_20190513_0003.pdf

ダウンロード - img_20190513_0004.pdf

 

主催:日本リアリズム写真集団/2019年「視点」委員会

私の作品は「沖縄ー不条理をこえて」です。6枚組。これはチョイと泣かせてくれます。昨年夏、翁長雄志知事がなくなり、玉城デニーさんが知事選に出て、勝った。今年の2月24日に県民投票までやって、これも圧倒的多数が反対に〇。この国はこうした沖縄の民意を無視し、踏み潰そうとしている。急遽、予定していた構想を捨て、負けてたまるかの思いで作品化しました。私なりの写真の力をお見せします。

 

巡回展(詳細は順次お知らせします)

浜松展(9月3~8日)  仙台展(10月8日~13日)、三重展(11月20~24日)

東京展(2019年6月6日~13日)東京都美術館(終了)

名古屋展(7月4日~7日)愛知県美術館(終了)

大阪展(8月7日~11日(終了)

2019年5月 4日 (土)

憲法記念日を佐喜眞美術館で過ごす(190503)

 昨日2019年5月3日、私は宜野湾市上原にある佐喜眞美術館に行き、じっくりと展示を見てきた。この美術館は、丸木位里・丸木俊さんの『沖縄戦の図』が常設展示されている。何しろ普天間基地の一部を返させて、1994年に建設されたものだ。私は1995年以降、東京~沖縄に通う度に訪れてきた場所であり、私の「沖縄30年史」に欠かせないポイントだ。

 今は『沖縄を描いた画家たち 2019年展』が開催されている。本展について、先日沖縄タイムスに出ていた印象もあり、普天間基地の撮影と併せて行ったのだ。

 25名の作家の作品が42点。1935年から現代までの作品が並ぶ。絵画、彫刻、織物(紅型)、様々な作品が、沖縄を現していた。私が印象深く見たものはいくつもあった。中でも、中島イソ子さんの『メガネをもつ自画像』はじーっと見つめる視線が混沌を越えるべくまっすぐで、印象深かった。山城見信さんの作品は抽象画で、お見事だ。凝縮された画家の視線は抽象を超えている。沖縄の内側に生きてきた彼の想念が絵画に仕上がっている。どうやったらこうできるのだろうか。今回の展示のメインの作品は、与那覇大智さんの『HOME-HENOKO-INVICTUS』だ。2018年12月14日に始まった辺野古への埋立て工事への怒りが悔しさが希望が絶妙なタッチで描きこまれている。これも抽象画だが、抽象画でなければ表せない強さをもつ。作者は若い画家だというから、その意味でも希望を感じる。名護朝和さんの『緑の上に青の中に』は淡い緑と青を基調としたものだが、数え切れないほどの格子の紋が描かれている。囚われた沖縄なのか。理屈はともかく、美術というものには、美が貫かれており、人々の視線を引きこむことができる。仲地華さんの『深呼吸』は海底の水を捉えているのだが、独特の神秘が満ちている。海水を使っているとのことだが、どのように海水の効果が出ているのだろうか。いささか不思議な1枚でもある。

 私はフォトグラファーだから、「ぬじゅん」の写真家達が写した沖縄の基地問題の写真群に目を奪われた。現代の辺野古の闘いの写真が一見、雑然と張られているのだが、1970年のコザ暴動の写真(モノクロ)等も挟まれており、時空を越えた現実は衝撃的だった。この手法を私もどこかで使いたいと、唸ってしまった。

 敢えて言うが、憲法記念日(この日に限らないが)に美術作品を媒介に自分と向き合うことは、事の原点ではないか。憲法を奪われた沖縄は、1972年5月15日以降の47年の今日も、米日安保条約と米日地位協定によって、憲法は何処にあるのかの状態が続いている。そもそも沖縄のどこに立憲主義があったのか、あるのか?! 真剣に考えなければなるまい。

 正に時代は混沌としている。この混沌を乗越えるためには、「憲法を守ろう!」ではかなわないのだ。私はこう確信している。無論、統一スローガンを無意味だというのではない。これだけでは決定的に足りないといっているのだ。

 そういえば、東京の憲法集会のホームページに沖縄の動画が挟まれており、佐喜眞道夫館長が出ていた。この偶然に、私は驚かされた。この中で、彼は「戦争をなくす」の一言を発していた。この思いの中にどれだけのことが詰まっているのだろうか。大智さんの作品もそうだが、涙ナシに観れない、語れないものだ。私たちは、美術と政治を巡る感覚と理屈を共に、多面的に刻みこんでいかなければなるまい。

 同展は2019年6月30日まで。同館は火曜定休。沖縄県内外の人たちに、ぜひとも訪れていただきたい。『沖縄戦の図』も必見です。

 行かれる方は以下を参照されたい。

 http://sakima.jp/

 

 

 

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