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考えるための本

  • 川満信一、仲里効編: 琉球共和社会憲法の潜勢力-群島・アジア・越境の思想
     混沌としている状況だからこそ読まれるべき一冊。
  • 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司: 検証・法治国家崩壊ー砂川裁判と日米密約交渉
     今日の米日関係が米日トップの共犯関係で作られて来たことを歴史的に明らかにし、世に問うた力作。米国の核の傘の下に、私達は居続けるのか?
  • ジョン・W.ダワー: アメリカ 暴力の世紀-第2次世界大戦以降の戦争とテロ
    アメリカという国が如何に暴力にまみれた国であるかを示す好著。正規軍による戦争ばかりか、様々な謀略活動が表の顔の裏側に張り付いている。私達はこの国と如何に付き合うべきか?
  • 下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

    下嶋 哲朗: いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか
    沖縄本の著作も多い下嶋さんが松下竜一さんの著作・生き方から考える視点を提示している。弱者でありながら強く生きることは可能なのか。

カテゴリー「自治・自律」の記事

2019年2月28日 (木)

沖縄の事は、沖縄の人々が決めるということに確信をもとう(190228)

 私は昨日、岩屋防衛大臣の「国には国の民主主義」論に呆れ果て、「『独裁者』の民主主義と、私たちの民主主義」を書いた。今日(190228)の沖縄タイムスは、この問題を社説に取り上げている。タイトルは「そこまで言うんですか」と、嘆いているようだが、論旨は明快だ。

 しかし岩屋防衛大臣であれ、安倍首相であれ、「安倍語」を話す人たちは、不都合なこと一切を隠蔽し、改竄し、「普天間基地返還も沖縄の民意だ」などと都合のいいことしか取り上げない。これでは議論にならないのだ。ここに対話が生まれる余地がない。だからこうした人たちにかかってしまえば、当然の如く、「国には国の民主主義がある」というのだろう。
 だとすれば、私たちは、「沖縄のことは、沖縄の人々が決める」ことに確信を深めなければ、一歩も前に進めないことになる。全てを国任せにしていけば、「お国のために死ね」という74年前の悲惨が蘇ってくることになるだろう。
 今日の琉球新報に、憲法学者の小林節さんが「県民投票に憲法拘束力がある」と指摘している。憲法95条【特別法の住民投票】を参照してのことだ。第95条は、地域限定の法を施行する際は住民投票で過半数の賛意を確認しろと言うことだ。「沖縄だから」沖縄に置けと言うトートロジー的な強権に、今回の県民(住民)投票は立派な価値判断を示したことになる。
 沖縄の事は沖縄の人々が決めるために、私たちは確信をもち、諦めない精神を発揮し、一人ひとりの幸福を追求する道筋を示していこう。
 「国には国の民主主義がある」と言わせたのは、今回の県民投票の沖縄の力の結果であろう。だからこそ、こうした認識の不当性を遍く暴露し、私たちの民主主義を鍛え上げていかなければなるまい。因みにこうした努力は沖縄だけの問題ではない。

2019年2月27日 (水)

独裁者の『民主主義』と、私たちの民主主義

 岩屋毅防衛大臣が勇ましい。昨日、2019年2月26日の発言に注目。「沖縄には沖縄の民主主義があり、しかし国には国の民主主義がある。それぞれに、民意に対して責任を負っている。」と、彼は、しっかりと新基地建設を進めるつもりだ。「一方、国も民主的に選挙された国会によって内閣が構成され、時の政権は日本の国の安全保障という大きな責任を負っているわけで,私どもはその責任もしっかり果たしていかないといけない」と持論を展開した(沖縄タイムス190227)。ここでも彼ら特有の沖縄と国の2重基準を展開しているのだ。「国の安全保障という大きな責任」を掲げ、これに目が入らぬかとばかりに、上から包み込む態度を隠そうともしていない。

 本気で対話と言うならば、説明責任を先ず果たさなければならぬ。何故沖縄限定の思考に固執しているのか? ウソを並べ、ごまかして恥じないのか。軟弱地盤の工事について、工期工費を明らかにするのが先だろう。見通しも立たないままに強行しても物理的に不可能だというのに、我々の税金をドブに投げ捨てるのか。「民主的に選挙された国会によって内閣が構成され」というが、内閣に不都合な問題は、国会に対する説明責任もはたさないまま、よくも偉そうなことがいえるものだ。安全保障が沖縄の住民の命よりも大切だと言うならば、事実関係をはぐらかすんじゃない。
 沖縄のことは、沖縄が決める。如何に安全保障が重大だとしても、私たちの生活を踏みにじるままにはさせない。民主主義とは、主権者が決めるのだ。少なくとも国家権力の横暴を規制できる状態をいうのだ。岩屋防衛大臣のように2重基準を平然と述べ立て、「出来るだけ理解をいただき」などと押し付けることしか考えていないのは、自身が独裁者の笠を着ていることを曝け出していよう。
 と考えてみれば、こうした発言は沖縄を愚弄しているばかりじゃない。日本全体の主権者を愚弄しているのだ。何をやったって、何を言ったって、安倍政権の支持率は落ちないのだと。情けない。否、このまま黙っていたら、暴走内閣はどこにいくのか?人々は、戦争と追従の道に引きずり落とされるだけだ。私たちの民主主義は生きることに誠実でなければならぬ。
 沖縄の県民投票の結果は、このことを突き出しているのじゃないか。人々は、心して事実に向き合うべきだろう。

2018年12月25日 (火)

沖縄は未だにオキナワなのだ-沖縄に居を移し6年目の短い報告

以下の文は「沖縄の怒りと共に」(第107号)に寄稿したものです。 

 沖縄は未だにオキナワなのだ-沖縄に居を移し6年目の短い報告

 安倍政権は来る12月14日に辺野古の埋め立て工事(土砂投入)を始めると息巻いている。ここ数日の日替わりの展開に頭が痛い。私は今日から長野の上伊那に講演に出る。このため、皆さんのニュース原稿をどうしようかと悩んだ。ここに沖縄の現状の一端を報告したい。

  米軍は沖縄島周辺の陸・海・空を自由に使いながら訓練を昼夜の区別なく行なっている。地位協定の事はまたの機会に書くとして、日常の訓練がどのように行なわれているのかすら、私たちは知らされていないのだ。私はこれを少しでも知ろうと努めてきたのだが。

 例えばこうだ。キャンプ・シュワブは米国海兵隊の第3海兵遠征軍第3師団の一部が駐留している。ここの部隊は水陸両用装甲車等を使っての訓練を日常的に行なっている。この模様をわが辺野古テント村からも見える。松田浜に行けばお隣でやっている。映画のロケだと言いたいが、フェンスを挟んでの軍事演習なのだ。

 国道329号をまたいだ森の中はキャンプシュワブの訓練場。沖縄国立高等専門学校の北沿いも訓練場。オスプレイもヘリも学校があろうがなかろうがお構いなしに飛んでいる。実弾射撃訓練の音も日常茶飯事に聞こえてくる。これはテントに居てもバンバン聞こえてくるのだ。

 さて、水陸両用装甲車が陸上の演習場の中で如何に訓練しているかを私たちはみることができない。だが目前の海では、漁港の水路に入り、そこからサンゴ礁を抜け、外海で訓練を行なっている。よくみかけるのは、①シュワブの浜に10数台が整列し、辺野古川河口沖のマナヌ岩辺りでやって居るパターン。②沖を西へ宜野座村潟原側に移動していくパターン。③この逆コースでシュワブの浜に上陸するパターン、④沖に揚陸艦が来てそれに乗り込むパターン、⑤そこから出てきて上陸するパターンなどなど。

 この装甲車が、国道329号線の交通を遮断して出入りしていることは時々ニュースになり、気がかりだった。演習海域の図面を見ても、キャンプシュワブの演習場の区域図を見ても、彼らの航行の西端はここ宜野座村潟原のはずだ。そこで私は先日潟原まで出向き、この干潟から国道を越えてどう移動していくのかを確かめた。否、確かめたかった。干潟から上がると国道に出る。演習場を示す標識に沿って坂を上がる。両側はゴルフ場。そして農地が続く、沖縄自動車道を渡る。ここまできちゃうのか!驚いた。海から1キロ余り。確かに道路にはキャタピラのあとがついており、ここを通るのだろう。それにしても、突然こんなところにあのデカく、無骨なものが現れたら怖い。この近くの農民は慣れっこになるしかないのだろう。トラクター等が時々通過。

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国道329から演習場の標識に従って上がっていくと、アスファルト舗装にキャタピラのあとがついている。この両側はゴルフ場。途中2箇所、左右に渡り口があり、通行車両は少ないのに、警報機がついている。

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沖縄自動車道の高架橋。

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ゲート前。ここから出入りしているはずだ。

 私はキャンプシュワブのゲートを見つけ、村の水道施設の辺りで待つこと3時間。装甲車等は通らなかった。

 そこで疑問が湧いた。①どうして、高速道や農地がここにあるのか。否、どうして演習場がここにありえるのかが正しい設問だろう。②装甲車等の陸側のルートはどうなっているのか。

 2つとも沖縄がオキナワだから起きている問題だろう。①は1972年5月まで辺り一帯が米軍基地に接収されていたのだ。今で言う中部訓練場はもっとアバウトに米軍に独断的に取られていたのだ。そこをちょぼちょぼと返したようだ。だから民間地が虫食い状態になってる。ここに端的に当時の日本政府の弱腰が見える。自動車道を造りたいので、お返しくださいといったのだろう。この姿勢は今でも変わっていないのだ。

 ②はどうか。潟原北のゲート奥から、辺野古側の実弾射撃演習場の下まで約4キロ、国土地理院2万5千分の1の地形図にも、この間の道は記されていない。この間の4キロ余りをどう動くのか。また、西海岸の許田から東海岸の松田北(潟原の北側)の県道71号のどこかで装甲車等は交差するはずだ。どこだろう。疑問は尽きない。

 この一件だけからも、未だに沖縄はオキナワなのだと私は痛感させられた。軍の中に民が沈められているのだ。この窒息状態を解放することなく、私たちは新基地建設を止められないのかもしれない。

 恥ずかしながらこれまでの私は、沖縄・オキナワと標記を区別することはあっても、72年5月15日以降の沖縄を沖縄県であり、沖縄になったものとばかり思い込んでいた。米国・米軍実権を握っているオキナワを私たちはもっともっと直視しなければならないのではないか。そしてこのことは独立国であるはずの日本国・日本国政府が米国に対してイエスマンになり続けている限り、米国・米軍の実権はオキナワばかりかニホンにまで拡大していくのではないのか。これは皆さんの問題でもあるはずだ(18年12月7日記)

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