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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

カテゴリー「文化の目」の記事

2019年5月14日 (火)

2019年第44回 「視点」(20190606~13-東京都美術館)

2019年 第44回 全国公募写真展 『視点』の開催日が近づいてきました。

2019年6月6日から13日です。

東京都美術館(1階第4展示室)

一般500円・学生300円

ダウンロード - img_20190513_0003.pdf

ダウンロード - img_20190513_0004.pdf

 

主催:日本リアリズム写真集団/2019年「視点」委員会

私の作品は「沖縄ー不条理をこえて」です。6枚組。

〇わたしは6月8日13時~17時会場に在席しています。是非ともおいでください。お待ちしています。会場においでいただける方は事前にメールでお知らせいただけると確実です。9日午後もいることは可能です。(ヤマヒデ)

巡回展

名古屋展(7月4日~7日) 大阪展(8月7日~11日) 浜松展(9月3~8日)  仙台展(10月8日~13日)、三重展(11月20~24日)

2019年5月 4日 (土)

憲法記念日を佐喜眞美術館で過ごす(190503)

 昨日2019年5月3日、私は宜野湾市上原にある佐喜眞美術館に行き、じっくりと展示を見てきた。この美術館は、丸木位里・丸木俊さんの『沖縄戦の図』が常設展示されている。何しろ普天間基地の一部を返させて、1994年に建設されたものだ。私は1995年以降、東京~沖縄に通う度に訪れてきた場所であり、私の「沖縄30年史」に欠かせないポイントだ。

 今は『沖縄を描いた画家たち 2019年展』が開催されている。本展について、先日沖縄タイムスに出ていた印象もあり、普天間基地の撮影と併せて行ったのだ。

 25名の作家の作品が42点。1935年から現代までの作品が並ぶ。絵画、彫刻、織物(紅型)、様々な作品が、沖縄を現していた。私が印象深く見たものはいくつもあった。中でも、中島イソ子さんの『メガネをもつ自画像』はじーっと見つめる視線が混沌を越えるべくまっすぐで、印象深かった。山城見信さんの作品は抽象画で、お見事だ。凝縮された画家の視線は抽象を超えている。沖縄の内側に生きてきた彼の想念が絵画に仕上がっている。どうやったらこうできるのだろうか。今回の展示のメインの作品は、与那覇大智さんの『HOME-HENOKO-INVICTUS』だ。2018年12月14日に始まった辺野古への埋立て工事への怒りが悔しさが希望が絶妙なタッチで描きこまれている。これも抽象画だが、抽象画でなければ表せない強さをもつ。作者は若い画家だというから、その意味でも希望を感じる。名護朝和さんの『緑の上に青の中に』は淡い緑と青を基調としたものだが、数え切れないほどの格子の紋が描かれている。囚われた沖縄なのか。理屈はともかく、美術というものには、美が貫かれており、人々の視線を引きこむことができる。仲地華さんの『深呼吸』は海底の水を捉えているのだが、独特の神秘が満ちている。海水を使っているとのことだが、どのように海水の効果が出ているのだろうか。いささか不思議な1枚でもある。

 私はフォトグラファーだから、「ぬじゅん」の写真家達が写した沖縄の基地問題の写真群に目を奪われた。現代の辺野古の闘いの写真が一見、雑然と張られているのだが、1970年のコザ暴動の写真(モノクロ)等も挟まれており、時空を越えた現実は衝撃的だった。この手法を私もどこかで使いたいと、唸ってしまった。

 敢えて言うが、憲法記念日(この日に限らないが)に美術作品を媒介に自分と向き合うことは、事の原点ではないか。憲法を奪われた沖縄は、1972年5月15日以降の47年の今日も、米日安保条約と米日地位協定によって、憲法は何処にあるのかの状態が続いている。そもそも沖縄のどこに立憲主義があったのか、あるのか?! 真剣に考えなければなるまい。

 正に時代は混沌としている。この混沌を乗越えるためには、「憲法を守ろう!」ではかなわないのだ。私はこう確信している。無論、統一スローガンを無意味だというのではない。これだけでは決定的に足りないといっているのだ。

 そういえば、東京の憲法集会のホームページに沖縄の動画が挟まれており、佐喜眞道夫館長が出ていた。この偶然に、私は驚かされた。この中で、彼は「戦争をなくす」の一言を発していた。この思いの中にどれだけのことが詰まっているのだろうか。大智さんの作品もそうだが、涙ナシに観れない、語れないものだ。私たちは、美術と政治を巡る感覚と理屈を共に、多面的に刻みこんでいかなければなるまい。

 同展は2019年6月30日まで。同館は火曜定休。沖縄県内外の人たちに、ぜひとも訪れていただきたい。『沖縄戦の図』も必見です。

 行かれる方は以下を参照されたい。

 http://sakima.jp/

 

 

 

2019年5月 1日 (水)

遠藤ミチロウが亡くなっていた(190501)

 今日は全世界的にメーデーです。名護(西海岸)は雨。今知ったのだが、ロックミュージシャンだった遠藤ミチロウが、19年4月25日にすい臓がんで亡くなっていた。合掌。

 私の音楽の歴史は、ジャズであける(1971年5月)のだが、ロックとの出会いは、ずっと遅かった。1988年12月の寒風の中。ザ・ニュースの激しいロックと出会ってしまったからだった。遠藤ミチロウを語るにも、ここから始めないとならない。

 そのまえに、私は洋物ロックミュージックに何故か関心がなかった。ビートルズにもローリングスト-ンズにも。高校時代は、自然保護運動に全身全霊を賭けていたから、そんな余裕がなかったのか。恥ずかしながら、洋物よりも演歌だった。当時の和製ロックはグループサウンズで、歌謡曲っぽく、身を乗り出すまでもなかった。

 1988年12月のザ・ニュースの女性3名はタンクトップで、こちらが薪が燃える中で暖をとっているのに、凄い迫力だった。この夜の野外コンサートは、ヒロヒト天皇の病状報道の中で、歌舞音局の「自粛」が叫ばれている中で、こうした動きを弾き飛ばそうとのコンサートだった。このときの出会いから、随分、ザ・ニュースを聴きに行った。この時代は、ヒロヒトからアキヒトへの天皇の代替わりがあり、89年6月4日の天安門事件が起こり、89年11月9日の東西ドイツの壁を崩す闘いがおき、全世界的に自由と弾圧の攻防が激しい時代だった。こうした時代に、マイナー音楽であれ、「もっと自由を!」叫ぶザ・ニュース。元スターリンのメンバーだった遠藤ミチロウにもこうした中で出会ったのだった。

 激しければいいというものではないが、激しくぶつけるしかないのも、そうだと思った。心も志もなかなか満たされないが、今思えば、ぶつけても、ぶつけても、対話に向かうことに失敗してきたのだろう。愛も政治も。

 今回の天皇代替わりの中で、ますます同調圧力が強まり、愛も政治も押し込められるのだろうが、人が生きるという根底から、そうはさせない様々な戦線をどう作り上げていくのか、私も命かじりがんばりたい。音楽もそうした可能性がある表現活動であり、聴くしか能のない私だが、真剣に取組んでいる人々をこれからも応援していきたい。

2019年4月26日 (金)

「元号」という時間で区切らない生き方を私は追求したい(190426)

 私もかって「昭和何年」と記していた。あるときから「1972年5月15日」などとに変えた。その心は沖縄返還協定粉砕(沖縄解放)闘争を契機にしていた。当時の沖縄は米国の統治下にあった。米国の年号は西暦。ベトナム戦争の渦中のことだ。米国とベトナム、中国、ソ連、沖縄、日本と考えるのであれば、日本だけにしか通じない時間は不要だ。何のためにそうなのか?

 元号とはたかだか天皇の在位で決められた「明治」・「大正」・「昭和」・「平成」のある種の記号に過ぎない。近代日本の150年の「伝統」にすぎないのだ。こんなもので人類史を語れない。いや、一国主義的な偏見しか語れないだろう。ものごとには私と汝があり、表と裏がある。一国主義とは狭量な視野狭窄にほかならない。

 反省したがらない人には、元号は程よい時間感覚なのだろう。日本人は偏狭な日本人のままいつまでいるつもりなのだろうか。

 ところで、沖縄の新聞までもが「平成30年史」などと紙面に溢れている。おかしくないか?! 沖縄戦のことを書きながらこれだぞ。天皇の軍隊にスパイ扱いされて殺された沖縄の人々、白旗を上げるな、自決せよと命じられた戦争死。まさかこうした歴史を水に流すんじゃないだろうね。きちんとまっすぐにみてくれよ。よじれていた過去を見なければならないのだ。

 私は2019年4月30日とよび、2019年5月1日と呼ぶだろう。それとも安倍政権は、新基地建設を撤回しますかな? こんなことは万に1つも起こらないだろうが、私は淡々と天皇などに左右されずに生きたいものだ。

 

  

 

2019年4月20日 (土)

昨夜の月は沖縄県名護市内(西海岸)からは見えず、いささかほっとした(190420)

 昨夜は満月。この満月が、ニホンというお国では、「平成最後の満月」として話題だったらしい。誰かのツイッターで私もそのことを知ったのだが、なんと「平成最後の満月」の項ができており、各地から続々と上がっているのだった。

 お月様は泣いていたであろう。「何でそんな言い草されなければならぬだ、自分?」と。お月様と天皇では格が違うし、次元が違う。それを付和雷同的にお楽しみになる人々。

 私のように日々海辺で生きていると、このお月様(地球とお月様)の動きで潮の干満があり、同じ海も、同じ浜も日々異なる顔を持っていることを知っている。当然この変化や月の輝きは天皇なるものと一切関係がない。

 それにしても、付和雷同を生きる人々がこれだけいることは不気味。たかが「お楽しみ方」だが、付和雷同のお楽しみをしているなかで、自分をどこかに置き忘れていないか? 月の輝きに、満ち欠けに、天皇の時間は無関係。

2019年4月15日 (月)

視点展2019に入選ー「沖縄ー不条理をこえて」(20190415) 

 今日、帰宅したら日本リアリズム写真集団から『視点展 2019』の入選通知が届きました。残念ながら入賞でなかったので、喜びはいまいちですが、まぁいいか。この視点展は全国公募写真展で、社会問題にも造詣の深い写真展です。今回で44回目。

 私は、2011年から14年まで連続入選、15年から17年は、沖縄に移り住み、余りにも激動の日々のため、作品にまとめる余裕がなく、パス。18年と今年は入選できました。今回の応募総数646名、1177作品の中から218名、218作品が選ばれました。

 私の今回のタイトルは「沖縄ー不条理をこえて」(カラー/6枚組)としました。実は直前までまったく別のコンセプトで考えていました。ところが2月24日の沖縄の県民投票をもまったく無視する安倍政権を見ていたら、怒りがふつふつと湧き出し、大転換。締め切りが3月1日だというのに、我ながら思い切った。沖縄の不屈の魂をみせてやろうと、大慌てで、適格な駒を探し出した。しかし既にタイムアップ間際であり、私の写真の全部を見ている時間がない。記憶にあるものから、あれとこれととピックアップして並べてみた。2016年12月のオスプレイの墜落から1枚。これは、これまでに自分でも注目していなかったものに、案外いい物を発見。時系列で言えば、翁長知事(201908)が亡くなり、知事選が早まり、玉城デニー知事の熱の篭った選挙演説。これが1枚。10月に行なわれた翁長知事の県民葬を訪れた菅官房長官の顔写真も使おうかとも思っものの、やめた。私たちが必要としているのは、無名な人々の怒りだろうと。それもただ闘いの現場ではなく、19年1月1日の「初興し(はちうくし)」の時のハレの日の思いも取り込んだ。こうして速戦即決で何とか3月1日に発送した(消印有効)。

 *「初ゆくし」とうっかり誤記していました。U様よりご指摘をうけました。「ユクシ」とは「ウソ」のことと承知しておりながら、やってしまいました。以上のように訂正させていただきます(ヤマヒデ)。*

 入賞は逃したものの、全国巡回展にも展示されることになった。入選作をタイトルで見る限り、今年は沖縄ものは少ないようだ。その意味では私のものは何らかの役に立つはずだ。

日程:19年6月6日(木)~13日(木) 9:30~17:30

会場:東京都美術館1階第4展示室(上野公園)

入場料:500円(学生300円)

巡回展 

 名古屋展(愛知県美術館)7月4日~7日 

 大阪展(堺市文化館)8月7日~11日

 浜松展(クリエート浜松)9月3日~8日 

 仙台展(宮城県美術館)10月8日~13日 

 三重展(アストプラザギャラリー)11月20日~24日

◎私も東京展に併せて、出かけます。詳報は後日になりますが、是非会場でお会いしましょう。

 

2019年4月11日 (木)

シュワブ・ゲート前での4・9フォークの日と、ヤラ候補現る(190409)

 2019年4月9日 11時30分頃、バス77番で辺野古に着いた。一休み。

13時~ゲート前で、4・9フォークの日がある。本日午後はこっちに行く。

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ゲート前に上がったが、音がでていない。まだでて来ている。あっちだ、走れ! 13:11

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民間ガードマン「テイケイ」の彼。資材搬入の交通整理。何を考えているのだろう。13:12

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これがきた。出入りはひとまず終るはず。13:14

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まだでてきた。抗議の意思を示す。13:17

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やっと始まった。「4・9フォークの日コンサート」 13:41

言葉が出にくくなったまよなかしんやだが、ひたむきさは変わっていない。千恵さんが心配そうにサポート。

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歌うしんやさんにハーモニカを入れる知念良吉。13:45

この50年変わらない? 歌は希望をつなげる。

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海兵隊の大型トラックが何台も通過していく。ハーモニカを吹く良吉。13:50

トラックの轟音はバックコーラスじゃないのだ。ハモレない。

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カンカラサンシンがでた。14:02

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突然、ヤラともひろさん登場を皆で、歓迎。14:08 がんばりましょう!

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14:15 挨拶するともひろさん。音楽に合わせてのってる。基地建設を絶対に止めると。

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皆で送り出す。ヤラさん、チバリョー! 14:17

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14:30 『命の海に杭は打たせない』を合唱。

様々な制約があっても、ハーモニーを創り出すのは、私たちなんだね。

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14:32 ガッツは消えないしんやさん。千恵さんも嬉しそう。撮ってる自分も。

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フォークソングは生きている証し、生きていくためのものさ。この笑顔。14:34

この笑顔はいいね。自分もまけられないさー。笑顔で生きれる社会を創りだそう。だから「笑顔はいいね」と思うか否かは決定的だ。お金による笑顔には争いの種が入っている。

写真を撮ることはこうした表情を映し出せるから、貴重だ。好きだ。

2019年4月 2日 (火)

フォークの日(190405・9 沖縄)

 新聞の切り抜き作業をやっていたら、まよなかしんやさんの寄稿を発見。以下紹介する。

 「(前略)/時はまさに戦争『前夜』のようである。日本(ヤマト)そして沖縄(琉球)は何処へ行こうとしているのか。『復帰』47年、琉球処分140年の節目の今年の『フォークの日』を私たちはどのような思いで迎えるのだろうか。

 原点に立ち返って60年代、70年代のフォークソングを皆で歌いませんか。(後略)」

 ◎日時:4月5日 18時開演(受付17:30~)

 ◎会場:浦添市ベッテルハイムホール

 ●日時:4月9日 13時~

 ●会場:辺野古キャンプシュワブゲート前テント村

 出演:知念良吉/大池いさお/サンシャイン千恵/平良美乃/稲福政吉。ほか。飛び入り歓迎とのこと。

 入場無料(カンパ制)

 主催:沖縄うたの里 ℡ 070(5482)2700 (宮城)

以下私信[by ヤマヒデ

〇これはおもしろそうだ。皆でもりあげれば。現実の中で回顧し、また現実を凝視する。ベッテルハイムホールも行ってみたい。1969年の新宿西口広場に行けなかった自分(高校生)。時代も変わり場所も変わったが、まだ私たちにはピュアな気持ちがあるだろう。汚れきった政権・官僚・大企業群の利権の構造にメスをいれたいものだ。特に軍事利権に。多くの人々を死地に追いやりながら儲けようという魂胆を許しちゃいけない!

 

 

2019年3月10日 (日)

沖縄に来て初めてジャズ(大西順子トリオ)を聴きに行った

 沖縄の名護に移り住んで5年半。初めて沖縄でジャズを聴きに行った。何しろあの「大西順子」が来ると聞いたら行くしかない。あれは20年余り前のこと。東京に大西順子(p)が現れた。斬新でパワフルなピアノを叩きだしていた。

 日本人のジャズピアニストには、片隅に置けないナイスプレーヤーが居るのだが、私が好きな女性ピアニストでは高瀬アキとこの大西順子だった(男性ピアニストならば辛島文雄)。この二人、全く違う傾向の音を出す。アキさんは繊細でしなやか、順子さんは斬新でパワフルといったことろか。
 そんな大西順子だったが、いつのまにか東京のライブスポットから居なくなってしまった。何処に行っていたのか、私は世界中をくまなく探し出すほどのウルトラファンまでいかなかったので、それっきりになっていた。何年かして日本のジャズシーンに復活したと風の便りできいていた。そうこうしているうちに私は沖縄に引っ越してしまい、永遠の別れかと思いきや、今回のチャンスに恵まれたのだ。
 6000円は痛かったが、琉球新報ホールの前から5番目のど真ん中の席をゲット。しかし、期待値が大きかったせいか、パーナルの井上陽介(b)が個人的な音楽外の失態(沖縄に来て、お金を落としたらしい)で、集中力を欠いていたのか、掛け合いなどのジャズらしい表現力に難があった。残念。ドラムスは高橋信之介。まだ比較的若いが繊細な音を叩き出すドラマーだった。
 ジャズってノリがいいだけではダメだめだ。プレーヤー同士の共鳴力が大切だ。そして、どれほどのイマジネーションを喚起できるかだ。これがほとばしるようにでるのが、最高なのだ。この意味で大西順子は自分の型をもってしまったのかもしれない。ジャズって型を破り続ける永遠の変革者じゃなければ、つまらなくなってしまう。これは大変なことなのだ。
 
 余談だが公演料6000円。往復の交通費が約3300円。宿泊費が約4500円だから、高くついた。だが、年に一回ぐらいは贅沢してもいいのじゃないの。写真もイマジネーションだからね。
 

2019年1月18日 (金)

直木賞に「宝島」(真藤順丈著)だと

 今回の直木賞に真藤順丈さんの「宝島」が選ばれたようだ。私は未読であり、何も紹介できることはないが、沖縄戦後のアギヤーたちが主人公。何もない時代に「別世界」だった米軍基地から物資を盗み出して、生活の糧にしていた、せざるを得なかった時代生きた人々を描いているとのこと。

 若い著者が、この時代をどう見て、描いているのか、興味深い。あれから70年余りの時間がたち、大きく変わった今。米軍基地は未だに巨大であり、その影響力は絶大だ。米国への従属という悪弊を断ち切れないこの国の指導層は意固地になるばかりだ。
 
 非文学的な私だから、歴代の直木賞作をどれだけ読んだか、チェックした。たったの7冊だった。人間は理性や悟性だけで動いているものではないが、それにしても金権と情動だけで動く近頃の「人間性」なるものを克服しなければ、人間界は破綻する。
 大衆文学は売れ筋を外すことはないのだろうが、多くの人が金権と情動の中でもがいている今、そこをかきまぜる面白い働きをもてれば、いいな。
 アギヤーたちは、生きることに真っ直ぐだっただろう。今は横向いたり下向いたり、現実逃避策が多すぎる。何事も曖昧にされ、忘れられていく。
 
 「県民投票」を巡ってもそうだ。2択じゃならぬ、4択に、これが蹴られたら、5市長は県民投票事務をやらぬと、曖昧にして、無効化する策略に出てきている。
 そもそも基地・軍事を曖昧にはできないものだ。これが沖縄の、沖縄戦を経た総括だったはずだ。軍隊は住民を守らないと。
 こんな暮らしに誰がしたのだ?! 

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